転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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コミカライズ記念短編:アデプト最終試験③

 ──異界を進み始めて、数時間が経過した。

 敵の気配はまだ遠く、世界には果てが見えない。木の葉が紙吹雪のように舞っていて、見た目だけ綺麗なのが少し煩わしかった。

 

 触れた物を強制的に転移させる木の葉は、いくら避けても避けても限りがなく、それでもコノエは槍を握り、緑の世界を走り続けて……。

 

(……でも、流石に少し慣れてきたな)

 

 ふと思う。コノエは環境に慣れてきた自分を自覚する。

 だから、少しずつ速度を上げていく。回避し、弾き、敵の元へと駆ける。

 

 この調子で行けば、敵の元に辿り着くのは……

 

『のう、喉が渇いてこんか?ちと休憩でもしたらどうだ? ん?』

「……」

『話に付き合ってくれるのなら、権能を弱めてもよいぞ。どうせ卿には大した効果が無さそうではあるし』

「…………」

 

 ……そこで遠くから声が飛んで来た。

 眉を顰める。この数時間、コノエはずっとデーモンに話しかけられていた。いくら無視しても話しかけてきて、戦闘中でなければ、敵でなければ、酷い罪悪感が湧いてきそうなくらいだった。

 

『我は戦いがあまり好きではなくてな。話の方が好きだ。どうせ卿が我の元に着いたら戦うことになるのだ。それまで話をしようではないか』

 

 そんなこと信じられるはずがない。信じていいはずもない。返答することが何かのトリガーになっている可能性もある以上、返事をすることもできない。

 

 ……まあ、拒絶型の固有魔法に目覚めるのは基本的に戦闘が嫌いなものが多いので、そこは間違いではないのかもしれないが。

 しかし、拒絶型であると同時に異界型である以上、単なる戦闘嫌いであるわけがない。固有魔法は基本的に所持者の性格を反映したものになるのだから。

 

 ……拒絶すると同時に閉じ込める。なにがどうなったらそうなるのやら。

 

「……」

 

 コノエは戦いを有利に進めるため、デーモンについて分かることは無いかと、走りながら周囲を観察する。

 ……しかし、やはり森以外のなにも見えなかった。見渡す限りに森が広がった異界。森の緑と空の青しか見えなくて……。

 

 ……と、そのとき。

 

『ふむ。それにしても、わが権能だけでなく、防衛線をこうも容易く突破するとは。まこと、卿は良き戦士であるな』

「…………?」

 

 デーモンがぽつりと、呟くように言った。

 

 ……防衛線? ……権能だけではなく?

 ……なんのことだ? 周囲には何も見えない。

 

 何か仕掛けてきていたのか? 防衛線と呼ばれるようなものは何もなかったが。

 コノエは困惑しつつ、全力で周囲を探る。けれど森以外何もない。

 

 ……これもブラフなのか?

 判別できなかった。出来るのは、周囲を警戒しつつ走ることだけで──。

 

 ◆

 

 ──その後もコノエは走り続けた。

 森以外何も見えない緑の世界の中を進み続けた。木の葉を避け、砂を弾き、鳥を逸らした。消耗を押さえながら、万全の状態を維持し、敵の元に辿り着くために。

 

『……ふむ。この防衛線も突破するのか。凄まじいな。ハッハッハッ』

「……」

 

 ……そうだ。デーモンの声を聞きながら、走り続けた。

 

 最初に、デーモンが防衛線と言ってしばし。デーモンはずっとコノエに話しかけ、何度も防衛線と言った。

 その度にコノエは周囲を注意深く確認し……しかしやはりそれらしきものは何もなかった。

 

「…………」

 

 ……そんなデーモンに、コノエは少し、策にしても何かズレている気がしてくる。繰り返す防衛線という言葉と、そういえば最初に話しかけてきたときには、『追い詰められた』とも言っていたか。

 これはいったい何なのか。何かの策なのか、それとも……。

 

 ……

 ……

 ……

 

 ……そうして、丸一日分の時間が過ぎたころ。

 コノエはついに、デーモンの気配まで数十キロの地点に辿り着く。そこで、この異界に入って初めて、森以外のものが見えてきた。

 

 城壁に囲まれた石造りの街だ。……いや、正確に言えば街というより。

 

(……あれは)

 

 ……見えたモノに、コノエは少し目を細めると。

 

『来たか』

 

 ──そこで、声が飛んで来た。同時に街から黒い影が飛び出した。

 その影は空に飛びあがり、コノエの方へと近づいて来る。そのまま、街から数キロほど移動して、立ち止まった。

 

 ──デーモンだ。試験会場で最初に見た時と同じ姿。

 

『戦士よ、よくぞ辿り着いた』

「……」

『まったく。最後まで返事をせぬとは。……よほど師が良かったのだな。我ら魔物と対峙する者として、その行動は正しい』

 

 沈黙を保ったまま近づいていくコノエに、デーモンは穏やかな声でそう言った。その次に、まあ我にはその心配は不要だがな! とも言いつつ。

 そうして、大きな声でハッハッハッと笑った後──。

 

『──だが、そんな良き戦士である卿に、それでも一つ、無理を承知の上で交渉したいことがある』

「……?」

 

 ──ふと、デーモンは低い声で呟いた。

 見ると、数キロ先でデーモンは両掌を空にしてコノエに向けている。まるで、敵対するつもりはないと示しているかのように。

 

 ……そして、言った。

 

『抵抗せず我が首をくれてやろう。そのかわりに、我が娘と街に住んでいる領民の命を保証してもらいたい』

 

 ◆

 

 ……? …………は?

 あまりに想定外すぎる言葉に、コノエは一瞬ぽかんと口を開ける。

 

 ……娘? 街に住む領民? このデーモンは何を言っている?

 しかし、眉を顰めるコノエを他所に、デーモンは淡々と言葉を続けた。

 

『もちろん、魔物である娘たちを保護せよとは言わぬ。卿の固有魔法──異界から脱出し、隣の領まで逃れるのを許してもらいたい。悪い取引ではなかろう。我は一線は退いたとはいえ、元は五魔将の一角を担っていた身である。それを苦も無く屠れるというのだ』

 

 デーモンは言う。残念ながら、我では卿の異界を破ることは出来なかった、と。

 異界が展開されてしばらく。外には人の軍勢が待っているのだろう、とも。

 

 ……そんなデーモンに、コノエは本格的に困惑する。

 何を言っている? 卿の異界? 何故、こちらが異界を展開していることになっている? 異界を展開しているのはデーモンの方だろうに。

 

 ブラフにしても滅茶苦茶すぎる。

 一部の言葉以外は理性的なのに、所々支離滅裂で訳が分からない。

 

 また、それに加えて、そもそも──。

 

「…………」

 

 ──コノエは、デーモンの後ろを見る。

 デーモンの後ろにある街、いいや、正確に言えば、()()を、見る。城壁も建物も砕け散り、瓦礫の山になっている。そしてその上には──。

 

「……」

 

 ──瓦礫の上には、()()()()()()()()()()()()()()()()

 デーモンの言う娘や領民など、どこにもいない。この世界に在るのはコノエとデーモンと森、そして亡骸だけだ。

 

 ……そうだ。コノエには見えていた。

 数多の白骨の一番上で揺れる亡骸が。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、鎖で吊るされ、風に揺られていて──。

 

 ◆

 

「────」

 

 ……あ。コノエは、そこで気付く。

 ……まさか、そういうことなのか?

 

 そのときコノエが思い出したのは、かつて学舎の授業で習ったことだった。教本に特記事項として書かれていたこと。コノエは、目の前の災厄について、固有魔法の記憶を封印されているものの、それ以外の情報は覚えている。

 

 ──これは、今から千数百年前に起きた、()()()()だ。

 かつて、まだ教官が居なかった頃の話。この世界には幾つもの魔物の国があり、永きに渡って人と戦争を繰り返していた。

 

 数多の魔物の勢力があり、組織的に人と敵対していた時代だ。

 それぞれの魔物の勢力は、各々の方法で人と敵対しており──実は、その中にいたらしいのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 邪神を裏切るとまではいかないものの、積極的な戦闘は避けようとした魔物たち。

 それは、魔物の中でも本当にごく一部の例外だ。記録上では数千年に数例しか現れていない例外中の例外。しかし、そんな魔物が確かにいた。

 

 ……だが、そういう個体は──。

 

「………………」

 

 ──全て、邪神に壊されてしまったらしい。

 魂と尊厳を凌辱され、晒されてしまったらしい。

 

 おそらく、今コノエの目の前にいるデーモンはその中の一体だ。以前習った。

 人と裏取引をしようとした魔国の領主。しかし、政敵に密告され、邪神にバレ、洗脳、改造されてしまった。

 

 固有魔法を改造され、魂を壊された。大切にしていた一人娘も、領民も、邪神の実験台として徹底的に冒涜された後に殺され、吊るされた。

 しかし壊れてしまったデーモンは大切なモノをすべて失ったことも気づけず、自覚のないままに尖兵とされ、討ち果たされるその日まで亡骸と廃墟を守り続けていたようだ。

 

「…………」

 

 つまり、このデーモンは――今も、洗脳されたままなのだ。現状を正しく把握できていない。

 記録として残されたものを再現したが故、当時と変わらず邪神に壊されたままでいる。

 

 異界をこちらの固有魔法だと言ったのは、そもそも異界がデーモンの本来の固有ではないためか。邪神に改造され、後から付け足された能力であるため、自分の能力だと分かっていないのかもしれない。

 

 ……壊れたままに異界に娘と領民を取り込み、目の前の亡骸を認識することすらできずにいるのだろう。




なお、最後のコノエ君の察しが良いのは、封印されても微かに零れる知識があるからです。

裏話:ある意味人類に穏健な姿勢を見せたデーモンが死後こうして再現に使われているのは、当時デーモンの交渉相手だったアデプトが、改造され壊されたデーモンに不意打ちで殺されているため。それ以後、同じことを繰り返さぬようにと記録が残されている。

あと一話あります。次回は金曜日です。よろしくお願いします。
また、せっかくなのでコミカライズも読んでくれたら嬉しい……本当にうれしい……。
尾玉先生、アクションも上手い人なので読み応えあります。ぜひ見に行ってもらえたらと! デーモンもいます!
カドコミのリンク張っておきますね……
カドコミ:転生程度で胸の穴は埋まらない【第1話】
ニコニコ静画にも載ってるので、コメントありがいい人はそちらをどうぞ!
ニコニコ静画:転生程度で胸の穴は埋まらない【第1話】

公式Xで五巻の情報が少しだけ出ました!
神様のイラストの一部が載ってます!

あと、今公式Xでフォロー&RTキャンペーンをやってるので是非参加してもらえると! 条件達成で尾玉先生の漫画が公開されるようです。
公式サイトのリンクも貼っておきますね……
転生程度で胸の穴は埋まらない公式X
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