転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
大変申し訳ありませんでした。
──コノエとマイコは、ただ見ていた。
フランの過去を。想いを。固有魔法に込められた願いを。
暗闇を進むにつれて見えてくる過去を。
「………………」
「…………ぬ」
色々と見て、思うところはあった。共感できる感情も、驚くこともとても多かった。
あと、これ僕が見てもいいんだろうか、とも思って……。
……しかし、それにしても。
「……教官が死んでいる世界か」
ポツリと呟く。デーモン塊の力で子供になった後、そのまま死んだ世界。
フランの世界は、そんな可能性の世界なのだという。つまり。
「……僕が、失敗したということか」
「……ぬ、私とコノエがあの日、ダンジョンで出会えなかった世界」
──なるほど。コノエは納得する。
確かに、あの日マイコに会えなければ、コノエは邪神の元へたどり着けなかっただろう。そうか。そうなれば教官は死んでいたのか。
「……」
もしもの世界とは言え教官が死んでいるという事実に、コノエはそれなりに衝撃を受けつつ。
しかし、可能性は可能性でしかないので、軽く頭を振りながら切り替える。
ともあれ、今はフランのことだった。
優先順位を間違えてはならない。
フラン。神様の加護を持たず、人でもなく、魔物でもない存在として放浪したマイコの姿。
夢の固有魔法によって引きずり出された、マイコの恐怖の形。
……いや、まあ恐怖の形にしては、こう、なんというか。
随分と優しい気はするけれど。つい、困惑しそうなくらいに。
でも、困惑しつつも、フランの孤独はコノエにも理解できた。孤独は、怖い。それをコノエは知っている。今回は自分の前に魔物が現れたが……少し状況が異なれば、フランのような別の自分が現れていたのかもな、とコノエは思う。
マイコは、もし神様の加護を貰えず孤独になっていたと思うと、怖かったのだろう。
「………………」
コノエは、無言でフランの記憶を見ていく。
目の前では、ちょうどフランが猫のポーズで『ぬっぬっ』と言っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
劇場の中を、沈黙が包んでいた。
数分後にフランと名乗ることになる少女の目の前で、男がぽかんと口を開けている。
『……ぬっぬっ!』
彼女は、思う。
私は何をしているんだろうと。
なんだ『ぬ』って『ぬっぬっ』って。どう考えてもおかしい。コミュニケーションの第一歩として色々終わっている。緊張していたとはいえ、なんでこんなセリフを選んでしまったのか
どうしてと後悔して、原因を思う。
アレが普段から変なことをしているせいだった。
(……おのれ、許せない)
流石に逆恨みだと自分でもわかっている恨みを抱きつつ、彼女はついに力尽きて、顔を押さえて座り込む。恥ずかしかった。とても恥ずかしかった。
『……うぅ、恥ずかしい。なんでこんなことしたんだろう。というか『ぬ』とか『ぬっぬっ』ってなに? 素でやってるの? それとも狙ってるの?』
恥ずかしすぎて、現実逃避して、ぶつぶつと呟いてしまって。
すると──。
『……少し、いいだろうか』
彼の方から、話しかけてくれた。聞きたいことがあると。
それに彼女は、必死に取り繕いながら言葉を返した。会話が成立していることに驚きつつ、必死で口を動かした。
『……私のことは、フラン、とでも呼んでくれるかしら』
『まず最初に言っておくと──私は、魔物ではないわ』
フランと名を決め、名乗り、頑張った。
頑張って、私は敵じゃないよって言った。
『私はあなたと敵対するつもりはない。もちろん、あなたから攻撃されたら抵抗はさせてもらうけれど、あなたが私に敵対しない限り、私もあなたに敵対しない』
『信じられないのなら、そうね。──神に、誓ってもいいわ』
言えること、言えないこと。一つ一つ説明した。混乱しながらも、必死に。
嘘はつきたくなかったから、正直に言った。怪しいかもしれないけれどそれでも。
そうしたら、彼はそれを受け入れてくれて。会話は続いていった。フランは会話ができると言うこと自体が嬉しくて、どんどん胸が高鳴って。
そして、そのうちに──。
『──私と一緒に、祭りを歩いてほしいの』
彼女は、気付けば彼を祭りに誘っていた。
………………あれ?
◆
彼と一緒に、祭りを歩く。
どうしてそうなったのか、彼女には分からなかった。そんなつもりじゃなかったのに。決して、
『ね、あなた。あれが聖国で新しく開発された魔法なんでしょう?』
ああでも、思う。
彼と歩く祭りは。
『いいわね。私、好きよ。こういう魔法。だって、なんだか綺麗じゃない?』
『作った人も、披露している人も、見ている人も、きっと皆楽しんでいると思うわ? それってとっても綺麗だと思わない?』
ただ、歩いているだけなのに。
ただ、遊んでいるだけなのに。
『本当に、不思議。あなたが来る前、一人で歩いた時よりずっと楽しい。……本当に、なんでこんなに楽しいんでしょう?』
不思議だけれど、本当に、どうしようもないほどに、楽しくて──。
◆
──そうして、しばらく祭りを歩いた後。
擬態を解除して、フランは己の領域に意識を戻した。
『~~~~~~!』
最初にあったのは、胸を満たす想い。
知らないもので胸がいっぱいになっていた。
何かが溢れてきそうで。フランは体を抱きしめて蹲る。
なんかもう駄目になりそうで……。
『………………むー?』
と、そこで呻く声が聞こえて、フランはそちらに顔を向ける。
すると、縛られた
……少し冷静になって、恥ずかしくなる。
……おのれ。もっときつく縛り上げてやろうか。
◆
その後も、フランとコノエの間にはいろんなことがあった。
三つ目と四つ目の部屋が同時に溶けたことを察知して覗いてみると、血まみれになっているコノエを見つけた。二番目の部屋に連れて行って、
起きる直前まで傍で見て、起きそうになったら逃げて。
その後、
『……ありがとう、君のおかげで命を拾った』
人を助けても、いつも石を投げられていた化け物に、彼はそう言って微笑んでくれた。姿が
フランは看病をしたいと申し出た。眠る準備をして、横に座った。
彼の傍で子守歌を歌った。彼は静かに聞いてくれた。
穏やかで暖かな時間。眠る彼の顔を見て、フランは少しだけ泣いた。
油断して、寝息を立てる姿に、心の奥がきつく締め付けられた。
ああ、だから──。
『さようなら。ありがとう。きっと、無事に帰ってね』
──だから、いいかなってフランは思った。
彼が帰ることが出来るのなら、いいかなって。
彼と別れた後。彼が信じてくれて、聖女がこの世界に入ってきたときに。
ここまでにしようって、そう思った。
最初の憎しみは薄れて、温かさだけが胸にあったから。
──彼を送り返すために終わろう、と。
『
呪詛の固有魔法が、フランの手の中にナイフを形作る。
それは、フランを否定する固有魔法だ。
そうだ。
フランを否定するもの。フランの偽物の記憶の中で、一番最後に出てきたそれ。
──いやだよ。
──やだ……やだよぉ。
永い永い数百年の孤独の末に、フランが
それが、フランが何より
『むー、むー!』
何よりも疎ましい力を、じっと見つめる。
こうするしかない。だって、どうせここで終わりだ。
彼が夢から脱出するには、敵を全て殺し尽くさなければならない。
……いいや、正確に言えばそれは違うか。
彼を逃がすだけなら、フランが死ななくてもどうにかできるかもしれない。色々無茶をする必要はあるが、身に宿る莫大な力があれば、もしかしたらと思う。
けれど──。
『──私は、
当然だった。フランは現実の存在ではない。夢の住人だ。
そして夢は覚めたら消えるものだ。出られない。
あと、
『……彼には、見られたくないし』
……それに、なにより。彼に、己の姿をどうしても見られたくなかった。人でも魔物でもない姿を。彼にだけは、化け物を見る目で見られたくなかった。
──だから。
『────』
──フランは、ナイフを己に突き立てた。
あーあ、と思った。血が込み上げてきて、懐かしい味がした。
……でも、大切な記憶が出来たから。
短くて、それでも、何よりも楽しい時間があった。だから、彼の無事を祈った。
『………………』
血が抜けていく。魂に呪詛が侵食してくる。
意識が薄れていって──。
(……けど、不思議だな)
──最後の一瞬、フランは思う。
それは、胸に刺さった固有魔法のことだ。
死に至る衝動。己を殺すための固有魔法。かつて、絶望の底で作り出したもの。
……なのに。
(……同じ固有魔法なのに、正反対なんだ)
その瞬間のフランの中にあった感情は、かつての絶望とは全く違っていた。同じ死に至る衝動なのに、中身が違う。
そうだ、その瞬間、フランの瞼の裏に映っていたのは……。
『……えへへ』
……ただ穏やかに笑う、一人の男の笑顔だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「………………」
「…………ぬ」
そうして、コノエとマイコは、暗闇の空間の最奥に辿り着く。
そこには、地に突き立つ一本のナイフと。
『……そう、来ちゃったの』
──フランが、いた。
マネキンのような肌の少女。
彼女はナイフの横に座り込み、俯いている。
そんなフランに、コノエは何かを言おうとして……。
「……」
……しかし、言葉が出てこない。
先ほど見た記憶に、何と言えばいいか分からなかった。
『…………でしょう』
「……?」
と、そこでフランが小さく呟く。
上手く聞き取れず、コノエは首を傾げる。すると。
『……思ったでしょう』
……思った? 見ると、彼女は小さく震えている。
怒っているのだろうか。それとも、悲しんでいるのだろうか。
……どちらでもおかしくない。そうコノエは思い。
『──チョロいって思ったでしょう!』
「……………………えっ」
……え? ……今なんて言った?
……ちょろい……??
『なんだこいつ、怒ってるとか殺すとか憎いとか言っておいてすぐに絆されるのチョロすぎだろ、って思ったでしょう!』
「……え、いや」
『ちがうもん! チョロいのは私のせいじゃないもん!』
コノエは、突然の言葉にオロオロとする。
チョロいなんて思ってない。本当だ。
しかし、そんなコノエをフランは目に僅かに涙を湛えて、きっと睨み。
そして──コノエの隣のマイコを指さす。
『言っておくけれど、私がチョロいのは、全部そいつのせいなんだから!』
「ぬ!?」
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