転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
そして、日が沈む。
仕事を終え、夕飯を食べ、いつものようにコノエは訓練に向かう。
槍を振る。ただただ空を薙ぎ、虚空を突く。
何度も何十度も。何千何万と繰り返してきたように。その日もコノエは、かつて見た教官の軌跡を追いかけて――。
「――」
……しかし、今晩は少しいつもと違っていた。
何かと言うと、少し離れたところからコノエへ向いた視線がある。少年だ。村の入り口にいた少年。彼はコノエを影から見つめていた。
「……」
少年はコノエを見ている。一挙手一投足を観察している。
じっと、凝視するように。唇を固く結んで、目を見開いて。ほんのわずかにも見逃さないように。ただただコノエを見続けている。
そしてしばらくすると、次に少年は今度は長い真っ直ぐな棒を地面から持ち上げる。どうやら事前に用意していたようだ。
棒を重そうにしながら振り始める少年。それはふらついていて、不格好でもあって――しかし、コノエの真似をしているようだった。
「……」
コノエはそんな少年に……特に、何も思わない。
別に見られて困るようなものでもない。真似をされて恥ずかしいものでもない。なので、コノエは軽く意識を向けながらも己の訓練に集中する。
「……」
「……!……っ!」
なので、しばし夜空に風を切る音が響く。
宿の裏と、そこから少し離れた影。ほとんど音のしないコノエの槍と、大きな音がしている少年の棒。
少年は必死にコノエと同じように槍を振ろうとしていて……一振りごとに体勢を崩している。
それにコノエは、少年は槍を振る前に基礎訓練をした方が良いなと思った。まず基礎的な筋力が足りていない。魔力での身体強化も出力が安定していないし、しかも疲れて来たのか段々と足元も覚束なくなっている。
あれでは強くなる前に怪我をしてしまいそうだと思って――そのとき。
案の定、少年の体勢がぐらりと揺れる。足を滑らせてそのまま背中から地面に落ちていく。両手にしっかりと棒を握っているから受け身もまともに取れそうになくて――。
「――っ! ……え?」
「……」
少年を受け止めたコノエは、背中を支えつつ、ゆっくりと地面に下ろす。
少年は尻餅をついた体勢のまま、ぽかんとコノエを見上げていた。
「……あ、ありがとう、ございます」
「……いや」
コノエは短く言葉を返した後踵を返し、また訓練に戻ろうとする。
そんな背中を少年は数秒見つめ……。
「……あの! 俺、強くなりたいんです! どうしたら強くなれますか!?」
「……まあ、基礎訓練だろうな」
少年の疑問に、コノエは先程考えていたことをそのまま返す。
すると少年は表情を輝かせて。
「基礎訓練って、何をやるんですか!?」
「……それは」
それは、とコノエは考えて、思い返すのは学舎に入ったばかりの頃だった。
基礎訓練。教官印。反吐を吐き、血を吐き、それでも走った記憶。
コノエが知っているのはあの鍛錬法だけで……しかし、あれを教えて良いのだろうか?
いくら異世界の常識に疎いコノエでもあれが異常だというのは理解している。だってみんな泣いてたし。コノエも散々泣いたし。あと、ついさっき窓から顔を出したメルミナも遠い目をしているし。彼女も思い出したのかもしれない。
……いやまあ、方法だけ真似て訓練強度を下げればいいだけかもしれないけれど。
「……そう、だな」
コノエは少し悩んだ後、まあ方法を教えるだけならいいか、と思う。もちろん前提として、怪我をしない程度に難易度を下げて。
そもそも教えずに見様見真似で棒を振っていた方が怪我をしそうだし。教官印のアデプト用訓練のため過酷であることを伝えた上で――。
「――きょ、教官!!??? 教官って、アデプト様の教官って……あの教官様ですよね!? 教官様の訓練法!!?? 知りたいです!!!!」
「……」
なんだか突然少年のテンションが跳ね上がった。
そして教官教官と繰り返し始める。まあ言っていることは分かるけれど。
「教官様、魔王殺し、大英雄、人類の守護者――銀灯の戦乙女!!!」
「……詳しいな」
「そりゃそうですよ! 知らないやつなんていません! 爺さんから、親から何度も何度も聞きました! 百年前の魔王討伐!!!」
小さいころから、歌を聞いて育ったんですと少年は叫ぶ。
というか、勢いよく立ち上がりポーズを取って歌い始める。
「――おお、それは今より百と余年の昔の話――」
◆
それは、英雄の偉業を称えるための歌だ。
そして、百年以上前に世界を滅ぼさんと暴れ回った魔王の話。
かの魔王が最初に確認されたのは、三つ隣の国だという。
そこは大きな国だった。この国よりも広い面積と豊富な人材を誇っていた国。何千年と戦争が続く世界で、それでも永い歴史を誇る国だった。
この世界でも一二を争うほどの大国であって――
――その国は、ほんの十日間で魔王に滅ぼされた。
まともな抵抗も出来なかった。徹底的に破壊された。そして次の二日で隣の国が滅び、さらに次の三日でもう一つ国が滅んだ。
もちろん、それらの国にもアデプトは居た。
三つの国を合わせて五百人を超えるアデプトがいた。その中には世界最強に名を挙げられていた始まりのアデプトの一人もいた。
……けれど、彼らは魔王に傷一つ付けられなかった。
有史以来最強と言われた魔王。邪神の愛し子たる災厄の皇竜。加えて、その
天を覆わんばかりの威容と体躯を持ち、全てを消滅させるその竜は
当時のことは多くの記録に残っている。それは絶望の記録だ。
天蓋竜の名は瞬く間に世界中に響き渡り、そして原初のアデプトの完全なる敗北に誰もが愕然とし、地に膝を突いたという。
歌には、世界は闇に包まれようとしていたと綴られている。未来は閉ざされようとしていたと。人類は滅亡に瀕していたと。
そんな、絶望の底。未来は見えず、世界は悲嘆に暮れて――。
――しかし、それでも英雄はいた。
銀の輝きを持つアデプト。彼女はただ一人で邪竜の前に立ちはだかった。
その戦いが、どれほど続いたのかは記録に残されていない。
何故なら、時が逆流していた。地は天に落ち、海は枯渇した。空は裂けて虚空を見せた。それは正しく、人の世の存続を賭けた分岐点。世の理をも揺るがす
人々はただ祈りを捧げた。天の銀を仰ぎ見た。
哄笑する魔に恐れ慄き――しかし希望は確かに輝いていた。
そして刹那とも永遠とも思える時の果て、ついに決着が訪れる。
立っていたのは、英雄だった。邪竜の屍の上で、
――故に、銀灯。
暗がりに沈んでいた世界に、光をもたらした大英雄。それが。
◆
「――かくして、救世は成し遂げられる! 絶望は拭い去られ、世界に光は掲げられた!
かの英雄、偉大なるその名は――レナティアリカ! 銀灯の戦乙女、レナティアリカ!」
少年の歌が教官の名を叫んで終わる。
熟練の歌唱だった、とコノエは思う。幾度も幾度も歌って来たのが分かるような、そんな歌だった。
「……上手いな」
「あ、ありがとうございます!」
お世辞抜きで上手かったのでコノエは少年に拍手する。
少年は興奮からか頬を染め、照れたように笑って。
「俺、教官様のファンなんです! 両親もそうで……俺の名前、アリカって言うんですよ! レナティアリカ様からとったんです!」
コノエが聞いた話では、この国ではそういう名前の人が多いらしい。女性ならレナとかティアとかリカとか。男なら彼のようにアリカとか。
そこまで直接的ではないにしても、軽く捻ったような名前も多いらしいし。
まあ教官自身はそんな風に敬われすぎるのとか、銀灯とかって呼ばれるのがあまり好きではないみたいだけれど。だから事あるごとに教官と呼ぶように言って回っていた。
「……あ」
……そこで、コノエは気付く。
そういえばテルネリカも少しだけ似ているような気が……?。
「アデプト様、お願いします! 教官様の訓練法を教えて下さい! 俺に出来ることなら何でもしますから!」
「……まあ」
ともあれ、あまりの熱意に苦笑しながらコノエは頷く。
まあ、訓練法と言っても基礎訓練に関しては単純なので説明に時間もかからない。
どこまでも単純で、どこまでも過酷。それが何かといえば――。
「……走る」
「え?」
「……魔力強化をして、ただ走る。それが教官流だ」
大事なのは、走り続けることと魔力強化を切らさないこと。
戦場で動きを止めないようにする。そのための体作りと魔力操作が、アデプトの学舎に入った者が一番最初に課せられることだ。
「……そして、走っている途中に誰でもいいから……そうだな。何か柔らかいものを丸めて、不意に投げつけてもらう。それを避けたり撃ち落としながら走る」
後に気配察知に繋がる第一歩。そうじゃなくても走りながらの咄嗟の対応は必ず役に立つ。そういう訓練。
……なお、コノエたちアデプト候補生が投げつけられたのは柔らかい物じゃなくて本物の槍だったりする。
「……アデプトの候補生は、数年はそれを毎日朝から昼まで続けるんだ」
――つまり、身体強化と気配察知。
戦士として戦う者の基本中の基本。それを徹底的に鍛え上げることこそが、教官流基礎訓練だった。