転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第24話 墜落

 ――――ああ、失敗した。

 メルミナはそう後悔しながら落ちていく。木の虚のようにぽっかりと口を開けた穴へ。深い深い穴の中へ。

 

 その穴は、大きな籠の入り口だ。沢山の光が中で泳いでいる籠。

 そこへ、メルミナはただ落ちていく、ふわふわと、ぐるぐると、落ちていく。

 

 落ちていくことしか出来ない。だって、何かを掴もうとしても、両手がない。どこかに足を付けようとしても、両足がない。

 手も足もなければ顔も胴体もない。目も耳も口も、何もない。ただの丸い光――魂。それが今のメルミナだった。

 

 ――抵抗は、出来たはずなのに。

 

 堕ちながら、メルミナは思う。

 あの瞬間、敵の権能がその門を開いたとき。メルミナは引き寄せられるような力を感じて……しかし、本当は、それは大した力ではなかった。

 

 十分抵抗できたはずだった。いや、違う。抵抗する必要すらないはずだった。もしかしたら、コノエは引かれていることにすら気付いていなかったかもしれない。その程度の力だった。

 

 普通の一般人なら、吸われていたかもしれない。

 しかしメルミナはアデプトで、生命神の使徒だ。大した消耗もしてない状態であんな力に捕らわれるほど弱くはない。……そのはずだったのに。

 

 ――あの、赤い髪の女の子。

 

 霧の中に見た、一人の少女。それを見た途端、メルミナは目を離せなくなった。

 どこか、己に似ているような気がする少女。見覚えはないはずなのに、知らないはずなのに。なんだか嬉しくて……泣きたいくらい、懐かしくて。

 

 ――だから、分かった。記憶はなくても、魂が覚えてた。

 

 あの子供こそが、己の渇望(ねがい)なのだと。己の過去なのだと。

 この数十年間、メルミナが必死に探したものなのだと。

 

 ――そっか、こんなところにいたんだ。

 

 道理で見つからないはずだった。魔物の中にいたなんて。

 ずっとずっと探していた。会いたかった。覚えてないけれど、ずっと願い続けていた。過去の記憶。渇望の在処。そして、そんな少女が、あのとき穴の中に吸い込まれていったから。

 

 ――気が付いたら、体から力が抜けていた。

 

 つまりは、それがメルミナの現状の理由だった。

 抵抗できなかった。気付いたら無防備になっていた。駄目だと分かっていても、その末路がなんとなく理解できても。それでも。

 

 そうだ、だって――固有魔法使いは、己の渇望に逆らえないから。

 

 それこそが固有魔法使いの能力が、渇望が秘匿される理由でもあった。

 命を顧みないほどの欲望。決して変えられない愛。それは力をもたらしてくれる一方、時に破滅を呼ぶ。

 

 ……もし敵に利用されれば、それはもう。

 

 ――失敗した。

 

 落ちていく。堕ちていく。メルミナは穴の中へと堕ちていく。

 今、メルミナの中には後悔があった。悲しみがあった。申し訳なくて、怒りがあって。

 

 ――ああ、でも、やっと。

 

 ……でも、それと同じくらい、喜びがあった。

 どうしようもないほどの歓喜がメルミナを包んでいた。

 

 ――やっと、見つけた。

 

 落ちていく。穴の中に落ちていく。籠の口を通って、その中へ。

 そこには、一人の少女がいて、メルミナを悲しそうに見ている。泣きそうな顔でメルミナを見ている。赤い髪。メルミナに似た顔。

 

 穴の中に入ったからか、魂は人の姿を取り戻していた。

 メルミナはそんな少女に、手を伸ばし――。

 

 ――ごめんなさい。

 

 一人の、背中を想う。メルミナの前で槍を構えていた姿。

 最後の最後までその背中を想って――メルミナの意識は闇の中へ落ちていった。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

(――嘘だろ?)

 

 その瞬間、最初にコノエの頭に浮かんだのは、そんな言葉だった。

 ありえなかった。そうはならないはずだった。だって、メルミナはアデプトだ。

 

(……アデプトが、問答無用で殺される? 予兆もなく、刃もなく? そんな、馬鹿な)

 

 ……何が起きた? 敵は何もしていない。力の気配もない。

 いや、僅かな力の波動はあったものの、そんなものでアデプトの防壁を貫けるはずがない。ないはずなのに。

 

 アデプトはその生命の限界を超える肉体と最高神(かみさま)の加護によって守られている。故に、敵の力に対する抵抗力は極めて高い。呪いなど効かず、魔法も余程高位でなければ肌で弾く。コノエがデーモンの呪いも魔法も正面から弾いたように。

 

 ……だから、例え敵が使うのが固有魔法であろうとも、察知することすらできず、一方的にただ殺されるというのは、ありえないはずだった。

 そうだ、かの最強の魔王、天蓋竜でさえもアデプトを殺すのにはブレスを必要とした。爪を必要とした。万象を否定する権能でも、アデプトを一睨みで殺すなどということは出来なかった。

 

 そもそも、敵に初手を譲ったのもそれが理由だ。どんな固有魔法でも、正しく対応すれば即死することはない。そう思っていたからこその、様子見。それなのに。

 ……驕っていたのか? 敵を低く見積もりすぎていた? その結果が。

 

(……メルミナ)

 

 背後で少女の体が倒れつつある。それを理解する。

 一秒を千倍に引き延ばしたような時の中、彼女の体からは力が抜け、魔力が抜け、命が抜けていく。

 

【―――――――!!!!???】

 

 そこで、遠くから思念が伝わってくる。加護を通して伝わってくる。

 それは何かをコノエは知っている。神様の悲鳴だ。感情が伝わってくる。きっと、神様も知ったんだ、メルミナが――。

 

(……なんで)

 

 コノエは、何故と叫びたくなる。コノエは、取り乱しそうになる。

 コノエは、盾としての役目を遂行できなかったことを知る。理解を拒みたくなる。十五年を思い出す。胸の奥に穴が開いたような気がする。腹の底がどうしようもなく冷たくなってくる。ほんの少し前の、メルミナの楽しそうな顔を思い出し――。

 

 ――コノエは、そんなコノエは。

 

(――――ぁぁ)

 

 ――でも、コノエはそれでも、拳を構える。

 どれだけ胸の中がぐちゃぐちゃになっていても、しかし目の前に敵がいた。

 

 全身の魔力が発火する。構えた拳から雷が溢れ出す。

 二十五年の武がコノエを突き動かす。鍛え上げた肉体は、心がどんな状態でも正しく動いてくれた。

 

「……」

 

 見る。数キロ先を見る。そこには、魔物がいる。

 茸の化け物。メルミナがこうなってしまった原因。

 

 その魔は……口の辺りが歪んでいる。

 笑みを浮かべている。喜んでいる。何故か。そんなものは決まっている、メルミナを。

 

(――)

 

 ぐちゃぐちゃと回っていた胸の中が、一つに向かって集約されていく。

 知らない感情があった。コノエにはよく分からない想い。こんなに強い感情を、コノエは知らない、分からない。コノエはいつだって抑圧して生きてきた。諦めて、目を逸らしてきた。だから、理解できなくて……。

 

 ……でも、コノエは、己が何をすればいいのかは分かった。

 

「――――!!!!」

 

 加速した意識の中、構えたコノエの拳が動き出す。

 敵のいる方へと振り抜かれていく。敵までは遥か数キロ。届くはずがない距離。本来ならただ、空を切るだけの意味のない行動。しかし――。

 

 ――しかし、そこにはコノエが先程造り出した投げナイフがあった。

 

 コノエの拳が、投げナイフの柄へ打ち込まれる。

 雷が伝播する。魔力が火花を散らす。過度の魔力にナイフが砕けていく。灼ける魔力が繋ぎとめる。新たな形に鍛え上げる。そして。

 

 ――轟音、拳より刃が撃ち出される。

 

 それは弾丸のように、光線のように空を駆ける。

 雷を纏ったどこまでも無骨な刃。敵を打ち滅ぼすために作られた殺意の結晶。それは槍よりもさらに速く邪悪の元へと到達する。

 

『――NU、U!?』

「……?」

 

 刃は、茸を粉砕する。跡形もなく消し飛ばし……。

 ……しかし、何故か次の瞬間、すぐ近くにまた出現する。その理由は分からない。そういえば先ほどと同じだ。殺したはずなのに再出現していて。

 

 ――コノエは、間髪入れず次の刃を撃ち放つ。

 一瞬たりとも止まらない。止まる理由がない。

 

 考えるより先に殺す。徹底して殺す。再生するのなら、何十度でも何百度でも殺す。赤熱した思考。ただただ撃ち込む。泥のように粘つく澱。何度も何度も繰り返す。喉を掻き切りたくなるような自責。必ず殺し尽くす。突きつけられる己の無能。ナイフを造って、撃ち出して。造って、撃って。

 

 ……そしてそれを繰り返すうちに、コノエは理解する。

 敵が復活するとき、そこには元々別の茸がいた。それが変形してあの魔になる、つまりは。

 

『――転移じゃない! ……まさか、乗っ取っている!?』

 

 先のメルミナの言葉。なるほど。乗っ取るとはそういうことか。

 ならば……あの一帯を消し飛ばす必要があるということか?

 

「……」

 

 どくん、と。コノエの中で何かが跳ねる。

 すぐ傍に十字槍が顕現する。白と金の十字槍。それにコノエは――うん? と思う。なんだか普段と違う気がする。鼓動していて、なにか、変わろうとしているような。それまでになかったものが混ざろうとしているような……。

 

 ……でも、まあいいか、と。 

 コノエは、それを、解き放とうと――。

 

【――コノエ!】

 

 遠くから神様の感情が伝わってくる。しかし、コノエは今それどころではない。

 まず目の前の邪悪を滅ぼさなければならない。一片残らずこの世から消し飛ばさなければならないと――。

 

【まだ、間に合う!】

 

 ……え?

 

【魂を取り戻せば、まだ戻せる! だから――】

 

 …………まだ。

 まだ、間に合う? メルミナが?

 

 そのとき、コノエの意思とは無関係に体から魔力が引き抜かれる。

 それは神様の白い加護であって、背後にあったメルミナの体を包み込む。そしてコノエの背中に集まる。コノエが白い箱型の加護を背負うような形。

 

【――だから、メルミナを連れて行って、そして近くで倒して!】

 

 近くで、あの魔物を?

 そうすれば、メルミナは。

 

 コノエは数キロ先を見る。そこには、神様の加護が発動した空白の隙に態勢を整え、こちらに背を向ける魔がいる。

 それはきっと、また遠く離れた場所へ移動しようとしていて……。

 

「――!」

 

 咄嗟にコノエは全力で踏み込み、魔物の元へと跳躍する。

 しかし魔物はコノエから離れるように移動していく。次から次へと乗り移っていく。

 

【急いで! 長くは持たない!】

「――――! 逃がす、か!」

 

 ――追うものと、追われるもの。使徒と魔物。

 ――こうして、コノエと魔物の、メルミナを賭けた鬼ごっこが始まった。

 

 

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