転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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後日談:フォニア⑧

 そうして、コノエとフォニアはベンチに座る。

 隣り合って。腕が触れ合うような距離で。

 

 夕焼け色に染まった世界の中。小さな広場には、二人だけがいた。他に誰もいない。お互いの呼吸だけがあって、他には何もなかった。

 空気は相変わらず冷たくて、透き通っていて、肺の中を洗われているかのようだった。

 

「…………」

「…………」

 

 沈みゆく夕日を二人で見つめる。一年前のあの日のように。

 言葉はなく、寄り添って互いの存在を感じ取る。それだけの時間。

 

 ──そして、ふと。

 コノエの背中から、気配が近付いてくる。

 

「……」

「……」

 

 翼はゆっくりと近付いてくる。動きは遅くて、でも昨日とは違って止まらない。昨晩とは状況が違うからだろう。状況が違うからペタリという行動の意味も変わっている。

 だから、少し躊躇うような速度ではあるものの、しかし確実に近づいてきて──。

 

 ──ぺたり、と。

 少し硬くて冷たい感触が、コノエの背中に触れた。

 

「……」

「……」

 

 また、沈黙の時間。二人は黙っていて、その間には青い翼だけがある。

 隣り合い、寄り添う二人の間を翼が繋いでいて。

 

 ──その綺麗な宝石のような翼に、思う。

 コノエは、昨日から何度目かに思う。

 

 翼を許す意味について。状況や関係性によって意味が左右される行為。その奥に隠された本質的な意味を思い出す。

 

 ……それは、別に難しいことじゃない。当たり前で、原始的であるとも言えるだろう。

 そうだ。ペタリに込められているのは、きっと、誰もが持っているだろう感情──。

 

「…………」

「…………」

 

 ──好きだ、と。

 

 ペタリとは、ただ、それを伝える行動だった。

 あなたが特別だと伝えるためのものだった。

 

 竜人にとって命と同じ価値を持つ翼で触れるということ。触れることを許すということ。

 

 ──すなわち、命を許すということ。

 命を託し、許し、恋を、愛を伝える行為。

 

 自分は、己の命よりもあなたのことが大切なのだと、隣の座っている人に伝える。好きだと、大好きなのだと伝える。

 それが、翼を許すという行為の本質だった。

 

「……」

 

 胸の中で感情が渦を巻いているコノエの背に、フォニアは翼が触れている。

 背中に触れた翼から感情が伝わってくる。あなたが好きだ、と。そんな純粋な思いが、コノエの心に触れる。

 

「…………ん」

「…………」

 

 ぺたり、ぺたりと翼が触れる。

 その度に、コノエの心に、好き、と伝わってくる。

 

 ぺたり、ぺたり。

 好き、好き。

 

 ぺたり、ぺたり、ぺたり、ぺたり。

 好き、好き、好き、好き。

 

 ぺたり、ぺたり、ぺたり、ぺたり。ぺたり、ぺたり、ぺたり、ぺたり。

 好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き──。

 

「────」

 

 フォニアの好きという気持ちが、コノエの感知能力に触れる。幾重にも、幾重にも。

 

 これは、一年前には感じなかったものだ。気付かなかったんじゃない。明確に以前より伝わってくるものが強くなっている。

 恋人になったからだろうか。それとも、彼女の魂が治ってきたからだろうか。彼女は最近、感情豊かになってきたから。

 

「──、──」

 

 コノエは唇を噛み、恥ずかしさで思わず逃げそうになる自分を抑える。

 

 だって、逃げていい訳がない。自分は、フォニアの恋人なんだ。

 好きという気持ちからは、決して逃げてはいけない。

 

 きちんと向き合って、そして返さなければならない。だから――。

 

「──フォニア」

「……ん、なに?」

「……好きだよ」

「────」

 

 ──コノエも逃げずにフォニアに伝える。

 フォニアのように翼は持たないから、言葉で。

 

「……フォニア、僕は君が好きだ」

「──────!!!!」

 

 フォニアが伝えてくれた気持ちを返すために、熱くなった頬を自覚しながら、コノエは繰り返す。羞恥で少しかすれてしまった声で、でも好きだという気持ちを込めて。

 

「………………ん!」

「……フォニア」

 

 すると、フォニアがさらにぺたぺたし始める。ますます好きだと伝わってくる。コノエはやっぱり恥ずかしくなって、でもちゃんと好きだと返す。ペタリと好きが往復する。

 

 隣を見る。真っ赤に染まった彼女と目が合う。

 宝石のような青い瞳が潤んで水を湛えていて、その奥に映る自分も顔が赤くなっていた。

 

 互いに恥ずかしくて恥ずかしくて仕方ないことが伝わってきて。でも止まらなくて、どう止めていいか分からなくて。

 誰かが近くにいたら、すぐにでも止めていただろう。けれど、ここに居るのは二人だけだった。だから、ずっとずっと続けていて──

 

 ◆

 

 ──そのまま、どれくらい時間が経っただろうか。

 

「──ん、うぅ」

 

 ふと、フォニアの小さなうめき声と共にペタリが止まる。

 そして小さく、ちょっと待って、と。

 

 なので、コノエは口を閉じる。周囲を僅かな沈黙が包み込む。

 風の音。落ち行く夕日。そのまま数秒が経って。

 

「…………るい」

「……うん?」

「……コノエ、ず、ずるい」

 

 ふと彼女は、少し震えている唇を動かし、そう呟いた。

 ……ずるい、とは?

 

「……コ、コノエ、ずるい。ずる過ぎる」

「……え? なんで?」

「コノエ、自分が何をしてるか分かってない!」

 

 フォニアは言う。最近のあなたは言葉に込められた感情が強くなってきてる、と。

 魂の力を言葉に乗せて好き、なんて言うからなんだか色々大変なの、と。

 

 ──魂の力を? 

 心当たりがなくて、コノエは困惑する。

 

 そんなつもりはないとコノエは言って、しかしそんなコノエをフォニアは少し涙目で睨みつけた。

 

「多分、魂が治ったせい。魂の欠片を取り込んでからしばらく経って、馴染んだんじゃない?」

「────」

「今のコノエ、前とは違う顔をするし、しなかったようなことをするし、言わなかったことを言ってる。……いいことだし、嬉しいけど、びっくりする。……だから、ずるい」

 

 ──魂が、治った。馴染んだ。

 ──今までしなかったようなことをする。

 

 それは……それは? 本当に? コノエは自分の行動を振り返る。

 コノエの頭の中で、記憶がぐるぐる回る。

 

 最近の自分。フォニアに会いに行こうかなと計画したり、書類仕事を頑張ったりした。昨日はペタリの意味を探して歩き回ったりもした。今の今も好きだと伝えていた。

 

「……」

 

 そうだ。自分は少し前までこういうことをする人間じゃなかった。

 

「多分、感じてるのは私だけじゃない。メルミナはきっと気付いてるだろうし……あと、神様も絶対に気付いてる。神様の加護、魂の力を伝えてくれるから」

「────」

 

 ――加護に、魂の力が伝わる?

 

 神様。そういえば、昨日からちょっとしたことで何度も繋がって話をした。

 母親扱いは嫌だとか、知りたいことがあれば教えてあげるとか。

 

 ……妙に繋がり易いなとは思った。思ったけれど。

 もしかしてそれも、魂が治ったからだった? 魂が治った結果、魂の力が強まって、自分から神様に繋げていた……?

 

(……つまり、変わったのは僕の方だったと……?)

 

 コノエは、ぽかんと口を空けながら、自分の変化を自覚する。

 ちょっと信じられなくて、でも辻褄は合っている。

 

「……だからね、コノエ。あんまり好き好き言っちゃダメ。嬉しくて恥ずかしくて、ずるいから」

「…………」

 

 フォニアの言葉が、コノエに刺さる。

 確かに、その通りなら気をつけたほうがいいのかもしれない。

 

 ……ただ、少し。

 フォニアのその言葉には、一つ思うところがある。そうだ。

 

「……でも、ずるいというのなら、君もじゃないか?」

「え?」

「魂が治ってきているのは、僕だけじゃなくて──」

 

 ――

 ――

 ――

 

 ──そして、コノエもまた、フォニアに彼女の魂が治ってきたことを伝える。

 彼女の表情が豊かになってきたことや、ペタリとした翼のこと。かつてとは比べ物にならないくらい、感情が伝わってきていること。

 

 すると、彼女もまた驚いて、照れて。

 その後、ポツリと呟く。

 

「……そっか、私たち、一緒だもんね」

 

 そうだろう。そう思った。

 二人で同じ方向を向いている。

 

 十五年前の別れ際、フォニアは正反対だと言った。けれど、今は一緒だった。二人で一緒に、良くなっている。共に歩いている。

 

 コノエとフォニアは、改めて互いに魂が治ってきたことを喜び合って──。

 

 ◆

 

 ──そうしている間に、日は沈む。

 日が沈んで、一気に周囲が暗くなっていった。

 

 茜色は消え、空に星が浮かび始める。

 そんな中、二人は顔を見合わせていて。

 

「……か、帰ろうか、フォニア」

「……う、うん」

 

 あたりが暗くなると、なんだか妙に気恥しくなって。

 どちらからともなく立ち上がり、少し慌てながら二人で片づけをして、山の上から撤収した。




これでフォニア編は終わりです。このあとは、後日談的な短編が一話あります。来週更新予定です。

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