転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第29話 願い

「――ぬ、コノエ、お願い。私に任せて?」

 

 マイコが、にっこりと笑って言う。

 天蓋竜の相手は私がするから、と。

 

 ……それにコノエは、少し考える。

 現状と、知っていること。聞いたことと、振り返った記憶。マイコが言ったこと。……マイコの、どこか違和感がある様子。

 

 そんな色々をコノエは考えて。そして、言った。

 

「……いや、それは駄目だろう」

「……ぬ、え!?」

 

 ◆

 

 コノエの目の前で、マイコが驚いていた。

 目を大きく開いて、なんで、と。

 

「ぬ、ど、どうして? あの固有魔法なら、本当に簡単に倒せるかもしれないのに」

「……それは、まあ、可能性は十分あると思うが」

 

 コノエは、以前読んだ資料の内容を思い出しながら頷く。

 それは、マイコの力について書かれた資料だ。マイコが人になる際に行われた聞き取り調査について書かれたもの。

 

 その中に、例の固有魔法――『私の想いはここに、ただ希うは赤い一番星』について書かれていた。あの力、どうやらかつて戦った時は、魂の損傷が原因でかなり弱体化していたらしい。本来の出力の十分の一も出ていなかったようだ。

 そして記録によれば、万全の状態で力を行使した場合、どうやら精神操作や催眠系の力に発展するらしい。敵を排除し、恋した人を引き留めるための力。上手くやれば、自ら命を絶たせるようなこともできるのだとか。

 

 ……正直、初めて資料を読んだ時は肝が冷えたのを覚えている。弱っていてよかったと心から思った。

 

「…………」

「ぬ、コノエ。あの魔法、強いよ?」

 

 そうだろうなとコノエも思う。光と音を媒介にするらしいので、今の天蓋竜にも効果があるかもしれない。

 ……正直に言えばコノエの方からお願いしたいくらいだった。神の使徒であり、人類の守護者でもあるコノエには、戦場で一対一にこだわるようなプライドはない。安全に勝てるのなら、それが一番いいに決まっている。

 

 ――しかし。その一方で。

 コノエは、固有魔法の詳細を思い出すと同時に、もう一つ思い出したことがあった。

 

「……君、あの権能はもう使いたくないと言っていたんじゃなかったか?」

「……え、ぬ、し、しってたの?」

 

 コノエは、ああ、と頷きつつ振り返る。

 確か資料には、あの固有魔法は間違っているから二度と使いたくないと言っている、と。そう書かれていた。

 

 許されない願いを元に作った、許されない魔法。

 ――つまり、反渇望の固有魔法だと。

 

「……マイコ、渇望に反する固有魔法を使うのは危険だ。習っただろう?」

「……ぬ」

 

 ◆

 

 別にコノエは、嫌な固有魔法を使うのが可哀そうだから、とかそういう理由でマイコを止めようとしているわけじゃない。

 それは、固有魔法という力の性質を知っているからだ。渇望を元に作られ、意思を元に駆動する力を知っているから。

 

 ――まず前提を言うと。固有魔法は強大な力を持つ一方、扱いが難しい力でもある。

 神が作ったシステムではなく、それぞれの願いによって削り出された混沌。法則が支配するものではなく、感情だけがその在り方を決めることが出来る。

 

 故に。デリケートと言うべきか、簡単ではないと言うべきか。

 固有魔法は、時と場合によって使えなくなることがあった。

 

 ――それが、反渇望の固有魔法だ。

 具体例を出そう。恋人への愛を元に生み出した固有魔法があったとする。そして、その固有魔法の持ち主が、恋人に裏切られたとしよう。愛が憎悪に反転したとき、果たして固有魔法を発動することは出来るだろうか?

 

 その答えは、可能だが代償が大きい、だ。

 不可能ではない。無理やり動かすことは出来る。けれど、無理に使うと心身に負担がかかり、壊れてしまうことがあった。

 

 だって、それはつまり、憎悪した魂で世界に愛を叫ぶということだ。

 あまりにも大きな矛盾。たとえ、強い魂でも――いいや、強い魂の持ち主だからこそ、そんな背反を許せない。

 

 なので、渇望に反する固有魔法は使わないほうがいい、というのがこの世界での常識だった。どうしても使いたいのなら、きちんと感情を清算してから使うべきだと。先の例なら、憎悪を乗り越え、新たな愛を元に行使する、などである。

 

 それ故に、コノエはマイコが固有魔法を使うのを止めたのであって――。

 

 ◆

 

「……ぬ」

 

 ――コノエの制止を聞いたマイコは俯いて、小さくうめく。

 コノエはそんなマイコの紫色の茸頭を上から見ながら、どうしたのだろう、と思った。

 

 反渇望の固有魔法。使いたくないというより、使ってはならない魔法。

 その危険性をマイコが知らないはずがないのに。というか、魂が関わる分野なのでむしろマイコの方が詳しいだろうに。

 

 ……それとも、もしかしてマイコなら、その辺りの危険を無視して力を使うことが出来るのだろうか?

 いいや、それは違う気がした。コノエは気付く。先ほどマイコに覚えた違和感、それはマイコの顔が少し強張っていたからだと。

 

 また、そもそもデメリットなしで使えるなら今この瞬間、俯いてはいないだろう。普通に大丈夫と言えばいいだけだ。

 ではどうしてマイコはそんなことを言い出したのだろうかとコノエは思い――。

 

『今からあなたに――私の恐怖について、聞いてほしい』

 

 ――ふと。つい先ほどのことを思い出す。

 マイコが意を決したように口を開いたときのことを。

 

「…………」

 

 天蓋竜が襲撃する直前。マイコとフランとの話の途中。

 マイコはコノエに、自分の恐怖を伝えると言った。

 

『私の恐怖。何よりも恐ろしいもの。それは――』

『────、───────────────』

 

 マイコがフランを作り出した理由。マイコの恐怖の形。

 マイコは、『それ』を失うことを何よりも恐れた。

 

 フランの絶望と過去を知ったからこそ、コノエにもその恐怖が生半可なものではないと理解できる。……そうだ。天蓋竜の叫びと重なってしまったが、コノエは確かに『それ』を聞いていた。

 

「………………」

「……ぬ……あのね、それでも、ね」

 

 …………だから。

 マイコが恐る恐る、という様子で己を見上げる姿に、コノエは困る。

 

 だって、あの言葉に嘘がないのなら。

 マイコが身を削ってでも反渇望の魔法を使おうとする理由は……。

 

「…………ええと」

「……ぬ、私、何もできないのは、その、嫌で」

 

 コノエは目を泳がせつつ、考える。

 現状を確認しつつ、どうするべきかと。

 

 困った果てにとりあえず遠くの気配を探ると、天蓋竜は今も幻影相手に暴れているようだった。

 まだ時間はありそうだ。なので、意識は否応なく目の前の少女に戻って来る。

 

「……」

 

 ……とにかく、例の固有魔法は駄目だ。そう思う。

 マイコが壊れてしまうような魔法を使わせるわけにはいかない。なので。

 

「……その、他の形でサポートをお願いできないか」

 

 サポート自体はありがたいので、そう問いかける。

 するとマイコは考えるように眉根を寄せて……。

 

「……ぬ」

「……?」

 

 その数秒後、唇を噛み、目を逸らす。

 コノエが首を傾げると、マイコは、恐る恐る、と言う風に口を開いた。

 

「ぬ、そのね、その」

「……ああ?」

「……祝福もどきなら、出来る、かも?」

「……え?」

 

 ……祝福?

 

「ぬ、コノエの力を、強化することなら、多分出来る」

 

 マイコは茸の傘で目元を隠すようにして、そう呟く。

 そんなマイコにコノエは、瞬きして。

 

 祝福みたいなのが出来ると言うのであれば、それは。

 

「……そっちの方が良いな。頼む」

「……ぬ? え、い、いいの?」

「……え?」

「ぬ、え?」

 

 マイコが顔を上げて、その目とコノエの目が合う。

 大きく見開かれた目の中で、紫色の瞳が光を反射していた。

 

 ……え?

 ……いいの? とは。

 

 瞬きするコノエを他所に、マイコはぽかんと口を開けている。

 そのまま二人はしばし見つめ合って。

 

「……ぁ、ぬ」

 

 ……ふと、マイコの頬の色が変わる。

 

 真っ赤に染まっていく。真っ白な肌が色づいていく。

 そして、パクパクと口を開いたり閉じたりした後。

 

「――ぬ!」

 

 マイコは、弾む声で叫ぶ。

 そして……。

 

「――じゃあ作る!」

「……え、あ、ああ」

 

 コノエは、マイコの勢いに少し押されつつ。

 何でそれほど嬉しそうなのか分からなかった。

 

 けれど、そんなコノエを他所に、マイコは魂の力を練り始めて。

 

「ぬ、二つある私じゃ、完璧な祝福は作れないけど――でも精一杯頑張るから!」

 

 二つある私じゃ、と一瞬だけ遠くを見る目をした後。

 マイコは本当に嬉しそうな顔で笑って、そう言った。

 

 ◆

 

 ――そして。数十秒後。

 ()()()()()()()

 

『――■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!』

 

 彼方から伝わってくるのは、咆哮と憤怒。

 黒鎧の叫びにも関わらず音が崩壊しているのはその激情ゆえか。

 

 ――ギロリ、と。

 幻惑の原始魔法を振り払った視線が、コノエに向いた。

 

『――■■■■■■コノエ!!!!!!』

 

 天蓋竜が力を放つ。莫大な力が放たれ、天蓋竜の足に集まっていく。

 凄まじい力が伝わって来る。ミシリミシリと世界が歪む。

 

 そして、天蓋竜の力が極大まで高まり――。

 

「――――」

 

 今は、天蓋竜が襲い掛かって来る、その一瞬前。

 

 全身から黒い力を放つ天蓋竜の姿に、コノエは槍を構えつつ思った。

 ――やっぱり、恐ろしいよなと。

 

 それは怯えているわけではない。戦闘態勢になったコノエに怯えはない。しかし、冷えた思考の中で、天蓋竜の強大な力を恐ろしいと思った。

 同時に、ここまでの戦いも思い出す。風竜、不死の魔王、三頭六腕のスケルトン。

 

 コノエの恐怖の形。コノエから大切な人たちを奪おうとした邪悪。魔王と災厄の恐ろしさを、コノエは再認識する。

 そして、彼らの手で大切な人を失っていたらと思うと、怖くなる。

 

 それがコノエの恐怖の形だ。マイコの恐怖の形が、フランであるように。

 夢の固有魔法で作り出された、絶望の未来。

 

 ……少し思う。

 マイコが何よりも怖いと言う『それ』を思い出しながら。

 

 マイコは、『それ』が天蓋竜と同じくらい恐ろしかったのだろうか。

 

『■■■■■■!!!!』

 

 天蓋竜が叫び、踏み込む。蹴りつけられた海の領域が爆発する。強大な存在が凄まじい勢いで跳跳躍する。

 そんな天蓋竜に対し、コノエも踏み込み――。

 

 ――同時に己の内側の力に意識を向けた。

 体の奥にある力が、意思と共に動き出す。

 

 紫色の力。それは、ドクン、と体内で拍動した後、コノエの()に向かっていく。

 その力がどんな効果を持つか、コノエは説明を受けていた。

 

 ――ぬ、コノエ。考えたんだけど、やっぱり、この土壇場で戦闘能力に直結する強化は止めておいた方がいいと思う

 ――私の強化はそれほど強くないし、下手な強化はバランスを崩しかねない。だから、今回は既存の力を補完する方に強化しようと思う。……次回はまた変えるね?

 

「――――」

 

 コノエの中で力が根付いていく。それは元々あった金色の力を包み込んでいく。

 包み込んで、調整する。運命の流れに寄り添い易くするために。

 

 ――ぬ、コノエ。気になってたけど、金の権能かなり使いづらくなってるよね?

 ――私なら、その力を少しだけサポートすることが出来ると思う。

 

 コノエの両目で、二つの力が結実する。互いを助け合うように。

 瞳の色が金色に変わる。目の周りに紫の文様が浮かぶ。

 

 コノエの視界に金の花弁が広がり――。

 

『──コノエェェエエエエ!!!!』

「――ああ」

 

 ――轟音。雷鳴と崩壊の音。

 

 かくして、コノエと天蓋竜は再び向かい合う。

 金の力に導かれた槍と、空間を否定し破砕する拳が激突した。




裏話:例の魔法、そもそも戦闘が好きじゃないマイコが唯一戦闘用に組んだ魔法なのでとても強い。 

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