転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
それは、コノエと黒鎧の天蓋竜との戦闘が始まる少し前のこと。
聖女は、夢の壁を己の牙で破壊する天蓋竜を見ていた。
『■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!』
「……これは」
天蓋竜は、この世界を構成する壁に牙を突き立て、食い千切る。食い千切って、そして
「
それが、聖女には分かった。
天蓋竜が牙を突き立てる度に、天蓋竜から感じる力が増加している。
『■■■■!!』
「……なるほど」
……聖女は小さく頷く。
劣化再現され、弱体化した力を、こうやって補うつもりなのか、と。魂を燃やし、強化するだけでなく、必ず何か奥の手を持っているとは思っていたが。
夢の壁と、夢によって再現された竜。力の大本が同じであるが故に、取り込むこともできるのだろう。滅茶苦茶ではあるし、負担は極めて大きいだろうが。だってそれは、被造物たる天蓋竜による、創造主たる結界への反逆だ。
……ああ、そういえば、本物の天蓋竜も邪神に反逆したんだったか。
『■■■■■■■■!!!!』
「……ふむ」
聖女は、斬撃を放つ。というより、ずっと放っていた。妨害のためだ。双剣で。魔道具で作り出した巨剣で。
けれど、天蓋竜はそれに構わず、喰らい続ける。無数の剣閃により傷だらけになりつつ、足掻き、致命的な一撃を転げまわりながら回避し、力を取り込み続けている。
そして、取り込んだ力を喉の辺りに集中して──何かを生み出そうとしている。
「……そこまでの執着ですか」
その生み出そうとしているものが何なのかを理解し、聖女は少し乾いた笑みを浮かべる。最初から最後までありえないほどの無茶。それこそ一瞬後には自壊してもおかしくない。
天蓋竜は本当に己の身を惜しんでいないのだ。一瞬後に死ぬのなら、その一瞬に全てを燃やし尽くそうとしている。ただ一つの目的のために。
それほどまでに、天蓋竜は目的──コノエに執着している。
(……これは、抑えるのは難しいですね。言葉の通り、
聖女は、斬撃を放ち時間を稼ぎつつ、見る。
天蓋竜の喉に集まっている力の形。それは、人と同じ大きさの、鎧の形をしていて──。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『──コノエ!!!!』
「──!」
そして、今。コノエは、黒鎧の天蓋竜と対峙していた。天蓋竜の喉より撃ち出され、突然飛来した鎧。巨大な竜と鎧に分裂し、襲い掛かってきた。
彼方では聖女様相手に竜が暴れ回り、鎧がコノエに拳を打ち込んでくる。コノエは、襲い来る拳を捌きつつ、その尋常ならざる登場に目を見開く。
抗固有魔法の力を練り上げ、マイコ、フランのために距離を取りながら、敵を見る。構えを取り、相対する。
……色々と驚くことが多いものの、今は戦闘中だ。冷静に、適切に。戦闘状態のコノエは、目の前の鎧を見据える。勝利し、生き残るために。
(──っ、消滅の力は、それほど強くない、か?)
コノエは続けざまに飛んできた天蓋竜の蹴りを捌きつつ、伝わって来る力を感じ取る。
そうだ。先ほど捌いた一撃もそうだったが、消滅の力はそれほど強くない。本物と戦ったときと比べるとかなり弱体化している。力を集中すれば、なんとか抗固有魔法で弾ける程度だった。
……だが、その一方で。
(──速いな。速くて、重い)
技を以て捌いたはずなのに、たった数撃で手がびりびりと痺れるほどの衝撃。瞬きの間に数キロの距離を詰める加速。相変わらず凄まじい力だ。一合で、目の前の天蓋竜の身体能力が、本物とほぼ同じだと悟る。
──つまり。
(……まともに戦えば、轢き潰される!)
『──コノエェェ!!』
天蓋竜が叫びと共に腕を薙ぎ、足を振り回す。突進し、全身でコノエを消し飛ばさんとする。人というよりも獣に近い動き。ただただ荒れ狂う嵐のような。
圧倒的な身体能力で駆け、コノエの対応能力を上回らんとする。
「……っ」
天蓋竜の突きでコノエの腕が貫かれる。蹴りで足が抉られる。
薙ぎ払った力で神の鎧がいとも容易く切り裂かれていく。
かつての戦いでも防戦一方を強いられた凄まじい速度。単純な速度では雷化したコノエを遥かに上回る。
しかも、それに加えて、今回は……。
(──
その瞬間、天蓋竜の拳から刃が現れる。消滅の力が作り出した刃。それだけでなく、足の周りで黒い力が渦を巻いている。
ただ体に纏うだけではなく、刃状の消滅を生やしたり、竜巻状の消滅で攻撃範囲を広げている。
──力の使い方が、明らかに成長している。
効果範囲を広げ、確実にこちらを削ろうとしていた。
消滅の力は減っているが、前回より明らかに戦士として強く、戦い辛くなっていた。
『コノエ! どうだ! みろ!!』
「…………」
叫びと共に、コントロールされた消滅の力が世界を切り裂き、液体のはずの海は平面を保てず形を歪める。
天蓋竜は現状の己の力を理解し、その上でコノエを殺すために練り上げてきている。
止まらない。高い身体能力を活かし、勢いのままにこちらを潰そうとする。
態勢を整える時間を与えない、己の強みを押し付ける戦い方。
その力は、もしかしたら
「…………」
『コノ……っ!?』
──そうだ、かつてのコノエならば。
コノエは、天蓋竜の意識の隙間を縫うように一歩足を踏み出す。天蓋竜が腕を大きく振りかぶり、周囲を薙ぎ払おうとしたときだった。
一歩踏み出し──抗固有魔法を発動する。
すると突如、
足元が突然なくなったかのようにがくりと揺れて──
「……っ」
『──ぐ、ぅ!?』
──そこに、コノエの拳が突き刺さる。天蓋竜はぎりぎりで防御しつつも、大きく吹き飛ばされた。天蓋竜の目は驚愕に見開かれていた。
直後、コノエが追撃に向かい、それを天蓋竜は全力で背後に跳んで回避する。海を滑るように離れていく。
『なん、だ?』
天蓋竜は不思議そうに呟きつつ、しかし、止まりはしない。
すぐに立て直し、また飛び掛かろうとして。
──今度は、腕を引かれるようにバランスを崩す。
「────」
『──ぐっ!』
そこをコノエの蹴りが打ち抜き、天蓋竜はまた後ろに吹き飛ばされる。
なにが起きたか。簡単だった。単純に、コノエが以前から練っていた天蓋竜対策を使っただけ。
次に戦うことになったらどうするかと、繰り返していた鍛錬の成果を出しただけ。
──以前戦った強敵と、また戦うことになったらどうするか。
そんな戦術研究の基本中の基本を、コノエは正しく行っていた。
天蓋竜がバランスを崩したのは、コノエが抗固有魔法を使って天蓋竜の消滅の力を部分的に解除し、全身の力の均衡を崩した結果だった。
『──コノエ、おまえ』
「…………」
抗固有魔法の応用。局所的な力の展開。
かつて天蓋竜と戦ったときは使えず、しかし今は使える方法。
抗固有魔法に目覚めたばかりの当時と鍛錬を積んだ今では、同じ魔法でも練度が全く違う。
コノエは、天蓋竜討伐後も鍛錬を休まなかった。毎日槍を振るい、抗固有魔法を練り上げた。
『コノエ!』
天蓋竜が接近してくる。それに対し、またバランスを崩し、一撃を入れる。固有魔法を纏うタイプの敵には大体通用する力。
不死の魔王戦で使えなかったのは、単純に教官の影が強すぎただけだ。技で完全に上回られていたから。
──コノエは、確かに今も成長し続けている。
天蓋竜が成長しているのに、アデプトであるコノエが成長しないなど、ある訳がない。
『──ク、ハハ!』
「……!」
天蓋竜との拳の応酬が続く。天蓋竜はなぜか楽しそうに笑いながら襲い掛かって来る。
もちろん天蓋竜もやられるばかりではなく、バランスを崩されても身体能力で無理矢理直し、押し通そうとする。
──天蓋竜が嗤う。コノエは冷静に受けて立つ。
海の上を高速で移動しつつ、戦いは続いていく。海を抉り、空間が割れる。雷鳴が轟き、黒い嵐が吹き荒れる。天蓋竜の攻撃の余波がコノエを削り、コノエの技による一撃が天蓋竜の力を削いでいく。
決定打がないまま、戦いが続く。
天蓋竜の力と、コノエの技。
互いに相手よりも圧倒的に上回る強みがあるが故に、簡単には決着がつかない。
ただ、少しだけコノエが押しているように見えて──。
『コノエ! おまえはつよいな!』
(……これは、まずいな)
だが、一方で。コノエは内心危惧していた。
顔には出さないが、心の中で歯噛みする。
対策をかなり練ってきたにもかかわらず、均衡状態に持ち込まれている事実。やはり天蓋竜の身体能力は圧倒的だ。時間がかかる。すぐに決着をつけることは出来ない。
……難しいところだった。本来、天蓋竜の力は不安定に揺れ、崩れ続けているために長期戦化はコノエに有利に働くが──。
『──ハハハ、ハハ! ハハハハハハ!』
しかし、天蓋竜が嗤っている。同時に、力が高まっていく。
崩れながらも、強くなっていく。己を燃やして、一秒ごとに。
このまま強化されていったらどうなるかと思った──。
『──コノエ!!』
「……!」
──その瞬間だった。
天蓋竜の腕で消滅の力が渦を巻く。同時に空間が軋むのが分かった。知らない技。この死闘の中で、天蓋竜は成長している。
コノエは即座に対応する。本能的に、最も信じる技の形をとる。
『──おお!!』
天蓋竜の拳の周囲の空間が崩れていく。空間が軋み──圧縮されていく。
コノエは槍を作り、構える。抗固有魔法を一点に集中して。
『──おおおおぉぉぉおおお!!!!』
「────」
そのとき、天蓋竜の拳がコマ送りのように跳ぶ。理解する。
それにコノエは、何千、何万と繰り返した構えで応じる。何よりも信じる最速の技。
(──一の槍)
──轟音が響いた。拳と槍の中心から衝撃が広がり、空間が捲れ上がる。
──双方の攻撃の余波によって、コノエと天蓋竜は共に吹き飛ばされた。
◆
「…………」
そして、コノエは激突した地点から数キロは離れた場所に着地する。どうやら激突は双方痛み分けに終わったようだ。
すぐに追撃に来るだろう、天蓋竜の気配を探って……。
「…………?」
そこで気付く。天蓋竜が、なぜか遠い場所で力を振るい始める。
追撃どころか、むしろ遠ざかっていく気配があった。
どういうことかと……。
「──ぬ、コノエ」
「……マイコ」
首を傾げた瞬間、知っている声が聞こえてくる。
マイコがコノエの傍に近づいてきていた。
もしかしたらこれは、マイコが何かしたのかと思い。
「ぬ、そう。私が攪乱してる」
マイコは、今の天蓋竜は目と耳が開いてるから、と言う。
原始魔法でコノエの偽物を作って攪乱しているの、と。
……たしかに前回も、黒鎧になった後は光と音が通用していたな、とコノエは思い。
「ぬ、それでね、コノエ。……実は一つ、提案があるの」
「……うん?」
「少し考えたんだけど、天蓋竜を簡単に倒せる方法があるかもしれない」
「……なに?」
コノエが驚くと、マイコはニッコリと笑う。
とてもいい考えがある、と言わんばかりに。
「ぬ、あのね、私が今まで作った固有魔法の中に、今の天蓋竜に特に有効なものがあるの。天蓋竜は光と音に慣れてないから」
「……え?」
「……あんまり思い出してほしくないけど、ほら、私がコノエと戦ったときの」
……マイコと戦ったとき?
……それは、たしか……?
コノエは思い出す。当時マイコが使っていた固有魔法は。
『
──幻覚と幻聴を作り出す固有魔法だった、ような。
……確かに、あれなら効果があるのかもしれない。
なるほど、とコノエはマイコの顔を見て……。
「…………?」
そこで、コノエはマイコの表情に、直感的に何か違和感を覚える。
……なにかが間違っているような、そんな気がした。
マイコはとても嬉しそうにニコニコと笑っているのに、なぜか。
そして思い出す。
つい先ほど、戦いの前に、マイコは。
『──私の恐怖。何よりも恐ろしいもの。それは……』
……そうだ、コノエが聞いたそれは。
「……マイコ?」
「──ぬ、コノエ、お願い。私に任せて?」
申し訳ないですが、2026/3/25の更新はお休みさせてください……
すみません……金曜には必ず更新しますので……
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