転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
(…………どういうことだろう?)
走り去っていくフォニアを見送った後、コノエは首を傾げる。
前回とは全く違う状況に困惑しながら。
フォニアが翼で背中で触れようとした。言葉にすれば一年前と全く一緒なのに、行動の結果が全く違う。
以前はなんでもない顔をしていたはずのフォニアが、何故か今回は部屋から走り去っていった。開け放たれた扉は、今も微かな音を立てながら揺れている。
どうしてこうなったのか。コノエには分からない。
分かるのはフォニアの様子が普通じゃなかったことだけだ。顔を真っ赤に染めて、凄まじい勢いで去っていった。
(……本当に、どういうことだろう?)
コノエはもう一度首を傾げ、フォニアについて考える。
対人関係はコノエが最も苦手とするところだし、普段なら「よく分からないな」で流す状況だが、相手が他ならぬ大切な恋人のことなので真剣に考えた。
先ほどのフォニアは……。
(……多分、恥ずかしそうにしていた、と思う)
表情からの推測なので断言はできないが、コノエにはそう見えた。
その前提の上で考えれば……フォニアは、翼で触れるという行為を恥ずかしがったことになるのだろう。
それはつまり、
…………もしかして、ペタリって思っていた以上にアレなのか?
また、前回との違いについては……当時と今の彼女の違い、魂が戻った影響なのか、それとも他に何か理由があるのか。
「…………」
コノエは、翼ペタリの意味が真剣に気になってくる。
今までは、まあそのうちに分かればいいか、くらいのつもりでいたが、流石に知っておいた方が良い気がしてきた。
……そして、その意味を調べる方法といえば。
「……」
腕組みするコノエの脳裏に、ここ数日間読んできた本が浮かび上がる。
大図書館で借りた、『竜人と翼とアーキノルカ』だ。
……うん、きっと間違いない。
あの本を読めさえすれば色々解決する。
コノエの頭の中を、一冊の本がふわふわと飛び回る。
これを読めば全部解決! と主張していた。
「………………………………」
しかし、それを理解しつつも。
コノエは、腕組みをしたまま動かない。
それは、実は一つ致命的な問題があるからで――。
「……あの本、今は神都にあるんだよな」
――そう。コノエは、今回の旅行にあの本を持ってきていなかった。
◆
なぜそうなったのかといえば、単純に必要ないと思ったからだ。
過去の経験――前回の聖国行きで暇があまりなかったから。
前回は到着初日の晩に魔王案件が発生して、その後は色々と後始末があった。自由時間がなかったわけではないが、隙間時間にはマイコがぬっぬっとやってきたし、聖女さまや聖国の神様が現れたりもした。
しかも、僅かに残った時間には槍を振っていたので、暇な時間がほとんどなかった。コノエにとって、人生初めての観光旅行の記憶である。
結果、持って行っても読まないだろうと本は机の上に放置してしまっていた。
移動時間も、転移門があるこの世界では無いようなものだったし。
――なので、現在コノエの腰のポーチに、『竜人と翼とアーキノルカ』は入っていない。翼ペタリについて調べる方法は、神都の屋敷の机に放置されている。
「……困ったな」
あの本は駄目だ。ではどうするか。
コノエはこめかみに指を当てつつ、考えて……。
(……いや、よく考えれば、それこそあの本と同じようにすればいいのか?)
気付く。そうだ。あの本は、神都の大図書館で借りたものだ。であれば、同じようにアーキノルカの書庫で借りればいいのではないだろうか。
あの本そのものがあるかどうかは分からないが、他ならぬアーキノルカの城だ。竜人の翼について書かれた本の一冊くらいはあるだろう。城の施設は自由に使っていいと言われているし。
これだ。これなら何一つ問題ない。
きっとペタリの真相を見つけることが出来る。
コノエはそう思い、立ち上がる。
さっそく部屋の入口へと足を向けた。
そうして、では、書庫を探そうと部屋の扉を押し開けた――。
「――あら、コノエ様。何か御用がおありですか?」
「……え、あ、いや」
――そのときだった。部屋から出ると同時に、メイドに声をかけられた。
また、廊下にいた騎士やメイドたちの視線が一斉にコノエに集まる。
十人ほどがいて、その二十の瞳がコノエを見つめていた。
凄まじい注目具合だった。半日前、この国に来たときと同じだ。
周囲の全ての人間が、コノエの一挙手一投足を見ているかのような。
コノエは、その視線の群れに思わず足を止める。
……そうだった。フォニアと話していて少し頭から抜けていたが、今この国でめちゃくちゃ注目されているんだった。
「コノエ様、私に出来ることがございましたら、なんなりとおっしゃっていただければと」
「……え、あっ、と」
そして、固まっていたコノエに、メイドがニコニコと微笑みながら言う。
コノエはそれに……一拍置いた後、正直に書庫を探している、と答えた。
すると、メイドは笑顔で、では案内させていただきますね、と。
「こちらへどうぞ」
「……あ、ああ」
メイドが先導し始めて、コノエは後ろをついていく。
アーキノルカの城を、二人で歩いて行った。
「……」
廊下を進むコノエに、周囲からの視線が突き刺さる。
メイドや警邏の騎士に、もう夜なのに書類の束を抱え、仕事をしている文官らしき人影。視線や気配がコノエの感知能力に届く。
歩いている間ずっとだ、廊下も階段もどこを歩いても。視線が途切れる瞬間がない。驚くほど人が居ない空間がなかった。
……王族が住む城、つまり一国の中心である施設に無防備な場所などないということなのだろう。
「…………」
「コノエ様。こちらが書庫になります」
「……あ、ああ、ありがとう」
そうして、そのうちにコノエは書庫に辿り着く。
メイドが扉を開けてくれて、コノエは礼を言いつつ中に入って……。
「「「「「「「――――」」」」」」」
「……」
扉を潜ると同時に、やはりここでもコノエを多くの視線が貫く。
書庫の中には数十人の文官が居て、仕事をしているようだった。さっきも思ったが、もう夜なのに。そろそろ深夜になりそうなのに。
「……………………」
「コノエ様。どのような本をお探しでしょうか? よろしければ私が探してまいりますが」
「……あ、ああ」
コノエの中で、視線に困る気持ちと過酷な労働環境への気持ちがごちゃ混ぜになっていると、メイドがそんな提案をしてくれる。
居心地が少し悪かったので、頼めるのなら頼もうと……。
(………………………………うん?)
――そう思った、そのときだった。
ふと、コノエの脳裏に一つの映像が浮かび上がる。
『……うう、みゃ、ま』
『……ま、まま、また明日!!』
顔を真っ赤にして走り去っていくフォニアの顔。
恥ずかしそうにしていた恋人の姿が浮かんできた。
「…………」
また、次に周囲を見る。隣には竜人のメイド。部屋の中には沢山の文官たち。
見たところ、文官は半分くらいが竜人だった。
「……………………………………」
真っ赤なフォニアと、周囲の竜人達。その二つがコノエはぐるぐると脳内で回る。
――そして、思った。
(……この衆人環視の中で、竜人の翼――ペタリについて書かれた本を探すのか……?)
……それは、大丈夫なのだろうか?
色々とこう、問題はないだろうか?
だって、フォニアは顔を真っ赤にしていた。というか、竜人のメイドさんに探してもらった場合、ペタリの真相次第ではちょっとアレなことになるのでは?
「……コノエ様?」
「……ええと」
コノエは言葉を濁しながら考える。
なんだかすごくダメな気がする。
……では、どうしよう。
これだけ注目されていると、城の中で探すのは厳しそうだ。城の外なら……いや、もう深夜だ。城下に図書館や本屋があったとしても閉まっているだろう。
「……ちょ、ちょっと待ってほしい」
「? はい」
不思議そうな顔をしているメイドに断りを入れつつ、コノエはどうしようと何度目かに思う。
他に何か方法はないだろうかと……。
……
……
……
【…………?】
(…………?)
………………え?
と、そんなとき。ふと、今日二度目の白い色が見えた。
神様だ。加護を通してこちらを見ていた。
突然の登場に驚き、どうしたのだろうと思っていると……【今日はあなたが神国にいないんだなぁ、って思ってたら、なんだか知識関係で悩んでる雰囲気がしたの】、と。
【ね、分からないことがあって困ってるの?】
(……えっと)
【じゃあ、私に相談してくれてもいいよ! 知ってるでしょ? 私、探求の分体だから知識は豊富だよ!】
……相談? 神様に?
……それは。
コノエの頭に、やっぱり顔を真っ赤にしたフォニアの顔が浮かぶ。躊躇いながら翼をペタリとしようとした姿が。
そして、次に目の前で自信満々に胸を張る、幼い少女の姿の神様を見て。
(……………………………………いや、それはちょっと)
【…………えっ!?】
なんだか、それはすごくダメな気がして、コノエは断る。
神様が愕然とするけれど、しかし。
……というか、神様にそれを聞けるんだったら、最初からメイドに頼めばいいだけの話だった。
【な、なんで? 私いろんなことに詳しいよ?】
(……いや、その)
なんとか神様をごまかそうとするコノエ。
……その後、神様に諦めてもらうまで、少し大変だった。
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