転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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後日談:フォニア③

(……まあでも、家族のことも含めて、こうして恋人について悩めること自体、幸せなんだろうな)

 

 ともあれ、神様が去って行った後、少し気が楽になったコノエはそう結論付ける。

 かつてのコノエでは決してありえなかった悩み。幸せだからこそ、生まれた悩み。それこそ、招待状が届く前日の夜、幸せだからこそ寂しいと思ったように。

 

 新しい環境であるが故に、悩みは尽きない。次から次へと新しく湧いてくる。

 なかなか慣れないし、もしかしたらこの悩みは時間しか解決してくれないのかもしれない。でも逆に言えば時間さえあればきっといつかは変わっていくだろう。今のコノエには、そう信じられた。

 

 また、だからこそ思う。今の状況を思い出しながら。

 今の自分が一番に考えるべきことは、そういう時間のかかることじゃなく──。

 

「……? コノエ、今神様と繋がってた?」

「……ああ、ちょっと行き違いがあって」

 

 ──隣で首を傾げている恋人のことだ。

 フォニア。数十日ぶりに再会した恋人。

 

 本来の目的としては彼女に会いに来た部分が大きいのに、転移門を潜ってから色々とあって、まだ何も出来ていない。

 なので、コノエは姿勢を正して、小首を傾げているフォニアに向き直る。

 

 そして単刀直入に──君と少し話がしたい、と言った。

 

 ◆

 

 それから。コノエとフォニアは、しばし二人きりで会話していた。

 城の一室、コノエの今晩の宿に、話し声と、稀に笑い声が響く。

 

 二人は部屋に置かれた横長のソファに座り、雑談に興じていた。話に上がったのは、会わなかった数十日間のことだ。それなりに長い期間だったので、話題には事欠かなかった。

 

 コノエが聖国の話をして、フォニアが街の復興の話をする。

 互い違いに話をして、時折脱線して、驚いたり、感心したりする。

 

 コノエからは、聖国の祭りの話をした。

 新発表の魔法や、ナイフ投げ。並ぶ出店に、歌姫の歌。

 

 フォニアからは、復興の話があった。

 魔物の掃討や、結界塔の修復。移住者の募集など。

 

 どちらも口が上手い方ではないので、決して効率的な話の仕方ではなかったし、きっと分かりやすくもなかった。傍から聞いている人が居たのなら苦笑するような感じだったかもしれない。けれど、二人は楽しそうにしていた。 

 

 話をして、笑い合う。二人だけの時間。

 ただただ、二人だけが居ればいい空間。

 

 お茶でもどうですか、と、ワゴンにティーポットを載せて現れたメイドがニコニコしながら、お二人とも仲が大変よろしいのですね、と言うような。

 ……そのメイドの目が妙にギラギラしていたのと、フォニアの目が妙に泳いでいたのが、コノエには少し解せなかったが。

 

 まあ、用意してくれたお茶は美味しかったし、唇の滑りを良くしてくれたので、その点はありがたかったな、とコノエは思いつつ……。

 

「……と、もうこんな時間か」

 

 そうして、しばらく経った頃。コノエは時計を見て呟く。

 この部屋に入ったときすでに夜だったが、今はもう深夜に足を踏み入れるかどうか、という時間だった。どうやら話が少し弾みすぎていたらしい。

 

 そろそろ解散かな、とコノエは思う。明日は復興した街の見学に行くのだから、夜更かしは避けるべきだ。

 もちろん、アデプトであるコノエもフォニアも一日の徹夜程度、全く苦ではないが、しかし、コノエは基本的に規則的な生活を良しとするタイプだった。これは教官から、いざというときにこそ無茶できるように、普段は健康的に生活しなさいと教えを受けているからかもしれない。

 

 なので、コノエは片付けようと机の上のティーカップに手を伸ばす。

 ついでにフォニアに、僕が片付けるから君は──と、言おうとして。

 

(────うん?)

 

 その瞬間だった。コノエは気付いた。

 己の背後から、()()()()()()()()があった。

 

(…………え?)

 

 それは、決して第三者が部屋に突然現れた──なんてことではない。

 そして、同時に脅威などでもない。だってそれは知っている気配だ。

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()

 隣に座っているフォニアから伸びている気配。

 

 そうだ。つまりそれは――フォニアの、翼だった。

 

「………………」

 

 ……コノエは、思わず動きを止める。

 そろりそろりと、ゆっくり近付いてくる気配。

 

 同時に、思い出す。アーキノルカに来る前の記憶を。

 コレットから聞いたことと、本で読んだこと。

 

 ――竜人の翼には基本的に他人は触ってはいけません。

 ――翼は竜人にとって種族創造の原点である。

 

 コノエは、まだ知らない。竜人が翼でつついたり、ペタペタする意味を知らない。

 けれど、それが重要な意味を持つということだけは知っている。

 

 だから一年前とは違い、コノエは思わず動きを止め、少し体を緊張させた。

 ……すると、その背後でフォニアの翼の動きも止まる。

 

「…………」

「…………」

 

 ……動かないコノエと、フォニアの翼。

 部屋の中を沈黙が包み込む。同時に、奇妙な緊張感も。

 

「……………………」

「……………………」

 

 一秒、また一秒と時間が過ぎる。部屋の端に置かれた振り子時計が、カチリカチリと時を刻む。

 部屋の中で動いているのは、その振り子時計だけだった。

 

「……………………………………」

「……………………………………」

 

 ……そして、どれくらいの時間が過ぎただろうか。

 動きを止めたままのコノエが、どうしようかと思い始めた頃。

 

「――!」

 

 ふと、背後の翼が動き始める。ゆっくりゆっくりと、コノエへと近付いてくる。

 緩やかな動き。アデプトでなければ、静止していると勘違いしたかもしれない。しかし、確かに青い翼は段々と近付いていた。

 

「……」

「……」

 

 …………そうして、ついに。

 フォニアの翼の先端が、コノエの背中に触れようとした――。

 

「………………う」

(――――うん?)

 

 そのときだった、横から呻くような声がした。それと同時に、翼の動きが止まる。

 コノエが思わず横を見ると、フォニアは顔を真っ赤にしていて……。

 

「……うう、みゃ、ま」

(…………ま?)

「……ま、まま、また明日!!」

 

 え? とコノエが思った時には、フォニアは翼を引いていた。

 ごめんなさいなんでもないの! なんて叫びと共にソファから立ち上がり、立ち上がった勢いのまま入り口まで走る。

 

 そのまま扉を開け、凄まじい速度で部屋から出ていって……。

 

「…………」

 

 ……後に残されたコノエは、瞬きをしながら開け放たれた扉を見る。

 ……えっ、なんであんな勢いで?




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