転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
第17話 二つの邪悪
──問い。仮に、目の前に二体の邪悪がいたとする。
二体の邪悪の片方は、魔王が作り出した教官の影であり、かつては蜘蛛の糸よりも細い可能性を手繰り寄せて討ち果たした強敵だ。
そしてもう片方は、加速と強化と守護、三つの固有魔法を持つ災厄のスケルトンであり、かつては鎧を手に入れることでようやく互角に戦えるようになった敵だった。
そのような二体と、同時に相対しているとき。戦いの様子は果たしてどうなるか。
その答えは──。
「──が、ぁぁああ!」
『,tv:iweoa.ir』
「「「SUUUUUAAAAAAALYYYYYY!」」」
──答えは、
コノエは、走る。迫り来る拳と刃から転がるように回避し、微かな隙間を縫うように走る。
全身から血を流し、捌き、
教官の影の拳が、蹴りが迫る。コノエの武技を児戯とする圧倒的な技量。正面から向き合えば一瞬で終わる。必死に距離を取るしかない。
スケルトンの剣と鉾が迫る。加速の権能を以て雷化したコノエと同等の速度で駆け、教官から逃げるコノエの隙を縫うように刃を振るう。
連携し、コノエを確実に討ち果たさんとする二体。そこに隙はない。
思う。せめてスケルトンが少しでも教官の邪魔をしてくれれば。バラバラならまだ可能性があった。
……しかし、現実にはスケルトンはその六つの眼孔に理知的な光を宿し、教官のサポートに徹していた。単純な暴力を振るうだけではない。確かな武の理がそこにある。
だからコノエは、必死に逃げ回ることしか出来ない。
「──ぐぅううう、がぁぁ!」
教官の拳が脇腹のすぐ横の空間を抉り取る。触れていないにもかかわらず、衝撃が鎧を貫通してコノエの体を砕く。
スケルトンの剣が、コノエの足を刻まんとする。殺すのではなく、機動力を抉り取る刃。
コノエは走る。閉ざされた熾天結界の中の都市を駆ける。建物を障害物にしながら。地を這い、薄紙のように破壊される石の壁を盾にする。
そうしなければ、次の瞬間には貫かれ、切り刻まれて終わる。このままでは、勝機など欠片も存在しない。
「──っ!」
──故に。そのように追い詰められたコノエに出来るのは。
──ただ、己の固有魔法を信じることだけだった。
(固有魔法、固有魔法、固有魔法、固有魔法!)
コノエは、逃げながら固有魔法──抗固有魔法を、連続で発動する。
教官の拳が近づいたときに。スケルトンの刃が迫ったときに。
敵がこちらに触れた瞬間、抗固有魔法の力を展開し、教官の影とスケルトンを
(固有魔法、固有魔法、固有魔法、固有魔法、固有魔法、固有魔法、固有魔法、固有魔法、固有魔法、固有魔法、固有魔法、固有魔法、固有魔法、固有魔法、固有魔法、固有魔法!)
コノエに出来るのは、これしかなかった。
これだけが、コノエの勝機だった。
そうだ。実を言うと、目の前の邪悪二体に対し、コノエは
なぜなら、二体とも
だって、目の前の二体も、周囲の空間も、全て地の底から噴き出た虹の固有魔法によって形作られている。生きた魔物ではない。固有魔法によって再現されたものだ。
そして、その上で。教官の影は不死の魔王の固有魔法によって作られたもので、スケルトンは三つの固有魔法を使っている。
つまり、コノエの抗固有魔法は、教官の影に対しては二重、スケルトンに対しては四重の弱体効果があるということ。
存在自体が固有魔法である彼らは、抗固有魔法を使う度に弱体化し、最終的にはコノエが倒せる程度にまで弱らせることも出来るだろう。
相性は、良いのだ。とても良い。
時間があれば必ず勝てる、と言い切れるほどに。
……だから、問題は。
『s;diatvmriumy;imh;ri!!』
「「「SUUUUAAAAAAAAALYYYYYYYYY!!」」」
「……っ!…………ぐ、ぁ!」
――時間を稼ぐことも難しいくらいに、敵が強すぎることだった。
教官の拳とスケルトンの槍で、コノエは全身を砕かれそうになる。
雷に変わっているはずの体が痺れたように鈍くなり、手に力が入らなくなっていく。
「──が、ぁ!」
コノエは、ナイフを展開し、撃ち出す。二体は容易く弾き、避ける。避けて、反撃でコノエに攻撃を撃ち込んでくる。
コノエは左腕と右足を失いながら、なんとか回避し──ナイフで熾天結界内に巨大な雷の網を作り出す。
僅かに驚く様子を見せた二体の意識の隙間を突くように、コノエはその雷の網に体を乗せた。
『usyrk!』
「「「SUA!?」」」
雷と化した体が、雷の網を縦横無尽に走る。行き先を偽装しながら。二体から高速で離れていく。似たようなことを天蓋竜戦でもした。あのときは天蓋竜に一撃を入れた技だが、今は逃げるために使うことしか出来ない。
コノエが隠していた一手。同じ手は何度も使えない。使える手段がどんどん減っていく。
けれど、この瞬間だけは、逃れることが出来たと思い──。
(──あ)
──その瞬間。コノエの背筋を怖気が走る。
教官の影が、一点を指差しているのを見た。
スケルトンに指示を出すように。そして、その場所はこれからコノエが目指そうとしていた場所で。
「「「SUUAAAAALYYY!!」」」
スケルトンの鉾が放たれる。空を抉り取る一撃が、雷の網を食い破る。
行き先を失ったコノエの体が宙に放り出された。
──次の瞬間には、教官の影が目の前まで迫っている。
『liytu』
「が、ぁあ!!」
──衝撃。拳はギリギリのところで躱したが、余波で体が壊れていく。
教官の拳を中心に空間ごと石造りの街並みが液体のように波うち、消し飛んでいく。
コノエは転がるように、教官とスケルトンから逃げる。
(──まずい)
もう持たない。何か手はないか。抗固有魔法の効きはどうだ? 敵は何処まで弱体化している? 少し二体の動きが鈍くなっている気はする。しかしまだ強い。どんどん追い詰められていっている。このままでは。
全力で体を治しつつ、活路を探すコノエ。
しかし拳と槍が襲い来る。一秒ごとにコノエを追い込んでいった。
(──ぐ)
そして、ついに教官の技によって、コノエは僅かにバランスを崩す。
なんとか立て直すも、もう次の一撃が。
(……あ)
コノエの脳裏に、頭を潰された己の姿が浮かび――。
『――コノエ様』
(────え?)
──でも、そのとき。誰かの祈りが聞こえた気がした。
コノエの中で力が動く。両目に移動していく。
運命の乱れ故に消えていた金色が、コノエの視界に微かに映って。
「──おぉ!」
『iru:ma?』
輝きを追いかけるように、コノエは体を動かす。一手避け、二手目をなんとか逸らし、三手目を完璧な形でコノエの体が教官の脇をすり抜ける。
──金の権能が、教官の三手先を教えてくれた。
作り出せたのは、僅かな時間。その間にコノエは体を治す。
(……テル、ネリカ)
コノエは、心の中で礼を言いつつ、構え直す。そこに、また教官とスケルトンが襲い掛かって来る。一瞬凌いだだけ。状況はほとんど変わっていない。
けれど、その一瞬があったからこそ、コノエはまだ戦える。
そうだ。コノエは、必ず――。
『iut;ameorivmuyeoriyu;e』
「「「SUUUUAAAAAAAAALYYYYYYY!!」」」
「────」
必ず日常に、帰る。言葉は口に出さず、胸に決意を秘める。
コノエはただ、拳を握り締め──。
◆
──そうして、コノエは足掻いた。足掻いて足掻いて足掻き続けた。
必死に逃げ回り、抗固有魔法を発動し続けた。
その戦いがどれ程続いたのかはコノエには分からない。
そんなことを気にする余裕なんて欠片もなかった。
魔力も魂の力も瞬く間に枯渇していった。体は重く、全身が軋み、壊れていた。
力が抜け、技は崩れかけ、あまりの無様さに笑いそうになるくらいだった。
けれど、それでも……。
「「「SS、SSSS、AAA、A」」」
「────」
コノエの拳が、抗固有魔法によって弱体化しきったスケルトンの頭骨を打ち砕く。
微かに残っていた三色の輝きが消え、砕けた骨が空気に溶けていった。
『j、yav、n』
「…………」
そして、教官の影と向き直る。
互いに、体は崩壊しかけている。
コノエは鎧が砕け、雷化も解けている。致命傷以外を治すのを避けた結果、全身が赤く染まっていた。教官の影は右腕と右足が形を保てず、スライムに戻り、全身が歪んでいた。
満身創痍で向き合い、構えを取る。次の一合で終わりだと、双方が理解していた。
『suik』
「──!」
踏み込みは、同時だった。
砕けた手甲同士が交差し──。
『──』
片方が立ち続け、片方が崩れ落ちる。
コノエは、ドロドロと溶けていく教官の影を見下ろし、思った。
──最後の一合。
金の権能が教えてくれなかったら、負けていたのは自分だった。
◆
そうして、教官とスケルトンに勝利した後。コノエは鉛のような体を引きずって残ったスライムを潰して回った。
すると、掃討後領域が溶け、最初の風竜の部屋と同じように変貌していく。
現れたのは、黒い小部屋。真っ黒な壁に、ポツンと扉が埋まっている。
コノエは、そんな扉を見つめた後。
「────」
──崩れ落ちる。もう、限界だった。
思考が遠のいていき、床が近づいて来るのをどこか遠い意識で見て。
「──なた!」
「…………」
その、最後の一瞬。
誰かの気配が、近づいてきたような気がして──そのままコノエは意識が途絶えた。