転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第24話 侵入

「ぬ、コノエ、まずあなたがナイフを握って。その上から私が手を重ねるから」

「……ああ」

 

 コノエとマイコは、ここまでの経緯やフランについて最低限の情報共有をしたあと、すぐさま呪詛の解除のために動き出す。

 そうしなければ、フランの体が持たないからだ。傷は深く、普通の人であったらとっくに死んでいるような状態。フラン本人の生命力と、コノエが発動し続けている生命魔法の力で維持していた。開いた傷から流れ出す生命力を無理やり補充する形だ。すぐに死ぬようなことはないが、悠長には出来ない。

 

「……」

 

 マイコ曰く、彼女は自ら呪詛を胸に打ち込んだようだ。そして、何故そうしたのかと言えば……おそらく彼女が生きていると、夢の固有魔法が解除されないから、らしい。聖女様が言っていたように、彼女がマイコの敵だから。

 

 つまり、これから行うのは固有魔法からの脱出という目的に反することになる。合理的に考えるのであれば、するべきではないだろう。

 しかしマイコは──。

 

『──コノエ、おねがい。こんなのは駄目。脱出する方法は私がなんとかしてみせるから』

 

 そう言った。……それに、コノエも、このままでいいとは思えなかった。コノエは、フランのことを何も知らない。もしものマイコだということくらいだ。

 突然現れて、共に時間を過ごした。命を救われた。けれど、彼女自身のことを何も言わずに去っていって──見つけたと思ったら、自ら命を絶っていた。

 

 ……だから、コノエは、彼女のことを知りたいと思う。最後に別れる直前、彼女に問いかけたように。

 

「……」

 

 聖女様も話をしたいと言っていたが、それ以上にコノエ自身が話をしたかった。

 コノエはフランの顔を見る。頭の青い茸に、マネキンのような硬質の肌。十代半ば程に見える顔は、血の気が失せて青ざめていた。色々と違う外見と、人でも魔物でもない気配は、神様の加護を受けていないからか。

 

「……ぬ、コノエ?」

「……うん?」

「え、その、コノエは……」

 

 と、そこでマイコが少し驚いたような顔をした後、何かを言い淀むかのように口を動かす。何だろうと見ていると……しかしマイコは何も言わなかった。そのまま数秒間口を動かした後目を逸らし、「なんでもない」と呟く。そして。

 

「……ぬ! じゃあ始める。今から行うのは、固有魔法への干渉。まずコノエの固有魔法で切れ目を作る。その後、私とコノエで固有魔法に侵入し、核を見つけ出して破壊する」

「……ああ」

「ぬ、内部での意識の確立と干渉は私がやるから、コノエは私たち二人を抗固有魔法で守り続けるように意識して」

「……わかった」

 

 コノエとマイコの手が、ナイフの上で重なる。

 では、とコノエが抗固有魔法を発動して。

 

「ぬ、あとね、コノエ。……今から入るのは呪詛の中だから、()()、きついかもしれない」

「……? …………ああ」

 

 コノエは少し考えた後、理解する。だって、呪詛とは、すなわち憎悪だ。憎しみ、怒り、嫌悪。そういうもので出来ている、

 その内部に入っていくのならば、当然、覚悟が必要なのだろう。……しかし、彼女を助けるためには必要なことだった。

 

 コノエはマイコに頷いて返し、もう一度ナイフを握りなおす。

 その後、マイコは一拍の空白を入れて──。

 

「──ぬ、行く」

 

 ──言葉と共に、二人の意識はナイフの中に落ちていった。

 

 ◆

 

 ──潜っていく。

 ──潜っていく

 ──潜っていく。

 

(……これは)

 

 気付くとコノエは、深い霧の中にいた。黒い霧だ。ドロドロとした粘性を帯びているような霧。視界は悪く、気配探知も通り辛い。

 確かなものは、ここに来る時と同様、手を握っているマイコの存在だけだった。

 

「ぬ、コノエ」

「……ああ」

 

 名前を呼ばれ、改めて手を握り、抗固有魔法を纏いなおす。

 そうして、道なき道を歩き出した。

 

 強化した目でも数メートル先までしか見えないような霧の中。マイコが周囲に干渉し、方向を決めて歩き出す。少し歩いて、調べて、また少し歩いて。

 二人は前へと進んでいく。フランの現状を思えば急ぎたいところだったが、迷ってしまっては意味がない。

 

 冷静に、着実に。一歩一歩前へ進んでいくと……。

 

「…………」

 

 ……少し、びりびりとした感覚があった。

 抗固有魔法越しにも伝わって来る気配。暗い魂の気配。それは。

 

「……む」

「ぬ、何か見えてきた」

 

 暗い霧の中に、何かが見えた。僅かな灯りと、倒れこんだ誰かの姿。

 近づいていくと、そこに見えたのは。

 

「……これは………マイコ?」

「ぬ、わたし。……これ、過去の映像?」

 

 床に倒れこんだマイコ。彼女は黒い紐と猿轡で拘束されている。

 そして怯えた目でこちらを見ていて……。

 

「ぬ、これ、多分、この固有魔法に取り込まれた直後だと思う」

 

 マイコが呟きながら、映像に近づく。コノエも手を引かれて近付いた。

 すると、微かに声のようなものが聞こえてくる。

 

 ──許せない。許せない。許せない。

 ──許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。

 

「──」

 

 怒りの感情が伝わって来る。呪詛の根幹にある感情。

 フランの記憶か。マイコにただ憤怒を抱いている。

 

「……ぬ、行こうコノエ。核はこの先にあるから」

「……ああ」

 

 マイコに手を引かれ、歩き出す。映像から離れて、さらに先へ。

 ……すると、歩く先にまた僅かな灯りが見えてきた。

 

 それに近づくと、またフランの記憶が流れ込んできて──。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ──その瞬間、彼女の感情は怒りに支配されていた。

 それは、後にフランと名乗る少女が、この夢の固有魔法に引きずり出された直後のことだ。

 

 許せなかった。どうしてくれようと思った。許せなくて許せなくて許せなくて。

 絶対に許しておけるはずがなくて、許していいはずがなくて。

 

 だから、すぐにでも目の前のもう一人の自分を縊り殺してやろうと思った。咄嗟に拘束したそいつを、ぐちゃぐちゃにしてやろうとした。

 呪詛の権能でナイフを作り出し、突き刺そうとして……。

 

『……』

 

 しかし、その直前手が止まる。必死に抵抗し、涙を流すアレのほんの一ミリ手前で止まった。

 

 なぜ止まったか。それは怒りが収まったから――などでは、当然ない。

 むしろ逆だ。怒りは一秒ごとに熱を増している。魂が憎悪で煮え滾っていた。

 

 そうだ、彼女は――()()()()()()()()()()()()()()()と、そう思ったのだ。

 

 もっと酷いことをしてやろうと思った。そうしなければ気が収まらなかった。

 どんな拷問がいいか、どうやって苦しめてやろうかと考えた。

 

 考えた。どうしたら目の前のこいつがもっと苦しむかと。

 考えて考えて考えて……そこで一つ、彼女は思いついた。

 

『……ああ』

 

 この夢の中に連れてこられた瞬間に、目の前のマイコ(アレ)の魂に触れていたからだ。だから、アレが一番苦しみそうな方法が分かった。

 

 ──もう一人来ている、()()()()()()()()()()()

 マイコ(アレ)の目の前に、死体を持ってきてやろう。そうすればきっと、何よりも苦しんでくれるはずだ。

 

 つまり、彼女は当初──コノエを殺すために、彼が作り出した夢の領域に向かったのだ。

 

 ◆

 

『……ここがあの男の領域』

 

 アレを床に転がしたまま、彼女が移動したそこは、男の二番目の領域だった。

 空っぽになっていたので、そこに移動した。

 

 身に宿る莫大な力を操作すれば、壁を越えての移動は容易かった。

 すると、聖都という都市を模した領域が見える。祭りの最中を再現しているようだった。街のいたるところに祭り用の飾りがある。

 

 けれど人の気配がなくて……なんとなく、理解する。どうやら敵だったアレが最終的に味方になったり、ほんの数時間前に祭りを一緒に楽しんだことが原因でこんな街が出来たらしい。

 

 ……極めて不愉快だった。楽しそうにしているのが許せない。

 

『…………ふん』

 

 彼女は眉を顰めながら、さっそく男を探すことにする。

 どこにいるのか、と魂の力を使って探知すると。

 

『…………?』

 

 なぜだろう。気配が感じられなかった。

 なので、もっと深く探ってみると……。

 

『……? まだこの世界に入ってくる途中?』

 

 どうやら、男は現実と夢の狭間をゆっくりと移動している途中のようだった。アレと比べると大きなタイムラグが発生している。

 どうしてそうなったのかと言えば。

 

『……ああ、私が力を貰いすぎたからか』

 

 気付く。実は彼女はこの世界に来た時、周囲に魂の力が沢山あったので、せっかくなので拝借していた。魔王が魂を燃やして作った力。本来の出力の十倍以上のエネルギーがあって、その全体の九割くらいをもらった。なので再現――受肉する魔物に不具合が起きているらしい。

 

 また、それに加えて、順番の問題もある。そもそも、この夢の固有魔法が二人しか内部に取り込んでいないのは、マイコ(アレ)が真っ先にこの世界に飛び込み、内側から干渉して入り口を閉じたからだ。本体が死んでいる固有魔法だからこそできたこと。手を握っていたので男だけは遅れて入ってきてしまったが……。

 

 ……ともあれ、要するに色々と遅れが出ているらしい。

 

『……はあ』

 

 彼女はため息を吐きながら、近くの椅子に座る。

 しかたがないので待つことにした。

 

 空いた時間に、あの男が現れたらどうしようかと考える。

 殺せるだろうか? 殺せるだろう。力の量が違う。

 

 そうなったらどうなる? マイコ(アレ)は泣き叫ぶはずだ。苦しむはずだ。……少しは痛みが理解できるはずだ。アレが泣く姿を想像するだけで胸がすくようだった

 

 ――コノエ。彼女としても色々思うところがある男。

 その姿を想像しながら、やって来るのを彼女は待った。

 

 ドロドロと激情が渦を巻き、胸の奥で煮え滾っていて……。

 

 ――

 ――

 ――

 

 彼女は、ただただ男の姿を想像し続ける。

 精一杯酷いことをしてやろう。地獄を見せてやろう。

 

 考えながら、そのまましばらく待ち続ける。

 そのことしか頭になかった。

 

 ――

 ――

 ――

 

 記憶をずっと見ていた。

 天蓋竜と戦う姿。

 

 鎧と槍。金色。

 

 ――

 ――

 ――

 

 記憶の中の男。なんだか静かな目をしている。

 マイコ(アレ)をそんな目で見るのか。

 

 ――

 ――

 ――

 

 そういえば。ふと彼女は思う

 戦う前に男と話はするだろうかと。

 

 もしそうなれば、人と話すのはいつ以来だろう。

 

 ――

 ――

 ――

 

 なんとなく、足の指先を見る。

 指を少し複雑に動かしてみたりして。 

 

 ……どうしよう。

 ちょっと緊張してきた。




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