転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
第19話 大切なもの
――コノエはまた夢を見る。
かつての記憶。遥か昔であって、しかし今になっても時折顔を出す記憶を。
『……』
それは冬が深まってきた頃の話。
木の葉はとうに散り、吐く息は白く染まり、耳が鈍く痛むような夕暮れ。
学校の帰り道、コノエは、家の近くのゴミ捨て場の前にいた。
そして、ただ見ていた。積み上げられた物を見ていた。
『……』
なんとなく、背負っていたランドセルの肩のベルトを握る。
革で出来たベルトは硬くて、握りしめると掌に食い込んだ。それが、少しだけ痛くて。
『………………ぅ』
小さく、息を吐く。力を抜いて、踵を返す。
ゴミ捨て場に背を向けて、また家へと歩き出す。
すぐ傍の玄関の扉を開けて、中に入る。すると家の中には家政婦がいて、不機嫌そうな顔で注意される。ゴミを持ち込むなと、汚いから捨てておいたと。
コノエは、ただその声に頷く。はい、はい、と、それを繰り返す。家政婦に頭を下げる。
……話が終わった後はまたいつもの生活をする。
勉強をして、冷蔵庫の中の食事を食べて、そして風呂に入る。
一日の終わり、うつ伏せでベッドの中に入り目を瞑る。
すると瞼の裏に一つの映像が浮かんでくる。
『……』
コノエが背を向けたゴミ捨て場。
そこには、一つの砕けた筆立てが置かれていた。粘土で形作って、窯で焼いたもの。コノエが学校の陶芸教室で作ったもの。
上手くは出来なかったけれど、なんだか気に入って。
だから、誰にも見つからないよう押し入れの奥にこっそり隠していたものだった。
◆
「……」
……コノエは目を覚ます。
そして、最初に周囲の気配を確認する。異常がないことを確認して、うつ伏せで寝ていた体を起こす。
ベッドサイドに座って、頭を搔く。
そして小さくため息を吐いた。
「……」
今日は開拓村での仕事は休みだ。
二日ほど空くので、また都に帰ることになっていた。
◆
――しかし、ここ数日子供の頃の夢が多いな。
コノエはなんとなくそう思う。もう数十年は前の記憶。昔のことなので、コノエとしては今更思うところはない。まったくない。が、それにしても多いなと思う。
「……」
最近、考えることが多かったからだろうか。
頭の中がごちゃごちゃしているから、ああいう夢を見てしまったのもしれない。
落ち着く場所を作るとか、気を張っていると傍にいる人が疲れるとか。
……そして、つい昨日聞いたメルミナの記憶のこととか。
故郷を失い、過去を失い、それでも探し続ける彼女。
固有魔法と、その渇望を知って……しかし結局、コノエは背を向けるメルミナに何も言うことが出来なかった。何も言えずに自分の部屋に戻った。
メルミナ。いつも明るく笑っている彼女の、初めて見る悲しそうな顔。
そんな背中に、自分は何か言うべきだったのではと思う。でも……。
「…………」
「――――」
「…………あの、コノエ様?」
「……うん?」
そんなことを考えていると、横から声がした。
すぐ傍からで、顔を向けるとそこには金髪の少女――テルネリカがいる。
彼女は隣に座っていて、膝の上にバスケットを置いている。不思議そうな顔でコノエを覗き込んでいた。
青色の瞳、少女とコノエの目が合う。
「……」
コノエは瞬きする。そこで、遠くに行っていた意識が隣の少女に戻ってくる。
今居る場所を再認識する。都の公園、テルネリカと二人、木陰にあるベンチに座っている。
朝に汚染地から都に帰ってきて、午後。
天気が良くて気持ちがいいから、二人で散歩に行きませんかと提案され出てきたところだった。
「……あ、いや……すまない。考え事をしていた」
コノエは首の後ろを掻きながら頭を下げる。申し訳なく思う。
折角テルネリカが誘ってくれたのに、別のことを考えていた。
「いいえ、いいえ、気にしないでください」
しかしそんなコノエに、考え事なんて誰でもしますからと、テルネリカは笑う。
そして、もう一度コノエの目をじっと見る。
綺麗な金色の瞳でコノエを見つめながらテルネリカは――。
「――でもコノエ様、なにか悩みごとですか?」
微笑みながら、静かに問いかける。
教えて欲しいと言うのでもなく、興味がないと言うのでもなく。
それにコノエは少し考えて。
「……そう、だな、悩んでいる」
ただ、肯定する。ただ、頷く。内容は言わない。
それは悩みを己の中でも整理できていないからだ。そして、メルミナのことは本人の了解なく他者に伝えてはならないから。
……そうだ、昨晩聞いたのはメルミナの過去でもあり、固有魔法と渇望の情報だ。
隠すべきものであり、本人の口から以外で明かされて良いものではない。
「……その……いや、すまない」
だから、それ以上何も言えずまた口を噤む。やっぱりコノエは会話が下手で、雑談も苦手で、それは変わっていない。
テルネリカはそんなコノエをただじっと見つめていて。
……そのまま少しの時間、沈黙があった。
公園のベンチの上、頭上からは木の葉の隙間からちらほらと光が漏れていて、時折吹く風が木の葉を揺らし、ざあ、と音を立てていた。
「――――あ!」
「……?」
そんな静かな時間。ふと、テルネリカ声を出す。
そして、そうだ! と言わんばかりにポンと両手を胸の前で合わせる。
テルネリカはいそいそと膝の上のバスケットに手を掛け、開く。
コノエは一体何だろうとテルネリカを見る。
バスケットの中にはクッキーとお茶の入ったポットが入っている。
出発前に準備していたものだ。チョコレートが混ざったクッキー。
「――コノエ様」
「……? ああ」
「はい、どうぞ。あーん、です」
テルネリカがクッキーを一枚摘まみ、コノエの口元に……。
……うん?
「……えっ」
「あーん、ですよ?」
「……あ、あーん?」
「はい。あーん、して下さい!」
聞き間違えかと思って問い返すと、テルネリカはにっこりと笑って、さらにコノエの口にクッキーを近づける。
これはまさか、食べろということだろうかと。いや、まさかではなく間違いなくそうなのだろう。だって、もう己の唇からすぐそこまでクッキーが。
「コノエ様、考え事をするときは、甘いものですよ?」
「……えっ」
「だから、あーん、です」
それはまあ、頭を使うと糖分が欲しくなるのは分かる。
しかしなぜそれがあーんなんかに繋がるのかとコノエは――。
「コノエ様」
「……いや、その」
――コノエには分からなくて、でもテルネリカは目の前でニコニコと笑っている。
口元にはクッキーがあって、甘い匂いがしていた。
困って、でもテルネリカは楽しそうで、引く気配はない。
だからなんだか、変に抵抗するのも間違っている気がして……。
「……」
「……!」
コノエは……つい、押されるままに口を開ける。
テルネリカが目を輝かせる。ゆっくりと口の中にクッキーが入ってきて――。
――そして最後、僅かにテルネリカの指がコノエの唇に触れた。
「コノエ様、どうですか?」
「……甘い」
「……えへへ」
テルネリカが笑っている。えへへと嬉しそうに笑って、くすくすと満足そうに笑う。
コノエは、味が分からなくなりそうな中、反射でクッキーを咀嚼する。
そして飲みこんで――。
「――」
――コノエはなんだか無性に恥ずかしくなってくる。
顔が酷く熱くて、唇に知らない感触が残っている気がした。
「――ではもう一枚」
「い、いや、もういい! 自分で食べるから」
次のクッキーに手を伸ばすテルネリカを止める。
するとテルネリカは、えー? と少し残念そうにした後、クッキーの籠をコノエに向け、またニコニコと笑いながら今度はポットからお茶をカップに注いでくれる。
コノエはそれを受け取りつつ、口元を片手で押さえる。
恥ずかしかった。咄嗟に誰か見ていないかと探ってしまうくらい。ずっと気配の察知はしているので誰もいないのは知っているけれど、それでも。
だってこんなのは当然初めてで、知らなくて。
本当に、本当に顔が熱くて、わからなくて。
(――なんだ、これ)
――わからないのに。
押さえている掌の下で、自分が笑っていることもコノエは理解出来て。
どうしようもなく恥ずかしいのに……妙に胸の辺りが満たされていた。
「…………」
混乱していて。困っていて。
それなのに、ただただ嬉しくて――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――でも、本当は。それが原因だった。
コノエ自身は気付いていないけれど、悩んでいたことの原因はそれだった。
コノエの悩み、その一つ。
コノエが常に気を張っている、常に警戒している、その理由。
……それは大切だからだ。
決して失いたくないから。
コノエは、テルネリカを守りたいと思う。大切だから、傍にいてほしいから、失いたくないから、全力で守りたいと思う。
そのためなら出来ることは何でもしようと思っている。大金を出して魔道具を買ったように。毎日金貨を払って高いホテルに泊まり、身の安全を確保しているように。
だって、コノエは知っている。
大切な物は、きちんと守っておかないと簡単に失われてしまう。かつてのゴミ捨て場のように。他の沢山の何かのように。
――そうだ、だからコノエはいつもいつも気を張っている。
それはコノエが元々そういう人間だという理由もあるけれど、最近はそこにテルネリカが加わった。
今、公園にいるコノエは、テルネリカ以外の全てを警戒している。
……テルネリカと出会って、温もりを知ったからだ。