転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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後日談:メルミナ②

 ――コノエは、思う。メルミナなら大丈夫だよなと。

 メルミナなら、聖国の神様の言葉について相談しても、大丈夫だと。

 

 メルミナ。十年以上の間、隣で戦ってきた彼女。コノエなりにメルミナのことを知っている。

 明るく、端的で、いい意味で遠慮なく物を言う人。真剣に悩みを相談すれば、正面から向き合ってくれると信じられる人だった。

 

 ……ただ、まあ、なんというか、普段から忙しそうにしているので、こういう形で迷惑をかけるのは気が引けるが、しかしメルミナ以上に相談相手として適切な相手もいない。

 なので、コノエは少し緊張しながら、目の前のメルミナに向けて口を開き。

 

「……メルミナ、実は君に相談したいことがあって」

「……コノエ、実はあなたに確認したいことがあるの」

 

 ――しかし、その瞬間。

 二人の言葉が、完全に重なった。

 

「…………え?」

「…………あら?」

 

 コノエとメルミナは、目を見合わせる。

 そして、数秒の空白があった。

 

 コノエは少し考えた後……。

 

「……その、メルミナ。君から言ってくれ」

「え、あ、いや、あなたからでいいわ。私は、急ぎじゃないから」

「……いや、僕も急ぎという訳では」

「そ、そうなの? ええと、そうね。……どうしましょうかしら」

 

 二人の間を、どこか困った雰囲気になる。

 互いに譲り合って、どちらも話せない感じ。

 

 コノエとメルミナは、共に動きを止めて……。

 

「…………」

「…………」

 

 ……周囲を沈黙が包み込む。静かだった。最上階の廊下には二人以外の人影はなく、一階に何人かの使用人の気配があるだけだ。

 

 他の住人はいない。テルネリカは遠征訓練から帰って来て間もないのに、朝早くから学舎での通常訓練に半泣きで向かっていったし、フォニアはアーキノルカに復興の手伝いに行ったまま、まだ帰って来ていない。

 

 なので、コノエとメルミナはただ二人で向き合っている。

 耳鳴りがしそうな静けさの中、コノエはどうしたものかと考える。

 

「…………」

「…………」

 

 ここは、僕から言った方が良いのだろうか。そう思う。

 しかし、相談内容――女性との距離感について、コノエ自身よく分かっていない以上、話が長くなるかもしれない。

 

 できればメルミナから話してほしいなと……ああ、いや、メルミナも同じように思っている可能性もあるのか。

 じゃあどうしようかと……。

 

「…………」

「…………」

 

 無言が続く。互いが互いを伺うような時間があって。

 

 ……しかし。それにしても。

 ふと、思った。少しだけ、珍しいなと。

 

 何がかと言えば、メルミナの様子だった。メルミナは、いつも言いたいことをストレートに言うタイプだ。言うことは言って、言えないことは言えない、言いたくないことは言いたくないと言うタイプ。

 まあもちろん、常に歯に衣着せぬという訳ではないが、基本的にはそんな感じになる。

 

 だから、こうして向かい合っているのに、言葉に迷うような姿は珍しい気がして……。

 

(……ああ、でも。そういえば。昔、数回あったか)

 

 コノエは、ふと思い出す。それは二十年以上前。訓練生になったばかりの頃だ。

 訓練で組み始めたばかりの頃、互いに失敗も多くて気まずい雰囲気になることがあった。初めて魔物と戦った時や、初めてダンジョンに挑んだ時とか。

 

 片方が失敗するだけでなく、二人とも失敗して滅茶苦茶になって。どっちが悪いのかというより、どっちもどうしようもないというか。酷すぎて逆に反省点が見つけられないというか。

 互いに何も言えなくなって、雰囲気がどうしようもなく重くて。

 

 ……ああ、そうだ。当時はそういうときに。

 

「……コノエ」

「……ああ」

 

 と、メルミナが名前を呼ぶ。そして。

 

「パイを焼くから、手伝って。お腹いっぱいになってから、話をしましょう」

「……ああ」

 

 ◆

 

「コノエ、パイ生地の準備は出来てる?」

「……大丈夫だと思う。確認してくれ」

 

 数十分後。コノエとメルミナは、屋敷のキッチンで料理をしていた。

 コノエがパイ生地を折ったり伸ばしたりして、メルミナが具材の準備をする。二人で並んで、作業を分担して。

 

 ……コノエは、懐かしい、と少し思い出す。初めての戦闘訓練での惨状の後、突然メルミナがパイを作り出した時のことを。あれは驚いた。

 

 それで、どうしてそんなことを、と問いかけたら、お腹いっぱいになったら嫌な気持ちも消えるし、口元も緩むでしょ? とメルミナに言われて。

 だからそれから、本当に手酷い失敗をしたときは、メルミナがミートパイを作ってくれることがあった。

 

 ……そうだった。それもあって、自分はメルミナのパイが好きになったんだ。何でも言うことを聞く、という約束でパイをまた作って欲しい、と言うくらいには。

 温かくて、お腹がいっぱいになって。柔らかい雰囲気の中で、鼻を擽るバターの匂いが好きになった。

 

「……あのね、コノエ」

「……うん?」

「思い出したんだけど、昔、私と姉さんが喧嘩したときも、いつもこうしてパンとかパイを作って、食べてたの。知らないうちに、同じことをしてたみたい」

「……そう、なのか?」

 

 メルミナは、ええ、と嬉しそうに頷く。

 記憶を失っても覚えてることって結構あったのね、と。

 

 メルミナは照れくさそうに頬を掻いて、コノエも知らず微笑む。

 そうして、そのまま穏やかな空気の中、作業は進む。

 

 準備が出来たら、火を入れた魔道具の窯の中にパイを入れて。

 その後は様子を見ながら焼き上がりを待つ。

 

 待っている間はお茶を淹れて、二人で飲む。

 人が少ない屋敷の中で二人の時間を過ごす。

 

「…………」

「…………」

 

 火の音だけが部屋に響いているような静けさの中、ちらりと見るとメルミナは機嫌がよさそうに緩んだ表情を浮かべていた。

 そんなメルミナをコノエはお茶を口元に運びながら、少しぼうっと見て。

 

 ……なんとなく、思う。

 

「……そういえば、メルミナとこうして一緒にゆっくりするのも久しぶりだな」

「え、そう?」

 

 呟くと、意外そうな顔をするメルミナ。

 そんな彼女にコノエは、一度頷く。そして。

 

「……ここしばらく、君は忙しそうにしてただろう。商会に、ノエルの学舎入りに、遠征訓練に。いつも走り回っていた気がする」

 

 お疲れ様、とコノエはメルミナのカップにお茶を注ぐ。すると、少し驚いた顔でメルミナはありがとう、と言った。

 ……そういえば、聖国でもメルミナの商会の出店を見たか。方々に手を伸ばしていて凄いなと思い。

 

 …………うん?

 

「……メルミナ?」

「……えっと」

 

 そこで気付く。何やらメルミナの様子がおかしくて……。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ――そして、メルミナは。

 コノエからの言葉に、脳内でぐるぐると思考が回っていた。

 

 一緒にゆっくりするのは、久しぶり。そんな言葉。

 それにメルミナは、確かにそうだと思う。

 

 最近本当に忙しくて、姉がいないときは食事中も仕事をしているような有様だったし。しばらくまともに寝てないし。こうしてコノエの屋敷に来るのも久しぶりだ。

 というか本当は今も仕事が山積みで、無理を押してここに来ていた。

 

 どうしても胸の奥がモヤモヤしていて、冷めてないと確認したくて……。

 

(…………あれ?)

 

 そこで、気付く。なんだか、変だ。何がかと言えば、胸の奥が。

 遠征訓練前からずっとモヤモヤしていたのに……。

 

(……モヤモヤが、消えてる?)

 

 いつの間にか、落ち着いている自分がいた。むしろこう……少し弾んでいるような。

 ついさっきまでも、コノエと話しながら頬が緩んでいた自覚がある。

 

 これは、どういうことだろう。考える。

 まだ冷めてないかの確認もしてないのに。出鼻を挫かれて、上手く言えなくて。こうして一緒に料理を作っている段階なのに。

 

 ……なぜ? わからない。

 この変化の前後にあったことと言えば、こうして、久しぶりにコノエと一緒に過ごしているくらいで……。

 

「………………………」

 

 …………あれ?

 メルミナはふと、思い至る。

 

 一つの考えが、唐突に浮かんできた。

 モヤモヤの理由。それは、別に冷めてないか不安になった訳じゃなくて。

 

 ……まさかとは思うけど。

 ……コノエ(こいびと)にしばらく会えてなくて、寂しくて勝手に()ねてただけ、とか?

 

 ……

 ……

 ……

 

(……いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや)

 

 まさかそんな。ありえないでしょ。

 絶対ない。そんな恥ずかしいことある訳がない。

 

 なんだそれ。信じられない。ないない。絶対ない。

 そんなまさか、あるはずが……。

 

 メルミナは頭の中で全力で否定しつつ、冷静にお茶に口を着ける。

 冷静に。とても冷静に、パイの焼き加減について考えて……。

 

「……? メルミナ、顔が真っ赤だけど大丈夫か?」

「大丈夫よ」

「……いや、でも、見たことないくらい赤く」

「大丈夫」

 

 メルミナは、ありえない妄想を振り切り、とても冷静に返事をする。そうだ。ありえない。これは最初に考えていた通り、単純に冷めてないか不安になっただけだ。恋人の心が自分から離れてないか確認しに来ただけ。

 

 ……だって、当然だ。

 アデプトであり、世界を股に掛ける大商会のトップである彼女が、寂しいのを不安と勘違いして、恋人に甘えに来たなんて、あるはずがないのだから……。




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