転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第29話 金色

 ――ああ、失敗したな。

 竜は心臓を貫く槍を感じながらそう思う。薄れていく己の命を感じながら、どこか他人事の様に。

 

 身体の半身は既に無く、痛みも感じない。

 魔法を操る事は出来ず、後はもう堕ちることしか出来ない。

 

 竜の死は確定的だった。()()は、使徒の勝ちだった。

 竜は地に向かって堕ちていく。侮ったことを、油断したことを()()後悔しながら、堕ちていく――。

 

『――』

 

 ――そう、少しだ。少しだけ、竜は後悔していた。

 少しだけしか、後悔していない。する必要はない。だって――。

 

『――GU』

 

 竜の口角が上がる。笑っている。

 そうだ、竜の目的は既に(・・)()()()()()()。だから、先ほどまでの戦いは、元より余分だった。

 

 最初から、竜は負けても(・・・・)()()()()

 油断した理由はそこにもあった。本当は緊張感など無かった。何故なら、それは力を開放した段階で終わっていて――。

 

『――』

 

 ――ゴン、と音が鳴る。空に響き渡る。

 歪みが広がっていく。薄れていく視界の中で使徒が驚愕の表情を浮かべる。竜は心の中で笑う。口はすでに動かない。竜は死ぬ。すぐに死ぬ。

 

 ――死ぬことで、それは発動する。

 そうだ、それこそが、竜の固有魔法(オリジン)なのだから――!

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「――なんだ、これは」

 

 コノエは驚愕する。唐突に空に鳴り響いた音。そして、竜を討伐してもなお、広がり続ける歪み。その拡大は収まる様子を見せない。

 明らかな異変に、コノエは全力で感知を飛ばす。()()()()()()。コノエの周囲数キロの所で球状に歪みが出来ていて、隙間は全くない。コノエは球に完全に囚われている。

 

「……なぜ、殺した後に力が増している?」

 

 固有魔法は死後も残るものだが、これは明らかにそういうのとは違う。

 残るのではなく、死後も変化し続けている。

 

 コノエは落ち行く竜を見る。まさかまだ生きているのかと、槍を投げる。

 白い雷が広がり、竜を跡形もなく消し飛ばす。魔力を失った体は容易く炭になる。

 

 ――竜は既に死んでいる。

 これはどういうことかと……。

 

「……まさか 」

 

 しかし、コノエが一つの可能性に辿り着いたときだった。

 それが、動き出した。

 

「――?」

 

 ――球状の壁が、内側に迫ってくる。

 全方位からだ。内部、コノエのいる方に向かって加速してくる。それは段々と速度を上げて――

 

「――これは」

 

 コノエを中心とした球状の歪み。

 それはどんどん収縮する。小さくなっていく。内へ音を立てて壁が迫ってくる。

 

「……壁で、押し潰す気か!」

 

 コノエの頬が引きつる。

 壁は加速する。数キロあった距離が、瞬く間に縮まって――。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ――つまり、竜の狙いはこれだった。

 固有魔法。その空間を操る力は強力ではあったが、あくまでも前座だ。本質は己の死をトリガーに現れる。

 

 竜の固有魔法は、発動と同時に周辺空域に歪みを撒き散らす。

 それは空に滞留し続け、切っ掛けが訪れるまでは動かない。しかし、その時が訪れれば、爆発的に広がり、繋がる。球を形作る。一帯を包み込み、己の死と同時にその近くにいる敵を捕らえ押しつぶす。

 

 ――それこそが竜の固有魔法だ。己が生き残ることなど微塵も考えていない。いいや、むしろ己から死にに行くための魔法。

 

 ……死ぬための、魔法。

 怨敵と共に、己を殺すための魔法。

 

 その魔法を発動すれば、竜は必ず死ぬ。そして、怨敵(コノエ)以外には使えない。

 死と対象の限定。故にこそ、その魔法(あい)は特別な固有魔法の中でもさらに特別。凡百の固有魔法より遥かに強い力を持つ。

 

【固有魔法――我が愛は既に亡く、故に空よ共に堕ちたまえ】

 

 それはその名の通り、共に堕ちるための魔法だ。

 空間(そら)と、怨敵と、共に堕ちて死ぬための魔法。

 

 竜は愛を失い、世界に絶望し、死を願った。

 最初から死ぬつもりだった。たとえ勝利しても死ぬつもりだった。固有魔法に目覚めるほどの愛を失った竜は、愛亡き世界を生きられない。

 

 愛が死んだ後の三十日。

 衝動的に死にたくなる己を、竜はただこの瞬間のために抑え続けた。

 

 全ては怨敵をこの魔法に、歪みの球に捕らえるために。

 竜はずっと、コノエが空へと上がる時を待ち続けていたのだから。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「――ぉぉお!」

 

 ――コノエは動く。気付くと同時に動いていた。

 槍に魔力を回す。白雷を、神威を生み出す。それはコノエの周囲で球状に形を変える。コノエを守るように、邪悪を弾く神の力が壁を作り出す。

 

 そしてその直後に壁が迫ってきて――。

 

「――!」

 

 ――激突。轟音が響く。

 神の力はその衝撃に軋み――しかし、耐える。

 

 白き神の加護。生命神の力。

 翼の生えた少女――この世界の、最高神。

 

 生命を愛し、人を愛する神の権能。

 かつて邪悪なるものが侵入してくるまで戦いを知らなかった神の力は、癒し、守るときにこそ、その真価を発揮する。

 

「……ふぅ」

 

 コノエは小さく息を吐く。安堵する。

 とりあえず凌ぐ事は出来た。

 

 そして、目前まで迫った壁を見る。硬く厚い、歪みの壁。

 一目見て簡単には破れないと悟る。いや、もしかしたら全力でも破れないかもしれないほどの壁。その存在強度は今まで見た中でも、かなり上の方だとコノエは感じる。

 

 固有魔法にしても異質なほどに強い力。

 死を代償に発動するタイプだ、とコノエは悟る。

 

 ……それは極めて珍しい固有魔法だった。コノエも知識としては知っていたが、こうして戦うのは初めてだ。

 それはそうだ。使えば死ぬ魔法に目覚める者が沢山いてはたまらない。しかしそれでも、コノエは気づくのが遅れたことに唇を嚙み――。

 

「――!」

 

 ――そのとき、コノエを守る加護がギシリと軋む。

 軋んで、しかし白い盾は確かに壁を押し留める。

 

 ……精々あと数分か。ゆっくりしている時間はない。

 コノエは急ぎ対処を決めなければならない。

 

 そのためにもコノエは壁に近づき、その様子を観察して……。

 

「……」

 

 見る限り、やはり正面から打ち破るのは難しい。そうコノエは思う。

 目の前の壁の強度は極めて高い。絶対に貫けないとは言わないが。

 

「……リスクが、高いな」

 

 破壊に失敗した場合コノエは今度こそ押しつぶされて死ぬことになるだろう。それくらいに竜の魔法は強力だった。神様の助力を得ることが出来れば話は違うが、神様(あのかた)はその性質上、戦闘中の助力は守り以外出来ない。その根底(ありかた)が戦から程遠いからだ。

 

 だからこそコノエは己自身で現状を打破する必要があって――

 

 ――しかし。そこでコノエは一つ気付く。

 

「……これは、貫くことは難しいが」

 

 時間をかければ、削ることは十分に可能なのでは?

 そう、間近で壁を観察したコノエは思う。

 

 固いが、干渉できないほどではない。

 時間をかければ何とかなると。何度でも神様の守りを展開しつつ、その間に削っていけばいいと。

 

 そうだ、時間さえかければ――。

 

「……っ!」

 

 ――そこで、もう一つ、コノエは気付く。

 

「――テルネリカ」

 

 コノエは、歪み越しに太陽を見る。

 まだ高いところにある太陽。しかし。

 

 戦闘のために切り替わっていた思考が戻る。

 少女の笑顔を思い出す。今、テルネリカがどんな状況にいるのかを。

 

 金貨千枚。家族を失い、立場を、加護を失った少女。

 それでも、人々を守るために走り続けた少女。

 

 錬金工房。エルフの心臓。

 日が沈む頃。封鎖結界の触媒――。

 

『――最初の約束だけは、必ず果たします』

 

 ――生きながらに、心臓を。

 

「……ダメだ」

 

 それは嫌だった。コノエが嫌だった。

 たとえ死なないとしても嫌だった。

 

 許せなかった。認められなかった。

 コノエはテルネリカに、まだ……。

 

「……」

 

 ――だから。

 

「……打ち破る」

 

 ――コノエは覚悟を決める。十字槍を構える。

 

 日が落ちるまでに。必ず。

 何があろうとも。彼女の元に辿り着くために。

 

「――っ!」

 

 ――魔力を全力で流し込む。

 槍が鼓動する。神威が溢れ出す。

 

 白雷が狭い空間の中を奔り回る。

 その熱をもって、閉ざされた空間の温度が急速に上昇していく。

 

 魔力の密度が高まる。安全を無視した急激な魔力の収束。

 それは魔力の主たるコノエ自身の手をも傷つける。

 

 槍を握る手に異変が起こる。煙が上り始める。

 皮が剥がれ始め、血が噴き出す。

 内部の魔力路が焼かれ、激痛がコノエを襲う。傷つき、しかしその生命の魔力故に即座に修復される。それを幾度も繰り返す。

 

「――」

 

 でも、そんなことはどうでもいいことだと無視する。

 痛みなど、気にしていられない。それよりも、もっと――。

 

 ――コノエは魔力を籠め続ける。

 神威武装が震え始める。際限なく注ぎ込まれる魔力に悲鳴を上げる。

 

 長い期間、基礎能力だけを高めたコノエの魔力は、アデプトの中でも上位に入る。

 その魔力が一点へと集まっていく。力が収束していく。周囲を奔る神威が形を変え、コノエの槍に纏わりつく。

 

「――」

 

 ――そして、その瞬間を待つ。

 一秒が一時間にも感じるような時の中。

 

 歪みの世界。竜の殺意の中心で。

 コノエは十字の槍を構えて――。

 

「――っ」

 

 ――それは、唐突に来た。

 砕ける音。コノエを守っていた白い加護が壊れる。

 

 歪みの壁が自由を取り戻し、また動きだす。

 コノエを押しつぶさんと迫ってくる。

 

「――」

 

 ――それに、コノエは何百万、何千万と繰り返した動きのままに槍を突く。

 

 魔力で強化し、加速した思考の中。

 貫けねば、死ぬ。そんな生死を掛けた一瞬。コノエの槍の白刃と歪みがその距離を縮めていき――。

 

「――!!」

 

 激突する。槍と歪み。その双方が互いを破壊せんと削り合う。

 その結果は――。

 

 ――互角。どちらも譲らなかった。

 コノエの槍は、歪みを食い破れない。歪みもまた、コノエの槍を弾けない。

 

 完全なる拮抗。一瞬の停滞。

 どちらに形勢が傾くか誰にも分からないような、そんな瞬間。

 

 槍を握り締めるコノエと、迫り来る竜の愛。

 その衝撃に白き雷が迸り、コノエは少し目を細める。

 

「……」

 

 ――その刹那の様な一時。

 コノエは走馬灯のように過去を見た。

 

 コノエは一人で立っている。

 幼少期から大人になるまで、常に一人で立っている。誰もいない。いつだって一人なコノエ。そんな姿。孤立し、傍には誰もいない。

 

 それはもしかしたら十字槍が見せたのかもしれない。

 だって、その(いろ)はコノエが虚ろである証明だ。コノエはただ、埋めたかった。穴を満たしたかった。だから、努力した。努力してアデプトになって、しかしいつまで経っても槍に色はつかなかった。

 

 コノエは未だに分からない。何も分からない。

 愛が分からない。テルネリカのことも分からない。自分の感情すら分からない。まだ何もコノエは理解できていない。

 

 そうだ、何も、何一つとして。

 だからコノエはずっと、一人ぼっちで――

 

『――ねえ、コノエ様、知っていますか?』

 

 ――ああ、でも、そのとき。

 声がした。いつかの記憶。隣に座った金色の少女。

 

 風の強い、物見塔の上で。

 寄り添う少女は笑っていた。

 

 風に流れる髪を押さえていた。

 楽しそうに目を細めていた。

 

『――風が強くても、寄り添っていれば温かいんですよ』

 

 記憶の中で、少女が囁く。そして、コノエに触れる。

 伝わってきた温度を覚えている。だから――

 

(――そうか)

 

 ――その温もり(あい)をコノエは知ったから。

 ――純白の槍に、金の色が刻まれる。

 

 槍に、金色が走る。純白を彩るように装飾が生まれる。

 周囲を奔る白雷に金が混ざる。(あい)によって、槍が拡張される。神威武装はその本来の力を僅かに取り戻し――。

 

 ――ビシリ、と

 

 天秤が傾く。歪みに亀裂が走る。

 槍が歪みに食い込んでいく。破壊していく。一瞬ごとに槍の力は増していく。

 

 ……しかし、竜の愛は変わらない。

 だって、竜は死んだ。死んだ者に先はない。何も変わらない。変われない。

 

 だから、亀裂はどんどん数を増していく。

 放射状に広がり、深さを増していく。……そして。

 

「――ぁぁ」

 

 歪みが、砕ける。空に破砕音が響き、砕けた破片は地面へと堕ちていく。

 それはもしかしたら、その固有魔法の名の様に。竜の愛は、その片割れの還った場所へと堕ちていって――。

 

「――」

 

 ――コノエは、生きている。コノエは、竜に勝利した。

 

 

 




【雑ステータス】
 コノエ
 基礎能力 5000→5500 神威武装Lv1→Lv2
 固有魔法 0
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