転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
――そして、日が落ちて、晩。
コノエは変わらず外壁の上に立っていた。
「……」
丸一日以上の停滞。警戒するだけの時間。
コノエはただ真面目に敵に備え続けていた。
「…………………………」
「コノエ、調子はどう?」
「……メルミナ」
……そんなコノエの元にレンズではなくメルミナ本人がやってきたのは、もう夜も更け、村から明かりが消えた頃だった。
手に籠を持ったメルミナが隣までやってくる。そして、シートを取り出して近くにあった木箱の上に広げ始めた。
「……?」
「警戒はしなくちゃいけないけど、少し落ち着いて食事しましょ。あなた、丸一日水と保存食しか口に入れてないでしょ?」
メルミナがバスケットからホットドッグのようなものとスープを取り出す。レンガみたいな保存食ばっかじゃなくて、少しはまともな食べて英気を養わないとねと。
コノエは差し出されたそれらを受け取って。
「………………」
「………………」
無言で口に運ぶ。隣でメルミナも同じように食べていた。
特別話すことはない。敵に対する意見はすでに何度もレンズ越しに話し合っていて、敵の行動への対応や、都から応援を呼ぶことも含めて検討を終えていた。
応援は明日にアデプトが一人。明後日にはさらにもう一人来ることが決まっている。
アデプト四人がかりでの対応。これは決して過剰ではない。災厄の相手をするというのはそういうことだ。変なプライドで貴重なアデプトを減らすわけにはいかないのだから。
なので、対策は着々と進んでいた。
コノエとメルミナの仕事は、それまでの警戒と緊急時の対応だ。
「……」
「……」
なので業務的な連絡はなく、静かな時間が続く。二人で並んでいるだけの時間。
普段のコノエなら気まずくなりそうで――でもコノエはメルミナと十五年間の訓練を共に過ごしている。こういう状況もそれなりに慣れていて……。
「………………」
「………………」
……いや、慣れてはいるんだけど。
……今回は、少し違った。
普段なら、気まずくなったりはしない。でも今日に限っては、三日前の一件があった。それをコノエは思い出す。
先日聞いたメルミナの過去のこと。何も言えなかった自分。
「……」
……コノエは段々とメルミナが気になってくる。あの晩のメルミナの顔が浮かんでくる。何も見つからなかったと寂しそうな顔。この感情は本当に私のものなのか、と最後まで振り返らなかった背中。
「…………」
「……コノエ、なに?」
「……え?」
「さっきから妙に私のことを気にしているけれど?」
……う、と思う。
言い当てられて、少し気まずくなる。不躾だっただろうかと目を泳がせる。
メルミナはそんなコノエに苦笑して。
「というか、あなた私が昔の話をしてからそんな感じよね」
「……」
「もしかして、あなたなりに私に気を使ってるのかしら。……気にしなくていいのよ? もう何十年も前のことだし、今更だもの」
別に気を使ってもらうために話したわけじゃないし、私が話したくて話したことだから、とメルミナは笑う。
それはコノエの内心を言い当てたような言葉で、許しでもあった。
あなたは気にしなくてもいい、私の勝手だからと。
コノエはその言葉に……。
「……そう、か」
……やっぱり何も言えない。コノエには彼女への慰めの言葉など浮かばない。
己のことばかり気にしていたからだ、メルミナのことも他人のことも分からない。想像もできない。女性の気持ちも分からないし、記憶を失った人なんてもっと分からない。
だから、そんなコノエに出来るのは。
コミュ障のコノエに、伝えられるのは。
「…………じゃあ、何かあったら言ってくれ」
「え?」
「……僕に出来ることがあれば、手伝うよ」
――ただ、そんな言葉だった。
分からないけど、言ってくれれば手伝う。理解は出来ないけれど、何をすればいいかなんてわからないけど、でも。
何も分からないコノエが、少しだけ目の前の人に近づく言葉。それが、コノエに出来る精いっぱいだった。
「――――――」
メルミナは、そんなコノエの言葉に目を見開く。
ぱちぱちと瞬きして、ぽかんと口を開けて。
「……そっか、ありがとう」
そう、微笑む。
そして少し俯き、小さな声で変わったのねと呟き――。
「――そうね、じゃあ遠慮なく手伝ってもらおうかしら! 手がかりが見つかったらあなたのことをこき使ってやるわ!」
「……えっ」
メルミナはコロリと明るい顔になる。そして宣言する。
唐突な変化に驚くコノエにニヤリと笑って。
「なによ。あなたが言ったんでしょ?」
「……まあ」
「実は手伝ってもらいたいことは結構あるのよ。汚染地の奥の方かもしれないから、一人では大変だし」
メルミナの楽しそうな言葉。指折りあれもこれもと言っている。
それにコノエは、なんだか色々押し付けられそうな気がするな……と少し困りつつ。
「書架の資料整理とか、一人だと大変だったから手伝いが欲しかったのよね!」
「……」
「やっぱりアデプトしか入れないのがきついのよ。前の時も散々苦労したし……コノエがいればもう少し細かい調査が出来るかも!」
――しかし、困りつつも、同時にほっとしていたりもした。
ああ、昔から知っているメルミナだと。
二十五年前からの付き合い。十五年間は顔を合わせない日はあまりなかった。走って、泣いて、血を吐いた。苦しんで、訓練に励んだ。
……この十年で遠ざかっていた
そうだ、人が苦手なコノエがこれだけメルミナのことを気にしていたのも、きっと彼女が、それだけ苦楽を共にしてきた相手だからだ。
だから、明るく笑うメルミナに安心する。
次々と大変そうなことを言っているので、手加減はして欲しいなと思いつつ。
「手伝ってもらって、それで……もし、もしもの話だけれど」
「……?」
「手伝ってもらう代わりに、だけれど。もし見つかったら。色んな事が解決したら、そのときは――」
「……ああ」
と、メルミナが、そこでふと、口を止める。
そして、目を泳がせながら、大きく息をして。
「――か、可愛い私が、なんでも一つ言うことを聞いてあげるわ」
「……」
「……」
「……??」
「………………おい、何か言いなさいよ」
メルミナが真っ赤な顔で頬を膨らませる。
それにコノエは……返事に困る。
なんでもって。そんなの、そう簡単に言う言葉ではないと思う。
まあ数十年経っても見つかってないことだからそう言うのだろうけれど。それにしてもだ
だからコノエは困って、何を言っていいか分からなくて。
「…………」
「……もう、あなたって人は」
そんなコノエにメルミナが口を尖らせる。
何とも言えないような、微妙な空気があった。
「……」
それでも、不思議と居心地は、悪くなくて。
背中がむず痒くなるような時間が少し続き――。
――
――
――
――でも、それが起きたのは、ちょうどそんなときだった。
――カラン、カランと。そんな音がした。
「――――!」
「……! これは!」
鐘の音が世界に鳴り響く。
コノエとメルミナは弾かれたように森を向き――。