転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
「……」
食事の後、コノエは宿に案内され、一室に通される。
村の中でも一番背の高い建物。その最上階にコノエはいた。
「………………」
ふと、コノエは窓から外を見る。
夜も更けてきて、しかし通りにはまだ明かりが点いている。陽気な笑い声があって、窓から漏れる明かりが右へ左へと揺れていた。
視線を通りから上げれば、沢山の明かりが見える。都よりも、シルメニアよりも小さな村。しかし、多くの人が暮らしている
それをコノエはなんとなく眺めていた。胸には変わらず不思議な感覚があって。
「………………そろそろ」
そして、ぼうっとしている間も時間は過ぎる。
コノエはしばらく経った頃に立ち上がって、部屋を出る。訓練の時間だった。
◆
「……………………」
宿の裏、少し開けた場所で、コノエは槍を振る。
夕食後の日課。学舎に入ったばかりの頃からずっと続けている、毎日の訓練。シルメニアでも、都でも。コノエは少しでも時間があれば必ず行っていた。
「…………」
静かに、ゆっくりと。一つ槍を突き出すのに数十秒かけるような速度で。
コノエは型の確認をする。かつて教官に教えられたことをなぞっていく。
周囲の警戒は切らさないようにしつつ、しかし集中しながら。
何万、何十万と繰り返してきたようにコノエは槍を振る。
一つ、二つと型を終え、三つ四つと続けていく。
離れた場所から聞こえてくる楽しそうな声を聴きながらコノエは――。
「――うん?」
「お、やってるやってる」
――そんなとき、上の方から声が降ってきた。
見ると、最上階の窓からメルミナが顔を出している。
「まだ続けてたんだ、その日課」
「……ああ」
「相変わらずね」
ふふふ、とメルミナは笑う。そして。
「よっと」
「……」
メルミナは体を窓から乗り出して、桟に足を掛ける。
そのまま落ちてきて、トン、という軽い音を立てて着地した。
「本当、毎晩毎晩よくやると思うわ。昔からずっと教官の訓練の後までやってたし。死ぬほど疲れてたでしょう?」
「……まあ」
まあ、それはそうだ。教官はいつも限界ギリギリを見極めて追い込んでくるので疲れてないときなんてなかった。終わった後はいつもヘトヘトで指一本も動かしたくないような状態で。
でも、それでもコノエが欠かさず訓練をしていたのは――。
「……こちが悪かったから」
「え?」
――居心地が悪かったからだ。夕食後の団欒のとき、寮に居たくなかった。
ぼっちで寮内に居場所がなかった。訓練場に逃げ出していたとも言う。他の候補生たちの和気あいあいとした雰囲気に耐えられなかった。
「え? こち?」
「……いや、なんでもない。僕には努力しかなかったからだよ」
そして、あともう一つ理由を挙げるなら、コノエが凡人だったからだ。
周囲の才能がある同期についていくには人一倍努力するしかなかった。
――そうだ、コノエには才能がなかった。
コノエにはメルミナのような特別な固有魔法はない。センスもない。
ただ、教官に習ったことを愚直に繰り返すことしかできなかった。
「……僕にも、もう少し才能があればな」
つい、コノエは自嘲するように言う。
いつもはネガティブなことを言わないようにしているが、それでも口から出てしまったのはそれが長年コノエの中で燻っていた事実だったからかもしれない。
だからコノエは、口を滑らせたことも含めて、もう一度自嘲するように笑って――。
「――もう、何言ってるのよ」
「……?」
「他の加護ならいざ知らず、鍛えれば鍛えるほど強くなれるアデプトにとって努力し続けることが出来る以上の才能なんてないでしょうに」
メルミナはそう言うと、近くにあった大きめの樽に少し勢いをつけて飛び乗る。
そして、ごそごそと腰を動かして落ち着けた後、何度か瞬きをしているコノエに向き直った。
「……」
「ま、いいわ。それより続けて。私はここでお酒飲んでるから」
「……うん?」
……え? お酒?と、メルミナを見るコノエ。
しかしメルミナはそれを意に介さず手に持っていた瓶の蓋を開けて、そのまま口元で傾けた。そして瓶を横に置き、膝に肘をついて手に顎を載せる体勢になった。
「……」
「……」
そのままメルミナはニッコリとコノエを見ていた。
メルミナもコノエも口を開かない時間があって。
「……?」
でもずっとそうしていても仕方がないので、しばらくしてコノエは首を傾げながらまた槍を振り始める。よくわからない。なんでわざわざ訓練なんて見たがるのか。メルミナにそういう趣味はなかった気がするけれど――
――でも、
彼女がアデプトになってすぐの頃からずっとだ。十年もあれば人の好みも変わるのかもしれないと思いながら、コノエはただただ槍の型を繰り返して――。
――
――
――
「――ねぇ」
どれくらい時間が経っただろうか。
ふと、メルミナが声を出す。
「……槍の色」
「……?」
「槍の色、金色が混ざったのね」
ああ、とコノエは思う。そのことかと。そして少し気恥ずかしく思う。
所有者の内面が反映される神威武装。それにテルネリカの色が混ざっている。嬉しいことではあるものの、しかしあまり突っ込まれたくもないところでもあった。
「ふーん」
「……なんだ」
「別に?」
何を言う気だろうとコノエはメルミナを見る。
しかし、メルミナは俯いていて顔が見えない。ただ手元で酒の瓶が揺れていて、その水の音が微かに聞こえてきていた。
「……」
「……」
そして、もう一度静かな時間が続く。
コノエは訓練を再開して、そのうち槍の型が終わる。次には格闘術の型を始めて――。
――
――
――
「――ねぇ」
また、しばらくしてメルミナが声を出す。
「……ああ」
「あなた、なんでお金が必要になったの?」
金策がしたいって教官に言ってたけど、とメルミナは言う。
あなた、必要以上のお金を欲しがる人じゃないでしょう、と。
「あ、やっぱりあれ? 沢山女の子を侍らせたいの? あなた、ハーレムが目標って言ってたものね」
「……ぅ」
メルミナが
それにコノエは羞恥を感じつつ、以前二人で教官に半殺しにされた際に
「……違う」
「そうなの? じゃあなに?」
否定して、しかし間髪入れず帰ってきた問いに、コノエは悩む。
じゃあなに、と聞かれるとそれはそれで困る。テルネリカの安全のためだけれど、それを言ったらまた揶揄われそうな気がする。なので別の理由を考えて。
「……家を」
「え?」
「……家を、買おうと思っている」
少し外れた答え。二人で見たカタログの記憶。
一等地に、家を買おうと思った。それが今のコノエの目標で――。
「――――――そう」
「……」
「そうね、その方がいいと思うわ」
「……?」
おや、とコノエは思う。何拍か開けた後メルミナの返事。
それが、なぜだか妙に穏やかな声だった。
「うん、そうした方がいいわ。あなたは、もう少し気を抜くべきよ」
「……気を抜く?」
「だって、あなたいっつも気を張っているから」
……気を張っている?
「……そう、か?」
「ええ、張っているわ。あなた、ずっと警戒してるもの」
メルミナの両目が、コノエを見据える。
それにコノエは困惑する。……警戒?
「毎晩の訓練と同じ。これも、十年経っても変わらない。あなたは、いつも油断しなくて、いつも戦闘態勢。寝ているときだって気を全く抜かない」
「……そんなつもりは」
「いいえ、そうよ。戦闘はともかく、感知は私の方があなたより上。だから分かるわ」
コノエの否定をメルミナはバッサリと切り捨てる。
――そして。
「あなたは気を抜かない。いつも必死で、いっつも真面目。なにもかも、全部を警戒している」
「……」
「それはもちろん、あなたの良いところでもあるし、アデプトとしても良いことなんでしょうけれど」
……でも、あなたは少し極端だわ、と。
メルミナは、コノエにそう言った。
「だから、ま、家でも買って落ち着く場所を作るべきだわ」
「……そう、なのか?」
訳が分からずあいまいに頷くコノエに、ええ、とメルミナは笑う。
少し勢いをつけて、ポン、と座っていた樽から飛び降りた。
地面に立ったメルミナの視線はコノエよりも頭一つ以上は下で、メルミナは下から覗き込むようにコノエを見る。
そして、にっこりと笑って――。
「あのね、いっつも気を張ってたら、近くに居る人も気が休まらないかもしれないわよ?」
「……?」
「たとえば、あの金髪の娘も。もしかしたら疲れちゃうかも?」
くるり、とメルミナが回る。
そして、コノエに背を向けて、扉から宿に入っていった。
「……………………………………………」
コノエはそれを見送って……。
金髪の娘。気が休まらない。疲れる。……テルネリカが?
「……………………………………………」
「……………………………………………」
「……………………………………………」
「………………………………………えっ」