転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
翌朝。コノエは、自室のベッドの上から窓を見る。
すると、先日庭に運び込まれた樹が見えた。
それは、シルメニアから送られてきた樹だ。エルフの――子育てに必要な、力ある樹。
転移門を通れないので、空間魔法使いを十人以上雇って運ばれてきたその樹は、教官の庭の一角で青々と葉を茂らせている。葉に着いた朝露が太陽の光を反射して輝いていた。
「…………」
コノエは、そんな樹を
もう樹自体には慣れたので、特別思うことはない。だから、ぼんやりと眺めて、色々考えていた。
何をそれほど考えているのかと言えば、それは……。
(……しかし、十八日分かまうって結局何をするんだ……?)
それは一晩経って、少し冷静になったからこそ出てきた疑問だった。昨晩、テルネリカに会えなかった日数分かまってほしいと言って、コノエはそれに頷いた。
けれど、冷静に考えれば、何をするのかよく分からない。あの時は勢いで頷いたというか、混乱して頭が回っていなかったが。
……どんなことをするんだろう。
遠出したり、いい店に行ったりするんだろうか?
コノエにはいまいち良く分からなくかくて……。
「……ん」
そこでコノエは気付く。部屋に近づいてくる気配があった。
それが誰のものかは、考えるまでもなく分かる。知っている足音だ。トン、トン、と聞こえてきた。軽い足音。でも少し歩き方に鍛錬の成果を感じる。
……頑張ってるんだな、と思っていると、ほどなくして扉が開いた。
「――おはようございます。コノエ様」
「……ああ。おはようテルネリカ」
扉から顔を出したのは、テルネリカだった。手には朝の準備があって、水差しや着替えなどを持ってきてくれているようだった。
彼女は普段の休日と同じようにニコニコとしながら近づいてくる。
コノエは体を起こしながら挨拶を返し、着替えを受け取ろうとして……。
「……?」
と、何故かテルネリカはベッドサイドまで来たものの、そこで動きを止める。着替えを渡してくれない。腕に抱えたままニコニコとしていていた。
どうしたのだろうとコノエが見ていると……。
「コノエ様。昨晩の件なのですが」
「……え?」
「今日は、私に十八日分かまってくれるということでよろしかったですか?」
「……え。…………あ、ああ」
突然のテルネリカの言葉に、コノエは固まり……一拍遅れて肯定する。いきなりで驚いたが、それはもちろん、そのつもりだった。約束を反故にするつもりはない。
……まあ、何をするのかは分からなかったし、少し悩んではいたけれど。
ともあれ、コノエは頷いて返した。
すると、テルネリカはニッコリと笑って――。
――そして何でもないことを言うかのように、言った。
「でしたら――よかったら、もう一度横になっていただけないでしょうか?」
「………………うん?」
……なんて?
「ほら、以前あったではないですか。コノエ様が寝たふりをして、私が起こしに来たことが」
「……え……あ、ああ」
「それをもう一度したいなぁ、と私は前々から思っておりまして」
コノエは言われて思い出す。あれは不死の魔王と戦う前だったか。
テルネリカに頼まれて、確かに一度、寝たふりをしたような……。
「……」
……え? アレをもう一度やるのか?
……というか、そもそもの話。
(……え? ……十八日分かまうって約束、もう始まってるのか?)
コノエは困惑する。てっきりもう少し後……朝食の後とかかと。
……いや、別にいつからと言っていたわけではないけれど。
「……だめですか?」
「……え、あ、いや、駄目じゃ、ないけれど」
と、そこでテルネリカが悲しそうな顔をして、コノエはつい否定する。
あの時はかなり恥ずかしかった記憶があるけれど、駄目と言う程ではなかった、ような。そんな気がした。
すると、テルネリカは本当に嬉しそうに笑って。
「――! ありがとうございます。では、私は一旦外に出ますので。三十秒後にまた入ってきますね」
「…………えっと」
そうして、コノエがごちゃごちゃ考えているうちにテルネリカは部屋から出ていく。
後には何度も瞬きしているコノエだけが残された。
一秒、二秒と時間が経って……。
「……」
とりあえず、コノエはもう一度ベッドに横になる。
横になって、目を瞑って。時計の秒針の音を聞いた。
……きっかり三十秒後が過ぎて。部屋の扉が開いた。
人の気配が近付いてきて、すぐ傍までやってくる。
荷物を脇に置いて、上から覗き込んで。そして。
「…………」
「…………?」
また、数秒が経つ。
なぜか、テルネリカは、すぐに起こそうとはしなかった。ただじっと上から見つめていて……。
「……えへへへ」
「…………っ」
思わず零れたような、そんな声が聞こえた。
嬉しそうな、幸せそうな、そういう声。
声がすぐ近くで聞こえて、揺れる空気が距離の近さを教えてくれて。
コノエはなんだかすごく落ち着かない気持ちになる。
こそばゆい感じがして。すぐに起き上がりたくなって。
……でもそこで、テルネリカが手を伸ばした。掌が肩に伸びて、そっと触れる。ゆっくりと揺さぶる。
「えへへへへ、コノエ様ー、あさですよー」
「…………」
「起きてくださーい、コノエ様ー」
コノエは、胸の中で渦巻く感情に耐えながら、ゆっくりと目を開く。
テルネリカの笑顔が見えた。幸せそうな顔。
「……なんというか」
「はい」
「……やっぱり、これ、ちょっと恥ずかしすぎるよ」
「私はやっぱりすっごく楽しいです!」
前回よりもずっと恥ずかしい気がして、腕を上げて目を覆う。
この恥ずかしさの差は何だろうかと思いながら、横を向いた。
するとテルネリカがまた「コノエ様ー」なんて言いながら体を揺さぶってきて、コノエはそれに無言で少し抵抗して。そうしたら、テルネリカがさらに嬉しそうに笑って。
……そのまましばらく、朝食が少し冷めてしまうくらいの時間、そんなことをしていた。
◆
「では、行きましょう!」
「……あ、ああ」
それから。コノエとテルネリカは朝食を食べた後、街へと出かけた。
今日一日、二人で街を歩きたいとテルネリカが言ったからだ。
「二人で久しぶりにのんびり歩きたいんです」
「……なるほど」
特別なことはせず、ただゆっくりしたいというテルネリカ。
コノエはそれに少しだけ安堵する。
……いやだって、起床時を思えば、何か凄いことを言うんじゃないかと思って。
けれど、街をのんびり歩くだけなら、そんなことにはならないだろうなと……。
「コノエ様、今日はずっと手をつないでいましょうね!」
「………………えっ」
……ちょっと早計だったかなと思いつつ。ともあれ、二人で出かけることになった。
右手に温もりを感じながら街を歩いた。気配を消して歩いているのに、人に見られている気がして、少し……いや、かなり恥ずかしかった。
けれど、訪れた場所はごく普通の店や施設だったので、そこだけは安心した。
たとえば、大図書館へ向かった。本を借りることにして、本棚の一番目立つところに置かれた金鎧英雄伝説に目を逸らしつつ、探して歩いた。
互いに本を探して、以前読んで面白かったものを勧め合った。
その後は、大図書館を出て、店を覗いて回ったりしたか。
買い物をして、服の試着なんかもしたりして。頑張って感想を言って。
昼には公園へと向かって、ベンチに座って、テルネリカが作った卵サンドを食べて。
食後にはお茶を飲んで。食後にはクッキーを食べたりもして。
「コノエ様、はい、あーん、です」
「…………」
……うん。色々恥ずかしい思いはしたけれど。
でも、基本的にずっと穏やかな時間だった。
最近はずっと、二人とも忙しかったから。
こういう何気ない時間が、なんだかとても嬉しくて……。
「久しぶりで、楽しいです」
「……ああ」
途中、ふとテルネリカが言った。こうして歩くのも久しぶりだと。
……そうだ。コノエも思う。本当に久しぶりだ。
こうして二人で街を歩くのも何日ぶりだろうか。今回の十八日どころじゃない。五十日か、それとももっとか。休日に一緒に過ごしても、屋敷で過ごすことが多かった。色々と雑事などもあったからだ。
……一年前は、いつもこうだったのに。今日歩いた場所なんて、毎日のように歩いていた。散歩をしたり、店に入ったり。食べ歩きをしたり。そんな毎日が、当たり前だった。
でも今は、前に歩いた日付も思い出せない。
そしてこれは、きっとテルネリカがアデプトになるまで続くのだ。
「…………」
「…………」
いつの間にか無言になって、二人で、歩いていく。
そのうちに、太陽が段々傾いていって、空が赤らんできて。気温が下がってきて、つないだ手の温もりがさらに感じられる気がして――。
◆
――二人は夕焼け色の道を歩いて、屋敷に帰ってくる。
一日の終わりが近付いてきた時間。
二人は少しゆっくりとした足取りで門を潜り、庭を歩く。
「……コノエ様。最後に一か所、向かいたい場所があるんです」
「……ん」
と、屋敷の扉まで帰ってきたところで、テルネリカに言われ、足の爪先を屋敷の裏庭の方へと向ける。その先にあったのは。
「……ああ」
――朝にも窓から見た、一本の樹。
シルメニアから運んできた樹だった。
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