転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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後日談:フォニア⑦

 ──そうして夜が明け、さらに数時間が経った。

 日は上り、また新たな一日が始まっていた。

 

 空は青く輝き、気温も落ち着いている。鳥が鳴き、風が吹き抜ける気持ちのいい時間だ。朝と昼のちょうど中間くらい。人は動き始め、街を活気が包み始めていた。

 

 たとえばそれは、アーキノルカ城から少し離れた場所にある広場でも。

 そこは、公園として開放されている広場であって、人々がそれぞれの時間を過ごしている場所だ。多くの人が明るい顔で歩いているような場所。

 

「……」

 

 ……そして今。コノエの姿は、そんな広場の中にあった。

 備え付けられたベンチに座り、周囲の人に見つからないように気配を消している。

 

 今日はここでフォニアと待ち合わせをすることになっていた。

 コノエは予定の時間よりも先に来て、彼女が来るのを待っている。

 

「………………」

 

 コノエは、無言で待っている。ちなみに、なぜ同じ城で一晩を過ごしたのにわざわざ待ち合わせをするのかといえば、コノエがちょっと外を歩きたい気分だったからだ。

 昨日から色々あったので、気分転換をしたかったから。フォニアに頼んで、待ち合わせにした。

 

 ……コノエは、なんとなく空を見上げる。

 

 頭にあるのは、昨晩……というより今朝方に調べたことだった。思いがけず色々歩き回った結果、ようやく分かったこと。

 あの男の手記に教えてもらったペタリの意味と、フォニアの行動。

 

 アレやソレがコノエの頭の中でぐるぐると回る。色々考えて、どうしようかなと思ったりして──。

 

「…………ん」

 

 ──そのとき。城の方から近づいて来る気配を察知する。

 それが誰かなんて、見るまでもなく理解できた。この強く、透き通った気配は。

 

「ん、コノエ、お待たせ」

 

 フォニアだった。青い竜人の少女が、小走りで近づいて来た。

 少しだけ頬を染めて、淡い微笑を浮かべながら。

 

 それにコノエは、いつものように返事をしようとして……。

 

「……? コノエ、なんで私から目を逸らしてるの?」

「……い、いや、なんでもない」

 

 少し思い出し、目を逸らしてしまっていたので、無理に戻す。

 

 ……でも、そうだ。これから恋人と出かけるんだから、たとえ何があったとしも、目を逸らしたままでいいはずがない。

 コノエが大きく息を吐きつつ頭を振る。

 

 すると、フォニアは不思議そうな顔をして……でもすぐに、ふふ、と楽しそうに笑う。

 そして、するりと手を伸ばして、コノエの手を握った。

 

 ……少し引っ張られて、コノエはベンチから立ち上がる。

 

「行こう、コノエ」

「……あ、ああ」

 

 そのままフォニアは手を引いて歩き出して、コノエもついていく。

 

 ……掌に伝わって来る、フォニアの少し冷たい体温。

 柔らかい感触を少しためらいつつ握り返しながら、コノエはフォニアと目的地──新しく復興した街に向かう。

 

 ──デートの始まりだった。

 

 ◆

 

 公園から出て、街の外まで手を繋いで歩いて、それから二人で空を進んでいった。

 山々の隙間を抜け、断崖絶壁の横を通り抜けると、ほどなくして真新しく光を反射する街が見えてくる。

 

 まだ移住が始まっていないからだろう。石で作られた綺麗な街並みから感じる気配は疎らで、寂しいような、でも少し清々しいような、不思議な感覚がした。

 

 コノエとフォニアは、入り口に着地し、門番に声をかけつつ中に入る。

 街に入って、中を歩いて。ガランとした街を歩いていく。

 

 フォニアに案内され、街の観光をした。街の中心の石碑を見たり、歴史を聞いた。最初に復興された街だけあって、ここはアーキノルカにとって重要な街である、と説明してくれる。

 

 ……一年前にアーキノルカに来たときも似たような感じで案内されたし、フォニアは歴史や文化が好きなのかなと思いつつ。テルネリカやメルミナはその手の趣味がないので、少し新鮮に思いながら歩いた。

 

 また、途中、出店準備中だという店で試作品の飲み物をもらったりしたか。近くの公園でベンチに座りながら飲んで、話をして。吹き抜ける風を感じながら、空を見上げた。

 神国とは違うアーキノルカの公園の空気。そういえば、一年前にも同じようにフォニアと公園で時間を過ごしたことがあった。

 

 そうだ、あのときは隣に座って、そして、翼がペタリと──。

 

「…………………………」

「……コノエ? 顔が赤いよ? どうしたの?」

「……何でもない」

 

 内なる衝動を押さえつつ、コノエは頭を振って立ち上がる。

 そろそろ行こう、とフォニアに言った。ここに居ると、色々思い出しそうだったから。

 

 少し不思議そうなフォニアを促して、コノエはまた歩き出し……。

 

 ◆

 

「じゃあ、次は大通りに行こう。実はね、あの丸ごと揚げ魚、こっちでも出店するんだよ」

「……へ、へえ」

 

 フォニアが公園の次に向かったのは街の大通りだった。幾つもの店舗が軒を連ねている場所であて、その中に目的の店はあるようだった。

 市場のようになっている道を歩くと、真新しい店舗が見えてきて……こっちでも試作しているのだろうか揚げ物のいい匂いも漂ってくる。

 

 ……そうだ。アーキノルカで嗅いだのと同じ匂いだ。『あの男』の店の匂い。

 

「………………」

「コノエ、折角だから食べさせてもらおう」

「……ああ」

 

 コノエは、浮かび上がってくる昨日の日記の内容に、内心顔押さえつつ、平静を装いながら歩いていく。

 

 店員から魚を受け取りつつ、努めて別のことを考える。そうだ。そういえば百五年前もこの揚げ魚を食べたんだった。元日本人の店主が作った店だと案内されて、その味に懐かしくなった。塩味のから揚げのような味が嬉しくて、アーキノルカを訪れる度に食べに来たのを微かに覚えている。

 

「コノエ、こっち。あそこのベンチに座って食べよう?」

「……ああ」

 

 頭の中をかつての記憶で埋め、意識を逸らしながらフォニアの後ろを歩く。

 魚片手に道を歩いて、大通りの片隅に置かれたベンチに座る。

 

 早速、顎を強化し、魚を頭から丸かじりにして……。

 

「…………」

 

 そういえば、一年前、似たような市場でもかなりペタペタされたんだったな、と思う。

 沢山人がいたような気がするな……結構見られてた気もするな……。

 

「……………………んん゛」

「……? コノエ?」

「……なんでも、ない」

 

 大変なことを思い出してしまい、コノエは思わず唸ったりしつつ。

 フォニアの問いかけを何とか頑張って誤魔化す。

 

 必死に意識を舌先に集中し、やっぱりふるさとの味は舌に馴染むなぁ、なんて思いながら魚を齧る。意識も視線も目の前の魚に集中して──。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ──だから。意識を舌に集中していたから。コノエは、隣に座るフォニアが恥ずかしそうに頬を染め、もじもじとしていたのに気づかなかった。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 そして、その後もコノエの内心での葛藤は色々ありつつ、観光は順調に進んだ。

 街を見て、都から街へ伸びた新しい道──フォニアが魔物を掃討した道を見たりした。

 

 そのうちに、太陽は一番上に昇り、また下り始め、地平線まで近づいてきて──。

 

「……コノエ」

「……ああ」

 

 ──約束の時間がやってくる。夕日の時間が。

 

 空が赤く染まり始めた頃。二人は、街を離れて山の上を目指す。

 強化した足でトン、トン、と順調に上っていく。視界が段々と黄金色に染まっていく。目の奥を刺激するような光が目の奥に入って来て、コノエは目を細めた。

 

「………………」

 

 少し、思う。思い出す。静かな時間だからだろう。コノエは、昨晩調べた内容──。

 

 ──翼ペタリについて考えた。

 日記では、男は翼を許すと書いていただろうか。竜人にとって、とても大事な行為だ。

 

「…………」

 

 小さく息を吐く。実を言うと、翼を許すという行為は簡単じゃない。

 とてもとても複雑な意味を持っている。

 

 ……というか、人間には理解しづらいかもしれないが、日記によると、翼とは竜人にとって──感(・)情(・)表(・)現(・)をする部位、らしいのだ。

 

 そう、感情表現。顔や目、声と同じだ。

 様々な動きをして、感情を伝えることが出来る部位だ。神様の翼も感情を伝えてくれるが、それより細かいらしい。コノエは知らなかったが。……ちょっとマズかったんじゃないかと思っている。

 

 ……ともあれ、故に、竜人の翼は多様な表現をし。触れ合わせる行為にも多くの意味を持つ。簡単にこれ、と言える意味はない。

 翼に触れることが出来るのは家族や恋人、親友などの大切な人だけなのは決まっているが、それ以外の意味は関係性や状況によって変わってくる。

 

 例を挙げると、同じ翼に触れるでも、怖い夢を見て泣いている愛し子を翼ごと抱きしめるのと、戦友と戦場の真ん中で翼を触れ合わせるのと、友人と別れのときにペタリとし合うのでは大きく意味が異なるということだ。

 もちろん、関係が同じ恋人であっても、誰もいない公園でペタリするのと、市場でペタペタするのとは違うし──。

 

 ──例えば、深夜、二人きりの部屋の中でペタリとするのと他では、大きく意味が異なるということだった。

 

「………………」

 

 コノエは、山を登りながら、遠くを見る。

 目の奥に入ってくる夕日に瞼を細めながら。

 

 ……つまり、とても複雑なのだ。

 帰ったら一から勉強した方が良いかなと思うくらいには。日記の男も、なかなか理解できないと書いていた。異種族が完全に理解するのは難しいんじゃ、とも。だから彼は困りながらも日記に彼が知る限りのパターンを書き出していて……。

 

「……」

 

 ……ただ、彼は、困惑すると同時に、こうも書いていた。

 翼を許すという行為は難しい。けれど、その多様な意味の根底には、一つの大切な意味が込められているのだと。

 

 それが何かといえば──。

 

「……コノエ」

「……ん、ああ」

 

 と、そこでフォニアの声がして、前を向く。

 見ると、目の前まで山の頂上が近づいてきていた。

 

 ──山頂の小さな広場と、ベンチ。

 雪が鮮やかな夕焼け色に染まったそこは、一年前と同じ光景だった。




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