転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第2部 5章
第25話 帰宅と条件


 ――気が付くと、メルミナは知らない場所に立っていた。

 知らない家が立ち並ぶ道、その真ん中に立っていた。

 

「……?」

 

 ここはどこだろう。そう思いながら、周囲を見る。

 両脇には粗雑な造りの木で作った家が並んでいる。下はでこぼこした土がむき出しになっていて、所々水たまりがあった。周囲には雨の匂いが残っていて。

 

 ……遠くから、虫の声が聞こえてくる。顔を上げると空は真っ青で、日差しが照り付けていた。少し暑くて、肌が汗ばんでいて、おそらく夏なんだろうなと。そうメルミナはどこか遠い感覚で思い。

 

「……??」

 

 分からない。ここは何処で私は今何をしているんだろう、とメルミナは思う。

 ぼんやりとした頭。何もかもがよく分からない。あやふやだった。直前の記憶は……そうだ、誰かの、背中を――。

 

「……」

 

 ――あれ、誰の背中だっけ?

 メルミナにはこれも分からない。困って顔を下げると、そこには水たまりがあって、青空とメルミナの顔を映していた。

 

 八歳くらいの、赤い髪をした女の子。いつもの……いつもの? 自分の顔だ。

 なんだか違和感がある気がするけれど、それで正しいはず。

 

 だって、メルミナはこの村に住んでいる、ただの女の子で、それ以外の何でもないはずで。

 

「――あっ」

 

 そこで、色々繋がってくる。水たまりの中の顔を見ていると、ぼんやりしていた頭がはっきりしてくる。何かが抜けて行って――代わりに、なにかが埋まる気がした。

 

 ……そうだ。メルミナは、家に帰るところだったんだ。

 

 メルミナの家。数年前から住んでいる家。スラムから引っ越してきて、皆で建てた家。ちょっと隙間が多くて冬は寒いけれど、夏は風が通って涼しい。そんな家に帰るところで……。

 

「……!」

 

 ふと、メルミナは走り出す。水たまりが弾けて、飛沫が飛んだ。

 でもそんなの全然気にならなかった。だってなんだか、とても家を見たくて、帰りたくて。

 

 走る、メルミナは走る。すると、いろんなものが見えてくる。

 村の風景だ。メルミナが住んでいる村、毎日見ていて、よく知っている。だから迷うことなく走っていく。

 

 細い道、両脇に隙間なく建つ木でできた家。家と家の間にある動かせない大きな石に、変な形に曲がった木。空を飛ぶ鳥に、道を歩く猫。

 

 軒先に石臼が置いてある家は友達のナティアちゃんの家。ここに来て一番最初に仲良くなった娘で、今度の祭りでは一緒に花飾りを作ろうと約束している。

 家の前に魚が吊るしてあるのはサルトおじいちゃんの家。少し前に蹴った石がおじいちゃんの脛に当たって拳骨されたことがあって、でもその後には干した果物を食べさせてくれた。

 

 メルミナはよく知っている。なぜって、メルミナはこの村が好きなんだ。

 大好きで、よく走り回っていて、もしかしたら村で一番詳しいかもしれない。カリナおばあちゃんにそう言って頭を撫でてもらったこともあるくらい。

 

 だからメルミナにとって、この村の全部はもう知っていることだ。

 今更驚くようなことなんてない。そのはずで……。

 

「……」

 

 ……でも、なんでだろう。

 知っているはずの全部が、今日はとても懐かしい気がした。

 

 なんだか目の奥が熱くて、目の前が滲んでくる。

 メルミナはそれがとても不思議で。

 

「……あれぇ?」 

 

 前が見えなくなってきて、だから服の袖で拭いながら走る。

 でも涙は止まらなくて、頬を伝って、ぽたぽたと地面に落ちた。

 

 それでも走る、涙を流しながら走る。

 だって、家に帰らないといけない。そうだ、メルミナはずっとそれを望んでいた。帰りたかった。ずっと帰りたかった。家に帰って、そして――。

 

「……」

 

 そうしているうちに、ついにメルミナは一軒の家の前に着く。粗末な造りの、周りと同じ木造の小屋。

 それにメルミナは、一瞬呼吸が止まるような気がして。足が止まって、立ち止まったまま、家を見上げる。そのまましばらく、じっと見上げて。

 

「……っ」

 

 ……ふとメルミナは歩き出す。ゆっくりと。

 扉の前に立って、恐る恐る、手を掛ける。そして、深呼吸をする。大きく息を吸って、吐いて――扉を、押した。

 

「――た、ただい、ま」

「あ、おかえり、メルミナ」

「……ぁ」

 

 ――すると、そこには。

 扉を潜った先には、一人の少女が立っていた。赤い髪の少女、メルミナと似た顔をしていて、結構年上。そう、メルミナより五つも大人なんだ。

 

「……おねえ、ちゃん」

「……あれ?どうしたの?」

 

 お姉ちゃんだ。メルミナの、お姉ちゃん。

 ああ、メルミナはお姉ちゃんに会いたくて、だからそのために、何十年も――。

 

「――お姉ちゃん!」

「……わっ」

 

 メルミナが飛びつく。するとお姉ちゃんが受け止めてくれる。

 苦笑しながら、どうしたの、と、背中をポンポンと叩いてくれる。メルミナはなんだか、目から涙が溢れてきて……。

 

「……お姉、ちゃん、私、ずっとね、ずっと」

「うん?」

 

 ……ああ、そうだ。

 ここが、メルミナの家だ。メルミナがずっと帰りたかった場所だ。

 

 ここは第五十七期、五〇八開拓村。

 メルミナの、大切な故郷(いえ)だった。

 

 ◆

 

 ……そして、だから、嬉しかったから。

 メルミナは一歩、深い所へ足を進める。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ――一方、そのとき汚染地では。

 ――壊れてはいけないものが壊れる音が響いていた。空が踏み砕かれ割れる音がしていた。

 

 バキバキと、ガリガリと、何かを破壊し何かを蹂躙する音。

 雷が空を裂く音、空気が耐え切れずに弾ける音、そして。

 

「――」

 

 ――轟、と、何かが高速で駆ける。破壊しながら駆け抜ける。

 追うものと、追われるもの。閃光と共に過ぎ去るその後には、音と残骸だけが残っている。

 

 崩壊の音。天を揺らす轟音。空間が割れていく悲鳴。

 森の上空を雷が駆け抜けていく。

 

「――顕現……!」

 

 そんな燃え行く森の上空で、人――コノエの声が響く。十字槍が造り出される。

 そして一直線に魔の前方(・・)へと放たれる。悍ましき魔物、茸の災厄。その行く先へと瞬きの間に到達する。……直接は狙わない、()()()()

 

 ――雷轟が響く。そこに生えていた無数の茸も汚染地も全てが焼き尽くされていく。

 神の槍が邪悪を破壊していく。汚染地に円形のクレーターが出来る。

 

「――」

 

 ――だが、魔は、そのクレーターを迂回しながら転移していく。

 それにコノエは続けて二度三度と槍を投げる。新たなクレーターを作る。それでも魔はそれを掻い潜るように森を飛び越えていく。

 

 コノエと魔、その差は距離にして四、五キロ。

 それは音の壁を越えて駆け抜けるコノエであれば、ほんの十秒程度で踏破できる距離で――。

 

「――っ」

 

 ――しかし。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ――魔は、移動を繰り返す。

 大切に宝物を抱えながら、必死に魂の触手を伸ばして、先へ先へと伸ばして、眷属を掴む。そして乗っ取る。乗っ取ったらさらに次へと。

 

 そうしている間も背後から(はめつ)が飛んできて、それに怯えながらも、ただただ前へ伸ばす。

 そうしなければ死ぬ、本当に死ぬ。背後からは死神の気配が追いかけて来ている。白き神の使徒、恐ろしき大敵。

 

 背後から迫り来る恐ろしい殺気。魔は己が恐ろしい怪物の尾を踏んだのだと理解する。

 捕まれば死ぬ、間違いなく死ぬ。嫌だ、だって――。

 

『――NU!』

 

 ――死ねば、あの光を見られなくなる!

 美しい赤。何よりも美しかった輝き。

 

 魔は、あの輝きをずっとずっと見ていたい。それだけが魔の願いだ。

 だから必死に前へ前へ触手を伸ばして――。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「――――厄介な」

 

 茸に、コノエは眉をしかめながら呟く。

 全力で空を駆けながら、それでも先を行く魔の背を見ながら悪態をつく。

 

 ――距離が、詰められない。

 

【――メルミナを連れて、近くで倒して!】【――急いで、長くは持たない!】

 

 歯噛みしながら、コノエは先程の神様の言葉を思い出す。

 長くは持たないという言葉。数キロ先の魔を見て、あとどれくらい時間が残っているのかと焦りつつ。

 

「……」

 

 現状についてコノエは考察する。敵の能力を含めて、努めて冷静に。

 コノエがこれから行うべきことは何か。敵の能力、転移もどきを繰り返す敵は、どんな条件で移動を繰り返しているのか。

 

 ――まず前提条件。

 コノエは敵に近づく必要がある。近づいたうえで、倒さなければならない。  

 

 敵の能力の詳細が分からない以上、近づくまではこれ以上殺すべきじゃない。

 遠距離攻撃で魔物ごと一帯を消し飛ばすようなことは絶対に避けるべきだった。

 

 ――次に、敵の能力。

 敵は五百メートルから一キロ程度の短距離転移を繰り返している。移動先には眷属らしき茸が必要で、それを乗っ取ることで移動している。

 

 最初の接近時に数回行った百キロ単位の長距離転移は現状行っていない。

 長距離転移(それ)をやられたらコノエでは追いつけないので、そこは運が良かったと言えるだろう。その理由はおそらく時間がかかるからだ。

 

 最初のとき、あの長距離転移は移動ごとに数十秒の間隔が開いていた。

 なので、敵の移動距離は準備時間と関係がある可能性が高い。そのため、背後からコノエが迫る状況では長距離転移の時間を稼げないと判断したのだろう。

 

 ――そして、現状重要なのが。

 乗っ取りと言う力の性質上、乗っ取り先の茸を殺せば転移は出来ない。転移と転移の間にタイムラグが出来て、その間に少し距離を詰めることが出来る。

 

(――だから、僕がするべきことは、敵の移動の妨害。そして接近することだ)

 

 それらを踏まえて、先ほどからコノエは茸の進む先へ槍を投げ、その移動の妨害をしている。茸が進む先を破壊している。

 

(……しかし、それでも詰められない)

 

 追跡が始まってから数分は経ったか。その間、コノエは何度も槍を投げて妨害している。それなのに彼我の距離は変わらず、一向に縮まっていない。

 いや、というよりも、妨害しているからこそ維持できているとも言える。

 

 つまり――敵の移動速度はコノエよりも遥かに速い。

 転移という力、その移動手段としての強さをコノエは見せつけられていた。

 

(……どうする?)

 

 コノエは、思考する。

 焦りを殺し、冷静に考えて。

 

(……、一つ)

 

 そこでコノエは一つ手を思い浮かべる。一息に距離を詰める手段が一つだけ、あった。

 しかしそれは少し問題がある手であって、この状況では使い辛い力で。

 

(…………どうする?)

 

 現状、槍では十分な進路妨害が出来ていない。距離を詰められない。それこそメルミナなら容易く追い詰められただろうが。それは無いものねだりでしかない。

 

 対策するためにはもっと広範囲の殲滅が必要だ。

 しかしそんな攻撃手段をコノエは持っていない。

 

(……)

 

 考える。コノエは考える。

 敵の移動手段、コノエの現状。足りない攻撃範囲、一つある手と、問題と。守るべきものと、失われつつある命。メルミナと、十五年間と。そして――。

 

(………………いや、もしかしたら)

 

 ――コノエは目を細める。

 バチリ、と。コノエの体が帯電した。

 

 

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