転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第19話 歌

 魂の力。それは人それぞれが持つ意思の力であり、固有魔法を動かすための燃料でもある。

 

 世界を塗り替える力の源。己の在り方を決める渇望の根。

 人の意思が世界を変えるこの世界において、魂の力は何よりも強大だ。

 

 けれど、強大な一方で。魂の力にも、使い辛い点が存在する。

 例えばそれは力を使える人間がごく僅かだったり、素養のない人間が安易に手を出すと廃人になってしまう危険性だったり……あとは、使った力の補充にそれなりの時間が必要であることだ。

 

 ――つまり、どういうことかと言えば。

 先の戦いで魂の力を使い果たしたコノエがまた十全に戦えるようになるには、しっかりした休息を取らなければならないということだった。

 

「…………」

「看病、看病……ふふふ」

 

 なので、コノエは今、最初に寝かされていたベッドにまた横になっていた。横になるのは、やはり安静にしていることが力の補充に最も効率がいいからでもある。

 

 そして、そんなコノエの看病のために――寝るだけで病気ではないので正確に言えば看病という言葉は違うかもしれないが――フランは部屋の中であれこれと準備していた。何かしてほしいことがあったら言ってねと。鼻歌交じりですごく楽しそうに。寝る前のベッドの準備に始まり、寒かったらと毛布を持ってきたり、コノエのコートや服を丁寧に畳んだりしている。

 

 部屋の中には、少し困惑しながら横になるコノエと、ニコニコしているフランだけがいた。

 

「…………」

 

 それにしても。コノエは横目にフランを見ながら、思う。こんな異常事態のド真ん中でベッドに入ることになるとは。

 普通ならこの状態で悠長に寝ることなんてありえないことだ。

 

 しかし、今自分が置かれているの状況の特殊性を思えば、これは必要なことでもある。なにせコノエにはこの後、天蓋竜戦が控えている。

 

 天蓋竜。最強の魔王。弱体化はしているようだが、不死の魔王があれだけの力を持っていた以上、油断など出来るはずもない大敵だ。

 そんな天蓋竜と魂の力が消耗した状態で戦えるはずがない。無理に戦っても敗北するだけだろう。故に、今は何よりも休息が必要だった。

 

 ……まあ、とはいえ。不死の魔王を思い出すと、少し不安な点もあるが。

 不死の魔王は、その浸食の力で壁を破りスケルトンと共闘した。同じことを天蓋竜が出来るとすれば、寝ている間に襲ってくるのではないかと。

 

 ただ、これに関しては――。

 

『――天蓋竜? んー、そうね。今はじっと大人しくしてるみたいよ。……異変があったらすぐ教えてあげるから、寝ておいた方がいいんじゃない?』

 

 と、先ほどフランが言っていた。それなら休めるうちに休んでおいた方がいいだろう、ということになって、今の状況になっている。 

 

 睡眠中の見張りをフランに任せる形になるが、コノエは今回の一件において、フランを信じると決めていた。それは命を助けられたからであり、そもそも彼女がコノエを害するつもりがあるのなら、とっくにコノエは死んでいるからだ。なにせ、コノエは気絶し、彼女の前で無防備な姿をさらしていたのだから。

 

 ……なお、そうは言いつつ、天蓋竜の動向をどうやって調べたのかは気になったけれど。なので質問してみたところ、無言でそっぽを向かれた。

 そういえば彼女については、質問しないでくれと言われているんだったな、と思い出しつつ。

 

「……えへへ、あとは水差しの準備をして……ふふ」

「…………」

 

 ……しかし、それにしても。彼女は本当に楽しそうだな。コノエはそう思う。

 

 フランはさっきからずっと嬉しそうに笑っていた。看病できるということが楽しくてたまらないという雰囲気で。

 ……なんでそんなに楽しそうなんだろう? コノエには分からなかった。

 

「……あ、そうだ! ねえねえ、あなた」

「……?」

 

 と、そこでフランがいいことを思いついた、という様子で両手を胸の前で合わせる。

 そして――。

 

「――あなたがよく眠れるように、子守歌を歌いましょうか」

「……え?」

 

 …………子守歌?

 

 コノエは何度か瞬きした後、いや、それはちょっと、と思う。

 そんな歳じゃない。だからフランに必要ないと言おうとして。

 

「何がいいかしら。リクエストはある?」

「……ええと」

「ふふ、私、こう見えて歌は得意なの」

「…………」

 

 しかし、口を開いたところで、フランが少し自慢げに言った。

 胸を張る姿に、コノエは何となく言葉を見失う。

 

 コノエは少し迷って……数秒後、まあいいか、と思う。

 なので、何がいい? と問いかけて来るフランに、任せるよとだけ言った。

 

 すると彼女は少し考えた後、一つ頷く。

 そうして、「んん」と喉を調節した後、息を吸って――。

 

「――――♪」

「…………」

 

 ――フランが歌い始める。

 

 彼女が選んだのは、コノエが知らない歌だった。

 穏やかな歌だ。緩やかな旋律の歌。フランの、というよりマイコの少女らしい高い声が、心地いい旋律と共にコノエの耳を擽った。

 

 ……素直に、上手いなと思った。

 

「――――――♪♪」

「…………」

 

 コノエは、フランから視線を逸らし、天井を見る。

 せっかくなので、音に耳を傾けることにした。

 

 知らないはずなのに古い記憶を刺激するような歌。

 それをコノエは、少しぼうっとした意識で聞く。

 

 ゆったりとした音を、コノエはただただ聞いていた。

 

「――♪ ――――――♪♪」

「……」

 

 そういえば。ふと思う。自分は子守歌を歌ってもらったことはあるだろうか。

 誰かにこうして、自分のために歌ってもらったことはあっただろうか。

 

 ……いいや、あるわけがない。馬鹿らしくて笑いそうになる。少なくとも物心ついてからは一度もない。

 幼少期。気が付いたら一人になっていた。誰もいなかった。それがコノエの過去の全てだ。だから。

 

(……そうか。子守歌って、こんな感じなのか)

 

 少し、心の深い所を撫でられたような、そんな気がした。

 かつての記憶が少しだけ蘇って来て、消える。

 

 ゆったりとしたリズムが続いていて、その中に己の意識が混ざっていくようだった。

 

「――♪ ―――♪」

「……」

 

 コノエは、段々と意識が落ちていくのを感じた。

 残った疲労と魂の力の欠乏とで瞼が重くなり、落ちていく。

 

「……♪ …………♪」

「……」

 

 そして、意識が消えていく最中。コノエは、薄れていく視界の端に、フランと名乗った少女の姿を見る。

 こんな固有魔法の中にいた君。マイコのふりをして赤面していた君。笑って、落ち込んで、今こうして歌を歌っている君。

 

 ――君はいったい、何者なんだろうな。

 コノエは意識が途切れる寸前、ベッドの横で歌い続けるフランの顔を見上げ。

 

(……あ、れ?)

 

 そのとき。コノエは、遠くを見るような目で歌いながらフランの瞳に、なにか既視感を覚える。意識が落ちかけ、余計な思考が取り払われたからだろうか。

 かつて、どこかで、それを見たような気がした。

 

「…………♪」

(…………)

 

 しかし、その違和感が形になる前に。

 コノエはそのまま、眠りの中に落ちていき……。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ……コノエはまた、夢を見る。

 知らない夢を。少女の声を聞いていた。

 

 ――えーん、えーん。

 ――えーん、えーん。

 

 誰かが泣いている声が聞こえた。

 どうしようもなくて、取り繕うことも出来なくて、ただ泣いている声。

 

 苦しいと、悲しいと、そう悲鳴を上げている。

 嫌だと、許せないと、そう叫び続けている。

 

 ――えーん、えーん。

 ――えーん、えーん。

 

 そうだ。彼女は許せなかった。怒りがコノエにも伝わって来ていた。煮え滾る怒り。こんな状況も、それを作り出した存在も、何もかもが許せなかった。

 

 許せなくて、許せなくて、許せなくて、許せなくて、許せなくて、許せなくて、許せなくて、許せなくて、許せなくて、許せなくて、許せなくて、許せなくて。

 絶対に許しておけるはずがなくて、許していいはずがなくて――。

 

 ――えーん、えーん。

 ――えーん、えーん。

 

 ……ああ、でも、それなのに。

 許せないのに、それでも彼女は――。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 …………そうして。

 しばしの時間の後に。

 

 コノエは、目を覚ます。

 瞼を開けると――。

 

「…………」

「…………」

 

 ――まず最初にフランの顔が見えた。横から覗き込むかたち。どうやらベッドサイドから乗り出して、コノエを見ていたらしい。

 

 至近距離で目が合う。ほんのすぐそこに彼女がいる。慌ててしまいそうな距離。

 ……けれど。

 

「おはよう。よく眠れた?」

「……ああ」

 

 けれど、コノエは何故か慌てる気になれなかった。

 目の前で笑うフランの顔が、笑っているようで、少し泣きそうに見えたからかもしれない。




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