転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
第23話 戦闘開始
『■■■■■■■■■■■■!!!!』
世界を揺らす咆哮が轟く。天を覆うかのごとき黒き竜。否定の魔王。
その権能の力が世界に広がり、閉じた領域を侵食していく。
「…………ふむ」
そんな魔王に、聖女と呼ばれている彼女はただ一人で相対する。
剣を構え、叫ぶ天蓋竜をただ見据えていた。
体の動きを観察し、纏う力の量を見る。
百五年前の記憶と、先日の戦いの情報。そして事前にコノエから聞いていた情報を照らし合わせる。少しだけ、目を細め――。
『■■■■!』
――そのときだった。天蓋竜が動いた。
長大な体を凄まじい勢いで丸めたかと思うと。
「――あら」
――
ただただ一直線に、目指す方向へと飛翔する。その
つい先ほどコノエが去っていった道だった。
つまり、天蓋竜は相対する聖女を無視して、コノエを追おうとしたということ。
黒い巨体が、瞬く間に彼女の横を通り過ぎていこうとして。
「もう、寂しいじゃないですか」
しかし、それに彼女は
すねた口調で呟きながら瞬時に天蓋竜の横へ移動し、剣を振るう。天蓋竜の行く手に斬撃を置く。
『――』
けれど、天蓋竜は構うことなく突進する。ごく普通の斬撃程度、気にする必要は無いと思ったのだろう。天蓋竜の消滅を突破するには質量が重要だ。細い剣では効果は薄い。
故に、ただ前を見据え突き進み――。
『■■!?』
――次の瞬間。微かな赤い色が宙を舞った。小さいけれど、確かな傷。
――聖女の斬撃が、天蓋竜の消滅と鱗を破っていた。
『■■■■! ■■!?』
天蓋竜が驚愕したように叫ぶ。ありえないと言わんばかりの叫び。
しかし、ただ驚いているだけではなく、天蓋竜は即座に反撃の爪を振るう。黒き消滅の力が渦を巻き、海の領域を二つに切り裂く。
世界を作る固有魔法の壁が裂け、極光色を見せる。
強大な消滅の力。かつて本物が見せた力と比べれば見劣りするが、十分に世界を破壊できるだけの力を持っていた。
「……ふふ」
だが、聖女はそれをたやすく躱し、両手の剣を振るう。
無数の斬撃が走り、天蓋竜の全身を撫でる。
微かな傷が天蓋竜の全身に刻まれ――いや、それだけじゃない。
どういう力が働いたのか、コノエに向かって突き進んでいた天蓋竜の体がぐらりと揺れる。バランスを崩し、進行方向が下にズレる。
――そのまま、天蓋竜は頭から海の中に落ちていった。
『■■■■!?』
「――――起動」
そして、聖女はさらに動く。止まらない。全身に装備した魔道具を起動する。コノエと会話しながら装備した魔道具。
魔道具の力で、周囲の海水が彼女の手に集まっていく。集まった水が、瞬く間に巨大な剣の形に変貌する。
――水の巨剣が空に弧を描く。刃が海水と海底ごと天蓋竜を切り裂いた
『■■■■■■■■■■■■!!!!』
辛うじて体を捻り、直撃の軌道から逃れた天蓋竜の首から血が溢れる。即座にボコボコと泡立たせながら修復しつつ、ぐるりと体を巡らせて、聖女を見据えた。
『…………■■■■■■』
「やっとこちらを見ましたね」
天蓋竜は油断のない瞳で聖女を見ながら、訝しげに唸る。
どうやって傷をつけたのかと言わんばかりの雰囲気。小さな剣で目の前の女はどうやって消滅の力を突破したのか、と思っているのだろう。
なぜなら、天蓋竜は確かに強大な消滅の力を全身に纏っていた。決して弱い力ではない。並のアデプトであれば、どれほど手を尽くしても傷一つ付けられなかっただろう。
事実、聖女の共有の権能は天蓋竜に触れる前に消し飛ばされた。
弱体化した身で、天蓋竜はどうやってそこまでの出力を出したのかと不思議になるような力。まさか、不死の魔王と違い、それほど弱体化していないのか。
違う。そうじゃない。聖女にはそれが理解できた。天蓋竜は弱体化した上で――
長く戦えないことを覚悟した上での策。命を惜しむ不死の魔王にはできない手段。戦わずとも、数時間後には死んでいるだろう。自殺に等しく、偽物の魂であるために難易度も高い。風竜やスケルトンにはできなかった。
しかし、それでも天蓋竜は魂を燃やしてみせた。戦うために。魔王がただやられるために現れるなどありえない。
――どれほど弱体化していても、魔王は魔王であるが故に。
そんな天蓋竜が作り出した障壁を、どうやって聖女は突破したのか。
それは……。
(なるほど。魂を燃やしても、百ほど斬撃を重ねれば貫ける程度ですか。確かにかつてとは比べ物にならないほど弱体化しているようですね)
とても単純だった。固有魔法ではもちろんない。
ただ鍛え上げた技を以って、押し通した。それだけ。
千年の技を以って斬り裂いた。基礎能力は高くとも、戦闘経験が少ない天蓋竜には理解できない方法で斬った。
それが世界最強の一角。魔王討伐者。そして――。
――かつて国家間の親善試合で、教官に勝利した者の力だった。
試合であるがゆえに固有魔法は禁止されていた上、勝利できたのは一度だけだ。二度とは通じない奇策でもあった。しかし、彼女は世界最高の天才に正面からの戦いで勝利した。
どうやったのか。彼女もまた、人を超えた才の持ち主だったのか。
いいや、違う。
――ただ、鍛錬しただけだ。
彼女に特別な才があった訳ではない。才能的に言えば凡人だ。だがそれを彼女は――圧倒的な鍛錬量で覆した。
凡人の極致。愚直なる剣の到達点。
千の剣を振るい、万の剣を仰ぎ、億の剣を刻んだ。
彼女は、ただただ鍛錬を繰り返した。
教官が研究棟の総括をしている間も、アデプトの調整などの雑事に囚われている間も。ずっと。彼女は仕事を可能な限り他者に投げ、己は鍛錬し続けた。
――それこそが聖女。
千年の永きに亘り、邪神の陰謀から聖国を守ってきた英雄である。
『■■■■■■■■』
「…………ふふ」
天蓋竜が唸る。苛立ち交じりに聖女を睨みつけていた。
彼女はその瞳を正面から受け止め、静かに笑い。
「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」
無数の黒い消滅の閃光が放たれる。聖女はそれを回避しつつ、隙間を縫うように剣を振るった。
放たれる斬撃は天蓋竜に確実に重なっていき、行動を妨げる。
(やはり、時間稼ぎは容易ですね。強力ではありますが、技術がない。……まあ逆にこちらも防御を貫くのは簡単ではないでしょうが)
彼女はそう思う。そして、その上で、天蓋竜は時間経過とともに弱っていく。要するに、現状を維持することが出来れば、彼女は天蓋竜に勝利できるということだった。……まあ。
(……まあ、そんな訳はないでしょうが)
彼女は、内心で苦笑する。そうだ。そんな訳がない。敵は魔王なのだから。
確信と共に、彼女は剣を構える。さて、どんな手で来るのかと思考を巡らせて……。
「■■■■■■■■■!!」
「…………」
……しかし、それにしても。戦いには関係ないが、彼女はふと思う。
天蓋竜がコノエを一目散に追いかけたり、実は今も彼女と戦いながらコノエが去った方を気にしているのを見ながら。
(執着しているとは聞いていましたが……コノエさん、あなた天蓋竜に何をしたんです?)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そうして。聖女様に送り出されたコノエは走っていく。
背後から聞こえてくる戦闘音を聞きながら、聖女様が作り出した道を走っていき……。
「――コノエ!」
「……マイコ」
道の先に辿り着く。見えたのは、見覚えのある小さな部屋だった。
そこには床に座り込んだマイコと倒れている――。
「――え?」
そこにいたのは、マネキンのような肌をした一人の少女だった。
彼女はコノエに背を向け、胸のあたりから血を流し倒れていた。
魔物ではなく、人でもない気配。しかし、どこか知っているような。
…………まさか彼女は。
「……フラン?」
「コノエ! このナイフを解除するのを手伝って!」
直感的に呼びかけると、マイコが叫ぶ。
それにコノエは、驚きから立ち戻り、傍に近づき患部を見る。すると、少女の胸に固有魔法と思しきナイフが刺さっていた。呪詛系の力であると理解する。
呪いである以上、抜いても意味はない。形を成しているだけで、本質はすでに体に浸透している。コノエはすぐに解除し、治療しようと手を伸ばし――。
「――――!」
けれど、ナイフに力が弾かれた。理解する。このナイフは極めて強力だ。
生半可な力では、僅かな傷をつけることもできない。
驚くほどに強大な力。それこそ、
――フランの胸に、なぜこれほどまでに強大な呪詛が?
これは、どうすることもできない。コノエは呆然と見る。そして、コノエが手をこまねいている間に少女の胸から血が流れていった。
「――コノエ、ただ固有魔法を解除するんじゃなくて、干渉するの!」
「……え? マイコ?」
「干渉して、分解する。私と彼女なら、それが出来る!」
そこで、マイコの声。
マイコは必死の顔でコノエに手を伸ばしていた。
「――ぬ! 手伝ってコノエ! 私とあなたで、この固有魔法に侵入するの!」
雑ステータス:聖女様
基礎能力 44000
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