転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
コノエとテルネリカは、二人で樹に近づく。夕日に染まる庭を歩いて、その下まで。
すると、樹の根元に少し開けた場所があった。
テルネリカはそこに真っすぐに歩いて行って、腰のポーチに手を回す。
中から何かを取り出して……
「……それは、野営の?」
「はい」
テルネリカは、魔法繊維で作られた野営用シート──少し、地球のブルーシートに似ている──を取り出して、根元に広げる。
そして、シートの上に上がって、座って、コノエを見てにっこりと笑った。
「コノエ様」
「……ああ」
コノエは呼ばれるままに、シートに上がって、座る。二人で隣り合って座って、寄り添った。
「…………」
「…………」
沈黙の時間。肩から伝わってくる温もりと……背後から少し強い樹の匂いがした。
自然の匂いと共に、森の加護の気配も。力ある樹とはこういうものなんだな、と。そう思うような気配だった。
なんだか、森の加護が無いコノエでも、つい安らいでしまいそうな。落ち着くというか、ホッとするような気配。
ちらりと横を見ると、テルネリカは心地よさそうに目を細めている。コノエはそんな彼女を数秒見つめた後、前を向き、同じように目を細めて……。
……
……
……
「……その、ですね」
「……ん、ああ」
……どれくらい時間が過ぎただろうか。空から黄昏色が消えた頃、テルネリカがふと、口を開く。そして、言った。
「本当は、街を歩くんじゃなくて、色々考えていたんです」
今日のデートの話です、と。最初は慣れたコースを歩くんじゃなくて、もっと別のことを考えていました、と。
「だって、十八日分ですから。普段は絶対出来ないような、すごく大胆なコースも考えていました」
「…………えっ」
「でも、実際にコノエ様と街に出ると、どうしても、久しぶりにいつもの場所を歩きたくなってしまいまして。……やっぱり、好きだったんですね、あの道が」
「…………えっと……あ、ああ」
コノエは、なにかとんでもないことを言われた気がしつつ。でも、今日歩いた道が好きだというのは同じだったので、頷く。
……それは、コノエもそうだった。久しぶりに歩いて、楽しかった。大図書館に行ったり、店を見て回ったり、公園でお茶を飲んだりするのが。
かつては大切で、当然だったモノ。けれど、今は遠くなってしまったモノ。
だから、とても楽しくて……同時に、少しだけ、寂しかった。
「……たまに、ですけれど。寝る前にベットの中で考えるんです。以前のように一緒に居られたらと。……でも、私が強くなるまでには、もっと長い時間が必要です」
「……ああ」
「二十年か、それとも、もっとか。……その頃には街並みも変わっているでしょうし、私たちを取り巻く環境も変わっているかもしれません。
……もう以前のように歩ける日はないのでは、と考えることもあります」
……それも、そうだ。先は長い。
コノエも出来る限り支えるつもりだが、簡単には届かない。アデプトに至るまでには、時間がかかる。結果、様々な物が変わっていくのだろう。
「……仕方のない、ことのなのでしょうけれど」
「……ああ」
……コノエは、なんとなく空を見上げる。
木の枝葉の隙間から、夜色の空が見えた。
街並みは変わり、人も変わる。それはどうしようもなく寂しくて、どうすることも出来ないことでもあった。
時の界律はいつだってそこにある。時の流れと共にあらゆるものが変わっていく。それが当たり前だった。
だから、仕方ない。
やっぱり寂しくはあるけれど──。
「──でも、ですね、コノエ様」
「……うん?」
「その、だからこそ、なんですけど」
「……?」
と、そこでテルネリカの声のトーンが変わって、コノエは視線を下げる。
するとテルネリカは、ただじっと見上げていた。
「コノエ様、新しく作りませんか?」
「……え?」
……作る?
「
「……」
「前から考えていたんです。時間が無くなった今でも、二人で一緒に居られる場所が欲しいなって。……例えば、あの物見塔の上のような」
「──」
──あの、物見塔のような?
シルメニアの塔。それもまた、大切な記憶であって、けれど遠くなってしまったものの一つだった。……それを?
「──二人で大事に出来る場所が、欲しいんです」
「……」
「帰ってくる場所。思い出したら、つい微笑んでしまうような場所を」
テルネリカは、新しく作りたい、と言う。
二人の場所。きっと帰ってくる場所を。
「……」
それに、コノエは。
そうか、と思う。
そうだよな、と。無くなっても、また作ることは出来るんだよな、と。
コノエは、当然のことを再認識した。だから。
「……ああ、そうしよう」
「……! はい!」
頷く。確かに、この樹の下はちょうどいいとコノエも思った。
樹の力もあって居心地がいいし、それに……以前読んだ『エルフと樹と子供』には、力ある樹の傍に居たらエルフは回復すると書いてあったのを思い出す。
であれば、アデプトの訓練で疲れているテルネリカにはちょうどいいのではないだろうか。まあ、本にも実際にどれくらい回復するのかは書いてなかったが。
「そうですね……この樹は本当に力があるので、こうして座っているだけでベッドの中で寝るより回復するくらいです」
「……そんなに」
少し気になったので聞いてみると、そんな返事が返ってきた。そして。
「いっそここで寝たら、次の日は万全の状態で訓練に挑めると思います」
「……いや、それは」
それは流石に風邪をひくのでは、と思い──しかし、そこで気付く。テルネリカの体内魔力を探ると、最初と比べて、かなり鍛え上げられているのが分かった。
どれくらいかと言えば、よほど極端な環境でなければ、風邪はもう引かないだろうな、と思うくらいに。
……まあ、それはともかく、ここにいるだけで体力が戻るというのであれば。
「……じゃあ、訓練がある日も」
「はい! コノエ様が良かったら!」
テルネリカは嬉しそうに笑ってくれて、コノエも思わず頬が緩む。
……そして、それから二人で、これからの予定を話した。
じゃあどういう日に、何時に二人でここに来ようか、とか。何か飲み物を、とか、季節によっては毛布も欲しいかも、とか、そういう話をして……。
◆
「……ん、テルネリカ?」
「…………」
そうして、それは、しばしの時間が過ぎた頃だった。一通り話をして、話題が途切れた頃。
ちょっとした沈黙の後、コノエは隣に座る気配が変わったことに気付いた。
トン、と。テルネリカの頭が、コノエの肩に当たる。見ると、テルネリカの瞼が閉じている。どうやら眠っているようだった。
「………………」
「……ええと」
……やはり訓練で疲れているからだろうか。それとも、樹の気配が優しかったからか。
どちらかは分からないが、思わず寝てしまったのだろう。しかも、うとうとしているのではなく完全に眠ってしまっているようだった。
「………………」
でもこの状況、どうするべきだろうか。悩む。
起こすのは気が引ける。疲れてるのだろうし。
……それなら、抱えて部屋に連れて帰るべき、だよな?
……あれ、でもさっき、ここで眠った方が体力が回復するって言ってたっけ。だったらどうするべきなんだろう。
コノエは、テルネリカの寝顔を見ながら考える。色々考えて……。
「……あ」
そして、おろおろしているうちに。さらに事態が動く。
テルネリカの体が、少しズレた。
テルネリカは、コノエの膝の上にゆっくりとずり落ちていって……。
それにコノエは、テルネリカが変な体勢にならないよう、少し座る位置を調節する。
そのうちに──トン、と。
「……あ」
テルネリカの頭が、コノエの膝の上に乗る。
つまり、ありていに言えば──膝枕の形だった。
(……どうしよう)
コノエはやっぱりどうしようかと思って、右を見たり左を見たりして。
困惑して、あれやこれやと考えて……。
……
……
……
(……このままが、いいのかな)
……そして、しばらく悩んだ後。
このままここで眠らせてあげた方がいいのかな、と思った。
これはアデプト的思考でもある。体力が戻るのなら、それが一番。あと、運んだら途中で目を覚ますかもしれないし、ゆっくり休ませてあげたいし。
だから、コノエはポーチから予備のコートを取り出し、テルネリカにかける。
その後は、膝枕の体勢を維持したまま、なんとなくテルネリカの寝顔を見つめていた。
「…………」
コノエは、膝の上で眠るテルネリカをじっと見つめる。そのまま、ゆっくりと時間は過ぎていき……。
◆
「……!? ………………!!!!?????」
「……ああ、おはよう、テルネリカ」
翌朝。日が昇り始めた頃、テルネリカは目を覚ます。
彼女は最初ぼうっとしていたものの、すぐに正気に戻り、酷く慌てていて……。
……その後。
一晩中膝枕をしたり、寝顔を見つめていた話をしたら顔を真っ赤にしていたが、それはまた、別の話だった。
これで後日談テルネリカ編第二部は終わりです。
この後は……すみません、ちょっと予定が立て込んでいるので、少し更新をお休みします。無理に隔週で更新しても前の話忘れちゃいそうですし……
お休みの後は後日談教官編に向けて動こうと思いますので、そのときはまたお願いします。
十二月中には再開できると良いな……と。
転生程度で胸の穴は埋まらない5、発売中です!
よろしくお願いします!
上下巻になった分、しっかり加筆しております!一章分くらい!
amazonさんのリンクを置いておきますね……
リンク:amazon5巻
コミカライズ連載中です!
リンク:カドコミ:転生程度で胸の穴は埋まらない
リンク:ニコニコ静画:転生程度で胸の穴は埋まらない