転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第2部 1章
第1話 新しい日々


 ──朝、コノエは(みやこ)の宿の一室で目を覚ます。

 そして、まず最初に気配を察知する。異常の有無。周囲の変化、瘴気や魔物、人の流れ。

 

 ──近くの気配、知っている少女の空気。

 コノエは、意識が目覚めてから僅かの間にそれら全てを認識する。

 

「──」

 

 今日も、問題は起きていない。そう確認してコノエは小さく息を吐く。

 なにか異常があれば勝手に目が覚めるよう鍛えてはいるけれど、起きるとまず一度確認するのが癖になっていた。

 

 二十五年の鍛錬の結果。白き神の使徒。

 人の世界を守る、守護者(アデプト)としての在り方だった。

 

「……」

 

 コノエはベッドから体を起こす。

 上半身を布団の外に出して、すぐ隣の窓から外を見る。朝早く、まだ日が少し顔を出した頃。通りは薄暗く、人の通りも(まば)らだった。

 

 都の市街の風景。学舎でもシルメニアでもない景色。

 コノエはまだ慣れていない街並みを、仮初の住処から眺める。

 

 特に意味はなく、なんとなしに。

 遠くからの傍観者のように目を向けて――。

 

「──」

 

 ──そんなとき。コンコン、という音がした。

 コノエの部屋にノックの音が響く。

 

 少し控えめで、聞き心地の良い音色。

 それが誰の音なのかを、コノエは知っていた。

 

「──テルネリカ」

「はい、おはようございます。コノエ様、入ってもよろしいでしょうか」

「……ああ」

 

 頷く。すると、扉が開く。金髪の少女が部屋に入ってくる。

 フリルのついたメイド服──ではなく、ごく普通の女性服を着たエルフの少女。服の名前はコノエには分からない。ロングスカートだなと思うくらいだった。

 

 そんな少女は腕に色々と抱えてコノエの傍に近づいてくる。

 

「コノエ様、こちらが着替えになります」

「……ああ」

「朝食もすぐにご用意出来ますので、準備が終わりましたら、リビングにお越しください」

「……ありがとう」

 

 はい、と。穏やかに微笑むテルネリカがベッドサイドにコノエの服を置く。

 そして、近くの水差しを手に取って、新しいものに替える。他にもいくつか、朝の準備をしてくれる。

 

 コノエはそんなテルネリカの様子をぼう、と見る。

 金色の少女。あの日、黄昏時の部屋の中、約束をした少女の姿。

 

「……」

 

 あれから、少しの時間が経った。

 しかし、そんな今でも、コノエはテルネリカの姿に夢のような錯覚を覚えることがある。

 

 あやふやで、次の瞬間にも消えてしまうのではないかと。

 だからコノエはつい、部屋をくるくると歩いて回る彼女の背中を目で追う。

 

「──そういえばコノエ様」

「……うん?」

 

 ──と、そんなことを考えていると。

 ふと、テルネリカがコノエに振り返る。

 

 その顔はいつもの笑顔ではなく――少し悪戯っぽい笑み。

 崩れた雰囲気で、今から私は変わったことを言いますと主張しているような。

 

「──今日も、コノエ様は私が来る前からお目覚めになっているのですね」

「……?」

「私、それが少しだけ残念です」

 

 突然の言葉。そしてふふふ、と笑う。

 そんなテルネリカにコノエは何のことだろうと首を傾げて。

 

「……目が覚めてるのが残念?」

「ええ。私、たまには寝ているコノエ様を起こしたいです」

 

 ……起こしたい?僕を?

 そんな言葉にコノエは何度か瞬きして。いや、しかし──。

 

「──起きている方が、君にとっては面倒がないのでは?」

 

 そう思う。人を起こす、という経験はコノエに無いけれど、手間なのは間違いないだろう。

 城での生活以来、いつの間にか朝の支度をテルネリカにしてもらうのが当たり前になっていたが……それだって仕事は少ない方が良いのではないかと思う。

 

「いいえ、いいえ。そんなことはありません。……だって、きっと楽しいですから」

「……楽しい?」

 

 くすくす、とテルネリカが笑う。

 でも、そう言われてもコノエには理解できなくて……というかそもそもの話。

 

「……僕は、人が近づけば目が覚める」

 

 コノエは、そういう生き物だ。そう鍛え上げられている。

 だから、テルネリカの言うことは難しいのではないかと、コノエは思い。

 

「……そうですね。しかし、それなら寝たフリでもいいんですよ?」

「……?? それに、何の意味が?」

 

 起きているのに、寝たふりをしてわざわざ起こしてもらう?

 そんなの、本当に意味がない。なんでそんなことを。

 

「ふふ、意味はないかもしれませんね。でも、意味がないことに、価値があるのです」

「……」

 

 ──意味がないことに、価値?

 それはコノエにとって、何かのとんち(・・・)かと思うような言葉で。

 

「……?」

 

 だから、やっぱりコノエは理解できない。コノエは何も知らない。少し己の意志を表に出せるようになっても、コノエはコノエのままだ。

 

 首を傾げるコノエに、テルネリカは目を細めている。

 優しい笑み。そして、胸の前に両手を合わせて──。

 

「──コノエ様。私は何回でも、何十回でも、何百回でもコノエ様を起こしに来ます」

「……そう、か?」

「はい。……だから、たとえ意味がなくても。もし、コノエ様がそうしたいと思ったなら──してみて下さい」

 

 くすくす、くすくす、と。テルネリカは花が綻ぶように笑う。

 楽しそうに、幸せそうに。頬を染めて語りかける。

 

「──約束、ですよ?」

 

 ──朝のひと時、金色の少女はコノエにそう言った。

 

 ◆

 

 ──大規模迷宮氾濫から始まった一件が終わってから七日が経った。

 シルメニアの街は復興への道を歩き出し、コノエはテルネリカを守れた。その後、二人は都の一角にある宿に部屋を取り、共に暮らしている。

 

 テルネリカはあの日の誓いの通りコノエの傍にいることを選び、都に戻るコノエと共にシルメニアの街を出た。アデプトとしての活動拠点を都に置くと決めたコノエについてきた形だ。

 

 アデプトはその仕事の関係から、情報や転移門の数が多く、なによりも学舎のある都を拠点に行動することが多い。コノエもそれに(なら)った形だった。それが最も効率的だと言われているから。

 

 それにテルネリカも──。

 

『──私は、シルメニアにはいない方が良いのでしょうね』

 

 少し前入って来た幾つかの情報を見て、少し寂しそうな顔でそう言っていた。

 それは近いうちにやってくる街の新しい領主の話であり、その領主はテルネリカも知っている人物でもあって。

 

『三代前に近くの貴族家に嫁入りした大婆様です。子供の頃に何度か遊んでもらいました』

 

 事情や現地の民の感情を考えた上で、そういう人選が為されたらしい。三代前と言っても長命種のエルフならまだまだ現役らしく、かつての故郷の復興に全力で取り組むつもりなのだとか。

 

 安心しました、と。テルネリカは胸をなでおろしていた。

 信じられる新しい領主に表情を緩ませつつ──しかし、だからこそ。

 

『同じ一族の出身とはいえ、前の領主の娘がいたらやり辛いでしょうし──しかも、娘が……その、アデプトたるコノエ様と』

『……そういうものか』

 

 そういうことで、テルネリカはシルメニアから一度距離を置くと決めた。

 たまには墓参りに帰りたいが、それくらいにしておくべきだろうと。

 

 ──だから、テルネリカは昨日も今日も、そしてきっと明日もコノエの傍にいる。

 朝、おはようと言って、夜、お休みなさいと言う生活。

 

 それが、二人の新しい毎日だった。

 

 ◆

 

 テルネリカとの食事の後、コノエは宿を出る。

 そして、本日の目的地──生命魔法の学舎へ向かって歩を進めた。日が昇り、人が多くなってきた都の通りを人と人の隙間を縫うように歩いていく。

 

 その横に少女の姿はない。学舎は基本的に部外者は立ち入り禁止だ。

 そのためテルネリカを連れて行く事は出来ず、宿に残してコノエ一人での行動だった。

 

 なので、コノエは出かける際に行ってらっしゃいと手を振るテルネリカを思い出しながら、少し急ぎ足で歩いていき――。

 

 ──それにしても、朝のあれはどういうことなんだろう。

 起床時のことを思い出しつつ、そう考える。意味がないことに価値があるとかなんとか。そんなことをテルネリカは言っていた。

 

 コノエにはよく分からなくて、しかしテルネリカは楽しそうにしていた。

 不思議で、首を傾げることしか出来なくて。

 

「……」

 

 ……でもまあ、あの娘が楽しそうにしてるんならそれでいいのかなと思ったりもする。

 脳裏に浮かぶ少女の笑顔に少しだけ頬が緩みそうになって、なんとなくコノエは顔を上げた。

 

「──」

 

 すると、視線の先に高台が見える。

 都の中心近く。小高い丘の上に、巨大な学舎の姿があった。

 

 そんな学舎に、コノエは改めて思う。今日こうして一人で出てきた理由。

 それはコノエの懐に関係があるというか……まあ、端的に言うと財布の中身が少なくなってきたからで。

 

 ──要するに、金策のためだった。

 

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