転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第2部 3章
第13話 家とお菓子


 ――コノエは夢を見る。

 それはかつての記憶だ。日本にいた頃。幼い日の夢。

 

『……』

 

 夢の中、コノエは学校から家に帰ってくる。

 まだ小学生の頃のコノエ。一人で通学路を歩き、鍵を開け、中に入る。誰もいない家を歩き、己の部屋の扉を開ける。

 

 そこにあるのは、大きな窓がある六畳ほどの部屋だ。

 机と、椅子と、ベッド。それだけがある部屋。……それだけしか、無い部屋。

 

 そんな部屋の中にコノエは入り、机の横に鞄を掛ける。すると、中に少しだけ色が入る。

 

『……』

 

 コノエは鞄から教科書とノートを取り出し、広げる。

 勉強しかすることがないから、勉強する。夕食を食べるまで。そして眠るまで。

 

 ただただ勉強をして、冷蔵庫の中の食事を温めて、食べる。

 全て、決められたように。言われたことを言われたようにする。

 

 ……いや、違うか。

 するなと言われたことを、しないようにする。その結果こうなっただけだ。

 

『……………………』

 

 そして、そのうちに風呂に入る時間になって、最後に消しゴムのカスを丁寧に片づけ、ゴミが落ちていないことを確認する。

 部屋の中は、家の中は綺麗に使わなければならない。そう決まっていた。

 

 汚したら管理している家政婦に怒られる。仕事を増やすなと酷く叱責される。

 世間体を取り繕うため、親が家に来ることが稀にあって、家政婦はそれを恐れていた。

 

『……』

 

 一日の最後、風呂から上がったコノエはベッドの隅でうつ伏せに横になる。

 目を閉じる。少し息苦しい中で、コノエは眠りに落ちていく。

 

 ……それが、コノエの家だった。

 

 ◆

 

 ――朝、コノエは異世界のベッドで目を覚ます。

 汚染地の開拓村。高級宿の、大きなベッドの隅。うつ伏せで眠っていたコノエは、周囲の気配を探りながら体を起こす。

 

 そして、問題ないことを確認して、いつものように小さく息を吐いて……。

 

「……」

 

 ……少しだけ夢を反芻する。以前から偶に見ている夢。別段珍しいものでもない。普段なら特に気にせず、すぐに記憶から薄れていく夢だ。

 

 しかし、今日はそれを思い出したのは――。

 

『――あなたは、もう少し気を抜くべきよ』

『――家でも買って落ち着く場所を作るべきだわ』

 

 昨晩の、メルミナの言葉。

 

「……落ち着く、場所」

 

 ……コノエは、なんとなく呟いた。

 

 ◆

 

「……では、僕は一度都に戻る」

『ええ、明後日の仕事までには戻ってきてね?』

 

 少し時間が過ぎて、昼前。

 コノエは開拓村の転移門の前に立っていた。運搬や加工のための二日間の休み。それをコノエは都に戻ることにしたからだ。

 

 メルミナは開拓村に残るというので、レンズで見送られつつコノエは転移門を潜る。

 途中、映った映像の端にチラチラと見える書類の山に少し疑問を覚えながら――。

 

 ◆

 

 ――コノエは都へ戻ってくる。

 学舎から市街に下り、借りている部屋の扉の前に立った。

 

「……」

 

 そして、少し緊張しながら扉の横に備え付けられている小さな鐘型の魔道具に手を伸ばして――どうしてインターホンというかベルを鳴らすのはここまで躊躇われるのだろうか、と思いつつ魔道具を鳴らす。

 すると、中からコツコツと足音がして、扉の向こうに人の気配が立った。

 

『はい、どちら様でございましょうか』

「……ああ、えっと……僕だよ。コノエだ」

『えっ? コノエ様!?』

 

 驚いたような声。扉の小さな窓が開き、そこから青色の目が覗く。瞼が大きく見開かれて、すぐに鍵の開く音がした。

 そして、扉が開いて――。

 

「――コノエ様、おかえりなさい!」

「……ああ、ただいま」

 

 テルネリカが笑顔で迎えてくれる。

 それにコノエはいつものように照れくさくなって。

 

「聞いていたよりも早かったのですね。もうお仕事が終わったのですか?」

「……いや、まだ途中だよ。ただ、時間が二日ほど空いたから帰ってきたんだ」

 

 会話しながら二人で扉を潜る。

 手を差しだすテルネリカに小さい荷物を預け、廊下を一歩二歩と中へ――。

 

「――うん?」

「コノエ様?」

 

 その途中、コノエはふと気づく。

 鼻孔を軽く刺激する匂いがあった。

 

「……木の匂いか?」

「……あっ」

 

 木というか森というか、そういう匂い。少し特徴的な、湿度の高い匂いだった。

 そして、そんなことを考えているうちにコノエは廊下の先の扉を潜り。

 

「そ、その、すみません、実は少し訓練中で」

「……訓練?」

 

 そこには沢山の木があった。木材ではなく曲がりくねった木。

 それが部屋の一角に敷かれた大きな布の上に積まれていて、コノエは何度か瞬きをする。

 

「はい、森の魔法の訓練です。折角加護を授かっているのですから、鍛えないと神様に申し訳ありませんので」

「……ああ」

 

 なるほど、と。コノエは一つ頷く。

 魔法の訓練。よく見ると木の一部には微弱ながら魔力が通っているものがあった。

 そういうものは歪な形ながら成型されていて、皿やコップや……剣や盾の形状になっている物もある。

 

「上手く使えば護身にも少しは役立つかと思いまして」

「……へえ」

 

 コノエは思い出す。森の属性は植物を使う魔法で、急速成長や形状の操作などを得意としているはずだ。なので、魔法としては戦闘には向かず、農業や加工業に向いている。しかし中には懐に忍ばせた種を成長させて成型し、武器や障害物にして戦う者もいると聞いたことがあるような。

 

「まだまだ始めたばかりで上手くいきませんが、それでも継続は力、ですから」

「……ああ」

 

 それはそうだ。凡人のコノエはそれを誰よりも知っている。

 だから、少し照れくさそうに笑うテルネリカに頷いて、訓練の成果を一つ一つ眺めていく。

 

 床の上の剣や槍は所々曲がっていて実用は出来そうにない。

 しかし、机の上のコップや皿は並んでいるのを順繰りに眺めていくと段々と形が整ってきて、明らかに進歩しているのが見て取れる。

 

 だから、机の一番奥に置かれている皿には山盛りのクッキーが載せられていても何も違和感がないし、その隣のコップも湯気を立てるお茶を零すことなく直立していた。

 

「――あ゛」

「……テルネリカ?」

 

 と、テルネリカがあまり聞いたことのない声を出す。

 振り向くとなんだか、あわあわとしている。

 

「い、いや、その、ち、違うんです」

「……?」

「私は別に、一人だけこっそり食べようとしていたとか、そういうことではなくて。これはその、練習なんです!」

「……?」

 

 首を傾げるコノエに、テルネリカは説明を始める。

 曰く、練習用の素材を買いに行く途中、甘い匂いがしたらしい。近づいていくと異世界の文字が書いてあって、そこには最近流行り出したチョコレートが売っていたのだとか。

 それで店主に話を聞いてみたら、一袋買えばレシピもプレゼントしてくれる、と。そういう話になったので、ついつい手が伸びた、と。

 

「コノエ様も故郷の味が恋しいのではないかと思って、せっかくだしレシピにあったチョコチップクッキーを作ってみようと思いまして、それで練習をして、上手く行ったらお出ししようと!」

「……なるほど?」

 

 言われてコノエが机の上のクッキーに視線を向けると、確かにチョコが混ざっている。

 そういえばこっちではチョコレート見たことなかったな、と今更ながら思いつつ。

 

「でも作ってみたらなんだかすごく上手くいって、コノエ様にもお出しできるなとは思ったんですけれど、しかし予定では帰ってくるのは十五日後になっていましたので……」

「……そうなのか」

 

 しかし、なんでこんなにテルネリカは慌てているんだろうとコノエは思う。

 別にお菓子なんて好きに作って食べればいいのでは? 使った金も事前に好きに使っていいと渡したものだろうし。

 

 ……ああでも、この世界、確か甘味とか嗜好品の類は結構いい値段がしたような。

 もしかしてそれで、高級品を独り占めしてたような気持ちになっている?

 

「……別に一人で食べていても僕は気にしないけれど」

「その、えっと……うぅ……」

 

 コノエなりにフォローを入れるも、なんだか凄くしょんぼりとしている。

 それはコノエが初めて見るテルネリカの姿で、どうしようかと困りつつ頬を掻いて――。

 

「……」

 

 ――でも、不思議だけれど。

 困っているのに、分からないのに。なぜか、全然嫌ではなくて。

 

「……まあ、なんというか。じゃあせっかくだし、僕もこれ食べさせてもらおうかな。チョコレートは久しぶりだ」

「……! はい! ぜひ!」

 

 少し考えて別の言葉を続けると、今度は嬉しそうに笑う。

 それにコノエは安心して……自然と、頬が緩んだ。

 

 そして、テルネリカが新しく淹れてくれたお茶を飲みながら二人でクッキーをつまみ――。

 

 ◆

 

「――」

 

 ――しかし、その途中。食べながらコノエはふと思い出す。

 それはメルミナの言葉だ。昨晩の去り際の言葉。

 

『あのね、いっつも気を張ってたら、近くに居る人も気が休まらないかもしれないわよ?』

『たとえば、あの金髪の娘も。もしかしたら疲れちゃうかも?』

 

 コノエは、テルネリカを疲れさせるようなことはしたくない。

 今目の前で笑っている姿を見てそう思う。クッキーをつまみながらニコニコと笑っている。

 

 ……でも。

 

(……気を抜くって、どうやるんだ?)

 

 コノエはそう考えている瞬間も変わらず周囲を警戒しているし、気配の探知も全く切らしていない。それはテルネリカを守るためにも必要で、アデプトとしての生き方でもあって、自然に行っていることだ。止める止めないではない。もはやそれが当然になっている。

 

(……?)

 

 ……コノエには、分からなかった。

 

 ◆

 

 ――その後、コノエは都で一晩過ごした。

 そして、昼頃にコノエは汚染地に戻るべく学舎へと向かう。

 

 事前に出しておいた転移門の使用申請を確認して、では転移室に向かおうかと思い。

 

「あ、コノエ少しいい?」

「…………教官?」

 

 その途中、声に振り向くと笑顔の教官がいた。

 

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