転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
そうして、神様になんとか言い訳をした後。
コノエは改めて翼ペタリと向き合う。
フォニアが逃げていった理由──ペタリの意味をコノエは探したい、けれど現状ではその方法が見つからない。
借りていた本は神都の置き去りになっていて、今居る書庫では横のメイドさんを含め周りの目が気になるからだ。近くの書店で探そうにも深夜なので開いていないだろう。
どうしたものだろうか。悩む。あまり目立つことはしたくない。
……いっそ今晩は諦めて、明日にでも書店へ向かって探すか。
(……いやでも、それは、ちょっとマズい、ような)
そこで、コノエの脳裏に明日の予定が浮かび上がってくる。
明日はフォニアと一緒に復興した街を見に行く予定だ。買う時間も読む時間もないし──なにより、調べる前、ペタリの真相を知る前に、先ほどと同じ状況になったときに困る。
『――ま、まま、また明日!!』
もし、先ほどと同じように不意にフォニアが翼を近づけてきたら。自分はどうすればいいのか。
その行為の意味も知らないままでは、どう彼女と向き合えばいいのかもわからない。今のままでは顔を赤くしていた彼女の意図も覚悟も理解できない。
コノエは相手がフォニアだからこそ、適当なことはしたくなかった。
──だから、出来ることなら今晩中に真相を解明したい。
(……では、どうするか)
考える。色々と考える。脳を魔力で加速して考える。
………………でも何も思いつかない。
コノエはやっぱりこういうのが苦手だった。
何かヒントが欲しい。考える時間も。
なので、とりあえず目の前で不思議そうな顔をしているメイドさんに、自分で本を探したいから書庫の中を見てもいいだろうか、と問いかける。すると彼女は笑顔で頷いてくれた。
なお、とりあえずで書庫に入ることにしたのは、ここまで案内してもらったのに、中に入らず帰るのが申し訳なかったからでもあった。
「コノエ様、こちらへ」
「……ああ」
コノエは入り口から書庫の中に足を踏み入れる。
そして、周りの視線から逃げるように本棚と本棚の間に体を滑りこませた。そのまま奥の方へと進んでいく。並んだ背表紙をざっと眺めながら歩いて行った。
アーキノルカ城の書庫は、神国学舎の書架に比べると小さいが、それでも日本の一般的な図書館くらいの大きさはありそうだ。
本棚は分野別に並んでいるようで、今居る場所は農業系の本が並んでいる場所のようだった。本棚一列がそれらしいタイトルで埋まっている。この世界には長い歴史があるからだろう、明らかに時代が違う本が混在していて──背表紙や隙間から見える紙の質が違う。羊皮紙?──それが日本の図書館との大きな違いだった。
そんな中を、コノエはすぐ後ろを歩いているメイドと近くの文官の気配を感じながら進んでいく。農業、畜産、魔法、と──?
「…………?」
──おや? そこでコノエは、不思議な感覚に襲われる。
文化の棚に並ぶ本を見ていると、少し変わった感覚を覚えた。
それは、別に悪いことではない。悪意や危険ではなく、もっと違う感覚。
己の中に湧き上がってくるその感覚を簡単には言語化できなくて、コノエは少し考える。どこか胸の奥が少し疼くような、この感覚は……。
(……懐かしい?)
かつて知っていたものに、もう一度触れたような。そんな感じ。
既視感、と言ってもいいかもしれない。
初めて入るはずの場所なのに、いったい何故とコノエは瞬きして──。
「────あ」
まさか、と気付く。いや、正確に言えば気付くというより浮かび上がってきた。
何が浮かび上がってきたのかといえば……。
(……ここ、もしかして研究員時代に訪れた場所か?)
百年以上昔、神国研究棟の研究員だったときの話だ。コノエから見れば前回の自分だった頃であり、迷い込む地球人のための資料を作っていた頃。
コノエは当時、世界中を飛び回って現地の文化や習慣を調べていた。聖女様がいる聖国を始め、大国は全て訪れたし、それ以外にも目立つ国は全て訪れていた。アーキノルカもその一つだ。
そうだ。当時この書庫を訪れて、色々と資料を探したような……。
(……思い出してきた。うろ覚えではあるけれど)
ぼんやりと頭の中に当時の記憶が浮かぶ。完全ではない。コノエが過去の自分から受け取った記憶は、実はそれほど多くないからだ。
それは残っていた魂の欠片が小さかったのも理由の一つだし、
結果、神様がどんな話題で笑ってくれたのかという記憶は残っているのに、他のことは曖昧な部分が多い、なんて状態になっていた。特に印象的な聖女様との記憶とかも、断片的にしか残っていない。
……まあ、過去の自分は、それだけ神様のことを特別に思っていたということなのだろう。
(……ちょっと、恥ずかしくはあるけれど)
なので、そういう訳で、百五年前の記憶はコノエの中で曖昧な部分が多く、しかし完全に失われたわけではないので、ふとした拍子に思い出すことがあった。
半年で数度になるか。頻度がそれほど高くないので、遭遇するたびに少し驚くやつだ。
(……ええと、確か、当時お世話になった本棚は……)
ともあれ、コノエは思い出した記憶を頼りに書庫の中を歩く。
いくつかの本棚の横を抜けて奥へ進んでいくと……。
……あった。アーキノルカの文化について書かれた本棚だ。
ざっと見たところ中身の本は変わっているように見えるが、本棚やその周辺の配置には懐かしさを覚えた。
そう、当時はここで本を探し、読んで資料にまとめていた。
日本とアーキノルカの文化の違いを本で読んで比較していて……。
(……そう、だ。そうだった)
既視感から連鎖的に記憶が浮かび上がってくる。
そうだ、よくよく考えてみれば──。
――そもそも、当時の自分は竜人の翼について調べていたはずでは?
コノエは思い出す。
竜人の常識について調べたはずだし、翼の意味などは調査範囲に入っていた気がする。知らずに翼に触ったら大変なことになるからだ。
……資料にどこまで書いたかは、思い出せないが。
……つまり、最初から答えは自分の頭の中にあったということか?
コノエは自らの記憶に向き直る。当時は……。
(……………………いや、だめだ、なにも思い出せない)
しかし、魔力を回して思考力を強化しても、なにも思い出せない。
どうやらその部分は完全に抜け落ちているようだ。当時は竜人の恋人が出来るなんて想像もしていなかったからだろう。
……けれど、一つだけ思い出したことがあった。
(……当時は)
アーキノルカについて調べる途中、特別助けになってくれた本、いいや、正確に言えば手記が一冊あった。
それは研究員時代の自分が、神国と同時にアーキノルカの資料を一番最初に作成した理由でもある。
そうだ。竜人の文化について日記で詳しくまとめられていて、日本人のコノエから見ても読みやすかったそれは──。
「……ええと、ちょっといいかな」
「はい! なんでしょうコノエ様」
メイドに呼びかけると、彼女はすぐに反応してくれる。
コノエはそんな彼女に、頭の中で情報を整理しながら口を開いた。
「……昔、ここに
あれは今、どこにあるんだろうか、と。
コノエはそうメイドに問いかけた。
◆
──それから数分が過ぎて。
メイドが書庫の奥の倉庫から掌くらいの大きさの手帳を持ってきてくれる。
手渡されたそれは、記憶にかすかに残っているものと同じだ。
つまり、中にはきっと求めている情報があるはずだった。
「コノエ様、この手記を探しておられたんですね」
「……ん、あ、ああ」
ニコニコしているメイドに、コノエは言葉を濁しつつ。
嘘をついている後ろめたさはあったものの、しかしこれで衆人環視の中でメイドにちょっとアレなお願いをしなくてよくなった。
……まあ、書かれたのが三百年前だという点は少し不安だが。文化や行動の意味は時間経過で変わるものだし。
しかし、確か百年前確認を取ったところ、内容に問題はないと言われた気がする。じゃないと参考に出来ない。
なので、百年前から今までに意味の変化が起きていなければ大丈夫だ。そして、寿命が五百年の竜人にとって百年という期間はそれほど長い期間ではなかった。
……人間で言うと二十年、一世代分くらいの時間になるか?
(……なら、多分大丈夫だよな)
コノエは安心し、メイドに礼を言いつつ、部屋に帰ることにする。
書庫を出て、廊下を歩き、部屋の扉を潜った。
ベッドの横に置かれた椅子に座り、ではさっそく読もうかと──。
(──うん?)
そこで、コノエは一つの気配に気付く。ゆっくりゆっくりと部屋に近づいてくる気配。
それは扉の前まで来たかと思うと、数拍置いてノックする。
コノエがそれに返事を返すと、扉がゆっくりと開く、そこにいたのは──。
「…………コノエ」
──扉の向こうから、青い色が姿を見せる。
体の半分を扉に隠すようにしたフォニアが、こちらを見ていた。
資料作りは第五部十五、十六話あたりに書いたやつです。
あれからもう一年経つのか……。
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