転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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後日談:フォニア②

 屋敷の使用人からフォニアの手紙を受け取って、二日ほどが過ぎた。

 そのとき、コノエの姿は屋敷ではなく、神都の転移門の前にあった。

 

「…………」

 

 表情は無表情で、服装はいつものコート姿。足元には空間魔法がかかった拡張カバンがあった。ある程度の遠出をするための装備だ。普段コノエが長期の任務に赴く際と全く同じ装備。

 事情を知らない者がその姿を見たならば、どこかで大きなトラブルでも起きたのだろうかと眉を顰めるような恰好であって――。

 

 ――しかし、実際のところは、そんな物騒な理由ではない。

 拡張カバンがあるのは土産をたくさん買って帰るためで他意はないし、実は無表情でありつつ裏で少し浮かれてもいた。

 

(……久しぶりだ)

 

 なぜ浮かれているか。それは当然、フォニアからの手紙が原因だ。自分からフォニアに会いに行こうかと思っていた矢先に、向こうから手紙がやってきたから。

 

 ──街の復興が終わったので、よかったら見に来ませんか? と。そんな感じの手紙が。

 

 どうやら、ここ数十日フォニアがかかりきりになっていた仕事が終わったらしい。街の再生も、都市結界の再構築も、周辺の魔物の掃討も終わったのだとか。

 あとは住民が移住するだけで……しかしその移住にはまだ時間がかかるので、それまでの間、無人の街を見学させてもらえる、と書かれていた。

 

(……フォニアが案内してくれる、とも書いてあったな)

 

 なので、せっかくだからとアーキノルカ行きを決め、さっそく学舎に向かったのが、手紙到着の二十分後のこと。

 学舎に遠出したいと伝え、移動するための手続きが始まって……書類とか書類とか書類とか、何より書類とか色々大変だったけれど、コノエは頑張っていつもより早めに準備を終わらせた。

 

 結果、今こうして転移門の前で起動を待つことが出来ている。つまり、現状はコノエの努力の成果でもあった。

 

「………………」

 

 コノエは、無表情のまま転移門を見つめ続ける。内心、まだかな、なんて思いながら。

 コミュ障の引きこもりのくせに、わざわざ遠出するのを楽しみにしている。

 

 そんな自分に、コノエ自身、昨日から何度目かに『僕とは思えないな』と思うが、しかし、やっぱり嫌ではなかった。

 だからコノエは、転移門が開くその瞬間まで、近くでじっと待ち続けていて──。

 

「――コノエ様。良い旅を」

「……ああ、ありがとう」

 

 ──そうして、数十分後。

 ついに転移門が起動する。コノエは軽い足取りで歩を進め、門の中心、空間の歪みの中に入っていった。

 

 ◆

 

(……ああ、この感覚、少し懐かしい)

 

 転移門を潜ったコノエが一番最初に感じたのは、頬を撫でる冷気だった。神都と比べると気温がかなり低そうだ。

 アーキノルカ。高度一万メートルを超える山の中に作られたその国は、神の力によって人が住める環境に調節されているものの、しかし、全く高度の影響を受けない訳ではない。気温は低く、少し日の光が強い。……けれど、とても空気が澄んでもいた。

 

「……」

 

 約一年ぶりに訪れた国。あれから世界には色々あって、多くのことが変わった。しかし、アーキノルカのこの空気は変わっていない。

 コノエは、肺に入り込む冷たい空気に目を細めつつ、周囲を見る。転移門の向かいの窓からは周辺の山々の様子が見て取れた。

 

 そういえば、あの山の中に今回の街があるのだろうかと思い──。

 

(──あ)

 

 そこで、コノエは近付いてくる気配を察知する。よく知っている気配だ。

 強く、透き通った気配。彼女は、トントン、と軽い足取りで近付いてくる。

 

 そして、廊下へつながった扉がゆっくりと開いていく。その向こうから顔を出したのは。

 

「──コノエ、久しぶり」

「……フォニア」

 

 フォニアだった。青い竜人の少女。サファイヤのような青い翼と角が、数十日前に会ったときと変わらず輝いている。

 久しぶりの再会だ。見たところ元気そうで、よかったとコノエは頬を緩める。一歩足を前に出す。すると、フォニアも頬を染めて近付いてきた。

 

 二人の距離は縮まっていく。コノエがまず最初に何を言おうかと少し考えているうちに、もう目の前にフォニアがいた。コノエはとりあえず口を開き……。

 

「……?」

 

 ……? そこでコノエは気付く。

 フォニアは手に何かを持っている。黒いナニカだ。彼女は目の前で、持っていたそれをバッ、と広げた

 

 コノエは瞬きしながら()()を見る。

 フォニアが広げたもの、それは──気配消しの力が籠った外套だった。かつて魔王領域の調査依頼を受けたときに被ったものと似ている。

 

 消音や認識疎外がかかっている一品であって、しかし、なぜ突然こんなものをと思い……。

 

「──コノエ、あのね」

「……え、ああ」

「今回は()()()()()()だから、騒ぎにならないようにコレを被って姿を隠して」

「……えっ?」

 

 なんだそれ、と瞬きするコノエ。

 しかしフォニアは、問答無用で外套をコノエに被せて――。

 

 ──

 ──

 ──

 

 それから、しばしの時間が過ぎた。

 具体的に言えば、夜になるくらい。

 

「お疲れ様、コノエ」

「……」

 

 少し疲れた顔のコノエとフォニアが今居るのは、転移門の前から移動した先。今晩の宿である王城の一室だった。アーキノルカ城の客間だ。民間の宿は使わないほうがいいと判断した結果である。

 

 ──そうだ。転移門から出た後、色々あった。本当に、色々あった。

 

 まず、アーキノルカ到着後、コノエは姿を隠したまま移動して、入国管理室の奥へ通されたのだが、入国の手続きをしている間、数十人はいた入国管理官たち全員から視線を向けられた。妙に熱い視線を。

 ……いや、正確に言えば少し違うか。彼らは視線は向けてこなかったけれど、こちらを気にしている熱がひしひしと伝わってきていた。

 

 そしてそれは手続きを終えてからも変わらず、案内してくれたメイドも、城を警護している騎士も、城に勤めているのであろう行政官らしき人も、皆とてもこちらを気にしているようだった。

 視線は向いていなくても、コノエがびっくりするくらい意識が向いていた。どこを歩いていても見られている気がして、落ち着かなくなりそうだった。

 

 最近、コノエもこの手の歓迎にはある程度の耐性が出来てきたのに、それでもだ。

 天蓋竜戦からしばらく、色んな場所で英雄扱いされてきたのに、それでも驚くくらいの熱量。

 

 今までで同じくらい歓迎されたのは、シルメニアの街くらいだろうか。でもあれは、最初に歓迎してもらった後は、すぐに騎士団長の指示で解散になっていたし。今回のように最初から最後まで、ということはなかった。

 

 なので、目立つことが苦手なコノエは段々と疲労が蓄積して、今、気疲れしていて……。

 

「……」

 

 ……少し、思う。仮にお忍びコースじゃなかったらどうなっていたんだろうかと。

 

 お忍びコースというのは、今回のアーキノルカ行きに際して、事前に確認されたことだった。国家歓迎コースと、お忍びコース、どちらがいいかと問われて、コノエはもちろんお忍びコースを選んだ。

 

 ……でも、そのお忍びコースでもこれなら、もし、国家歓迎コースを選んでいたら。

 

「コノエ、アーキノルカで大人気だから当然だと思う。多分教官より人気」

「えっ!?」

 

 ──教官より!? そんなまさか。コノエはフォニアの言葉が信じられない。

 なにがどうなったらそうなるのかと。弟子的に教官より上というのが受け入れられなくて。

 

「本当だよ? お父様も、お母様も、弟たちも、皆コノエのこと好きだったでしょ?」

「……………………」

 

 ……それは、なんというか。

 コノエは驚愕から一転、目を泳がせる。そう、今日はそれもあった。

 

 フォニアの家族──アーキノルカの王様と王妃様、三人の王子様に挨拶して、歓迎された。

 お茶をして、ぎこちないながらに話をした。

 

 研究員時代の記憶に助けられたのと、あとは王妃様が凄く話し上手で聞き上手だったので、なんとか天蓋竜との戦いのことや聖国の戦いの話をした。それなりに盛り上がったように思う。

 ……多分。フォニアの三人の弟たちは前のめりで聞いてくれていたし。

 

「ありがとう、コノエ。……まあ、ちょっと皆が()()()()過ぎで恥ずかしかったけど」

「……その」

「……ごめんね。コノエ、嫌じゃなかった?」

 

 と、そこでフォニアが申し訳なさそうな顔をする。

 嫌だったのならごめんなさい、と。

 

 それにコノエは……。

 

「……いいや、嫌じゃなかったよ」

「────!」

 

 首を横に振る。だって、そうだ。彼らは、他ならぬフォニアの家族だ。

 大切な人の──恋人の家族なのだから。だから嫌なんかじゃない。

 

 ……ただ、まあ。

 

「……まだちょっと、困惑しているところはあるけれど」

 

 まだ、胸の奥の困惑は、消えていなかったけれど。ずっと、これでいいのかな、とは思っていたけれど。

 

 それはもしかしたら、コノエにとって家族という存在が未知であるから、というのもあるかもしれない。コノエには、物心ついたときから家族がいなかった。

 だから、恋人の家族、という初めての存在にコノエは困惑している。……ノエルは、メルミナの姉であるだけでなく、個人でも交流してきたので別として。

 

「……」

 

 特に、親がよく分からないんだよな、と。コノエは思う。コノエにとって親とは、めったに顔を合わせず、偶に会えば罵詈雑言を放つ存在だったから。

 ……フォニアのご両親がすごく良い人だというのが分かったからこそ、逆に違いすぎて困るというか。

 

 親という存在への距離感というか、立ち位置と言うか、よく分からなくて……。

 

「……………………」

「……………………?」

 

 ……うん? 

 そのときだった。そこでコノエは気付く。()について思考を巡らせた瞬間、遠くへの回線がつながった気がした。

 

 なぜ、と思っている間に、相手先から反応があって……。

 

【…………?】

 

 加護を通して、神様が首を傾げている姿が見える。どうしたの? という雰囲気。

 それにコノエは何度か瞬きして。……ああ、もしかして、神様が人類の親──母神だから繋がったんだろうか、と思う。

 

 なので、すみません、親について考えていたら間違って繋がったみたいです、と謝った。

 

【────!】

「…………?」

 

 と、なぜか神様がショックを受けたような顔をする。悲しそうな顔になって。次に困ったような顔になった。

 コノエが不思議に思っていると、神様は、唇を尖らせて、拗ねたような顔をして……。

 

【………………】

 

 小さく、【私、母神だけど……分体だし、()()()に母親だと思われるのは……ちょっと……けっこう、困る、かも】と呟くように言う。

 

 加えて、その直後、【あ、もちろんあなたが嫌いとかそういうのじゃ決してなくて、単純に関係性の話で……私とあなたは親子じゃなくて……】なんて少し焦った感じで続く。

 それにコノエは神様の言葉をぐるぐると頭の中で回して──ああ、いいえ、と首を横に振った。どうやら誤解があったようだ。なので、状況を一から説明すると……。

 

【…………!!】

 

 少しの説明の後、神様は一転してほっとしたような顔になる。

 それならよかった、と。

 

 そして、次に数秒ほど動きを止め、斜め上を見て、ちょっと恥ずかしがるように目を泳がせ──話を無理矢理切り替えるように、【ええと、旅行、楽しんでね】、と笑う。

 そのまま、恥ずかしそうな雰囲気のまま去っていって……。

 

「………………」

 

 ……神様を見送った後で、コノエは。

 なんとなく沈んでいた気持ちが、少し軽くなっているのに気づいた。




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