転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
翌日、午後。コノエはまた都から村へ戻ってくる。
学舎からの転移門を潜ると、まず耳に入るのは賑やかな声。
開拓村の活気は相変わらずのようだった。
コノエはそれに少し目を細めつつ、転移室から出ていつもの宿を目指す。
そしてメルミナに到着の報告をしようとして。
「……」
そこで、彼女に何も言えなかったことをまた思い出す。
これから会ったときに今更でも何か言うべきかと悩み……やっぱり何も浮かばない。頭を振り、小さく息を吐いて。
(…………しかし、ここでの仕事も終わりが見えてきたな)
逃避がてら、ふとコノエは考える。
今回の仕事は元から実働六日の仕事の予定だった。そして既に三日ほど終わっていて、区画的にも予定されていたうちの半分以上が終わっている。
一言で言うと、順調だった。内容も、弱い魔物を討伐するだけ。
なので、後は最後まで真面目に仕事をするだけだなと思い――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――とある魔の話をしよう。
それは永い永い時を生きてきた災厄の魔だ。
地面の下で蠕動し、眷属を世界中に撒き散らす魔。
その魔は数多の人を殺してきたが故に強大な力を持ち、数えきれないほどの人を喰って来たが故に高い知性を持つ。
そして、許されざる
森の深い深い場所に住み着いている魔。長い間、使徒の脅威に晒されながらも生きてきた魔。
『……NU』
魔は知っている。どうして、己が今日まで在ることが出来たのかを。
どうして己が他の魔と同じように殺されなかったのかを。
つまるところ、長生きするための秘訣。数百年を生き延びてきた理由を魔は知っている。
『――NUNUNU!』
――魔は、探る。地下で蠕動しながら、遥か遠い場所を探っていく。
魔の固有魔法、その応用による情報収集能力。
魔は、調べる。徹底的に調べ上げる。眷属の視界を簒奪し、行動を支配して、そして調べる。
――そうだ。これが魔の生存戦略だった。
眷属を撒き散らして、広げて、利用して、調べて――そして、逃げる。
魔は、弱い者だけを食い物にすることで永きを生き抜いてきた。
『……NUNUNU』
災厄としてのプライド? そんなものはない。
魔にあるのは愛だけだ。大切な宝物への
魔は大切に、大切に宝を抱えている。
魔の宝物は綺麗で、キラキラと輝いている。だから大好きだった。
己の中にある光。魔が内包する世界で輝く宝物たち。魔はそれだけをずっと眺め続けている。そのためだけに魔は生きていて、それだけが魔の行動原理だ。
だから、今回
くすんでしまったお気に入りの輝きを取り戻すため。一番のお気に入りを見つけた場所への安全な移動経路を探すために――。
『――NU?』
――そこで、魔の視点は一つの村に向けられる。
それは森の傍に在る村だ。ヒトの間で開拓村と呼ばれている所だと魔は知っている。
森の周囲によくある小さな集落。
大した設備もなければ、強い敵もいない、普段の魔なら気にも留めない程度のモノ。綺麗なモノを見つけたら拾っていこうかなと思うくらいだ。
それなのに、今回魔の視点が止まったのは。
『NUNUNU、NUNUNU』
そこに強い、とても強い気配があったからだ。
それも一つじゃない。二つもある。金色と赤色、そして白い神の気配があって、つまりそいつらは魔の大敵であった。
『……NUNUNU』
恐ろしい。魔は怖くて怖くて仕方がない。
凄まじい力が眷属の視界越しにも伝わってくる。絶対に関わってはならないヤツだ。
なので、当然のように撤退しようとする。
意識をその眷属から切り離して、この地点には二度と近づかないようにしようと。
――そのときだった。
『――――NU?』
――ドクン、と、そんな音が聞こえた気がした。
それは魔の内側からだ。魔の宝物から。それもただの宝物じゃなくて、大切な大切な、一番のお気に入り。
『……NU』
なんだろう。なぜ今宝物は反応したのか。
魔は不思議に思い、宝物を覗き込むも、それ以外は何も反応がなかった。
『……NU?』
もしかして、この村に何かあるのだろうか。
最近めっきり反応してくれなくなって――くすんでしまった宝物が、反応するような何かが。
それが知りたくて、気になって。魔は一瞬、つい先程まで考えていた大敵のことを忘れる。
より多くの情報を仕入れようと、眷属との接続を強め――。
『――NU』
――次の瞬間、魔のすぐ目の前に、金色が。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――雷霆が奔る。雷が魔を蹂躙する。
世界を裂くような轟音が森に響いて、コノエは魔を汚染された樹もろとも焼き尽くす。
「――」
森の一角に煙が満ちる。汚染樹を焼いた後に発生する瘴気。そして木の水分が蒸発した後の蒸気。
雷が弾けて、バチバチと弾ける音がする。そして足を踏み出すたびにざくり、という音がして、それは森を焼き払った後の炭を踏みしめる音だった。
「……?」
コノエは、訝し気に目を細める。
油断なく周囲の気配を探りながら、たった今、己が滅ぼした魔のことを思い出す。
「……茸?」
茸の魔物、ギルドの分類で最下級に属する魔。
子供でも倒せるような、そんな魔物であって……しかし、今感じた気配は。
「……メルミナ」
『……ええ、見られていたわね』
コノエの傍にレンズが近づいてくる。そして赤髪の少女を映し出す。
レンズの中ではメルミナが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
コノエも自分が似たような顔をしている自覚がある。
何故なら、先の一撃、確かに魔物は倒したが――あれは、おそらく端末だ。本体は別にいる。
それはつまり……。
「……固有魔法」
『そうでしょうね。それもかなり特殊なタイプ。……災厄の可能性があるわ』
コノエはかつて習ったことを思い出す。魔物の固有魔法、その力について。
魔物は人への憎悪と食欲を抱えている性質上、基本的にその固有魔法は戦闘能力を直接高める方に向かいやすいらしい。彼らは殺すために生まれ、殺し殺される過程で固有魔法に目覚めるからだ。
……しかしそんな魔物達の中で、特殊な能力に目覚める者がいるとすれば。
「……植え付けられた憎悪を越える知性を持つ魔物」
つまり数多の人を喰い、その結果、己の生まれや性質に左右されない知性を手に入れた魔物。
それは断じて普通の魔物ではない、最低でも災害級――固有魔法も合わせれば災厄級の力を持っている可能性が高いとも言われていた。
『今は、周辺に気配はないけれど……勘だけど、まだ何かありそうよね』
「……ああ」
『……私は森に入っている冒険者の撤退支援をするわ。しばらくそちらにかかりきりになるから、あなたには警戒と迎撃をお願いしてもいいかしら』
「……ああ、わかった」
ピリピリとした気配。互いに危機感を共有して、行動に移る。
レンズが去っていって、コノエも村に戻ろうと踵を返し――。
「――アデプト様」
「……ああ」
振り向くと、そこにはあの、教官の歌を歌っていた少年――アリカがいた。
コノエの雷の音を聞いて確認しに来たのだろう。少し前からコノエとメルミナのことを遠巻きに見ていた。……風向き的に、瘴気には触れてないはず。
「その、何か、あったんですか?」
「……ああ」
「アデプト様が、怖い顔をするようなことが……?」
「………………ああ」
頷くとアリカの顔が真っ青に染まる。
足が小さく震えていて、その場に立ちすくんでいた。
「……」
コノエは、そんな少年の背中を押して村へと戻る。
村の中は既に厳戒態勢へと移行していて、慌てた様子で多くの人々が走り回っていた。
コノエはメルミナに頼まれたように村の外壁に上り、警戒して――。
「――」
――その日はそれ以降何も起きなかった。