転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第8話 メルミナの提案

 レンズが空中を滑るようにコノエの元へと移動してくる。

 そしてコノエの目の前で静止して、その表面に魔力が走り――。

 

『――こんにちは、コノエ。今、少し時間いい?』

「……ああ」

 

 赤髪の少女が映し出される。笑っているメルミナの姿。

 コノエはそれに頷いて返し――ふと、思い出す。

 

【メルミナのことを、少し気にかけてあげて欲しい。あの子はとても優しい子だから】

 

 ……つい昨日の、神様の言葉。

 二つ目のお願いをコノエは頭に浮かべる。

 

『実はね、コノエ。あなたに仕事の話があるの』

「……仕事?」

 

 気に掛けるって具体的に何をすればいいんだろうな、と考えながら相槌を打つコノエ。

 そんなコノエにメルミナはニコニコと笑いかけている。

 

「……僕に、何かして欲しいことが?」

『ええ、そうなの。……ところで、要件の前に少し雑談したいんだけど』

「……うん?」

『あなたさっきのエルフの娘と随分仲がいいのね?』

「……え?」

 

 エルフの娘って……テルネリカのことか?

 突然の話題に驚き、メルミナを見る。彼女はニコニコと笑っていた。

 

 もしかして、少し前から見られていたのだろうかと思う。メルミナが本気で隠れて監視したらコノエにそれを察知する方法はない。

 まあ、別に見られて困るようなことはしてないけれど。

 

『仲がいいんでしょう? それとも悪いの?』

「……」

 

 でも、仲がいい。仲がいい、か。と心の中で何度かコノエは繰り返す。

 そして、なんというか……抵抗がある言葉だなと思った。

 

 そんなことを言える人間ではないだろうとコノエは思う。

 劣等感が顔を出す。過去の己の姿を思い出す。

 

 仲がいい――人と人との親しい関係を表す言葉。他人ではなく、もっと親密な間柄なのだと主張している。そんな四文字に、数十年間で培ったコノエのコミュ障としての思考回路が拒否反応を示していて。

 

 ――しかし。

 

「……仲は……いい、の、かも、しれない」

『へー』

 

 コノエは、肯定する。仲がいいのだと口に出す。

 だって、あの日二人で約束をした。共に暮らし、共に食事をしている。それなのに、その関係を否定するのは間違っている気がして。

 

「……きっと、ではあるけれど」

『へー』

 

 だから、俯きつながら、顔に血が上る感覚を覚えながら。

 きっと、なんて言いつつコノエは頷いた。

 

『そういえば、あなたハーレムが作りたいって言ってたものね』

「……うん?」

『まあ、いいけれど』

 

 顔を上げる。するとメルミナは変わらずニコニコとしている。同じ顔。

 そんな彼女はさて、と呟いて。

 

『――じゃあ、そろそろ仕事の話に入りましょうか』

 

 ◆

 

『実は、汚染地の仕事があるの』

「……汚染地」

 

 メルミナのレンズがもう一枚近づいて来て、コノエの前で書類の映像を映し出す。

 そこには――。

 

「――汚染地周辺の開拓村か。仕事は魔物の掃除」

『ええ、近くに最上級の魔物(デーモン)の砦が出来ちゃったのよ。だからその砦の破壊と殲滅、ついでに周りの魔物の討伐が仕事ね』

 

 つまり――メルミナは自分にこの依頼を受けて欲しいということだろう、と。コノエは思う。

 もしかしたらメルミナに来た仕事をコノエに回しに来たのかもしれないと。

 

 汚染地――それは迷宮氾濫後に対処が間に合わず、溢れた瘴気や魔物によって汚染されてしまった場所だ。土地も水も木々も本来のモノから変異してしまい、魔物の領域と化してしまった場所。

 

 そこを人の手に取り戻すべく作られたのが開拓村で、移住者や流れてきた冒険者が日々素材の回収や魔物の討伐に励んでいる場所でもあって――。

 

『――どう?』

「……そう、だな」

 

 前回(シルメニア)とは違い、死病の治癒はなくて魔物討伐だけの仕事。

 まあ、死病は迷宮氾濫で広がる瘴気が主な原因のため、氾濫が起きない限りあまり発生しない。普段からあるような仕事ではなく、頻度的には特殊業務に該当していた。

 

 なので、普段の一般的なアデプトはこの仕事のような魔物討伐を主にしていることが多かったりする。

 

「……」

 

 コノエは契約書を読んでいく。業務的には単純で、ただ一定範囲の魔物を倒して減らすだけ。初心者アデプトのコノエでも困らない依頼だ。雇い主は国で、報酬は必ず支払われる。

 特記事項にデーモンの砦の討伐があって、それは色々な意味で少し大変だとは思うが。

 

 ……しかしこれなら確かに、色々と知識の足りない自覚のある己でも大丈夫かもしれない。そう、コノエは前向きに考え始める。

 今日かなりの額を使ったこともあるし、紹介を頼んでいた教官にも一応話をして、問題ないようなら受けようかと――。

 

『――ね? 私と一緒にこの仕事を受けましょう?』

「……え?」

『聞いたけれど、知識不足で教官に仕事の仲介を頼んでたんでしょう? 私が一緒なら何の問題もないじゃない』

 

 ――え? 一緒に?

 

 驚くコノエに、メルミナはもう教官に話は通してあるわ! と言葉を続ける。

 そんなメルミナに、何度か瞬きして。

 

「………………」

『一定範囲の間引きで、金貨五百枚の仕事。二人で受けるには報酬が安めに思えるかもしれないけれど、この類の仕事は自由度が高いの』

 

 最終的にきちんと駆除すれば他は何をしてもよくて、途中で一度都に帰っても良いし、空き時間で簡易的な治癒院を開いても良いし、朝は二度寝して昼から仕事をしても良いし。あとついでに魔物素材でも一儲けできるし、と。

 

『今回の間引きの範囲なら……魔物素材の回収と加工も考えれば、間に休みを入れつつ十五日くらい、実働は六日くらいかしら。ほら、結構いい条件でしょ?』

「……」

『段取りとか情報収集とか対人業務とか素材売却の手配とかは私がやってあげるし……教えて欲しいことがあるなら教えてあげるし。なにより、美少女な私と一緒に仕事できるし!

 ――ただ、当然だけど私の方が仕事が多いんだから報酬の配分は六四ね!』

 

 もちろん私が六よ! とメルミナが笑う。

 コノエはそれに――なんと言えばいいか分からず口を噤む。

 

『………………? なによ。黙っちゃって。何か言いなさいよ』 

「……いや」

『なに? ……あ、もしかして配分が不満なの?』

 

 メルミナがレンズの中で頬を膨らませる。

 でも、私の方が沢山仕事をするのよ? と。

 

『…………むぅ、仕方ないわね。じゃあ五五でいいわ』

「……あ、いや」

 

 そうではなく、とコノエは思う。

 コノエが黙っているのはそういうことではなくて。

 

 仕事に関しては、不満はない。

 メルミナのことは昔から知っているし、組むのも初めてじゃない。神様のお願いとかもあるし、希望すれば教えてもくれるらしいし。報酬に関しても道理だとは思う。仕事で都から離れる件についてはテルネリカと以前から話をしているし。

 

 ……ただ、コノエは――。

 

『………………え? まさかまだ不満なの?』

「……いや」

『………………う、し、仕方ないわね。……今回だけよ? じゃあ四六でいいわ』

 

 実はちょっと手伝ってもらいたくて、とメルミナが言う。

 何も言ってないのに自動的に変わっていく配分に驚きつつ、コノエは頭の中で言いたいことを整理する。戦闘時は高速で動く頭も、人と会話するときはなかなか動いてくれない。

 

 ――というか四六って。いくら何でもメルミナの取り分減りすぎでは?

 メルミナ、金に拘っているのではなかったのだろうか。再教育の原因になった瘴気核の破壊任務。報酬が下がるから応援を呼ばなかったとか言ってたのに。

 

 あれは何だったのだろうとコノエは疑問に思う。教官の再教育がよっぽど辛かったのか。

 まあコノエにとってメルミナは昔からよく分からない相手ではあるけれど――。

 

「――――」

 

 しかし、思い出す。レンズの中、頬を膨らませるメルミナの姿に。

 二十五年前に出会った少女。十年前までは毎日のように顔を合わせていた。そんなかつての記憶の中で、メルミナは。

 

 ――ね、あなた、私が一緒に――。

 

 二十五年前。学舎の訓練場で。コノエに声をかけた少女がいた。

 

「……」

『…………………………ま、まさか。まだ減らせって言うの!? ……そ、それは』

「……いや、その、待ってほしい。違う」

 

 コノエは考えがまとまらないままに、なんだか勝手にもう一段階取り分を減らしそうな勢いのメルミナを止める。

 そして、小さく息を吐いて。

 

「……僕が黙っていたのはそうではなくて」

『……?』

 

 そうだ。ただ、驚いただけだった。

 訓練とか上からの指示とかではなく、個人的に仕事を一緒にしようと誘われるのが意外で、意外過ぎて。その考えはなかったというか。それに――。

 

「――いや、なんでもない。……わかった。その仕事、受けるよ」

 

 コノエは、メルミナに頷く。

 己の懐。足りない知識。神様からの言葉。そして――かつての記憶。そんな諸々を含めて、コノエはそう決めた。

 

 

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