転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第17話 夜食

 そして、その晩は終わる。

 少年はあまりに単純な訓練に瞬きしながらも、教官様の言うことならと嬉しそうに去っていった。さっそく明日からやってみるとかなんとか。

 

 コノエも訓練を終えて、部屋に戻って。

 今回は二日続けての仕事になるので、明日も早くなるなと思いながら布団の中へ潜り――。

 

 ◆

 

 ――その日も、コノエは夢を見る。

 いつもの夢だ。普段からずっと見ている夢。日本にいた頃の記憶の一部。

 

『…………!……!!』

『……はい』

『…………!?…………!!』

『……はい』

 

 遠くから声が聞こえてくる。誰かが怒っている声だ。

 その声はいつも叫んでいる。怒鳴っている。コノエを責め立てている。コノエはただそれに頷いて。

 

『………………!!……!』

『……はい』

 

 声が誰のものかと言えば、それは夢の中なので分からない。

 コノエの母とも言えるはずの人だったかもしれないし、父とも言えるはずの人だったかもしれない。もしくは彼らの言葉を繰り返す家政婦か。

 

 まあ、誰でも構わない。どうせ、することは同じだった。

 彼らは怒鳴るだけだ。粗を見つけて責めるだけ。それだけだ。だから、内容なんていつも同じだった。だっていつも最後はコノエを否定して終わる。

 

 生活態度が悪ければ怒鳴り、成績表の数字が悪かったら詰る。

 世間体を取り繕うためだけに家に現れ、興味なんてないのに責め立てるために成績表を開く。それだけ。

 

『………………!!』

『……はい』

 

 そして、そんなことを繰り返しているうちに、幼い日のコノエは一つ学ぶ。

 真面目に勉強していれば、規則正しく生活していれば、僅かにこの時間が短くなる。理由がなくなるからだ。ただ怒るために怒る、というのは流石に限度があったらしい。

 

『……………………!!!』

『……はい』

 

 真面目に生きる。正しく努力をする。

 そうすれば、少しだけ生き易くなるのだと。

 

 ◆

 

 朝。コノエはいつものように起床し、仕事へ向かう。

 汚染地に入り、魔物を討伐する。特別なことは何もなく、順調に掃除は進んでいく。

 

「……」

 

 その日は、昨日と比べてもさらに魔物が少なかった。

 厄介な魔物はとうに逃げ出した後で、遠くへ逃げるだけの知能すら持たない魔物を討伐するだけの時間。

 

 仕事は安定している。特別に不安はない。

 まあアデプトの仕事というのは大体そんなものではあった。シルメニアの時と同じだ。一番大変なのは最初で、そこを乗り越えれば消化試合のようになる。

 

 なのでコノエは昼過ぎには仕事を終えて、何事もなく村へと帰還する。

 帰り際、魔物の素材を集めて回る冒険者たちの様子を見つつ――。

 

「……ん」

 

 そこで、今日もコノエは目を森と村の境に向ける。

 数人の子供たちと冒険者らしき大人の姿があって。彼らは一匹の魔物を囲んでいた。

 

 白い体に真っ青な傘――茸の魔物だ。

 討伐訓練なのだろうか。子供たちは木の棒を持って茸を叩いている。なんとなくその光景にコノエは浦島太郎を思い出したが、今回の相手は亀ではなく魔物だ。

 

 茸の魔物はギルドの階級では最下級に該当している。

 キノコなのに立って動くが、動きは鈍く攻撃力もない。子供でも油断しなければ負けない程度の魔物。しかし、人を殺し、食う邪悪であることは間違いない。倒すべき敵だ。

 

「……」

 

 コノエはそんな彼らの様子を少し確認した後、問題なさそうなのでまた村へと歩き出す。

 その途中、そういえばこの辺りは茸の魔物が少し多い気がするなと思い……しかしまあ、別にそれは珍しいことではなかった。茸はどこにでもいる。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 魔は蠕動し眷属を生み出す。

 眷属は空に放たれ、地に降り立って成長する。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 そして、夜がやってくる。

 コノエは今日も訓練をする。宿の裏で槍を振るう。

 

「……」

 

 ……ただ、いつもと少し違って、少しだけ遠くの気配を気にしながら。

 遠くで走っている少年の気配。そして、その周りにいる子供たちの気配を感じながら。

 

「………………………………」

「こんばんはコノエ。調子はどう?」

「……ん、ああ」

 

 そんなことをしていると、宿からメルミナが出てくる。

 今日は籠のようなものを手に提げていて、それをポンと近くの樽の上に置くとコノエの方へと歩いてきた。

 

「ね、コノエ。昨日歌ってた子頑張ってるみたいよ」

 

 メルミナがレンズをコノエに向ける。そこには走る少年の姿が映っている。

 彼と、あと数人の少年たち。友人を誘ったのかもしれない。彼らは魔力を体に通しながら必死に走っている。

 

 赤く染まった顔、荒い呼吸。足は重そうで、懸命に手を振っていた。

 魔力が途切れそうになって、それを必死の形相で繫ぎ止めている。

 

 ……やっぱり、慣れないうちは大変だよなぁと思って。

 

「……思い出すわね……思い出したくないけど」

「……ああ」

 

 そうだ。思い出したくないけど、コノエも思い出す。

 身体強化なんて今となっては息をするように出来ることだけれど、当時は魔力の扱いなんて全く知らなかった。現代人だから走ることにもあまり慣れていなくて、だから最初の頃のコノエはいつも必死だった。

 

 それに、教官の訓練は……。

 

「教官の槍、容赦がないから……上手く避けないと串刺しにされたわね……」

「……胴体貫通して壁に磔にされるんだよな」

 

 二人して遠い目をしつつ、当時に思いを馳せる。

 控えめに言って地獄だった。この訓練に慣れるまでの半年ほどが最も脱落者が多い時期だし。

 

「あと、教官の言葉」

「……ああ、あったな」

 

『――あなたたちは人類の守護者。力なき民の、最後の砦。敗北は許されない。なによりも強くなければならない』

『――腕が落ちたら足で戦いなさい。足を失えば這って噛みつきなさい。死んでも戦いなさい。無辜なる民の盾となりなさい。それがアデプトです』

 

 特に説明しなくても、互いにあれかと理解できる。

 それくらいに、走りながら何度も何度も聞いた言葉だ。

 

 ……思い出深いような、やっぱり思い出したくないような。

 

「……コノエはいっつも下から一番か二番だったわね。懐かしいわ」

「……ああ、君も、下から一番か二番だったな」

 

 つまるところ、二人で最下位争いをしていた。その二人が最終的にアデプトになっているのだから不思議だとコノエは思う。なお、アデプトになった同期はもう一人いて、彼女は常に一位だった。蒼色の少女。亡国の王女にして、断絶の盾の持ち主。

 

 ……彼女は十五年前アデプトになり故郷の地へ戻ったので、コノエはそれから一度も見ていない。

 死んだという話は聞かないし、強い人だったのできっと元気にやっているのだろうなと思いつつ。

 

「……ん?」

「あ、そろそろそんな時間か」

 

 と、レンズの中に変化が起きる。何人かの女性たちが籠をもって少年たちに近づいて来た。中に入っているのは……あれは、芋?

 

「ふかした芋よ。頑張ってるみたいだから、さっき手配しておいたの」

「……なるほど」

 

 レンズの中で少年たちが歓声を上げていた。

 美味い美味いと芋にかぶりついている。

 

 それをコノエは、ぼうと眺めて――。

 

「――そ、それでね」

「……?」

「折角だし、あなたも頑張ってるみたいだし、その、私も夜食を作ってみたんだけど」

 

 メルミナが最初に持っていた籠を持ってくる。

 上に掛かっていた布を取り払うと、中には。

 

「……パイ?」

「手軽に食べられるでしょう? あとスープも作ってきてあげたから」

 

 メルミナが近くの樽にシートを敷き、手招きする。

 コノエは誘われるままにそちらへ近づく。そして、あれよこれよという内に、丸いパイを切り分けた一欠けらを渡される。

 神威武装が入っているのかスープのポットはバチバチと言っていて、その中から注がれたスープは湯気を立てていた。

 

 手元のパイをコノエは見る。断面から肉が見えていた。

 ミートパイだろうか。見た目の割に重いなと思う。

 

 夜食。少しつまむのではない、夜の食事。

 そういえば、夜食なんてものを食べたことはあっただろうかと、なんとなく思って。

 

 コノエは……規則正しく生きてきたコノエは、何度か瞬きをする。

 

「……」

 

 一拍置いた後、コノエはパイを一口齧った。

 

「……」

「ど、どう? 美味しいでしょう? 私は美少女だし、料理も出来るの! いつだって可愛いお嫁さんになれるんだから!」

 

 コノエはしばらく咀嚼した後、さらに一口、二口と齧る。

 そして、スープを啜って、また一口齧って。またスープを飲んで。

 

「………………」

「……コノエ?」

「……」

「……おい、何か言いなさいよ。なんだその沈黙は。私が可愛いお嫁さんになれないってのか?」

「……あ、いや」

 

 メルミナの声に、コノエは意識を戻す。

 そうではなく、とコノエは思い。

 

「……美味しいよ」

「え?」

 

 スープを飲むと、喉を温かい感触が通っていく。

 夜が深まってきた空の下。吹き抜ける風は気持ちよくて、でも少しだけ肌寒い気もして――それをスープが体の中から温めてくれる気がした。

 

「……とても、美味しい」

 

 ……ほう、と。息を吐く。少しだけ白い息。

 腹が膨らんで、暖かくなって……それがどこか心地よかった。

 

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