転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第2部 2章
第7話 魔道具


 ――護衛の仕事の翌日、朝。

 コノエの宿の部屋を一人の人物が訪れた。白を基調とした学舎職員の制服を着た女性。

 

 彼女はコノエも以前から見知っている教官の使いだ。

 教官の秘書であり、腹心。普段から傍に控えている人でもある。

 

「――コノエ様。こちらが昨日(さくじつ)の護衛の報酬になります」

 

 そんな彼女は、笑顔で高そうな革の袋をコノエに渡し、去っていく。この度はありがとうございましたと言って、あっさりと。

 コノエはその袋から小さくとも確かな重みを感じつつ、戸口から部屋に戻り。

 

「……」

 

 コノエは、部屋のソファに腰掛ける。するとテルネリカがスススと傍に寄ってくる。

 隣に腰掛けて、先ほどの客は一体何の用だったのだろうと。そんな目でコノエを見上げた。

 

 コノエはその興味深そうな視線を感じつつ、袋を開いて中のものを取り出し――。

 

「………………」

「――へ、え?」

 

 テルネリカが呆然と呟く。そこには大きな白色のコインがある。

 神銀(ミスリル)貨だ。価値的には金貨百枚分。それが五枚。それが、神様の護衛一日分の報酬だった。

 

 つまり、日給金貨五百枚。金貨が一枚あれば都で普通の一家が一月生活できるので、この五枚で四十年くらいは生活できることになる。なお、都は近隣の街に比べて生活費が高い。

 

「……え?これ、その……コノエ様。もしかして、昨日の……?」

「……ああ」

 

 テルネリカが引きつった顔をするのも分かる。たった一日の報酬にしていい金額じゃないと思う。最初に契約書で見せられたとき、コノエも桁一つ間違えているのかと思った。

 

 ……まあ、間違えてなかったけれど。五人全員分教官のポケットマネーから出されたらしい。あの人どれだけ金を持ってるんだと思いつつ、しかし最強の英雄なのだからそれくらい貰っていて当然という気もして。

 

「……」

 

 いや、教官の給料はともかく、自分の報酬としては過分だとコノエは思うけれど。

 だって、時間の半分は神様とお茶会していただけだ。三千人の治療をしたシルメニアの街とは話が違う。当然警戒はしていたし、護衛対象が神様であるとはいえ、しかし、金貨五百枚は流石に。

 

 ……なんというか、金銭感覚が崩壊しそうというか。

 

「……十六個分……いや、ほとんど十七個分……」

 

 テルネリカも呆然と呟いている。

 何かを数えていて、何のことだろうと――そういえばシルメニアの一件の後、心臓一つ金貨三十枚と言っていたのをコノエは思い出す。

 

「……」

 

 心臓を単位にするのは止めて欲しいなと。少し思った。

 

 ◆

 

 ――ともあれ、これで当座の金は用意できた。

 多少抵抗はあっても契約通りであり、金は金。なので早速と、コノエは温かくなった懐を抱えてテルネリカと二人、宿から街へ出る。

 

 宿屋にも面している大通りを並んで歩いていく。そこは高そうな服を着た者ばかりが歩いていて、華美な装飾の馬車や、魔道具製の車、加えて機械式の車が走っていた。なお機械式の車は蒸気機関内蔵で、転生者の努力の成果か最近売り出されたモノだ。しかしあまりに高価で一般には出回っていないモノでもある。

 

 要するに、そんなに高くて珍しいモノが走っているそこは、都の中でも特に格式が高い通りだった。高級店の並ぶところであり、生まれも育ちも庶民のコノエにとってはあまり居心地のよくない場所でもある。でも、そんな場所を今こうして歩いているのは。

 

「……今日は、君の魔道具を買おうと思う」

「は、はい、ありがとうございます」

 

 ――テルネリカの護身用の魔道具を買うためだった。

 

 ◆

 

 この世界の魔道具がどんなものかと言えば、それは実用品であり、生活になくてはならない必需品であり、そして職人によって作られたある種の芸術品であると言えるだろう。

 

 コノエの感覚としては、日本での刃物の扱いが近い。

 日常的に使うし、なくてはならない。しかし、その値段も性能もピンキリで、腕のいい職人が作ったものは性能がいいだけでなく、芸術としての側面を持つ。そんな感じだ。

 

 なので、火を付ける程度の魔道具ならお手頃価格で売られていても、性能の良いものを手に入れようとなったら、その値段は天井知らずに上がっていく。職人が長い時間をかけて作った一品物だからだ。

 

 そして今回コノエがテルネリカのために用意しようと思っている魔道具もその類であって。

 

「……これは、どうかな。緊急時の結界と、呪詛除け、短距離転移の複合型。転移を一回使ったら壊れるけれど、性能は良いと思う。金貨三百六十枚」

「………………えっと」

「……こっちは結界に、魔弾の複合か。攻撃性能もあると。……しかし、通用しても精々上級。少し心もとないか。金貨百七十枚」

「………………」

 

 金策の相談のついでに教官に紹介してもらった店に入り、魔道具を探すこと数十分。テルネリカの前に幾つかの魔道具を並べてもらう。

 複合型なのは緊急時に使う魔道具は干渉を避けるために一つであるのが望ましいとされているからで、だから値段も相応に高くなっている。その上、普段から身につける必要があるために小型化もされていた。

 

 受け取った金貨の大部分が消える価格。しかし、いざというときにも、これなら対応できるのではないかと思うし――特に転移は移動先を学舎の付属施設にでも設定できたら、何があっても安心だよな、ともコノエは思い。

 

「……テルネリカ、君はどう思う?」

「……えっと、ですね」

 

 やはり転移付きのモノがいいだろうかと思いつつ問いかけると、困ったような顔でテルネリカはコノエを見上げている。

 その瞳は泳いでいて、眉は下がっていて、何か言いたげに口元は動いていた。あと視線がチラチラともっと安い魔道具の方へ向いている。

 

「………………」

 

 ………………いや、まあ。

 コノエにもテルネリカが言いたいことは理解できる。というかさっき教官から報酬を貰ったときのコノエと同じだ。

 

 高すぎると言いたいのだろう。コノエにも金の価値は最低限理解できているし、そもそも性根が平民なのでこれほど高価なものを渡されたら困惑するのも理解できる。

 なにせ、雑な換算にはなるが日本円なら億相当だ。それも転移が発動すれば使い捨て。いくら元貴族でも躊躇(ちゅうちょ)してしまう価格なのだろう。

 

 ――でも。

 

「……僕は、これが必要だと思う」

「……え?」

 

 しかし、それでも。

 コノエは、テルネリカに身を守る術を持って欲しかった。この世界は死が近く、命の価値が軽い。力が無ければ、己の身は守れない。

 

「……僕は、仕事で都から離れることも多い」

 

 だって、アデプトとして危険地帯にも行くことがあるコノエは、いつもテルネリカの傍に居られる訳ではない。例えばかつてのシルメニアのような瘴気汚染の地に彼女を連れて行けば、アデプトではないテルネリカは死病を発症してしまう。そんなことが出来るはずがない。

 

 その場合、テルネリカは一人で都に残ることになる。

 だから、コノエは――。

 

「僕は……テルネリカ、その」

「……コノエ様」

「……君が心配、なんだ」

 

 必死に考えて、上手く動いてくれない口を動かす。

 上手くいかなくても、下手くそでも。それでも、ただ俯くのではなく、諦めるのでもなく、伝える。それが、テルネリカのおかげでようやく出来るようになったことだった。

 

「テルネリカ、僕は」

「………………はい」

 

 なんとか言葉を重ねていると、テルネリカの声が聞こえる。それにコノエはいつの間にか下がっていた視線を上げた。

 見ると、少女は自嘲するような笑みを浮かべていた。

 

「そうですね。そうでした。私が、間違っていました」

「……テルネリカ?」

「……私はもう、一度間違えている。それを繰り返すところでした」

 

 テルネリカの呟き。コノエはそれに首を傾げる。

 いったい何のことだろうと思って。

 

「私は決して忘れません。あの日の言葉、黄昏時の言葉を」

 

 囁くような言葉。それが示すのは、あの約束の言葉だった。

 金色の光に満たされた部屋。錬金工房の一室でのこと。

 

「私は、あのとき己の価値観を優先していました。あなたに金貨を、契約通りの報酬を渡すことが正しいことだと信じた。何を犠牲にしても、恩を返さなければならないと」

 

 受けた恩を返すこと。それだけが正しくて、それにはお金が必要だった。だから、心臓を売ろうとしたとテルネリカは言う。

 それ以外に道はないと思ったと。……でも。

 

「しかしあのとき、あなた様は欲しいのはお金ではないとおっしゃいました。違うのだと。本当に欲しかったのは、と」

「……ああ」

「ならば、私がこの魔道具に対して言えることは、一つだけです」

 

 テルネリカは、コノエの目を見る。

 そして両手を、知らず握りしめられていたコノエの手に重ねて――。

 

「――ありがとうございます、コノエ様。私は必ず、なにがあっても己の身を守り抜いてみせます」

 

 ――テルネリカはそう微笑んだ。

 

 ◆

 

 そして、しばらくの後に魔道具店を出る。

 コノエの横を歩くテルネリカの服の下には純白の首飾りが収まっている。転移魔法付きの魔道具。鎖だけが首元から覗いていた。コノエは早速明日にでも学舎に申請して転移先を登録させてもらおうと思い。

 

「……うん?」

 

 ――そんな宿への帰り道。テルネリカが少し席を外しているとき。

 コノエが一人ベンチに座って待っていると、ふと一つの気配に気づく。

 

 それは空に浮かびながら、コノエの方へと向かってくる。

 

「……メルミナ?」

 

 街角から一枚のレンズが姿を現す。

 メルミナの神威武装がコノエに接近してきていた。

 

 

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