転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
――これは、汚染地についての話だ。
迷宮氾濫によって生み出される汚染されてしまった土地。その話になる。
この世界ではときに迷宮が氾濫する。邪神の迷宮。その入り口から瘴気と魔物が溢れてくる。瘴気は死病を広げ、魔物は瘴気から逃げる人々を殺す。迷宮氾濫とはそういう邪悪であり、災厄だ。
それに人類は、封鎖結界を用いることで入り口を閉じて被害の拡大を抑え、アデプトによって死病を治療し、協力することで魔物を退け対処してきた。邪神襲来から現代まで命を繋いできた。それがこの世界の人類史だった。
……しかし、その対処――特に封鎖結界はいつも完璧に出来る訳ではない。
氾濫の規模が大きすぎたから。人員が足りなかったから。出てきた魔物が強すぎたから。……そして、開いた迷宮の入り口の場所が特定できなかったから。そうやって、漏れが出てしまうことがある。
特に、最後の理由が問題だった。この世界は、地球に比べてはるかに広い。現在コノエがいる国だけでも地球のユーラシア大陸程の面積がある。その広大な土地の中、溢れる魔物をかき分け、人里離れた森や砂漠の中にも発生する入り口を全て見つけ出し封鎖するのは至難の業だった。
結果として、抑えきれなかった瘴気が大地に広がる。溢れ続ける瘴気は土地を汚染し、植物を、木々を変異させる。高濃度の瘴気が一定期間――おおよそ百日以上滞留した土地は、それまでの緑から黒紫色に変貌していく。人の住める場所では無くなる。
歪に巨大化した木々が覆い、魔物が我が物顔で歩き回る領域。
そこはもはや、地上に生まれた新しい迷宮の一部とも言えるかもしれない。魔物達は、そんな汚染地の中で生活をする。住処を作り、繁殖によって増え、生態系を作っていく。
人の大敵が支配する土地。地上の地獄。
それこそが、汚染地と呼ばれる場所であって――。
◆
――故にこそ、定期的な掃除が必要とされていた。
『GAAAAAAAAAAAAAAAAA!!、GI!?』
「――」
――駆ける、駆ける、駆ける。
コノエは黒紫の大地を駆ける。両の手に金の雷を纏い、魔物を打ち滅ぼしながら森を駆けぬけていく。
叫び声と共に結界魔法を展開し、地中に逃れようとする
背を向け逃げ出そうとする
『零時の方向、一キロ先。地下八百メートルに
「……ああ」
メルミナの声。木々の間を塞ぐ鉄蜘蛛の巣を本体ごと薙ぎ払いつつ、レンズによって示された地面を拳で打つ。神の雷が汚染された地を焼きながら深く浸透する。隠密し、言われなければ気付けない程度の気配が蠕動しながら消える。
『三時の方向、二キロ先。丘の洞窟の中に
光指し示す先へ一息に駆け抜ける。洞窟を丘ごと破壊する。崩壊させる。中で幾つもの魔が潰れていくのを感じる。そして、それでもなんとか這い出して来る気配も。
『後始末は私がするから、そのまま駆け抜けて』
空から降り注ぐレーザーに打ち抜かれる。
上空に展開された無数のレンズ。そこからは雨の様に光線が降り注いでいる。数えきれないほどのレンズからは、しかし的確に魔物を貫く軌道で神威が降り注ぐ。
コノエはその光線の先頭を行くように走り抜けていく。
広大な森に潜む気配が急激に減っていく。地に蔓延る魔物共は一秒ごとに死んでいく。それを感じながら、コノエはメルミナの指示する方角。少し厄介な敵がいる方へと走っていき――。
「――」
――これが、メルミナの力だった。
戦域全体を把握し、支配する。広域に展開したレンズは案内役兼露払い役で、味方に情報を共有しつつ、同時に敵の数を減らしていく。
唯一の欠点がアデプトとしては火力が低いことだが、しかしそれを容易に補って余りある領域支配能力。そしてそれを支えている物こそが。
(――千里眼の固有魔法)
距離的、物理的、魔法的障害を無視して全てを見通す固有魔法。
それこそが、
『――九時の方向。六キロ先。スライムが湖に擬態しているわ。……馬車の幌を確認。報告にあった行方不明の商隊はこいつね。素材は要らないから確実に殺しきって』
森の切れ目。そこから見える巨大な湖。
直径が一キロにもなりそうな程の水面からは確かに魔の気配が漂っている。人を騙し喰らう邪悪。それにコノエは。
「――顕現」
雷が奔る。収束した神威が十字槍を形作る。
コノエはその槍を構え――。
「――」
一閃。金色が世界を切り裂く。魔が焼き尽くされる。
莫大な質量が跡形もなく消えていく。最後の瞬間、表面に展開された守護の魔法陣ごと打ち抜かれ、その後には焼き払われた黒い地面だけが広がっていた。
『次は向かって十時の方向。
「……ああ」
胸元に入れたレンズからの声に返事をしつつ、コノエは思う。
(……相変わらず、やりやすい)
超広域の察知能力と殲滅能力。
こうして組んで戦うのは十年ぶりだが、やはり彼女が居れば、それだけで仕事の難易度が全く違う。
「……」
それは魔物の住処にして、軍事拠点だ。人と戦うために、人を殺すために作られた邪悪の森。
そこは本来、アデプトであっても簡単に魔物を殲滅できるような場所ではない。
普通はもっと面倒で時間がかかる。そう設計されている。
その曲がりくねった獣道は迷宮のように人の感覚を狂わせ、張り巡らされた枝は隠れる場所に事欠かない。生い茂った葉は外からの視線を遮り、森全体を満たした邪悪は気配察知をも阻害する。そんな領域だ。
厄介な土地。嫌がらせのために作られた数々の仕掛け。
一度に殲滅したければ森ごと焼き尽くすしかなく、そしてそれすらも、燃やせば大量の瘴気が発生するという理由で難しかった。
――また、それに加えて魔物は逃げる。そして隠れる。
ゲームのように相手が誰でも襲い掛かってくるのは低位の個体だけだ。一定以上の知性があれば、己より強いと思えば一目散に逃げだす。不穏な気配があれば隠れる。罠を張り、狡猾に計算し、時には囮なども駆使して生き延びようとする。
魔物。人を殺し、喰らい、力と知能を高める邪悪。それは決して愚かなやられ役ではない。
その闘いは、もはや一種の戦争のようなものであった。
『
「……」
……なので、儲かるとか儲からないとかを考えながら戦うような場所ではない、はずなんだけど。それが出来るのがメルミナというアデプトの力だった。
神威武装の性質上、先のスライムのような大質量やサンドワームのような地下深くには向かないが、コノエのようにそれをカバーできる人員が居ればこうも容易く片が付く。
本日戦い始めて、数時間程。同じことをコノエが一人でやろうとすれば、丸三日はかかりそうだ。それも取り逃しが多数発生する。
(……教官が再教育と言いたくなるのも分かるな)
少なくとも、一人で最前線に出ていい人材じゃない。
……まあ、それでも個人の自由が優先されるのがアデプトなんだけれど。そういう地位であり、在り方でもあり、
『――じゃあ、コノエ。そろそろやりましょうか。今日のメインよ』
「……ああ、分かった」
――と、メルミナの声。それにコノエは上へと地を蹴る。
森から飛び出し、そしてレンズの指し示す方角へと踏み込んだ。
「……」
その先にあるのは、漆黒の砦だ。
深い森の中、突如顔を出す巨大な建造物。
――依頼の特記事項。