転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
そうして、コノエとフォニアはベンチに座る。
隣り合って。腕が触れ合うような距離で。
夕焼け色に染まった世界の中。小さな広場には、二人だけがいた。他に誰もいない。お互いの呼吸だけがあって、他には何もなかった。
空気は相変わらず冷たくて、透き通っていて、肺の中を洗われているかのようだった。
「…………」
「…………」
沈みゆく夕日を二人で見つめる。一年前のあの日のように。
言葉はなく、寄り添って互いの存在を感じ取る。それだけの時間。
──そして、ふと。
コノエの背中から、気配が近付いてくる。
「……」
「……」
翼はゆっくりと近付いてくる。動きは遅くて、でも昨日とは違って止まらない。昨晩とは状況が違うからだろう。状況が違うからペタリという行動の意味も変わっている。
だから、少し躊躇うような速度ではあるものの、しかし確実に近づいてきて──。
──ぺたり、と。
少し硬くて冷たい感触が、コノエの背中に触れた。
「……」
「……」
また、沈黙の時間。二人は黙っていて、その間には青い翼だけがある。
隣り合い、寄り添う二人の間を翼が繋いでいて。
──その綺麗な宝石のような翼に、思う。
コノエは、昨日から何度目かに思う。
翼を許す意味について。状況や関係性によって意味が左右される行為。その奥に隠された本質的な意味を思い出す。
……それは、別に難しいことじゃない。当たり前で、原始的であるとも言えるだろう。
そうだ。ペタリに込められているのは、きっと、誰もが持っているだろう感情──。
「…………」
「…………」
──好きだ、と。
ペタリとは、ただ、それを伝える行動だった。
あなたが特別だと伝えるためのものだった。
竜人にとって命と同じ価値を持つ翼で触れるということ。触れることを許すということ。
──すなわち、命を許すということ。
命を託し、許し、恋を、愛を伝える行為。
自分は、己の命よりもあなたのことが大切なのだと、隣の座っている人に伝える。好きだと、大好きなのだと伝える。
それが、翼を許すという行為の本質だった。
「……」
胸の中で感情が渦を巻いているコノエの背に、フォニアは翼が触れている。
背中に触れた翼から感情が伝わってくる。あなたが好きだ、と。そんな純粋な思いが、コノエの心に触れる。
「…………ん」
「…………」
ぺたり、ぺたりと翼が触れる。
その度に、コノエの心に、好き、と伝わってくる。
ぺたり、ぺたり。
好き、好き。
ぺたり、ぺたり、ぺたり、ぺたり。
好き、好き、好き、好き。
ぺたり、ぺたり、ぺたり、ぺたり。ぺたり、ぺたり、ぺたり、ぺたり。
好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き──。
「────」
フォニアの好きという気持ちが、コノエの感知能力に触れる。幾重にも、幾重にも。
これは、一年前には感じなかったものだ。気付かなかったんじゃない。明確に以前より伝わってくるものが強くなっている。
恋人になったからだろうか。それとも、彼女の魂が治ってきたからだろうか。彼女は最近、感情豊かになってきたから。
「──、──」
コノエは唇を噛み、恥ずかしさで思わず逃げそうになる自分を抑える。
だって、逃げていい訳がない。自分は、フォニアの恋人なんだ。
好きという気持ちからは、決して逃げてはいけない。
きちんと向き合って、そして返さなければならない。だから――。
「──フォニア」
「……ん、なに?」
「……好きだよ」
「────」
──コノエも逃げずにフォニアに伝える。
フォニアのように翼は持たないから、言葉で。
「……フォニア、僕は君が好きだ」
「──────!!!!」
フォニアが伝えてくれた気持ちを返すために、熱くなった頬を自覚しながら、コノエは繰り返す。羞恥で少しかすれてしまった声で、でも好きだという気持ちを込めて。
「………………ん!」
「……フォニア」
すると、フォニアがさらにぺたぺたし始める。ますます好きだと伝わってくる。コノエはやっぱり恥ずかしくなって、でもちゃんと好きだと返す。ペタリと好きが往復する。
隣を見る。真っ赤に染まった彼女と目が合う。
宝石のような青い瞳が潤んで水を湛えていて、その奥に映る自分も顔が赤くなっていた。
互いに恥ずかしくて恥ずかしくて仕方ないことが伝わってきて。でも止まらなくて、どう止めていいか分からなくて。
誰かが近くにいたら、すぐにでも止めていただろう。けれど、ここに居るのは二人だけだった。だから、ずっとずっと続けていて──
◆
──そのまま、どれくらい時間が経っただろうか。
「──ん、うぅ」
ふと、フォニアの小さなうめき声と共にペタリが止まる。
そして小さく、ちょっと待って、と。
なので、コノエは口を閉じる。周囲を僅かな沈黙が包み込む。
風の音。落ち行く夕日。そのまま数秒が経って。
「…………るい」
「……うん?」
「……コノエ、ず、ずるい」
ふと彼女は、少し震えている唇を動かし、そう呟いた。
……ずるい、とは?
「……コ、コノエ、ずるい。ずる過ぎる」
「……え? なんで?」
「コノエ、自分が何をしてるか分かってない!」
フォニアは言う。最近のあなたは言葉に込められた感情が強くなってきてる、と。
魂の力を言葉に乗せて好き、なんて言うからなんだか色々大変なの、と。
──魂の力を?
心当たりがなくて、コノエは困惑する。
そんなつもりはないとコノエは言って、しかしそんなコノエをフォニアは少し涙目で睨みつけた。
「多分、魂が治ったせい。魂の欠片を取り込んでからしばらく経って、馴染んだんじゃない?」
「────」
「今のコノエ、前とは違う顔をするし、しなかったようなことをするし、言わなかったことを言ってる。……いいことだし、嬉しいけど、びっくりする。……だから、ずるい」
──魂が、治った。馴染んだ。
──今までしなかったようなことをする。
それは……それは? 本当に? コノエは自分の行動を振り返る。
コノエの頭の中で、記憶がぐるぐる回る。
最近の自分。フォニアに会いに行こうかなと計画したり、書類仕事を頑張ったりした。昨日はペタリの意味を探して歩き回ったりもした。今の今も好きだと伝えていた。
「……」
そうだ。自分は少し前までこういうことをする人間じゃなかった。
「多分、感じてるのは私だけじゃない。メルミナはきっと気付いてるだろうし……あと、神様も絶対に気付いてる。神様の加護、魂の力を伝えてくれるから」
「────」
――加護に、魂の力が伝わる?
神様。そういえば、昨日からちょっとしたことで何度も繋がって話をした。
母親扱いは嫌だとか、知りたいことがあれば教えてあげるとか。
……妙に繋がり易いなとは思った。思ったけれど。
もしかしてそれも、魂が治ったからだった? 魂が治った結果、魂の力が強まって、自分から神様に繋げていた……?
(……つまり、変わったのは僕の方だったと……?)
コノエは、ぽかんと口を空けながら、自分の変化を自覚する。
ちょっと信じられなくて、でも辻褄は合っている。
「……だからね、コノエ。あんまり好き好き言っちゃダメ。嬉しくて恥ずかしくて、ずるいから」
「…………」
フォニアの言葉が、コノエに刺さる。
確かに、その通りなら気をつけたほうがいいのかもしれない。
……ただ、少し。
フォニアのその言葉には、一つ思うところがある。そうだ。
「……でも、ずるいというのなら、君もじゃないか?」
「え?」
「魂が治ってきているのは、僕だけじゃなくて──」
――
――
――
──そして、コノエもまた、フォニアに彼女の魂が治ってきたことを伝える。
彼女の表情が豊かになってきたことや、ペタリとした翼のこと。かつてとは比べ物にならないくらい、感情が伝わってきていること。
すると、彼女もまた驚いて、照れて。
その後、ポツリと呟く。
「……そっか、私たち、一緒だもんね」
そうだろう。そう思った。
二人で同じ方向を向いている。
十五年前の別れ際、フォニアは正反対だと言った。けれど、今は一緒だった。二人で一緒に、良くなっている。共に歩いている。
コノエとフォニアは、改めて互いに魂が治ってきたことを喜び合って──。
◆
──そうしている間に、日は沈む。
日が沈んで、一気に周囲が暗くなっていった。
茜色は消え、空に星が浮かび始める。
そんな中、二人は顔を見合わせていて。
「……か、帰ろうか、フォニア」
「……う、うん」
あたりが暗くなると、なんだか妙に気恥しくなって。
どちらからともなく立ち上がり、少し慌てながら二人で片づけをして、山の上から撤収した。
これでフォニア編は終わりです。このあとは、後日談的な短編が一話あります。来週更新予定です。
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