転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第2話 惚れ薬

 ――奴隷ハーレム。

 それは一昔前から日本の創作物の中で多く見られるようになった言葉だ。

 

 主人公が美女の奴隷を買って、囲まれて。

 優しくしたり、好かれたり、逆にひどいことをしたり、憎まれたり。

 

 内容的には色々と種類もあって、近年では一言でこれと言えるようなものではなくなっていたけれど、まあそんな感じのヤツだった。

 

 要するに、男の夢と言える。

 コノエも若い頃にそういう物語を読んだことがあった。

 

 ……だから、教官の言葉に思わずコノエの心が揺れた。

 だって、うらやましいと思っていた。物語の主人公たち。美女に囲まれて、なんだってできる。(よこしま)なことをしてもいいし、優しい人間のフリをしてもいい。そんな生活を送ることが出来る。

 

 思春期にそういう物語を読んで、ベッドの中で妄想しなかった人間がどれくらいいるだろうか。少なくともコノエは何度もしていた。

 

 奴隷なら、こんな自分でも人に愛してもらえるかもしれない。異世界なら、誰かと共に歩んでいけるのかもしれない。そんな妄想。

 でも、ありえなくて、叶うはずがなくて。溜息を吐いて諦めた。意味がない、下らないと。

 

 でもそんな妄想が――。

 

 ◆

 

「へぇ、奴隷のハーレムがお望みかな?」

 

 ――いきなり現実に飛び出してきた。

 

「なるほど、なるほど」

「……あ、いや」

 

 女性の前で奴隷ハーレムなんて言葉に反応してしまって焦るコノエに、しかし、にやりと、教官が笑う。

 そして何度もうんうんと頷きながらコノエの肩をポンポンと叩いてきた。

 

「いいじゃないの。男の夢だもんね?」

「……いや、その」

 

 わかるわかる。男ってそんなもんだよねと。

 こういうのは世界が変わっても変わらない、なんて言う。

 

「期待していいよ。何人でも、何十人でも大丈夫。生命魔法を習得し、認められ――アデプトになれば。金貨千枚なんて簡単に稼げるから」

 

 奴隷商に行って、可愛い子を片っ端から買えるよ! と。

 あまりにあけすけ(・・・・)な態度に、コノエも引くを通り越して真面目に聞いてしまう。

 

「都に屋敷を買って、沢山の奴隷を侍らせて――うん。まあ、訓練は厳しいけど、それさえ乗り越えればあとはヤリたい放題というわけだね!」

 

 教官が、どう? いいでしょ? すごいでしょ? と、すごく都合のいいことを言う。コノエの肩をパンパンと叩く

 コノエの視界が揺れて――それと同時に、少しだけ、心も揺れていた。

 

 ……本当に出来るんだろうか? と。そんなことが、本当に?

 嘘じゃないかと思って……でも、先ほど教官は神に誓っていた。

 

 それなら、こんな自分にも、本当に奴隷ハーレムが?

 それはつまり――

 

『――僕の人生に、意味はあったのかな』

 

 ――今度は、一人ぼっちの病室で死ななくてもいいんだろうか。

 今度は、どうでもいい誰かじゃなくて、今度は、邪魔な誰かじゃなくて。コミュ障でも。まともに人と関係を築けなくても、今度こそは誰かと一緒に。

 

「――」

 

 ……揺れる。心が揺れていた

 なんだか訓練が厳しいとか聞こえた気がするけれど、それが気にならなくなるくらいには、揺れていた。

 

「アデプトへの道は大変だけど、真面目で努力家な君ならきっと大丈夫。安心して? 生命魔法は教育が手厚いから。何年でも、何十年でもしっかり最後まで面倒を見るよ」

「――神に、誓うよ。私に下心はなく、悪意もなく、人のため、世のため、神のために、見込みのある君をスカウトしているんだって」

 

(――見込みがある? 僕が? 本当に? 真面目だから?)

 

 コノエには真面目だという自負はあった。そういう風に生きてきた。そういう風に生きることしかできなかった。そうしないと、立場を築けなかった。邪魔者のコノエ。雑談一つまともにできないコノエ。社会の中で生きるには、真面目の皮を被るしかなかった。

 

「……」

 

 生命魔法を習得すれば金を沢山稼げるかもしれない。

 金を稼げば、奴隷のハーレムを作れるかもしれない。

 

 今度こそ、人に囲まれて生きていけるかもしれない。

 そう思うと、コノエの目が眩んだ。だって、もう一人ぼっちで死ぬのは嫌だった。

 

 どれだけ苦しんでも手を伸ばしてくれる人すらおらず、死んで悲しんでくれる人もいない

 そんな最後だけは、もう――

 

(――いやいや、待て。落ち着け)

 

 脳がグラグラと揺れていて――しかし、そこでコノエは冷静になる。

 長年培ってきた疑り深さがコノエを引き留める。

 

 そして落ち着けと自分に言い聞かせた。そんなに都合よくいくわけないだろと。

 これまでの人生でそんなに上手くいったことなんてなかっただろと。

 

(……そうだ、そもそも、奴隷なんか買ったって)

 

 そもそもの話を思う。奴隷を買ったって自分ではうまくいく訳がない。

 物語の主人公は簡単に奴隷とイチャイチャしているが、それは主人公だからだ。奴隷と言っても自由意思はあって、好きになる人を選ぶ権利はある。

 

 ……つまり、友人すらまともに作れないコノエにはハーレムなど不可能だ。

 

 奴隷を買うことはできるかもしれない。でもその先で嫌われる未来が容易に想像できる。裏で陰口を叩かれて、傷ついて。

 ハーレムのはずが逆に孤立してしまいそうだ。

 

「……」

 

 どうしようもない人生を送ってきた。意味のない人生を送ってきた。

 そんな自分に、今更人と仲良くなど、出来るはずがないとコノエは思う。

 

「……どうしたの?」

 

 教官が不思議そうな顔をして問いかける。

 コノエが突然冷静になったからだろう。

 

「……いえ、やはり止めておこうと。……では失礼します」

「え、なんで? 待って待って」

 

 無理やり逃げようとして、また捕まる。肩を掴まれる。

 なので、先ほど考えたことを仕方なしに口にする。

 

 人には身の程というものがあること。コノエのような人間に、ハーレムの維持はできないこと。人間関係的に、早晩破綻することなどを、説明した。

 

 ――だから僕は、今まで通りもっと無難な生き方をするべきだ。そう、コノエは思って

 

「うーん、維持、そして人間関係かぁ。…………大丈夫! それなら心配はいらないよ!」

「――え?」

 

 あははと、教官が笑った

 そして、コノエの肩に置いた手に力を込めた。

 

「そう思うのなら、むしろ君はアデプトになるべきじゃないかな」

 

 教官は、至近距離でコノエを見つめる。

 そして、にっこりと笑みを浮かべて。

 

「いいかな? 奴隷には基本的に人権がないの。命令を拒否する権利もない」

「……」

「そして、生命魔法のアデプトは、その職務上、人より多くのことを許可されているの。それは例えば、特殊な薬の使用許可も。他の加護ではそうはいかないよ? 錬金術師は作れるけれど、使用は禁止されているし」

「……それが、なんだと」

「聞いて。つまり、アデプトなら――惚れ薬(きんしやくぶつ)を、使える」

「――――――――――――」

 

 ――コノエは。それに。

 

 誰からも必要とされなかったコノエは

 誰ともまともに話せなかったコノエは

 

「……………………………………はい」

 

 コノエは、欲望に負けた。

 目の前にぶら下げられたニンジンに、全力で飛びついたんだ。

 

 ◆

 

 ――惚れ薬について、コノエは思う。

 人を、強制的に惚れさせる薬。人の感情を好き勝手に弄る、悪魔の所業。

 

 あまりにも身勝手で、道から外れている薬物だ。

 日本で(つちか)った倫理観が悲鳴を上げていて、頭の中の冷静な部分がこの屑がと罵ってくる。

 

 許されるはずがない。許していいはずがない。

 

「……」

 

 でも……ほかに、方法があるだろうか。

 三十年近く生きてきて、誰ともまともに関わることが出来なかったコノエ。どこに行っても孤立してきたコノエ。まともに目を見て話すことも苦手なコノエ。

 

 そんなコノエに、他の方法なんて思いつかなかった。

 想うのは、ただ一つ。コノエでも、こんなコミュ障でも。

 

(……惚れ薬なら、僕みたいな人間でも、誰かの一番になれるんだろうか)

 

 誰かにとっての特別。

 ずっと憧れていたそれに、コノエもなれるのだろうかと――。

 

 ◆

 

 ――そして数日が経つ。

 

 その日、転生者の最初の講習が終わった。

 転生者たちは一部を除いて皆寮を出て、己の選んだ道を歩き出す。それぞれの選んだ加護を手に入れるために、冒険者になるものは冒険者ギルドへ向かい、魔法使いになりたいものは魔法ギルドへ向かう。

 

「……」

 

 ……そして、コノエもまた生命魔法ギルドの扉を叩いた。

 

 ひとしきり歓迎され、しかし「ありがとうございます」と「頑張ります」としか言えない自分にげんなりした後、ギルドの奥へと連れていかれる。すると、そこには話に聞いていた神様の分体(・・・・・)がいた。

 

 神様は背中に天使のような翼が生えた、真っ白な少女の姿をしていた。

 美しい顔で、邪気なんてない瞳で。コノエを歓迎していた。

 

『汝、生命の道に進むことを望みますか?』

 

 それにコノエは――

 

「――はい」

 

 目を少し逸らし、一言で返す。

 失礼だと思ったけれど、目を見ていられなかった。

 

 でも神様はそんなコノエにまた笑いかける。

 

『では、祝福を。あなたの行く先が、多くの笑顔で溢れていますように』

 

 その言葉と共に、周囲を光が満たす。

 コノエは体の中に何か暖かいものが宿ったのを感じて――

 

 ◆

 

 ――そして、その三十日後。

 コノエは訓練場の片隅で死にかけていた。

 

 

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