転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
時間軸は後日談マイコ編の直前です。
(※現在カクヨムサポーターにギフトのお礼として短編を先行公開しています。先行公開です。今回の短編のように、一定期間後に全て本編か活動報告で全体公開します。なのでサポーターにならなければ読めない短編はありません)
その日、メルミナの姉――ノエルは神都から遠く離れた森の中にいた。
黒紫の森だ。邪神によって汚染された広大な森。神都から山脈を挟み、直線距離で三百キロほど離れた場所だった。
中心部にはダンジョンがあり、強大なモンスターが徘徊する敵地にして、国内屈指の危険地帯。周囲百キロ圏内には人が住む街はなく、防衛拠点である砦だけが建てられている。
そして、そんな場所に何故ノエルが今いるのかと言えば……。
「…………ここが、訓練の場所、か」
――アデプト候補生の、遠征訓練の為だった。
ノエルはかの天蓋竜との戦いの後、テルネリカと共にアデプト候補生になった。それは妹の足を引っ張りたくないと思ったからで、魔物が跋扈するこの世界において武の必要性を再認識したからでもある。そして、テルネリカが邪神に襲われた一件を聞いて思うところがあったからだった。
このままではいられないと一念発起して学舎の門を潜り、しばらく。それからノエルは死にそうになったり、全力で後悔したりしつつ、妹の為と必死に走ってきた。
そして数々の地獄を潜り抜けてきて……その結果、今日は初めての遠征訓練に臨んでいた。
「………………ふう」
遠征のために立てられたテントが連なる拠点を歩きながら、ノエルは肺の中の空気をすべて出すように大きく息を吐く。緊張していた。
何故かといえば……それは、この森での遠征訓練は酷いことになる、と事前に聞いていたからだ。
遠征訓練。より正確に言えば、訓練生全体遠征訓練。一年目の候補生から、もうすぐでアデプトに至れるようなベテランまで参加する、年に一度の最大規模の訓練だ。
その苛烈さはベテランのアデプト訓練生でも心折れるものが続出すると言われているくらいで、死人を出さないために数多くのアデプトが監督役として動員されてもいた。
また、ノエルはメルミナから『コノエは毎年、全体遠征訓練のたびに心が折れては神様に引き留められてた』なんて話も聞いていて。
「……」
周囲をちらりと見ると、一年目の候補生はもちろん、先輩たちも覚悟を決めた目をしている。今のノエルでは足元にも及ばない力を持った先輩たちが。
ノエルは、本当に自分が乗り越えられるのだろうかと不安になり……。
「…………?」
……そのとき。ふと、近づいてくる足音が聞こえた。
「あ、ノエル、おはよう」
「暗い顔してる。大丈夫?」
声を掛けられて横を見ると、そこには二つの人影がある。
鮮やかな緑色が印象的な二人だ。彼女たちの種族の特徴である角と翼、そして肩甲骨の辺りまで伸びた髪が日の光に照らされて輝いていた。身長も色も顔立ちも髪の長さもそっくりで、けれど服装だけ異なっていた。ロングスカートとホットパンツ。
「コレット先輩、エレニカ先輩」
竜人の双子である先輩の名前を呼ぶと、彼女たちはノエルの顔を覗き込むようにする。
不安になっているのだと察して、腰のポーチから飴を取り出して手渡してくれた。
舐めてみて、と言われるままに口に入れると、口の中がスッとするような味がする。
同時に、重くなっていた胃の辺りが少し軽くなるような感じがした。
そうして、こっちに来て、と手招きして、並んだテントの一角、彼女たちの拠点に案内してくれる。飴を舐め終えた後はお茶を出してくれたり、あれやこれやと話しかけてくれた。
……ノエルはそれに、少しだけ気が晴れて。
「……お二方とも、ありがとうございます。助かりました」
「いいよ、気にしないで」
「私たちも一年目の時、先輩たちにこうしてもらったから」
コレットとエレニカ。この二人は訓練生になってすぐの頃から、ノエルを何かと気にかけてくれている先輩だった。
その最初のきっかけは、妹のメルミナがアーキノルカに縁を持つからだった。メルミナ様のお姉さんなんでしょ、と彼女たちの方から話しかけてくれた。それから事あるごとに手助けしてくれている。……妹の名に頼っているのは情けないな、とは思ったが、しかしアデプトの訓練はそんな意地が通用するほど生易しいものではないので、甘えさせてもらっていた。
ノエルは飴やお茶のおかげで楽になった胃の辺りをさすりつつ、頭の中でメルミナに感謝して……。
「……ところで、ノエル。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「うん、知ってるなら、よかったら教えてほしい」
「……? はい、なんでしょう?」
と、そこで。ふと、二人が突然声を潜めるように言う。何かと思ったら、二人はなんだか少し頬を赤くして、もじもじとしていて……?
「……その、コノエ様のことなんだけど」
「今回の遠征訓練、コノエ様が監督役で来るかどうか聞いてる……?」
……ああ、なるほど、とノエルは思う。二人は、完全に恋する乙女の顔をしていた。
そう、ノエルは交流を重ねるうちに知ったのだが、彼女たちはコノエに恋をしているようだった。それもかなり本気で。
かの不死の魔王討伐によって命を救われた二人。話を聞いたところ、諦観の澱より掬い上げ、己であることを許してくれた上に、未来を与えてもらったらしい。
あと、コノエが訓練生だった頃、遠征訓練などで助けてもらったこともあるらしく、それも好きになった理由なのだとか。凄くカッコよかった、と。
ノエルにもその気持ちは少し分かる。かつて、囚われていた頃。封鎖された世界を切り裂いた金色の雷は何よりも輝いて見えたから。
……けれど、期待している二人には悪いが。
「……その、コノエ様は今回は参加しないと聞いています」
ノエルは、コノエは教官から参加を断られたと聞いていた。メルミナと一緒に参加希望を出したら、向いていないからダメと言われた、と。ちなみにメルミナは許可されたらしい。
なので今朝、ノエル、テルネリカ、メルミナの三人は、少し寂しそうな顔のコノエに見送られていて――。
「…………そっか」
「…………ん」
――と、そんな感じの事情を伝えると、コレットとエレニカの二人はそわそわした感じから一転して残念そうに肩を落とす。
翼もしょんぼりと地に向けて垂れていて……。
(…………うん? あれ?)
……そこで、ノエルは気づく。残念そうな顔をしている二人だが、なんだか、表情に残念以外の感情が見えた気がした。
それも、どちらかと言えば正反対の感情が見えた気がして。
なんというか……安堵? に近い、ような……?
…………でも、なんで?
ノエルは不思議で首を傾げる。すると、二人はノエルの表情に気付いて。
「……ん? ほっとしてるのが不思議? それは、まあ、体験してみないと分からないかも」
「……うん、一度体験してみれば分かると思う」
「………………?」
コレットとエレニカが突然少し荒んだ目になって言う。
ノエルがますます首を傾げると。
「ノエルも、遠征訓練が過酷なのは知ってるでしょ?」
「毎回毎回、とても残酷なことになるの」
二人は、突然そんなことを言い出す。
本当に酷いんだよ、と。だから――。
「戦ってる途中、とんでもない姿になることも珍しくないの」
「そう、ありていに言うと――」
彼女たちはそこで言葉を止めて、小さく息を吸う。
そして。
「「――百年の恋も冷めそうな姿になる可能性がある」」
「……ああ」
なるほど。そこでノエルはなんとなく言いたいことを察する。
これまでの数十日の訓練を思えば、想像はついたからだ。普通の訓練でも腹に風穴が空くのがアデプトの訓練だし。
遠い目をするノエルに、二人は会えないのは残念だけどコノエ様に見られずに済んでよかった、と胸を撫で下ろしていた。
そして、その後は、あんな酷いことになった、こんなことになった、と色々体験談も語り出す。
……え? 私もそんなことになるの? とノエルは震えたりして。
「………………」
……でも、ふと。ノエルはそんな状態になった自分の姿をコノエに見られる所を想像する。
……確かに、あの人にだけは見られたくないな、と。
ノエルは、胸の奥にある疼きを手で押さえながら、そう思った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――そして一方、そのころ。監督官として参加していたメルミナは。
少し離れた所にいて、森の各地にレンズを設置しつつ彼女たちの話を聞いていた。百年の恋も冷める、なんて言葉を。
「………………」
……メルミナは、かつてを思い出す。
そうだ。メルミナは遠征訓練中も普通にコノエと組んで戦っていた。
そんな訓練生時代、自分がコノエにどんな姿を見せていたかを脳裏に浮かべて。
「……………………え? さ、冷めてないわよね?」
メルミナは、なんだかちょっと怖くなってくる。
思い出す。確かに酷い姿を見せた気もする。百年の恋も冷めそうと言えば……まあ、その通りかもしれない。
「……で、でもそれは私だけじゃないし。コノエもだし。見て、見られてるし。だからお互い様だし。その上で、私は冷めてないし」
そもそも、そんなあれこれを前提に付き合い始めての、今だ。そんな一時の外見程度で揺らぐような関係じゃない、と思う。
だから、大丈夫だ。そうに決まっている。間違いない。そう確信し……。
「…………………………」
……でも、まあ、大丈夫に決まっているけれど。
遠征訓練が終わったら真っ先にコノエに会いに行こうかな、なんて思ったりした。
ここから後日談メルミナ編につながっていきます。
メルミナ編は来週から週一くらいで投稿できるといいな……(出来なかったらごめんなさい
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