転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第5話 神様と

 翌日。コノエは何とも言えない顔で学舎の門を潜る。

 昨日テルネリカから聞いたことが引っかかっていた。

 

『毎年一度、教官殿はお見合いという名目(・・)で元気な姿を我らに――』

『お見合いの結果は、いつも教官殿(・・・)の方(・・)から――』

 

「……?」

 

 疑問があった。不思議だった。目を輝かせたテルネリカと、前日の教官の姿を思い浮かべて首を傾げる。

 教官とテルネリカで言っていることが違う気がして……。

 

「……ふぅ」

 

 しかしまあ、この場でいくら考えても分からないことでもあって。

 だからコノエは軽く息を吐き、意識を切り替える。……仕事の時間だった。

 

(メルミナは配置についている、か)

 

 予定の時間には少し余裕はあるが、学舎屋上から都の周辺にかけて無数のレンズが浮かんでいる。きっと固有魔法も使っているのだろう。どこからか見られているような気配があった。

 

「……」

 

 コノエはレンズの横を通り抜けながら、学舎の入り口を潜る。

 階段を上り、そして一つの部屋の前に立つ。

 

 一度息を吸って、ノックをして――。

 

【──いらっしゃい、よくきたね】

 

 ──神様が顔を出す。真っ白な神様。言葉ではない雰囲気が伝わって来る。

 白い翼の生えた少女の姿の中で、ただ一つ色を持った真っ赤な瞳がコノエを見ていた。

 

「……はい、今日はよろしくお願いします。神様」

【うん、さあ、入って入って!】

 

 ニコニコと笑う神様に手招きされて中に入る。少し久しぶりに訪れる部屋。今日の護衛任務におけるコノエの配置場所。

 コノエの今日の仕事は神様の傍にいて、その身を守ることだった。五人のチームの一人とはいえ、気を引き締めなければと思う。

 

【――♪】

「……」

 

 なんだか嬉しそうな雰囲気の神様の後ろを歩く。

 そして、その歩く先には――

 

(……あれ?)

 

 ――そこには机がある。一組の椅子と、ポットなんかもあって。

 どう見てもお茶会の準備がしてあった。

 

【──どうぞ、座って。お茶を飲みながらお話ししよう?】

 

 ……うん?

 

 ◆

 

 護衛任務。それが今回コノエが受けた仕事だ。

 神様の傍にいて、万が一にも危険が及ばないように警戒し、対処する。

 

 そのためにはやはり隙は晒してはならないし、座ってお茶を飲むというのは対応力を下げる行為だ。そのため本来お茶会なんて言語道断ではあるし、たとえ護衛対象に誘われたとしても応じてはならない。そういうもので。

 

「……」

 

 ――けれど。コノエは今回の契約を思い出す。

 実はこの仕事に限り、教官からお茶会許可の指示が下っていた。息抜きに付き合ってほしいという神様たっての希望、ということでわざわざ契約書にも記載があったので間違いない。

 

 ……うん、間違いは、ないんだけれど。

 

【ーー♪】

 

 お湯の音がして、茶葉のいい香りが漂う。神様がお茶を入れてくれていた。

 神様の笑顔があって、楽しそうな雰囲気があって。コノエは椅子に座っていて。

 

(……いやでも、まさかいきなりとは思わなかったというか)

 

 困惑しながらそう思う。コノエとしては、もう少し後というか昼過ぎに少しというか、そういうのを考えていた。

 到着直後に即お茶会というのは予想外だったというか。早すぎるというか。

 

(……これ、いいんだろうか)

 

 コノエは真面目であろうとするが故に、内心悩む。契約上は問題ないが本当にいいのだろうか。まだ護衛していない。

 今日は過去のお茶会とは話が違う。護衛料をもらう契約なのだから、もっと真剣に護衛をするべきではないかと思い。

 

【――どうぞ】

「……ありがとう、ございます」

 

 しかしコノエが色々と悩むうちにコトリ、とカップが置かれる。

 そして、神様も向かいの席に座った。

 

 神様はニコニコと笑顔を浮かべている。

 そんな神様と微妙に顔が引きつったコノエの目が合って――。

 

【――】

 

 ――あれと、思う。

 そのとき。ふと、コノエの心に、神様の気持ちが伝わってくる。

 

 歓迎する気持ち。神様の気配だ。

 何かに包まれているような、そんな錯覚があった。

 

 優しくて、温かくて、思わず気が抜けてしまいそうな。

 そんな雰囲気がコノエの心に触れた。

 

「……その」

【うん】

 

 ……いや、違うか。それはずっとコノエに伝わってきていた。

 扉が開けられたときからずっとだ。ただコノエが色々と考えてしまっていたから。

 

 意識がズレていただけで、神様はずっと歓迎してくれていた。

 それに、コノエは遅ればせながら気づいて。

 

【――ね、あなたの話を聞かせてほしいな】

「…………はい」

 

 思わず、頷く。どうしてこんな僕なんかをと。

 そう思ってしまいそうな雰囲気があった。

 

 ただただ温かくて、優しくて。

 だから、コノエは表情が崩れそうになる。それを自覚する。体から力が抜けて、真面目とか、正しいとか、そういうのが溶けて消える。

 

「……ではシルメニアの話を」

 

 コノエはゆっくりと口を開き――。

 

 ◆

 

 ――お茶会とは何をするのかと言えば、特別なことは何もしない。

 ただ、神様と向き合って、お茶を飲み、お菓子をつまみながら会話をする。

 

 神様はコノエの話を聞きたがって、それにコノエは拙く話をする。

 会わない間に何があったのかと、それはある意味報告会の様に。それがここ二十年繰り返してきたコノエと神様の関係だった。

 

 もちろん、コノエは面白いことなんて何も言えない。盛り上げるような話し方なんてできない。ただの事実の羅列になっていた。……でも神様はいつも真剣に聞いていた。話の中で問題が起こったときはハラハラとするような雰囲気になって、悲劇があったときには、悲しそうに俯く。コロコロと表情が変わって、笑ったり悲しんだりする。

 

 今回も到着時にシルメニアの結界が破れていた話をすると涙目になって、扉の前で一歩も引かなかった騎士の話をすると目を見開いた。三千人救えた話をすると優しく笑ってくれて、苦しみの中でも膝を折らなかった民たちの話をすると静かに頷いた。

 

 聖花の種が見つかったと話すとよかったと微笑んで、テルネリカがいなくなった話をするとハラハラとした。竜の襲撃について話した時は真顔になって、目の色も暗くなって──固有魔法を打ち破ったときには、笑顔ですごいとコノエを褒めた。

 

「──でも、すみません、神様の紋章が刻まれたコートを囮にしてしまいました」

【良いの、気にしないで】

 

 神様は笑う。よかったって。おめでとうって。

 あなたが無事で、私も嬉しいよって。それが伝わってくる。

 

 ――そして。

 

「――僕は、何とか間に合いました」

【うん】

「話をして、彼女と約束をしました、これからのことを」

【うん】

「……それで、終わりです。あとは都に部屋を取って、今になります」

【――うん】

 

 そんな言葉で、コノエはしばしの話を終える。

 どれくらい話をしていたのだろうか。普段は動かさない口を必死に動かして口元にどこか疲れも感じていた。精神的なものかもしれない。

 

【……そっか】

 

 そんなコノエに、神様は小さく一度頷く。

 そして、目を細めて見つめて。

 

【……コノエ】

「……? はい」

 

 神様がコノエの名を呼ぶ。珍しい。

 瞬きすると、そこには穏やかな微笑みがあって――

 

【――――頑張ったね】

 

 そう、伝わってきた。また、コノエの心に触れた。

 短い感情。しかし、深い感情でもあって、柔らかくて。

 

「……は、い」

 

 だから、コノエは少し恥ずかしくなって俯く。

 疑えない賞賛に照れくさくなる。

 

 そんなコノエに、神様は何処までも優しく笑って――。

 

【――――】

 

 ――神様の手が、ゆっくりと上がる。

 身を乗り出して、手を伸ばして。コノエの頭に神様が近づいてくる。コノエはその掌をどこかぼう(・・)、とした気持ちで見ていた。

 

 そして、手はそのままコノエの頭に――。

 

【……】

「……?」

 

 ――しかし、それは。コノエの目の前で止まった。

 ぴたりと止まって、数秒そのままでいて、そのうち力が抜けたようにゆっくりと下りていく。

 

「……神様?」

【……ううん、なんでもない、お茶、新しいのを淹れるね】

 

 伸ばした手は下ろされて、コノエの目の前のカップを回収する。

 コノエはそんな神様を不思議に思う。分からなかった。だって。

 

「……」

 

 ……手が止まる瞬間、僅かに。

 神様から、胸を刺すような痛みが伝わってきた気がしたからだ。

 

 ◆

 

 ──時間が過ぎて、五時。

 仕事の終わりの時間がやってきた。

 

 あの後、神様と一緒にティーセットの片付けをして、昼前からは神様も仕事に戻った。コノエは今度こそ神様の護衛をした。ちゃんと仕事も出来たことに安心したりもして。

 

「……あ」

 

 時間と共に教官も学舎に帰ってきたのを感じる。

 警戒のために強化していた探知にその気配が引っかかった。教官の気配は誰よりも強靭で、しなやかで特徴的なのですぐにわかる。

 

 なので、こちらに上がってきたら最後に挨拶をして帰ろうかとコノエは思い。

 

「──?」

 

 しかし、なぜだろう。教官は神様の部屋(こちら)に来るのではなく、最下層の訓練場へと向かっていった。自分の部屋でもなく、地下深くへと。

 少しずつ遠ざかっていく気配に、コノエは首を傾げる

 

 ──そうこう考えているうちに、都全体に展開されていたメルミナのレンズが屋上へと向かっていくのが窓から見える。完全に撤収する気だった。

 

「……メルミナ」

『コノエ? なに?』

 

 窓へと近づいて、レンズに声をかける。するとその表面に赤髪の少女の姿が映った。

 メルミナの能力だ。固有魔法の応用。

 

『あ、もしかして可愛い私を仕事の後の食事にでも誘う気?』

「……いや、違う」

『……おい、もうちょっと悩みなさいよ』

 

 冗談を言って頬を膨らませるメルミナに、コノエはそれよりも聞きたいことがあった。

 

「……教官、戻ってこないけれど撤収していいのか?」

『ああ……それね。別に大丈夫よ。毎年のことだし、それに──』

 

 ──教官(あのひと)も、一人で考えたい時はあるでしょうし、と。レンズの中で、そうメルミナは目を伏せる。

 

『私は、折り合いをつけるしかないと思うわ。全部教官の中の問題でもあるし……ありえない心配はするべきじゃないもの』

「……?」

 

 独り言のように呟いて、今度こそレンズが去っていく。

 コノエは、それを見送って。

 

【ねえ、少しいいかな】

「……神様?」

 

 振り向くと、神様が居る。

 その表情はどこか少し悩んでいるようで。

 

【実はあなたに二つ、お願いがあるの】

 

 しかし、正面から真っすぐに。神様はコノエを見た。 

  

 

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