転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
──どこからか、誰かが泣いている声が聞こえた。
『いやだ……』
虚ろな意識。ふわふわとした世界。
コノエは右も左も分からないような状態で、ただ聞いていた。
『……いやだよ』
少女の声だった。少女は、泣いている。否定している。
かすれた声で、何度もしゃくりあげながら。
胸を裂くような悲痛な声。けれど、その声に応えるものは何もない。
風の音と乾いた砂の音、そしてぼたりぼたりと液体が地に落ちる音だけが周囲に響いている。
『……やだ……やだよぉ』
少女は、泣いている。慟哭している。
否定し、悲鳴を上げ続けている。
──コノエはそんな声に、思う。悲痛な声に、コノエ自身も悲しくなりながら。
──君は、誰だ? なぜ泣いている?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
コノエが目を覚ますと、そこには知らない天井があった。白くて、花の模様があしらわれた天井。自分の部屋ではないな、とぼうっと見つめる。
変わった夢を見たな、と思った。知らない少女の夢だ。初めて見る夢。少し目尻が濡れているのを感じた。……悲しい夢だったな、とそう思う。
「…………」
……それはそうと、ここはどこだっけ。
コノエは、眠る前のことを思い出そうとして。
「──!?」
次の瞬間、倒れる直前の状況──影とスケルトンとの戦いを思い出す。
コノエは慌てて飛び起き。
「……っぐっ」
激痛が走る。反射的に治癒魔法を発動すると、体の奥にあった傷が治っていくのが分かった。内臓を痛めていたらしい。まあ、あれだけ教官の影にボコボコにされれば当然だ。
……うん? そこで気付く。体の奥だけが治った。つまり、表面の傷は治っていた?
……それになにより、ここはどこだ?
コノエは、気配を探りながら周囲をぐるりと見渡す。
すると、綺麗に整えられた部屋が見えた。木で作られた部屋。木の壁に、木の床。自分が寝かされていたのは、木のベッドだった。
そんな木で作られた部屋の中に、一つだけガラスが埋め込まれた窓があって、その外には。
「……聖都?」
記憶にある聖都の街並みがあった。花で飾られた都市。
そして、気配探知からは──人ではなく、マイコ人形の気配が伝わってくる。
(……つまりここは、二番目の部屋ということか?)
……どうしてここに?
首を傾げる。不思議だった。自分は確か、戦いの後倒れて、そのまま……いや、最後に誰かの声が聞こえたんだったか。
(……そうだ、あの声は)
思い出すと同時に、コノエは気付く。部屋の外に気配がある。薄い気配。けれど、知っている気配だった。
マイコ人形と似ていて、しかし違う気配。──
これは状況的に……気絶した後、彼女に助けてもらった、ということなのだろうか?
治療してベッドに運び込んでくれたのだろうと思う。
コノエは、重い体を動かして──魂の力がかなり減っているからだ──ベッドから降りる。
そのまま、扉へと歩いた。扉を開けて、廊下に出て。彼女の気配を感じた方に目を向ける。すると。
(…………?)
コノエは、視界に入ってきた光景に首を傾げる。
なぜってそれは……。
「…………」
「…………」
部屋の前の廊下を少し歩いた先。角になっている所から、大きな
つまり、隠れているようで、全く隠れていない状況だった。
……そういえば、神様が似たようなことをしていたなと思いつつ、とりあえずコノエは彼女に声をかけようとして。
「…………」
「…………?」
そのとき。ふと彼女が動く。彼女は体を引いて、壁の陰に隠れた。
コノエの視界から彼女が消える。……なんだ?
コノエは瞬きしながら彼女が消えた角を見る。
……そしてそれは、その数秒後だった。
「……ぬ……ぬっぬっ」
「………………」
「……ぬっぬっ!」
「…………………………」
廊下の角から、そんな声が飛んできた。
……聞き覚えがある感じだ。
「……ぬっぬっぬっ!」
「…………ええと」
「……ぬ」
「…………君、マイコの真似なんてするんじゃなかった、と後悔してなかったか?」
「────!!!!」
コノエが思わず声をかけると、小さな悲鳴のような声が聞こえてきた。
……コノエは、少し考えた後歩き出す。
角まで行って覗き込むと、そこにいたのは。
「……うぅ」
「……」
真っ赤な顔で頭を抱える茸頭の少女の姿。
……フランだった。
◆
「………………」
「……ええと」
それから。コノエは、フランと一緒に最初に目を覚ました部屋に戻ってきていた。コノエとフランはベッドと椅子に座り、向き直る。
あの後、フランは一頻り顔を赤くして、恥ずかしがって……しばらく時間が経った今は、冷静な顔を取り戻している。
「………………」
「…………?」
……いや、正確に言うと。フランは冷静というより彼女は少し俯き、憂いを帯びた表情をしていた。恥ずかしがっていたはずの様子が急変して、コノエは不思議に思う。
「……ごめんなさい」
「……え?」
と、そこで、突然フランから謝罪の言葉が飛んできた。
「……? ……ええと、なんのことだ?」
「……私が言ったのと、全然違ったから」
「……??」
「不死の魔王。それほど強くないって言ったのに。……まさかあんなに強い姿に変身したり、部屋を破ったりするなんて思ってなくて。適当なことを言ってごめんなさい」
……ああ、なるほど。
そういうことか。コノエは理解する。
確かにフランは前回の別れ際に──。
『でも、それほど心配はいらないわ。かなり弱体化してるから』
『流石に魔王の完全再現には、力が足りなかったみたいね。固有魔法がほとんど動いてないみたい。復活できても一度か二度じゃないかしら。……だから、あなたなら大丈夫でしょう。不死の魔王は固有魔法が強いだけで、本体はそれほど強くないみたいだし』
──そういう感じのことを言っていたような。
……でもそれは。
「本当に、ごめんなさい」
「……いや、ええと」
考えていると、フランがもう一度謝る。少し泣きそうな顔だった。……また、彼女曰く、さっきのマイコの演技も、申し訳なくて逃げたくて、ついやってしまったらしい。
……そんな彼女に、コノエは言葉に迷って。
(……いや、そもそもの話。彼女が謝ることでは、ないような)
そう思う。だって、彼女が言っていたことは正しかった。嘘ではなかった。不死の魔王は彼女が言ったように弱体化していた。復活の権能をほとんど使えなかったし、本来の不死の魔王とは比べ物にならないくらい弱かった。
穴が開いていたのも、不死の魔王の能力を知っているのなら予想しておくべきことでしかない。出来なかったのなら、それは自分が悪い。
だから、コノエがボロボロになったのは、コノエが弱かったからだ。誰かを責めるのなら、弱い己を責めるべきだった。
なので、コノエがそんな感じのことをフランに伝えると。
「……でも、ごめんなさい」
「……いや、その」
しかし、それでもフランは暗い顔のままだった。
それにコノエは、真面目なんだな、と思いつつ。どうしようかと視線を彷徨わせて、何か彼女に言えることはないかと言葉を探した。
……人を慰めた経験が少なすぎて、どう言えばいいのか分からなかった。
「……あ、ああ、そういえば」
「……?」
そこでコノエは思い出す。そして、己の体を見た。戦いの後はボロボロになっていて、けれど起きたときにはある程度治っていた。
これはつまり、フランが治してベッドまで運んでくれたのかと……。
「え? えっと、それは、そうよ。戦いが終わったみたいだから調べたら、あなたが血まみれで倒れてて……慌てて応急処置してここに運び込んだの。他の部屋と違って二番目の部屋は溶けてなかったから」
「……そうか」
やはりそうだったらしい。コノエは一度息を吐いた後、フランに向き直る。
まっすぐにフランの目を見て、そうして。
「……ありがとう、君のおかげで命を拾った」
「……え?」
深く頭を下げる。そうだ。だってあのとき、コノエは死にかけていた。
魔力も魂の力も枯渇して、全身傷だらけだった。致命傷はなかったけれど、出血は続いていたように思う。
あのまま治療せずに倒れていたら、今頃は死んでいたかもしれない。だから。
「──君は僕の命の恩人だ。ありがとう」
「────」
きちんとお礼を伝える。君がいてくれてよかった、と。
すると、フランはぽかんと口を開けて。
「…………ぁ」
一瞬、泣きそうに顔を顔を歪めた後、俯く。
茸の傘に隠れて、フランの顔が見えなくなった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
……沈黙の時間があった。
部屋の中はただ静かで、窓の外からマイコ人形の声だけが聞こえて来ていた。
そして、そのまま、数十秒が過ぎて。
「…………る」
ふと彼女が俯いたまま呟く。小さな声。
コノエが耳を傾けると。
「…………する」
「……?」
「……看病、する」
……かんびょう……看病?
……それは?
「あなたの状態がよくなるまで、看病する。……魂の力がかなり減ってるでしょ?」
「……ええと」
「だから、それが戻るまで、私があなたの手伝いをする。不死の魔王について、適当なことを言った代わりに」
と、そこでフランが顔を上げる。彼女は少し潤んだ目を細め、嬉しそうに微笑んでいた。
コノエがそんなフランに困惑していると、フランは立ち上がりコノエに向けて一歩踏み出し。
「──私に、あなたの看病をさせて」