転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第26話 故郷と策

 ――これはメルミナの過去の話。

 その始まりは、スラムの片隅だった。生まれたばかりの頃に迷宮の氾濫があって、街が滅んで。一家は住処を失ってスラムに流れてきた。それが最初。

 

 物心がついたころ、メルミナの父はもういなかった。

 逃げてくる過程で魔物にやられたらしい。避難中に襲ってきて、逃げる途中に母が転んで、それを庇って死んだと聞いた。

 

 それで、母はたった一人で残された家族を守ることになった。贖罪するかのように毎日毎日走り回っていた。必死に働いて、いつも疲れていて、毎日日が昇るより早く家を出て、深夜に家に帰ってきた。

 幼いころのメルミナは、母の顔をゆっくりと見た記憶がない。いつも忙しそうにしていて、覚えているのは後姿や真夜中の暗闇で眠る姿ばかりだった。

 

 ……そんな生活をしていたからだろう。

 メルミナが三歳になったころ、母は流行り病であっけなく死んだ。その死に顔が、メルミナが知る母の一番穏やかな顔だった。

 

 そして、その後はお決まりのコースだ。

 メルミナは親を失って、悲しむ暇もなく孤児院に入ることになった。でも突然孤児たちの中に放り込まれて、何もできない幼いメルミナは弱くて、だからいつもいじめられた。

 

 食事を奪われたり、暴力を振るわれたりも珍しくなかった。

 監督する大人たちはいたけれど、目が届かないところは沢山あった。

 

 だから当時のメルミナは毎日泣いていた。悲しくて、苦しくて、悔しくて、でも何もできなかった。

 ただ泣くことしかできなくて――。

 

『――メルミナ、行こう』

 

 でも、五歳になった頃。

 そんな日々に終わりが来た。手を引いて、開拓村に連れてきてもらったんだ。

 

 ◆

 

 ――メルミナが家に帰って、お姉ちゃんに抱きしめてもらって、翌日。

 その日のメルミナは朝から開拓村の仕事をすることになっていた。

 

「――はい、じゃあみんな、この台車にどんどん積みこんでいってー」

「「「「はーい」」」」

 

 メルミナは声をあげる。皆に混じって、手を挙げる。

 目の前にあるのは大人たちが森から持ち帰り、割り、少し年上のお兄さん、お姉さんたちが紐でまとめた汚染樹だ

 

 それを皆で一緒に台車まで運ぶのが今日の仕事で、周囲には同じ位の年頃の子供が沢山いる。

 大きくて重い束を身体強化で頑張って持ち上げて運ぶ。一人で運べないようなら何人かで協力して運ぶ。

 

 結構大変な作業で、終わる頃にはいつもへとへとになっている、そんな仕事だ。

 メルミナは強化が下手なので、いつもあまり運べなくて――。

 

「――あれ? 今日は強化がすごく上手くいくかも!」

「わ、メルミナちゃんすごーい!」

 

 ――下手のはず、なんだけど。不思議なことに、今日はすごく簡単に身体強化が出来る。まるで息をするみたいだ。簡単すぎてびっくりしちゃうくらい。いつもは一つでもふらつく束を二つ一緒に持ってもへっちゃらだった。

 

「ね、ね、どうしたの? メルミナちゃん!」

「え? わかんない!」

 

 友達のナティアちゃんがすごいすごいと褒めてくれる。

 それにメルミナは照れながら、ひょいひょいと運んでいく。なんだかすごく楽で、辛いはずの仕事が楽しいくらいだった。

 

 それでメルミナは調子に乗って、沢山運んで……。

 

「………………ちょ、ちょっと、つかれたかも……」

「……メルミナちゃん……」

 

 ……その結果、あっという間に体力を使い果たす。

 身体強化は基礎的な体力がないとその性能を発揮できないのだ。

 

 だから仕事の後、メルミナは日陰でぐったりする。

 ナティアちゃんが傍で苦笑いしながら扇いで風を送ってくれていた。

 

 メルミナはぐったりとしたままナティアちゃんとしばらくおしゃべりをして……。

 

「お疲れ様、頑張ったね。今日のメルミナは丸瓜大きくしておいたから」

「……え、本当!?」

 

 と、そこで管理のお姉さんがやってきて、そしてご褒美と丸瓜――丸くて、瑞々しくて、とても甘い瓜――を渡してくれる。しかもいつもより大きい奴。メルミナはそれに疲れを忘れて、すぐに起き上がる。

 現金ね、と言われながら笑顔で受け取り、早速かぶりついて。

 

「――」

 

 丸瓜は甘くて、井戸水で冷やしてあるから冷たくて。

 体内から体が冷やされて、夏の暑さを忘れるようだった。

 

 隣にはナティアちゃんがいて、美味しいねって笑い合う。

 そうだ、丸瓜はただただ甘くて――

 

 ◆

 

 ――そして夕方が、やってくる。

 メルミナは仕事の後も作業場でナティアちゃんとおしゃべりをしていた。今度のお祭りで作る花飾りについてだ。どんな色にするか、誰に渡すかと。

 

「――メルミナ? ここにいるの?」

「あ、お姉ちゃん!」

 

 すると、お姉ちゃんが迎えに来てくれる。立ち上がって、駆けよって。

 ナティアちゃんに手を振り、二人で手を繋いで作業場を出て――と、そんなとき、メルミナがちょっとふらついてしまう。頑張りすぎたからかもしれない。

 

 するとお姉ちゃんは――。

 

「――お姉ちゃん、重くない?」

「全然。メルミナはもっと大きくならないとね」

 

 お姉ちゃんがメルミナを背負ってくれる。お姉ちゃんだって一日頑張って働いたはずなのに、疲れているはずなのに。

 それがメルミナは申し訳なくて……でも、同時に嬉しくて。

 

「……」

 

 温かい背中、お姉ちゃん。メルミナをスラムから連れ出してくれた。

 あの日、手を引いてこの村に連れてきてくれた。メルミナの優しくてカッコいいお姉ちゃん。

 

 メルミナはお姉ちゃんが大好きだった。今度の祭りでも花飾りをあげるつもりだった。

 お祭りの花飾りは世界で一番好きな人にあげることになっている。そういう決まりなのだ。

 

「お姉ちゃん、やっぱり重くない?」

「ぜーんぜん。可愛いお姫様は、紙のように軽いもの」

 

 ……お姫様!? とメルミナは驚き……すぐに笑う、お姉ちゃんも笑う。

 

 二人で家へ帰る道のりは楽しくて、嬉しくて、目の奥が熱くなるようで。

 道を照らす夕陽が茜色に輝いていて、遠くからは虫の声が響いていた。

 

「お姉ちゃん」

「なに?」

 

 ただ呼ぶ、お姉ちゃんが半分振り返って、横顔が見える。

 それにメルミナは、なんでもないって返そうとして。

 

「……?」

 

 あれ、と思う、目を擦る。

 今一瞬、お姉ちゃんが悲しそうな顔をしていたような。泣きそうな顔をしていた気がして。

 

「……」

 

 でも、何度か瞬きした後にもう一度見ると、お姉ちゃんは笑っている。

 優しい顔で笑っていて、なんだ、気のせいかなって……。

 

 ◆

 

 ……だから、満たされていたから。

 

 メルミナはもう一歩深い所へ足を進める。

 暗い所へ近づいて、また少し、飲まれていく。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ――そして、舞台は汚染地に戻ってくる。

 コノエは、魔力を回す、そして宣言する。

 

「創造」

 

 ――コノエの魔力が、胸元の魔道具へ向かう。

 それはナイフを造る魔道具だ。その魔法回路に、莫大な量の魔力が流し込まれる。回路が悲鳴を上げる密度の魔力。

 

 過剰な魔力に魔道具が過負荷で赤熱する。

 亀裂が入り、その構造が崩れだして。

 

「接続」

 

 しかし、崩れる回路をコノエの魔力が無理やり繋ぎ留める。

 先のナイフの再構成で掴んだ、意志で無理を通す方法。

 

 稼働を魔力が強制する。壊れた魔道具は使えない、灼けた回路は力を宿せない。そんな当然の道理を、一時、意志(ねがい)と魔力が覆す。

 

 ――そう、この世界は意志こそが何よりも力を持つ世界なれば。

 

「回転」

 

 詠唱する、世界に宣言する。

 慣れぬことをするが故の補助輪。

 

 魔力が回る、輪る、廻る。

 魔道具を想定の数千倍の密度と速度で駆けめぐる。回路から漏れる火花はその量を瞬く間に増していき――。

 

「――創造」

 

 ――刃が、創造される。数千、数万ものナイフが虚空に出現する。

 コノエの周囲に撒き散らされ、その無数の刃が光を乱反射する。

 

「掌握」

 

 そしてコノエはそれを掴む。雷の網を展開する。

 雷網は全ての刃を受け止め、絡めとり、魔力を通し。

 

「射出」

 

 ――それはまるで、雨のように。

 全てのナイフが射ち出される。

 

 数多の刃。瞬く間に数キロの距離を踏破する。

 光線のような軌跡が、虚空に刻み付けられる。

 

『――!!!???』

 

 着弾。魔の森の広範囲が吹き飛ばされる。魔物の前方数キロ四方がナイフに耕される。

 遠くから茸の悲鳴のようなものが響き――。

 

「――!」

 

 ――その瞬間、茸の転移が完全に止まった。

 コノエはそれに全力で踏み込む。その背へと接近していく。小さかった茸の背中が瞬く間に大きくなってくる。もう数百メートルの所まで。

 

(――っ、駄目か)

 

 だが、あと少しの所で、茸が消える、消えた。

 見る。茸は破壊された森を飛び越えて、その先にいた。おそらくギリギリまで時間を使って少し長い距離の転移をしたのだろう。

 

 コノエはすぐにまた走り出すも、茸も転移を再開する。距離はあまり縮まっていない。

 新しい一手を打ったものの、捕まえられなかった。

 

 ……それは失敗のように見えて。

 

「創造」

 

 しかし慌てることなく再度、コノエは詠唱を始める。魔道具が火花を散らす。

 魔道具は、もう何度かは稼働させられそうだ。

 

 そうだ、今のは最善ではない。ないが……()()()()()()()

 少し、距離が縮んだ。それに加えて、コノエは()()()()を打った。

 

(……これなら、あの手が)

 

 ――準備が出来る。そう思う。

 そうだ、あと数回ナイフを撃ち込めば、と。

 

(…………だが、しかし。先の感覚、あれは……?)

 

 でも、そう思いながらも、コノエには一つ懸念があった。

 それは直感のようなもので、確証はない、ないが……。

 

「創造」

 

 詠唱しながらコノエは、数キロ先を見据える。

 そこには高速で転移を繰り返す茸がいて――。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ――その、同じタイミング。

 魔は怯えながら懸命に魂の触手を伸ばしながらも、策を練っていた。必死に策を探していた。

 

 だって先のナイフの雨で、もう少しで捕まるところだった。

 このままでは時間をかければかけるほど追い詰められていくのは明らかだ。

 

 なにか策がいる。現状を打開する策がいる。それがなければ、きっとすぐに捕まってしまう。

 だから魔はありとあらゆる道を模索して。

 

『……NU』

 

 ……いや、実は。魔には一つだけ思いついた策があった。

 それは、成ればこの後の逃走を圧倒的に有利にしてくれるだろう策だ。

 

 成功確率も低くはない。おそらく十に七は成功する。

 準備もすでに終わっていて、すぐにでも使える。そんな策があって……。

 

 ……あるんだけれど。

 

『……NUNU』

 

 ……しかし、それを思い浮かべながらも、魔の心は晴れない。その理由は直感のようなもので、確証はない。でも……。

 

『……NU』

 

 魔は背後に意識を向ける。その周囲に再度展開されたナイフを感じる。

 その気配に、魔は神経を貫くような悪寒を感じ――。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ――つまり、このとき。

 コノエと、茸。この両者の考えていることは図らずとも同じだった。

 

 手はある、起死回生の手はあるが――

 

((――敵も、何か奥の手を持っている))

 

 コノエと茸は共に時間が無い。

 無い中で警戒し、互いの動きを計っている。

 

 どのタイミングで仕掛けるか、どちらが先に仕掛けるか。

 それを両者共に探りつつ――鬼ごっこは、終わりへと向かっていく。

 

 

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