転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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コミカライズ記念短編:アデプト最終試験④

『──戦士よ、答えは如何に?』

「…………」

 

 デーモンの問いに、コノエはまっすぐ視線を返す。

 コノエは、デーモンの事情を理解した。彼は娘を失い、領民を失い、それを認識することも出来ずにいる。目の前のモノを認識することもできない程に壊れ果て、なお、己の命を賭して大切なモノを守ろうとしている。

 

 ──抵抗せず我が首をくれてやろう。そのかわりに、我が娘と街に住んでいる領民の命を保証してもらいたい。

 

 そんなデーモンの言葉に対し、コノエは。

 

「────」

 

 ただ、無言で槍を構えた。それが返答だった。コノエは、デーモンの取引に応じることは出来ない。出来るはずがない。

 だって、もう死んでいる娘を、領民を逃がすことなど、決して出来ないのだから。……そして、本当はもう死んでいるデーモンに何かすることも出来ない。

 

 ……だからコノエに出来るのは、正々堂々と戦うことだけだった。

 デーモンが己を何度もそう呼んだように、一人の戦士として目の前の男に向き合う。

 

 ……すると、デーモンは少し目を細めて。

 

『そうか。良き目だ。……残念ではあるが、不快ではないな』

「……」

 

 デーモンは静かに頷き、コノエに向けていた両手を下げ、横にかざす。

 すると、デーモンの体から放たれた緑の魔力が手の中に集まっていき。

 

 ──一本の緑の大剣になる。

 ……そうして。

 

『──では、戦士よ。殺し合おう』

 

 ◆

 

 ──それから、しばしの戦いがあった。

 コノエとデーモンは槍と大剣を振るい、雷と拒絶の権能を撃ち合った。

 

 デーモンの固有魔法、拒絶の力はただ敵を遠ざけるだけの力ではなかった。少し応用すれば距離を支配する力に化け、巧みな剣技と合わせてコノエを追い詰めた。

 

 届くはずのコノエの攻撃が届かず、届かないはずのデーモンの攻撃が届いた。

 距離を歪めることでコノエの雷撃を遅延させ、反転し、コノエに跳ね返した。

 空間そのものを拒絶することで、空間の連続性を歪め、砕き、コノエを空間の狭間に追放しようとした。

 光を歪め、魔力を歪め、圧縮し、権能の渦で空を薙ぎ払った。

 

 コノエはそれに食らいつき、反撃のチャンスを狙った。その中でコノエが理解したのは、デーモンは壊され、異界を植え付けられているが故に、出力が本来の固有魔法より酷く落ちているという事実だった。

 

 もし、完全な状態のデーモンなら、互角に戦うことすらできなかっただろう。それだけの強敵。魔物の国の元大将軍。力で暴れ回るだけでなく、アデプトと戦い生き延びてきた本物の戦士。

 今目の前にいるのが邪神に壊された後のデーモンだからこそ、コノエはまともに戦えていた。

 

 そして──。

 

『──オオオオォォォオオオ!!!!』

「────」

 

 ──デーモンが、世界を拒絶し、駆ける。

 己自身を拒絶し、空間を越え、立体機動を駆使しコノエに迫る。コノエの目では捉えられぬ超加速。

 

 界律を超越し、道理を踏み越え、物理法則を蹂躙する大剣が迫る。僅かに触れるだけで権能に飲み込まれる拒絶の大剣。

 コノエはそれに、ただ、体内に一つ白雷を生み出して──。

 

 ──雷化。

 

 雷轟と共に、瞬時にコノエは最高速度に至る。雷化してなお速度は互角、力は敵が上。……しかし、技だけは。

 

 歪んだ世界の狭間で、コノエは見る。それは、デーモンの僅かな隙だ。落ちた出力を無理矢理補った結果、デーモンの技は僅かに精彩を欠いていた。

 コノエは槍を構え、その隙を狙う。教官に教わってきたままに。

 

 瞬き以下の刹那に槍と大剣が交差し──。

 

『──ォ』

「……」

 

 振り抜いたコノエの槍が、デーモンの胴体を断ち切る。ズレた下半身が下に落ちていき、胴体だけが翼で空に留まっていた。

 致命傷だ。デーモンは瞬時に権能で数百メートルほど距離を取るも、急速に力が零れ落ちていく。

 

 コノエは雷化を解除し、全力で治癒しながら、トドメを刺すべく槍を構え、デーモンに向けて駆け出す。

 そんなコノエに、デーモンはそれでも体を起こし──。

 

『……ま、だ、だ! 我は、あの子を────ぇ?』

 

 そのときだった。デーモンの目が、眼下の森、いや、街に向く。

 僅かな停止の後、ぽかんと口元が開き──。

 

 ――コノエは察する、これは邪神の悪意だ。

 最期の最期で、洗脳が解けるようにしていた。

 

 デーモンの目が、大きく、大きく見開かれて。

 

「────」

『――ぐっ』

 

 だから、次の瞬間。コノエは槍でデーモンの首を狙い、反射でデーモンが避ける。

 街を見ていたデーモンの首がコノエに向く。デーモンの視線がコノエに向き、僅かな時間、二人の目が重なる。

 

「――――」

『…………』

 

 ――せめて、最後まで戦士として。

 コノエに出来るのはそれだけで、そう願いながら槍を振るった。デーモンもまた、鈍い動きで大剣を作り出した。ほんの僅かな時間。二人は最後まで敵として戦った。

 

『――、ぁ』

 

 ……そして。数秒後。

 コノエの槍が、デーモンの首を落とす。

 

 デーモンは僅かに口元を動かした後。

 一瞬の後に、緑の異界に亀裂が走り、砕け、落ちて行った。

 

 ◆

 

「──おめでとうコノエ、君は確かに成し遂げた」

 

 異界から帰ってきたコノエが、まず最初に聞いたのはそんな言葉だった。

 教官の声。場所は元の試験会場で、足元にはデーモンの亡骸があった。

 

「……………………」

 

 ……勝ったのだと、コノエは少し遅れて理解する。

 

 目の前の亡骸をもう一度見る。

 強敵だった。己が負けても、何一つおかしくなかった。

 

 コノエの体に傷はないが、それは一度でも傷がつけば終わりだったからだ。拒絶の権能を必殺の技にまで高めたデーモンの力。

 もし僅かにでも大剣に触れていたならば、コノエの体は分割されていただろう。紙一重の勝利だった。綱渡りのような。もう一度戦って勝てる自信はなくて……。

 

 ──ああ、でも。これでアデプトになれるのか。

 コノエは勝利の実感と共に、それを理解する。

 

 自分は、成し遂げたのだと。夢をかなえられるのだと。

 二十五年前からずっと抱えていた願い。惚れ薬奴隷ハーレムを。今度こそ、自分は誰かと共に生きていくのだと思い……。

 

「…………」

 

 と、コノエは、気付く。足元のデーモンの亡骸が、段々と薄くなっていく。

 再現が解除されたのだろう。デーモンは記録に戻っていく。

 

 あのデーモンはきっと、またいつか呼び出される日まで眠り続けることになるのだろう。コノエはそう思い──。

 

『──抵抗せず我が首をくれてやろう。そのかわりに、我が娘と街に住んでいる領民の命を保証してもらいたい』

 

 ──なんとなく、もう一度、デーモンの言葉を思い出す。

 あの男との戦いを思い出す。決して譲れぬ願いを。

 

 戦っている途中、権能を通して伝わってきたのは、あの男の愛だった。娘への、そして領民への。命を賭して戦っていた。既に守りたいものは喪われ、本人も壊されていたとしても、その愛には何一つとして偽りが無かった。

 

 槍が切り裂くその瞬間まで、デーモンは……。

 

「……」

 

 ……そんな男の姿に、何も思わないなど、あるはずがなくて。

 だから、思う。あの男を殺して、自分がするのは、惚れ薬奴隷ハーレムか、と。

 

 コノエは、俯く。唇を噛んだ。

 これでいいのかと思って……でもそれ以外思いつかなかった。

 

 そうだ。今まで何度も何度も、コノエは考えてきた。

 もっと別の方法があるんじゃないか。そんな外道の方法ではなく、一人の人間として他者に向き合うべきではないのか。過去の自分ならともかく、アデプトとしての訓練を二十五年乗り越えてきた自分なら、もっと違う道を選べるのではないか、と。

 

 ……でも、やっぱり。

 ……自分には、そんなことが出来る気がしなくて。

 

「………………」

 

 ……今更変わらない。変われない。

 コノエは、ただ足元を見る。空っぽの闘技場だけがそこにある。

 

 コノエは、一度目を閉じた後、開ける。

 そのまま闘技場から退出しようとして。

 

【────】

「……え?」

 

 そのときだった。コノエの胸の奥に、想いが伝わってきた。……いいや、正確に言えば、気付いてなかっただけで、きっとずっと──。

 

【────!】

「…………」

 

 顔を上げる。観客席に、神様がいた。

 遠くに居るので正確には心に伝わってこないけれど、拍手してくれているのが分かった。目元が赤くなっていて、少し涙目になっていた。

 

 神様は戦いを見ていたのだろうか。いいや、きっと見ていなかっただろう。

 敗北時の救援は教官の担当だった。もしコノエの勝ちの目が無くなれば、教官が権能で助けてくれただろう。ただ、それでも万が一の事態の備え、神様は蘇生準備をずっとしてくれていたはずだ。この闘技場には蘇生を助けてくれる力もあるので、死亡直後なら問題なく蘇生できる。

 

 ──丸一日コノエのために準備してくれていた神様の笑顔は、疲れているだろうに純粋で、何処までも裏が無くて。

 成し遂げたことを、おめでとう、と。そう祝ってくれているのが分かった。

 

「…………」

 

 ……そんな神様を見ていると、胸の奥がよく分からない感情で埋め尽くされて。

 ……ほんの少しだけ、今を喜んでもいい気がした。




裏話:実は教官、相手が『あの』デーモンだと決まったとき、これは今回は失敗かなと思っていた。また来年再試験かと。それを倒しきっての合格に、やっぱりこの子、やるときはやる子だよね、と誇らしくなっている。

これでコミカライズ記念短編は終わりです。
次はフォニア編を……出来る限り早く投稿したいな……

また、せっかくなのでコミカライズも読んでくれたら嬉しい……本当にうれしい……。
尾玉先生、アクションも上手い人なので読み応えあります。ぜひ見に行ってもらえたらと! デーモンもいます!
カドコミのリンク張っておきますね……
カドコミ:転生程度で胸の穴は埋まらない【第1話】
ニコニコ静画にも載ってるので、コメントありがいい人はそちらをどうぞ!
ニコニコ静画:転生程度で胸の穴は埋まらない【第1話】

公式Xで五巻の情報が少しだけ出ました!
神様のイラストの一部が載ってます!

あと、明日7/4に公式X上で尾玉先生の3p漫画が公開されるので是非読みに来てもらえたらと。
公式サイトのリンクも貼っておきますね……
転生程度で胸の穴は埋まらない公式X
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