転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第27話 恐怖の形

『言っておくけれど、私がチョロいのは、全部そいつのせいなんだから!』

「ぬ!?」

 

 フランがマイコに指を突き付けて叫び、マイコが(おのの)く。

 コノエも目を丸くしていると、フランは続けて口を開き、言った。

 

『いい? 私の中には、マイコ(そいつ)の記憶の一部があるの。それは私とは違う記憶ではあるけれど、深い所に根付いているが故に、私に強い影響を与えている』

「ぬ、あ、あの」

『私たちは元が同じ存在なのよ? いくら憎いとはいえ、完全に別のものとして分けて考えるなんて、出来るわけないじゃない』

 

 フランは、マイコを指差し続けている。

 そして、つまり、と。

 

『つまり、私が最初からチョロかったのは、全部マイコ(そいつ)の』

「ぬ、お、お願い! 待って! 待ってください!!」

 

 そこでマイコが慌てたようにフランに向かって駆け出す。抗固有魔法の共有のために手を繋いでいたコノエも手を引っぱられた。

 驚くコノエを尻目に、マイコはフランに向けて手を伸ばして。

 

「ぬ、そ、それはね、そのね、あとで……」

『なによ! 止める必要なんてないでしょ! あんたが彼のことをどう思っているかなんて、そもそも私の存在で丸わかりじゃない!』

 

 フランは叫び、大きく息を吸う。そして。

 

『──だって、彼が私とあんたの分岐点なんだから!』

「ぬぅ! ……ぅぅ」

 

 ……フランとマイコの分岐点?

 僕が? とコノエは首を傾げて。

 

(……ああ、でもそうか)

 

 思い返してみると、確かにコノエは聞いていた。

 マイコの恐怖の形。フラン──神様の加護を貰えなかった未来。人でも魔物でもない存在として、放浪し続けた『もしも』。それは、教官の一件の際、ダンジョンでコノエとマイコが出会えなかったのが切っ掛けであると。

 

 なるほど、確かに分岐点だ。コノエはそう呟き……。

 

『え? 違うわよ? そうじゃないわ。逆よ』

「……え、逆?」

「ぬ、あ、あの、ね」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 フランは言う。マイコの恐怖の形は、神様の加護を貰えなかったことではないのだと。

 

マイコ(そいつ)が本当に怖がっているのは──』

「──や、やめてぇ!」

 

 そのとき。マイコが大声で叫び、フランの声を遮る。

 見ると、マイコの顔が真っ赤になっていた。

 

「ぬ、それは、それだけは私が……その」

『……なに? 隠したかったの?』

「ぬ、えっと、お、おねがい。ほ、他なら何でもいいから」

 

 マイコが許してください、と深く頭を下げる。

 フランはそんなマイコを憎々しげに見つめた。

 

『ふん、それなら、こんな所に来なければよかったのに。わざわざ固有魔法の内側に来て。記憶まで見て。あのまま私が死ぬのを放置していれば、こんなことには……』

 

 ……そして、そこまで言って、フランは口を噤む。

 

『…………』

「…………ぬ」

「…………」

 

 しばしの沈黙があった。フランは何も言わないまま少し俯いていた。

 真っ暗な闇色の霧の中で三人が向き合っている。

 

 ……そのまま、数十秒が過ぎて。

 

『……んで』

「……」

 

 ふと、フランが呟く。

 小さな声が、静かに響いた。

 

『…………なんで、ここに来たの?」

「……フラン」

『なんで、私を生かそうとするの?』

 

 かすれた声だった。泣きそうな声だった。

 そして、それと同時に、ドクン、と闇色のナイフが鼓動する。

 

 ナイフ。地に突き立った呪詛の権能。死に至る衝動。

 

 ナイフから、強い感情と力を感じた。

 刃から魂の力が溢れ出す。暗い霧が周囲を包み始める。

 

 ──その強大な力に、本能的に理解する。霧を通して、微かに伝わって来る。

 彼女が本当に言いたかったのは、こちらなのだと。先ほどまでの会話は、この問いを投げかけるための準備だったのだと。

 

 ──フランは俯き、顔を上げないまま、呟く。

 

『ねえ、あなた。死にかけてた私の姿を見たでしょう? 分かったでしょう? 私、人じゃないの。魔物でもない。──化け物なの』

「……」

『なんで、そのまま死なせなかったの? そうすればあとは天蓋竜を倒すだけで帰れたのに。どうして、こんなどっちつかずの化け物の元にわざわざ来たの? ──気持ち悪いって思ったでしょう?』

「…………」

 

 フランは、淡々とした口調でそう言った。言葉を放り投げるように。

 ……けれど、あえて抑揚を殺しているからこそ。コノエは、そこに込められた強い感情が伝わって来る気がした。

 

 だから、適当に答えてはいけないと思い、コノエは真剣に考えて。

 

 ……しばしの思考の後、口を開く。

 コノエがどうして彼女の元に来たのかと言えば。

 

「……僕が、君のことを知りたかったからだ」

『……は?』

「……そして、僕は君のことを化け物とも、気持ち悪いとも思っていない」

『な』

 

 コノエの言葉に、フランは顔を上げ、ぽかんと口を開く。

 目を泳がせて……でも次の瞬間、きっとコノエを睨む。

 

 ──馬鹿にしないで、と。

 

『嘘よ。私は、気持ち悪い化け物よ』

「嘘じゃない」

『……う、嘘よ。なに? 私を騙してあなたに良いことがあるの?」

「フラン、嘘じゃないんだ」

 

 そうだ。嘘じゃない。コノエは繰り返し、断言する。

 そうして、フランを真っすぐに見つめて。

 

「……フラン、僕は、君と話をした。短い時間だったけれど、共に祭りを歩いた。魔法を見て綺麗と笑っていた」

『……』

「……遊び、絵を描いてもらった。看病してもらった。服を繕ってもらった」

 

 それは、ただの事実の羅列だ。過去の出来事をなぞるだけ。

 だって、コノエに上手いことなんて言えない。気の利いた話なんて出来るはずがない。

 

 ──そうだ。それしかない。

 コノエに出来るのは、自分が思っていることを伝えることだけだった。

 

「……フラン、僕は、君のことをまだよく知らない。けれど、僕は、君の優しさに触れた。楽しそうに笑う顔を見た」

『………………』

「……だから、思う。君は、人ではないのかもしれない。魔物でもないのだろう。でも」

 

 コノエは、フランに一歩近づく。

 視線を合わせて、近くから見た。

 

 コノエの視界に、マネキンのような肌のフランの顔が映る。フランが嫌がるように身をよじり、しかし、コノエはしっかりと見つめる。

 彼女の、人とは違う姿が見える。……それでも。

 

「──僕にとって、君はフランだよ。死にかけていた僕を助け、子守唄を歌ってくれた少女。僕には、君が化け物には見えない」

『────』

 

 ただ、そう伝える。それが、コノエの答えだった。

 飾り気なんて無い、正直な言葉。

 

 そんなコノエの言葉に、フランは動きを止める。

 そのまま数秒ほどが過ぎて……。

 

『…………』

 

 無言で、俯く。緊張の糸が切れたかのように脱力した。

 

 同時に、地に突き立っているナイフから力が消える。

 黒い霧の放出が止まり、空気が軽くなった。

 

 その後、フランが小さく『……よ、それ』と呟く。

 コノエはよく聞き取れず、なんとなく首筋を掻いた。

 

 マイコは、そんなフランとコノエを代わる代わる見て。

 

「……ぬ、じゃあコノエ、あの地面のナイフを抗固有魔法で破壊して。そうすれば、呪詛を破壊できるから。……フランも、いいよね?」

『………………もう、全部あなたたちの好きにすればいいわ』

 

 マイコに促されて、コノエは言われるままにナイフに近づく。

 ナイフに手を翳し、力を練り上げて──。

 

 ◆

 

 ──こうして、呪詛の世界は崩壊した。

 コノエとマイコはナイフの中から元の小部屋に帰って来る。かつてマイコがダンジョンに作った、椅子が六つある部屋。

 

 同時に周囲を探ると、遠くから、聖女様と天蓋竜の戦闘音が聞こえてくる。かなり激しく戦っているようだ。しかし、聖女様の動きからは余裕が感じられる。

 

 ……まだ、もう少し大丈夫か。

 コノエは一度頷いた後、視線を横に動かす。すると。

 

「…………」

 

 コノエの傍に、フランが座っていた。胸からナイフが消え、体を起こしていた。傷も残っていない。……無事に戻ってきたようで、良かった、と思う。

 コノエが彼女の状態を確認していると、フランはちらりとコノエを見た後、そっぽを向くように目を逸らす。

 

「ぬ、じゃあ戻ってきたし、今度はこれからどうするかを考える」

「……ん、ああ」

 

 すると、マイコが早速、と提案する。

 コノエは、顔をそちらに向けた。

 

「ぬ、じゃあまず目標の定義から。目標は、夢からの脱出。これはいい?」

「……ああ」

 

 マイコの言葉に、コノエは少し考えた後、頷く。

 夢の固有魔法を使った魔王の討伐は、と思うところではあるが……フランの記憶の中では、もう死んでいると言っていた。マイコにも確認すると、どうやら事実らしい。

 

 また、フランという存在の立ち位置が気になったが……ただ、その点については、聖女様も話をしたいと呟いていたし、色々と考えていることがありそうだった。改めて思い返すと、聖女様の言っていたことにも心当たりもある。なので、きちんと聖女様を交えて話をするべきだと思っていた。

 

「ぬ、じゃあ決まり。……なんとか、コノエ、私、フラン、聖女様の全員が現実で目を覚ますことを目指す」

 

 と、その辺りのことをすり合わせた後、マイコは改めて目標を定義して……。

 

「…………待ちなさい。そんなの出来るわけないでしょう」

 

 そこでフランが呟くように言う。

 ……出来るわけがない?

 

「もしかして分かってないの? 私は夢の存在よ。現実なんてない。目を覚ますなんて出来るわけがないでしょう」

「…………え?」

「そして、私が生きている限りマイコ、あなたも目を覚ますことは出来ないわ。私はあなたの悪夢なんだから」

 

 フランの言葉に、コノエは驚いてマイコを見る。

 するとマイコは驚かず、神妙な顔で頷いていた。

 

「ぬ、もちろん分かってる。あなたが現実に行くのは、極めて難しい。……正直に言うと、私もあなたを今すぐ現実に連れて帰る方法は思いついてない」

 

 マイコは、ごめんなさいと頭を下げる。

 しかし、次の瞬間。でも、と続けた。

 

「ぬ、でも、必ず見つける。私が現実で見つけてみせる。時間はかかるかもしれないけど、必ず。あなたにはしばらくこの夢の中に居てもらうことになるけど、待っていてほしい」

「…………何言ってるの? 現実で見つけるって……さっきも言ったけど、私がいる限りあなたは目を覚ますことは出来ないわよ?」

 

 フランが訝し気に問いかける。

 しかし、それにマイコは。

 

「ぬ、そう。あなた(フラン)が私の悪夢である限り、私は目を覚ますことは出来ない」

「それなら」

「だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……悪夢じゃなくなれば?

 コノエには何を言っているのかよく分からなくて。

 

「……まさか、あなた」

「ぬ、そう。認識をずらす。主がいないこの不安定な固有魔法に干渉して、()()()()

 

 けれど、フランには、マイコが何をしようとしているのか分かっているようだった。

 どういうことかとコノエが二人の顔を見比べていると。

 

「ぬ、そのために──コノエ」

 

 ふと、マイコがコノエを呼ぶ。

 そして、言った。

 

「今からあなたに聞いてほしいことがあるの。──私の恐怖について」

 

 ◆

 

 ──マイコの、恐怖?

 ……それは。

 

「……さっき、フランが言うのを遮ってなかったか?」

「……ぬ゛、う」

 

 なんとなく問いかけると、マイコが変な声で唸る。

 そして小さい声で、「だってあれは違う」と呟いた。

 

「……ぬ、これは、これだけは、私が言わなきゃいけないの」

「……?」

 

 マイコがコノエに向き直る。

 真剣な顔。少し頬が赤くなっている。

 

「──コノエ、聞いて」

「……あ、ああ」

「私の恐怖。何よりも恐ろしいもの。それは──」

 

 マイコは、一度大きく息を吸い。

 そして、口を開いた──。

 

 ──その瞬間だった。

 

「────、─────────────────」

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!』

 

 凄まじい咆哮が、世界を揺らす。天蓋竜の咆哮。

 それはマイコの声をかき消すような叫びで……。

 

「…………え?」

 

 けれど、コノエは。咆哮の中でも、確かに()()()()()()()()()()()

 

 故に、思わず驚きの声を漏らし──同時に、部屋の壁が崩れて、虚空を見せる。

 その虚空の向こうに、海の領域と巨大な竜の姿が見えて。

 

『──■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!』

 

 ──黒い竜の視線が、ぐるりと巡る。

 ──天蓋竜と、コノエの目が合った。

 

 ◆

 

『──■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!』

 

 天蓋竜の咆哮が、コノエを貫く。その瞳は、コノエを捉えて離さない。

 纏う消滅の力が膨れ上がる。

 

「──」

 

 コノエは即座に戦闘状態へ移行する。神威武装を纏い、体を雷に変えていく。

 そして、天蓋竜のすぐ傍に居る聖女様に視線を向けて。

 

『……コノエさん』

 

 聖女様と目が合う。強化した聴覚に、遠くで呟く声が聞こえる。聖女様はコノエを見て、次にマイコ、フランへと視線を動かす。フランのところで僅かに動きを止めて──。

 

 ──微かに、微笑んだ。

 

『ではコノエさん。半分任せました』

『■■■■!!』

 

 半分? コノエが首を傾げると同時に、天蓋竜が動く。

 叫び、顎を開く。喉の奥が見える。そこには。

 

「……な」

 

 コノエは気付く。天蓋竜の喉の奥に、()()()()()

 黒い何か。その正体に、コノエが気づくと同時に──。

 

『──■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!』

 

 天蓋竜が叫ぶ。叫び、射出する。黒い物体がコノエの元へと飛来する。

 そうだ、それは。

 

『──コノエ!!!!』

 

 瞬く間に接近した、人と同じ大きさの影。知っている声。コノエの名を呼んでいる。

 その拳の一撃を、コノエは抗固有魔法を纏った槍で受け流す。

 

 コノエは、それと同時に、背後に跳んだ。マイコとフランから引き離すために。

 黒い影は、二人に目もくれず、コノエに追従した。

 

『コノエ、おれは、おまえを!』

 

 槍を挟んですぐの至近距離に、漆黒の瞳がある。

 ──あの日と同じ、黒鎧の天蓋竜がそこにいた。

 




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