転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
時間軸は第五部エピローグの少し後です
(※現在カクヨムサポーターにギフトのお礼として短編を先行公開しています。先行公開です。今回の短編のように、一定期間後に全て本編か活動報告で全体公開します。なのでサポーターにならなければ読めない短編はありません)
それは邪神討滅から少し経った頃のことだ。邪神討滅を祝うパーティーから数十日後。
その日、コノエは朝の早い時間から部屋の掃除をしていた。
場所は、自らの書斎だ。屋敷の一角を改装し、本棚を並べた部屋になる。
壁一面に本が並べられた部屋。その蔵書数は、まだ印刷技術があまり発達していないこの世界において、ちょっとした財産と言えるくらいだった。
見た目的には、おおよそ本好きが作った立派な書斎だ。
……うん、おおよそ。一点を除けば。
「……」
――並んだ本の背表紙のデザインが、全て同じだということを除けば。加えて言えば、背表紙に書かれたタイトルが、全て銀灯英雄伝説でさえなければ。
銀灯英雄伝説、教官の千年を綴った本。全二百二十巻。ハードカバーの分厚い本なので、それだけで部屋が埋まっている。
そう、コノエは教官の屋敷を貰って以来、部屋をコツコツと改装し、本屋に頼んで本を集め、ついには書斎と言う名の銀灯英雄伝説部屋を作り出していた。
「…………ふふ」
そして、今。コノエはそんな部屋を朝早くから掃除しつつ――小さく笑う。
上機嫌だった。思わず頬が緩むくらいには。その理由は。
コノエは、ちらりと本棚の一角を見る。本棚の端。並べられた二百二十冊の最後尾。
そこには、小さなスペースが設けられている。昨晩のうちにコノエが本立てを調節したりして用意したスペースだった。ちょうど、本一冊が入るくらいの隙間。……つまり。
「……前回の刊行から、四年ぶりか。楽しみだな」
つまり今日この日が、銀灯英雄伝説最新刊、二百二十一巻の発売日だった
◆
――しばらく部屋を掃除した後。
コノエは屋敷を出て街へ足を向ける。
まだ本屋の開店には早い時間――あと二時間くらいか――だったがコノエは気にしなかった。いや、むしろこれくらいの時間で当然だ、とすら思っていた。
なにせ教官の本だ。世界を守る最強。この世界の人間で、教官のことを知らない者はまずいない。当然盛り上がるし、相当に並ぶだろう。のんびりしていたら売り切れてしまう可能性も高い。
「…………」
コノエは、気配を消しつつ街を歩いていく。高級住宅街を抜けて、大通りに出た。
神都の東区に入って、市場の中心に歩いていく。急ぎたい気分だったが、目立ちそうなので自重した。
そうしているうちに、同じ方向へ向かう人影が増えて来る。
高齢の男性や、お使いなのかメイド服の女性、冒険者らしき男、親に手を引かれる幼い少女まで。
彼らもきっと、コノエと同じく本屋を目指しているのだろう。
同好の士に違いないと親近感を覚えつつ、コノエは進んでいく。
軽い足取りだった。足音から上機嫌だと分かるような。
そして、ついに本屋が見える位置まで来ると。
「――の列、こちらです! 道を塞がないように並んでください!」
そこには既に列が出来始めていた。ぱっと見、数十人はいるだろうか。
やはり早く来て正解だった、とコノエは早速並ぼうとして……。
「繰り返します! 銀灯英雄伝説二百二十一巻、および――同時発売! 金鎧英雄伝説一巻の列はこちらです! 横入りは禁止! 一列に並んで下さーい!」
……………………………………?
……え? 店員、今なんて言った?
◆
――数分後。コノエは、本屋近くの公園のベンチに座っていた。
驚くままに本屋の前を素通りし、行列の横を歩いて、近くの店で「最初から目的はこちらだったんだよ」と言わんばかりに新聞を買った。
そうして今、公園で新聞を読むふりをしながら、本屋の方の気配を探っている。
動揺していた。だって、あの店員が言っていた……。
(……え? 金鎧って僕のこと、だよな?)
そうだ。金鎧とは、知らないうちについていたコノエの二つ名だ。白と金の鎧だから金鎧らしい。最初は色々二つ名があったようだが、最終的には金鎧になったとかなんとか。
そんな二つ名が題名になった本が売り出されている。これはつまり、コノエの本が売りに出されているということで……。
(……そういえば発売するとは聞いていたけれど、今日だったのか?)
神様に出版させてあげて、とお願いされたので許可を出した本。恥ずかしかったので、あえて情報を入れないようにしていた。そんな本が今、唐突に目の前に現れている。しかも教官の本と同時発売で。同じ売り場で売っている。列は一列で並んでいた。
つまりそれは……?
(……これってまさか――教官の本を買いたければ、同時に僕の本を売っている列に並ばないといけないってことか?)
コノエは愕然とする。……えっ。それは流石にキツくないだろうか。
わざわざ朝早くから本屋に並んで、自分の戦いについて書かれた本を買いに来てるとか普通に恥ずかしくない?
(……どうしよう)
コノエは混乱しつつ悩む。教官の本が欲しい。
しかし、列に並ぶのはキツい。
気配を気付いてもらえる限界ギリギリまで薄くして並ぶか? そうだ。誰が並んでいるのか分からなければ、問題ないのだろうと……うん?
(……あれ)
そこでコノエは気付く。並んでいる列の中の気配に。
研ぎ澄まされた魔力。鍛え上げられた肉体。
それはつまり――。
(――列に、アデプトが混ざっている、のか?)
まずい。アデプトが相手なら、気配を薄くしても気付かれてしまう可能性がある。いや、アデプトじゃなくても、特別に気配に聡ければ分かってしまうかもしれない。
そして、仮にバレてしまえば、学舎や都の中で「あいつ自分の伝説を書いた本を買うために朝から並んでたぜ」なんて噂が流れてしまうかもしれない。それは辛い。とても辛い。
(……どうする?)
列に並べない。しかし銀灯英雄伝説は欲しい。
だって、とても楽しみにしてたのだ。
コノエは新聞で顔を隠しつつ、ベンチの上で悩んで――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――後に思えば。この時コノエは家に帰って、屋敷の使用人に買ってきてもらうように頼めばよかったのだ。
しかし、この時のコノエはそんなこと思いつかなかった。屋敷に引っ越して百日足らず。しかも、しばらくは邪神との戦いでバタバタしていたこともあり、家に居た時間も長くない。
その結果、コノエには、使用人に頼んで物を買ってきてもらうという習慣がまだ出来ていなかった。……あと、そもそも元ぼっちなので、仕事以外で人に任せるという発想がない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(……どうすれば)
解決策を思いつかぬまま、しばしの時間が過ぎた。
コノエは諦められず、本屋の近くに留まっていた。ベンチにずっと居るのは目立つため、近くの喫茶店に場所を移し、のんびりとお茶を飲むふりをしていた。
本屋はすでに開店し、販売が始まっている。気配探知の先では、大勢の人が本屋に集まり、次々と本を購入していた。ちょっとしたお祭り騒ぎになっている。
みんな楽しそうな雰囲気で本を買っては帰っていく。そんな中、コノエは一人、売り切れないかとハラハラしながらお茶を飲んでいた。
ちなみに、この本屋に人が集まっているのは、今日はここでしか本を売っていないからだ。他の本屋は一冊も入荷していない。
それは、この世界の印刷技術が未発達だからだった。そこまで数を用意できない。なので、この国で本を出そうと思ったら、まず最初にこの国の都で発売して、増刷を繰り返しながら地方や他国へ配本していく。そういう仕組みになっていた。
つまり、今日買い逃したら、次の増刷まで買えないということだ。
(……こうなったら、列が短くなったタイミングでパッと行ってパッと買うしかないか……?)
葛藤の末、恥ずかしさを抑え込んでコノエは覚悟を決める。
そうする他にないと思った。なので、気配を探りつつ、何度目かのお茶のお代わりをして……。
◆
さらに時間が過ぎる。日が段々と高くなってきた。
けれど……。
(……全く列が途切れない)
教官の人気が凄すぎた。既にかなりの人数が買っているはずなのに、列はあまり短くなってない。数百人は並んでいるだろうか。しかもやはり、それなりに戦えそうな人も混ざっている。これでは買いに行けない。在庫が沢山用意されていることを祈ることしか出来なくて……。
◆
そして、太陽が頂点を通り過ぎる。コノエはその頃には、お茶だけではなく昼食まで食べ終わっていた。……いや、注文もせずに居座るのが居心地悪くて。
机の上には空になったケーキの皿まで置かれている。美味しかったので、屋敷の皆にお土産で買って帰ろうかなとやけくそ気味に思い。
(……しかし、流石に少し列が短くなってきたな)
窓から遠目に見ると、列はもう数十人程度まで短くなっているのがわかる。
……そろそろ行けるか? コノエは考える。
今なら五分も並べば買えるんじゃないか? それくらいの時間なら、誰にもバレずに済むんじゃないのか? 覚悟を決めて、行くべきじゃないか?
(…………)
コノエは、ゆっくりと目を閉じて、開く。そして想った。
銀灯英雄伝説の新刊。めちゃくちゃ楽しみにしていた。今日と明日は仕事が入らないようにもしている。それが全部なくなるのは悲しかった。
――なので、よし、とコノエは立ち上がろうとして。
「……え?」
――しかし。とても残念なことに。
悪いことと言うのは、続くものだった。
コノエは、あれ、と思う。集団の気配に気づいた。数十人の人間がひと固まりになって近づいてきている。
ついでにざわざわとした空気もあった。少し騒ぎになっている気配。
なんだこれは、とコノエは見る。そこにいたのは……。
「――」
「――あ、ハーレム王」
騒ぎを察知したのか、近くで店員の女性がポツリと呟く。
――そうだ。そこにいたのは、指導官だった。
三十人近い数の子供を引き連れ、指導官が近付いてくる。
そのままぞろぞろと歩いてきて。
(……そんな)
彼らは、本屋に並ぶ。正確に言えば、子供たちの一部が列に並んだ。十人くらい。
残りの子供たちは列ではなく本屋の中に入っていく。
そして指導官は、近くのベンチに座り、出店で飲み物を頼む。
遠目に見えるその顔は子供を見守るお父さんの顔をしていた。
(……なんてことだ)
本屋の前から動く気配はない。これでは、買いに行けない。指導官が居なくなるまで近づけない。こうなると、買ってすぐ店を離れてくれるのを期待するしか。
(…………)
しかし、祈りもむなしく。指導官と子供たちは本屋に留まり続けた。
指導官はずっとベンチで見守ったり、子供たちに手を引かれて本屋の中に入ったり、子供を肩車したり、手をつないで歩いたりしていた。
ハーレム王と言う名前からは想像できないくらいお父さんだった。
そして……。
◆
「銀灯英雄伝説、残り百冊です! お求めの方はぜひ!」
「…………………………」
そのうちに、強化した耳に、遠くからそんな声が聞こえて来る。
コノエは、呆然とその声を理解した。指導官はまだ本屋にいる。
(……もう、買えないのか……?)
コノエは、落胆に肩を落とす。
どうすることも出来なくて……。
……
……
……
「……はあ、あなたね、そこで何してるの?」
「……え?」
でも、そのときだった。声が飛んできて、コノエは顔を上げる。
すると、目の前に赤い色があった。
――呆れた顔のメルミナが、そこにいた。
薄い気配が店に入ってきたのには気付いていたけれど、メルミナとは思わなかった。
どうしてここに、と呟くと、メルミナは近くに商談に来たのよ、と。そして、彼女は本屋の方をちらりと見て。
「……あれが欲しいの?」
「……え? ……あ、ああ」
「もう、商談中ずっと動いてないから何があったのかと思ったら」
メルミナはため息を吐いて、店を出ていく。
そのままあっさりと店までたどり着くと、指導官に挨拶しつつ列に並んだ。そして。
「はいこれ。買って来たわよ」
「…………!!!!」
ぽん、と。教官の本を渡してくれる。なお、同時発売のもう一冊はメルミナ自身のポーチに入れていた。コノエは、メルミナの顔と手渡された目の前の本の表紙を交互に見て。
……段々と、理解が胸に広がって来る。
「まったくあなたって人は。変なことばっかり気にするんだから」
「……その、ありがとう」
「いいえ。……せっかくだし、何かおごってくれる?」
「……あ、ああ」
メルミナがコノエの向かいの席に座る。
コノエは、本をいそいそと腰のポーチに入れて、店員を呼んだ。
注文して、運ばれてくる。
そのまま、あれやこれやと話し始めるメルミナの話を聞いて……。
◆
その後。本を片手に、コノエは屋敷への道を歩く。
色々とあったけれど、その足取りは軽く、コノエは明るい表情で家に帰っていく。
……読むのが、楽しみだった。
もしかしたら、この短編は後日移動するかもしれません。後日談メルミナの後ろくらいかな。
あと次の更新は……書けたらですね。来週かもしれないし、もう少し後かもしれないです。
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