転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
──夢を見たな、とコノエは思った。
これで二度目。気絶した時と今回。
一度なら偶然であったとしても、二度目はきっと偶然ではない。
夢と少女の嘆き。コノエは目覚めの後も残る微かな記憶を追いかけて……。
「調子は、どう? 大丈夫?」
「……ん、ああ」
そこでフランに声を掛けられて、思考は打ち切られる。
フランは少し不安そうな顔をしていて……。
「……大丈夫だ」
コノエはそんなフランに、頷いて返す。体調と魂の力は両方とも問題なかった。
しっかりと休んだので、確かに回復している。
──これなら、きっと天蓋竜とも戦える。厳しい戦いにはなるだろうが。
「……そっか、よかった」
すると、フランは安堵したように微笑み。
「じゃあこれで、さよならね」
◆
コノエは、歩いていく。フランと共に、街を歩く。
目指す先は、一度コノエも通った場所だ。
通りに面した店の中にある、次の領域へと続く扉。フラン曰く、今はその扉は天蓋竜の領域の一つ前、黒い小部屋へと続いているらしい。
「…………」
「…………」
ほんの数百メートルほどの短い距離を、二人は歩いていく。
言葉はなく、ただ二人は歩みを進めていった。
フラン曰く、後は天蓋竜を倒せば、この固有魔法から抜け出せるらしい。元居た場所、聖国へと戻れるのだとか。
終わりが近づいてきていた。もう後一度戦うだけだった。……しかし。
「…………」
「…………」
……少し、コノエは思う。それで全部終わり、解決した、と言うのには分からないことが多いよなと。
突如飛ばされ、魔王や災厄が現れた。それだけじゃなく、今居るこの聖国の領域もよく分からない。沢山のマイコ人形に、二度も見た夢。
──そして、何よりも。今隣を歩いている彼女のことも。
色々と世話になった。この領域について教えてもらったり、命を助けられた。彼女が居なかったら。今コノエはこの世にいなかったかもしれない。
疑問に思う点は多いものの、それ以上に助けられたように思う。
──だから、コノエは彼女のことが気になっていた。
けれど、彼女は『私のことは何も教えられない』と言っていたように、自らを語ろうとしない。
「…………ここね」
「…………ああ」
……そうして、考えている間に、コノエとフランは目的地の店の前に辿り着く。
入り口を潜って中に入ると、そこには扉が一つあった。
次の領域へと続く扉。そこには、数字で『一』とだけ書かれている。数字が減っていた。
これはやはり、彼女が言っていたように部屋はあと一つと言うことなのだろう。
そう思いながらちらりと横を見ると、彼女と目が合う。
彼女は扉から一歩引いた場所に立ち、柔らかく微笑んでいた。
少し遠い目で。別れを告げるように。
……コノエは、その表情になんとなく、本当にこれが最後なんだろうなと思った。
少なくとも彼女は、そのつもりでいるのだと。先ほど『さよなら』と言ったように。何も分からないままに、去ろうとしている。
疑問ばかりがあって、だから、コノエは思わず──。
「──フラン、よかったら君のことを教えてくれないか」
「────」
そう問いかけていた。コノエらしくない言葉。他者に自分から深入りしようとするなんて、今までの人生で何度あっただろうか。
……けれど、その瞬間のコノエは、そうしなければならない気がしていた。
すると、フランは大きく目を見開いて。目を一瞬泳がせて。
……でも次の瞬間、困ったように眉を下げる。
「……だめ。内緒よ」
「……」
フランは、そう言って首を横に振った。
……やはりダメだったか。コノエは目を伏せる。
……思ったより、胸の奥が重くなった。
すると、そんなコノエに、フランはますます困ったような顔をした。
数秒間の沈黙があった。二人共、言葉を話さなくて……。
「…………」
「…………?」
……うん? そこでふとフランが動く。
彼女は、困った顔のまま両手を上げる。
そのまま手を胸の前で猫のように構えて……。
「……ぬっぬっ」
「……」
「……なんてね」
フランは、少し恥ずかしそうに頬を赤く染めていた。そうして──。
「──ごめんなさい。私のことは、やっぱり教えられないわ。……けれど」
「……?」
「代わりに、私たちを閉じ込める、この固有魔法について教えてあげる」
彼女はそう言って、静かに笑った。
◆
──この世界はね、夢なの。
フランはまずそう言った。
「…………ゆ、夢?」
「そう、夢。夢を操作して、精神を閉じ込める。そして、その者が
夢喰の魔王に近いんじゃないかしら、とフランが呟く。コノエは予想しなかった言葉に驚きつつ、それでも彼女の言葉に思考を巡らせた。
……これが、夢? コノエは己の掌を見つめる。正直、現実と区別がつかない。全く違和感がない。ああ、でも、かつて現れた夢喰の魔王の記録でも、現実と変わりない夢だったと書かれていたような。なら、あり得ないことじゃないのか?
……また、最も恐れているものを、夢の可能性から引きずり出す、とは。
「夢にはね、無数の可能性があるの。……ほら、夢って何でもありでしょう? 死者も、そもそも存在しない想像上の存在も、何でも出て来る。そういう夢の住人の中から、対象者の恐怖の象徴を連れて来て、固有魔法の中で受肉させる。それが魔王の権能ってこと」
……なるほど? 詳しいことはよく分からないが、なんとなくの概要は分かった。つまり、風の竜と不死の魔王、スケルトン、天蓋竜を自分は一番恐れていて、それを魔王が夢から引きずり出して連れてきた、と。
……しかし、天蓋竜や不死の魔王は恐れているかもしれないが、風の竜も?
「んー、そうね。多分そう言うくくりじゃないんだと思う。もう少しあやふやなの。夢だから。例えば、あなたにとって一番大切なものを脅かすのが、その魔物達だった、とか」
「────」
「考えてみて。あなたが一番大切なものは、なに?」
──自分にとって、大切なもの。コノエは考える。
それは、もちろん今の日常だった。
テルネリカ、メルミナ、フォニア、教官、神様。最近ではマイコもだ。固有魔法にも刻まれた、コノエの在り方。コノエは、皆と居る日常が好きだ。
……つまり、そんな皆をかつて脅かした敵が現れた、ということか?
「ちなみに、あなたが恐れているものの象徴が五つだったから五つ部屋が出来ただけで、象徴が一つなら一体だけ敵が出て来るわ。天蓋竜を何よりも恐れている人がこの固有魔法に取り込まれれば、天蓋竜だけが現れる」
「……なる、ほど?」
「あとね、さっきも言ったけど、それを本当に恐れているのなら、実在しなくても出て来るの。それこそ、この世界とは違う異世界の怪物とかも出て来るかもね?」
夢だから、と。フランは少し苦笑しながら、そう言った。
「この固有魔法の本質は、己と向き合う鏡。相手によって色を変える、千変万化の権能よ」
「…………」
コノエは、頭の中で情報を咀嚼する。
矛盾点は、無いように思えた。
突然夢と言われて驚いたが、確かにそう言われると現実ではおかしな点も浮かび上がってくる。
なにせ、何が起こったのかを最初から並べると、強制転移、空間作成、魔物創造、劣化とはいえ魔王の固有魔法再現まで行っている。元が魔王級の力だったとはいえ、単一の固有魔法と思えば、あまりにも多彩過ぎた。
なるほど、夢ならばとコノエは頷き……。
「……で、それでね。実はここで一つ良い話があって」
「……うん?」
「ここが夢の中だからこそ、出来る方法があるの」
フランは嬉しそうに、さっきあなたが寝ている間に気付いたんだけど、と言う。
「……夢の中だからこそ?」
「ええ、あのね……あなたの抗固有魔法を使って、夢の固有魔法に穴を開けるの」
……穴?
「小さい穴でいいわ。一瞬でもいい。脱出は出来ないと思うけれど、それはきっとあなたが天蓋竜と戦う、何よりも大きな助けになる」
「…………?」
「何が起こるのかは、やってみたら分かるわ。……信じてくれると、嬉しい」
彼女は、首を傾げるコノエに、ただ信じてと言った。きっと良いことが起きるからと。
それにコノエは……少し考えた後、頷く。
するとフランは本当に嬉しそうに笑う。
そして……。
「──うん、じゃあ、これで必要なことは全部伝え終わったかな」
彼女は話を断ち切るようにそう言って、一歩二歩、と後ろに歩く。
コノエから距離を取って、じっとコノエを見た。
「……フラン」
「ありがとう。私、あなたに会えてよかった。本当にそう思うわ」
呼びかけるコノエに、フランはただ笑いかける。
ありがとう、ありがとう、と。お礼を言って──。
「……あ」
──さようなら、と。
一言そう言い残して、コノエの返事を待たずに、フランは消えた。
宿っていた義体を解除したのだと分かった。
◆
「…………………………」
行ってしまった。コノエはフランが消えた跡を数秒見つめる。
夢の固有魔法の詳細と、抗固有魔法で穴。色々と教えてもらって、分かったことは多い。
……けれど、同時に謎も増えたような、そんな気分だった。結局、彼女のことは分からずじまいだ。せめてもう少し話を聞かせてくれれば、と思い。
「……ふう」
しかし、もう去った以上、いつまでも考えていても仕方がない。
なので、小さく息を吐きつつ、そろそろ行動しようとする。
とりあえず、天蓋竜──強敵と戦う前なので最後に装備の確認をしようした。いつもやっていること。習慣なので、普段から無意識的に行っていることで……。
「……?」
そこで、ふと気づく。小さな違和感を覚えた。
何にかと言えば、腰のポーチに。
コノエの装備を詰め込んだ、空間魔法で拡張されたポーチ。
そこにまるで──誰かに開けられたかのような違和感があった。
「…………」
不死の魔王と戦った後に一度触ったが、違和感はなかった。故に、それに触れたものがいるとすれば。
……フランか?
コノエは、腰からポーチを外し、中を見る。
確認していく。中には保存食や水、コートやシャツ、ズボンなどの着替え、替えのナイフ作成の魔道具が入っている。
それらは、大半が記憶と変わりはなくて。
「……うん? 袋?」
しかし、一つ見覚えのない袋が入っていた。
一抱え程の大きさの布の袋だ。
中に何かが入っているようで、口を開けて中を覗き込んでみると。
「……これは」
……袋の中には、汚れた服が入っていた。見覚えのある服だ。
アデプトのコートと、シャツとズボン。
つまり、コノエが普段着ている服が入っていた。
(……ああ、不死の魔王との戦いでダメになった服か)
血で染まって、ズタズタのボロボロになった服だ。
もう着ることは出来ないだろうと寝る前に畳んで部屋の隅に置いておいたヤツ。
そういえば無くなってたなと今更ながら気づく。
フランが回収して入れたのだろうかと思い。
「…………?」
あれ? そこで、もう一つ気付く。
何かが、おかしい。
コノエは袋から一番上のシャツを取り出し、広げる。すると。
「……え?」
驚く。違和感の正体はすぐにわかった。
そのシャツは……。
(……穴が、開いていない?)
切り刻まれ、ズタボロになっていたはずのシャツ。
穴だらけになっていたそれが。
(──
……フランがやったのか?
そうだろう。彼女以外いない。シャツは洗われた後、丁寧に縫われ補修されていた。
……いいや、違う。それだけじゃない。縫い目に合わせるように、軽い刺繍まで施されている。
まるで最初からそんなデザインだったかのように。
花をあしらった綺麗な刺繍。
素人には出来るはずがない、見事な技巧がそこにあった。
──だから、思った。
(ええと──
……裁縫が、上手い?
つまりそれは…………それは?
「…………………………え?」
……マイコ?
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3/6 21:10追記
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