転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第14話 渇望

「ごめんね、移動の前に。遅れる連絡は私の方からしておくから」

「……いえ、大丈夫です、時間には余裕があるので」

 

 場所を移動して、教官の部屋。

 お茶を手ずから淹れてくれている教官の言葉に、コノエは首を振って返す。

 

「……」

 

 先日の見合いでは色々落ち込んでいたようだが、今はその様子はない。

 いつもの雰囲気で笑っていて、その様子にコノエも教え子の一人として安堵する。どうやら切り替えたようだ。

 

 ……いやまあ、僕ごときが教官のことを心配するというのもおかしな話かもしれないけれど、とコノエは思いつつ。

 

「はい、どうぞ」

「……ありがとうございます」

 

 そんなコノエの前にお茶が置かれて、教官も向かいの席に座る。

 コノエはお茶に手を伸ばして――。

 

「――それでコノエ、早速なんだけど聞いてもいいかな。今回の仕事、メルミナと一緒だけど、どう?」

「…………? ……どう、とは?」

 

 質問の意味を掴みかねて、コノエは首を捻る。

 何を問われているのかが分からない。仕事の進行状況か、仕事先の汚染地の状況か、それとも別のことか。

 

 仕事の話なので、いつもより早くコノエの頭脳は動いているものの、しかし、あまりに漠然としているように思う。

 

「……そう、その様子なら問題ないのかな。安心したよ」

「……?」

 

 でも、そんなコノエの態度にこそ、教官は息を吐く。

 よかったよかった、と言葉が続いて、それにコノエはますます首を捻った。

 

「君はあの娘と付き合いが長いから大丈夫だと思ってたけど、なにしろ十年ぶりだからね。なにか問題でも起こってないか心配してたんだ」

「……問題?」

「そう、メルミナがね」

 

 ……メルミナが、問題を?

 

「あの娘、あまり人と組まないんだよ。知ってる?」

「……そうなんですか?」

「うん、あの娘の渇望は範囲が広いから……相性が悪いアデプトが多いんだよねぇ」

 

 ◆

 

 ――渇望。

 それはアデプトなら、いや固有魔法の使い手ならば誰もが持つものだった。

 

 固有魔法とはなにか。それは意志であり、欲であり、愛だ。

 何物にも侵されぬ意志。己の死をも厭わぬ欲。他の何でも変えられぬ愛。強固な自我だけが起こす奇跡であり、人には許されぬはずの権能。世界を侵食し、作り替える異常(バグ)

 

 固有魔法とはそんな力だ。

 決して譲ることが出来ぬ渇望(ねがい)があればこそ、固有魔法は力を持つ。そういうものだ。

 

 ――そうだ。だからこそ。

 固有魔法使いは己の渇望に反する行為を、何があろうとも許せない。他者が触れることを、決して認めない。

 

 これは、過去にあった事例の話だ。

 かつて、己の街を愛するアデプトがいた。彼は貴族の出であり、街を守るために固有魔法に目覚め、アデプトになった。

 いつも民のことを考えて政をする領主だった。税も最低限だった。貴族でありながらもその生活は質素で、そんな彼を街の人々は慕っていたし、尊敬していた。善良な人格だった。間違いなく良い領主だった。

 

 ……けれど、その愛は己の街にしか向かなかった。

 それは、その地域で大規模な迷宮氾濫が起きたときのことだ。彼の街は発生源から離れており、瘴気は来なかった。近くまでは来ていたが、死病の発症者は居なかった。ギリギリ安全圏にいて……しかしその三つ隣の街では大勢の人々が苦しんでいた。アデプトはやっぱり足りなくて、だから彼の元には救援を求める声が数多く届いていた。

 

 でも、それに彼は動かなかった。万が一にでも己の街に死病が出たらと考え、街の住民たちの傍から離れなかった。ほんの数十キロ先で数千の人々が死にかけていても、善良なはずの彼の瞳は己の街だけを見ていた。

 

 ――それが、固有魔法使いだ。

 この事例は、別に珍しいものじゃない。似たようなことはコノエのいる国でも起きている。固有魔法使いは、常に己の渇望のために生きるからだ。融通は利かない。そもそも、融通を利かせることが出来るような願いでは、固有魔法には目覚めない。そういうものだ。

 

 加えるならば、アデプトが人よりはるかに多くの自由を許されているのもそれが理由だった。アデプトは貴族の決まり事を無視できるし、禁止されている薬物だって自由に使える。

 それは、それだけ強大な力を持っているからという理由もあるけれど――もっと根本的な部分で、固有魔法使いは己の渇望のためならば規則や法などを当たり前のように破ってしまうからでもあった。

 

 故にこそ、アデプトの、固有魔法使いの扱いは難しい。

 特にアデプト同士の渇望が重なった場合は争いになることも珍しくはなく、教官のような管理側はそこに注意しながら人員を配置するのが常であった。

 

 ◆

 

 そして、問題がないならこの調子でお願いね、と。

 教官に頼まれた後、コノエは転移室へと移動する。

 

「……」

 

 考え事をしながら門を潜り、開拓村へと移動して。

 メルミナがいるであろう宿に向かって移動しつつ――。

 

(――渇望か)

 

 つい先ほどの教官をコノエは思い返す。『もちろん、あの娘は決して悪い子ではないんだけどね』とため息を吐いていた。むしろ良い子過ぎて他と相性が悪いとかなんとか。

 

(……メルミナの渇望って何だ?)

 

 ふと、思う。メルミナに出会って二十五年。初めての疑問だった。昔のコノエは自分のことで手一杯で周囲の人間のことを気にする余裕がなかったから。

 なので、コノエはメルミナの渇望(それ)を知らない。先程の教官もコノエに教えようとはしなかった。

 

 まあ、当然のことでもある。

 渇望とは固有魔法に繋がったアデプトの一番深いところにある情報だ。了解もなく勝手に教えるようなことがあれば、それこそ殺し合いになりかねない。

 

 教官は管理で必要な上、長年の信用があるから教えられているだけで、本当はよほど信じている相手じゃないと教えたりはしない。

 だって、仮に――。

 

『――コノエ、帰ってきたのね』

「……ん、ああ」

『予定を話したいから、こっちに来てくれる?』

 

 と、そんなとき。

 レンズが空を滑ってきて、メルミナの姿を映した。

 

 ◆

 

「お帰りなさい、コノエ」

「……ああ」

 

 コノエはレンズに先導されながら開拓村を歩き、宿の階段を上る。

 するとメルミナの笑顔が迎えてくれて……。

 

「……?」

 

 そんな彼女の前の机には書類が沢山積まれている。

 そういえば昨日の見送りの時もそうだったなと、コノエは少し不思議に思い。

 

「随分と早かったのね。予定では日没頃だったわよね? まだ日が高いのに……あ、もしかして可愛い私に早く会いたかったの?」

「……いや、ギリギリに移動するのが性に合わないだけだ」

「……おい、そこは嘘でも頷いときなさいよ」

 

 コノエはいつもの冗談に返しつつ、頬を膨らませるメルミナに近づく。

 そして机の上を覗き込むと……売買契約書?

 

「……これは?」

「ああ、この前集めた素材を売るための書類よ。契約書とか、販路とか。そういうのをまとめたやつ」

 

 こういうの、アデプトから話をした方が早いのよ、とメルミナは言う。こっちの方が私も儲かるし、きちんと良い販路を作っておいてあげると今回の仕事が終わった後も村の人間が使えるしね、と。

 コノエはそんなメルミナが手渡してきた書類のファイルを開き、パラパラとめくりつつ、中を読んで――。

 

「――あ、そういえば、仕事を教えてあげるって言ってたっけ。どう? 知りたいならこういうのも教えてあげるけど?」

「……いや、遠慮しておく」

 

 コノエは首を振りつつ、ぱたりとファイルを閉じる

 軽く見ただけでもコノエの手に余ることが理解できたからだ。何も分からないのが分かった。というか、これってアデプトがする仕事なんだろうか。多少手数料がかかっても専門の商会に任せた方が良いのでは?

 

 ……いや、汚染地により良い販路を作るというのなら必要なのだろうか。

 

「……」

 

 ……もしかして、これか?

 汚染地か、金か。その両方か。それがメルミナの渇望なのかと、コノエは思った。

 

 

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