転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第27話 槍と奥の手

 ――そして、その世界に夜がやってくる。

 メルミナは扉の開く音がして、まどろみから覚める。

 

「……?」

 

 気が付くとメルミナはベッドの上に居た。

 なんだか頭の中がぼやけていて、直近の記憶を思い出す。

 

 そうだ、確かメルミナはお姉ちゃんと一緒に食事を作って食べたんだった。それで食べ終わった後、うとうとして……。

 

「……お姉ちゃん?」

 

 家の中を探る。誰の気配もない。さっきの扉の音はお姉ちゃんが出て行く音だったのだろうか。トイレにでも行ったのかもしれないなと、メルミナは思う。この家にはトイレが無いから。

 

「……」

 

 なんとなく、近くの木窓から外を見る。

 夜空が見えて、でもすごく暗かった。月は見えなくて、星も数えるほどしか見えない。曇っているのだろう。

 

「……暗いなぁ」

 

 ポツリとつぶやく。

 暗い、どこまでも暗い空。それがどういう訳か、メルミナには酷く不吉に思えて。

 

「……?」

 

 と、そこで、何かの音が聞こえる。

 家の裏から、風を切るような音が。

 

「――あ!」

 

 そうだ。メルミナは思い出す。

 お姉ちゃんがどこに行ったのか。今何をしているのか。その答えを思い出した。

 

 だからいそいそとベッドから降りて、扉を開ける。

 

「――」

 

 暗い中を家の裏に回る。

 するとそこには……。

 

「――ふっ、――はっ」

 

 ……お姉ちゃんがいる。お姉ちゃんがいて、槍を振っている。

 これが、お姉ちゃんの日課だ。毎日、夜遅くに訓練をしている。強くなりたいんだって、メルミナを守ってあげるって、そう言って槍を振っている。

 

「――」

 

 ――槍の穂先。金属の鈍い輝きがかすかな星の光を反射して、夜空に軌跡を残していた。

 それをメルミナは影から見る。そうだ、メルミナはお姉ちゃんが訓練しているところを見るのが好きだった。

 

 お姉ちゃんは才能があって、すぐに上手くなったらしい。

 槍がひゅんひゅんと風を切っていてカッコいいなといつも思っていて……。

 

「……?」

 

 ……でも、不思議だけど。今日のメルミナは、そんなお姉ちゃんに……少しだけあれって思う。

 なんだかその姿に、違和感がある気がした。何かが違うような。

 

 違うけど、同じように槍を振っている人を、知っている気がして――。

 

「………………???」

 

 あれ? あれ? なんだかおかしい。

 誰かの影。それを思うと、メルミナは胸の辺りが苦しくなる。どうしてだろう。こんなに幸せなのに。大好きなお姉ちゃんがいるのに。皆もいるのに。

 

 ……メルミナには、分からなくて――。

 

「――メルミナ」

「……え?」

 

 気付くと、お姉ちゃんは槍を振る手を止めてメルミナを見ていた。

 その顔は――酷く悲しそうで。泣きそうで。どうしてそんな目で見るんだろうって思う。

 

 だってお姉ちゃんは、いつも笑顔で。優しくて。

 それなのに、なんで――。

 

「――メルミナ、それでいいの?」

 

 メルミナには、分からない。分からないけど、胸が苦しくて。

 

 ◆

 

 ――だから、誰かの影を見たから、お姉ちゃんが悲しい顔で見るから。

 メルミナは、少しだけ、足が鈍る。

 

 ……ああ、でも。

 深い場所へ進む道は、もう果てが近づいて来ていて――。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ――コノエは見る。敵を見て、先を見て、足元を見る。

 ――茸は伸ばす。触手を作って、先へ伸ばして、背後へ伸ばす。

 

 ――コノエはナイフを射ち、雷を回し、己の背の加護を想う。

 ――茸は固有魔法を回し、魂を掴み、己の中の宝物を想う。

 

 それは、時間にして数秒にも満たない探り合い。

 己の持つ手と、敵の隠している奥の手。時間が迫る中でどう使うか。どちらが先に使うか。

 

 そして、何度目かにコノエの撃ち放ったナイフが茸の前方に着弾し――

 

「――――雷よ」

『……!』

 

 ――果たして、先に動いたのはコノエだった。

 短い詠唱。コノエの体に雷が奔り、纏わりつく。皮膚に触れて、()()()()()()()

 

 焼ける、体が焼ける。コノエに激痛が走る。それを知ったことかと踏み潰す。

 内部で雷が拡大していく。コノエの中が、()()()()()()()

 

 肉が雷に変わる、臓器が雷に変わる。

 神経も雷に変わる、体を雷が直接動かす。

 

 ――コノエの体を()()()()()()に近づけていく。

 それはコノエの奥の手の一つ。己自身を雷にすることで魔力との親和性を高める。敵も己も焼き尽くす――五秒で全てが燃え尽きる刹那の一手。

 

「――」

 

 ――コノエが踏み込む。雷轟が響く。

 加速する、加速する、加速する――雷のように空を駆ける。

 

 その速度はこれまでの比ではない。彼我の距離を瞬く間に詰めていく。

 数キロの空白は一秒にも満たない間に消える。

 

「――顕現」

 

 ――ここに、雷の化身は顕れる。

 雷の渦が世界を灼く。世界を金に塗り替えるその渦は、汚染地もろとも茸を破壊し尽くさんとし――。

 

「――っ」

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 ――魔は、コノエとほぼ同時に動いていた。

 触手を伸ばす。魂の触手を伸ばす。全力で伸ばす。届く限り、少しでも遠く――八本、伸ばす。

 

『……NUUUUU!』 

 

 そして、己の()()()()

 引き千切る。魂の十分の一を千切って、それをさらに七つに裂く。

 

『……』

 

 激痛、喪失感、混濁する意識。

 己の存在が否定されたような、生きながらに脳を己自身で切り分けるような、そんな欠落。

 

 魔は一瞬、己を見失いそうになり……。

 

『――NU!』

 

 ――それでも、渇望故に踏みとどまる。

 渇望(あい)は、己の中に。その事実こそが魔を魔、たらしめてくれる。

 

 そして、伸ばした触手八本に己自身を乗せて――。

 

「――っ!」

 

 策は、成った。その瞬間、魔は見る。雷になった使徒の、驚愕した顔。

 それはそうだろう。何故なら――今、使徒の目には魔が八体映っているはずだ。

 

 魔は同時に八体の眷属を乗っ取った。その魂は全てが本物で、気配も同じ。違うのは魂の大きさだけ。

 元いた地点を中心に、半径一キロの円の中に八体配置されている。

 

「……!」

 

 使徒が顔を歪めながら進路をわずかに変える。全てを狙うことはきっと出来ない。そのような場所に茸は己を配置しない。

 魔も使徒の速さと広さは予想外だったが、それでも、いくつかは、なんとか掻い潜れる。

 

 つまりこれは、魔の命を賭けた運試しだった。

 使徒が当てれば己は終わり。しかし外せば魔は一手、逃れることが出来る。

 

 魔に選択権はない。使徒が誰を狙うかは運を(じゃしん)に任せるしかない。

 そして魔のそんな賭けの結果は。

 

『――NU!』

 

 使徒は、空から落ちる雷のような軌道を描きながら六カ所を根こそぎ穿って消滅させていく。

 残ったのはたったの二つで――。

 

 ――しかし魔はまだ生き残っている! 魔は、賭けに勝利した!

 

『――NUUUUU!』

 

 魔は躍動する、触手を伸ばす。手に入れたのは僅かな時間。

 その間に、魔は()()()()()()()へと触手を伸ばす。

 

 そこは――使徒の後方だった。使徒の攻撃によって破壊され尽くした荒地の方角、ここまで移動してきた道へ向かう。

 つまり、これまでの道を()()するということ。その狙いは、ただ一つ。

 

 ここまで来た道ということは、その先には、()()()がある!

 

『……NU、NU、NU!』

 

 魔は笑う。そうだ。魔の狙いはこれだった。

 使徒の攻撃。それは広範囲を焼くものが多い。一直線に貫くものが多い。余波が広範囲に広がるものが多い。つまり、向かう先に開拓村があれば、使徒はその攻撃を使い難くなるのではないだろうか。

 

 知っている。魔は知っている。使徒は、人を守るのだ。事実、探っている途中、守っている記憶をいくつも見た。

 開拓村に居るのは弱い弱いただの人。吹き飛ばした石が頭に当たれば死んでしまうような、普通の人。だから、それを巻き込むような攻撃は使えない。

 

『……NU、NU、NU、NU、NU!』

 

 笑う、嗤う、魔は嗤う。これで間違いなく敵の手は鈍る。

 そうして、開拓村の近くまで逃げ切れば魔の勝ちだ。村人を人質にとって、時間を稼ぐ。そして長距離転移すればいい。それこそが、魔の策だった。

 

 これまでは下手に逆走したらそれこそ焼き尽くされていただろうが、敵の急接近を逆手に取ってすれ違った。あとは、この位置関係を維持するだけだ。

 

『……NU、NU、NU!』

 

 笑いが止まらない。魔は背後を見る、使徒を見る。

 その姿は先程の雷の姿から元に戻っている。ここまで出し渋っていた辺り、長時間使えるものではないのだろう。

 

 つまり、この勝負はもう魔の勝ちで――。

 

『――NU?』

 

 ――あれ? そこで魔は思う。

 どうしてだろう。背後の使徒が、こちらへ跳ぶ表情が、何故か悔しがってない。その表情はむしろ。

 

 何故、と魔は思い、それでも元来た道へと触手を伸ばす。

 今更引けなくて、村へ向けて転移して――。

 

『――』

 

 ――どうして、雷がこんなところに?

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「――連鎖」

 

 コノエは呟く、詠唱する。世界にその魔法を宣言する。

 すると、ここまでバラ撒いてきたナイフが一斉に光り始める。連結する。無数のナイフが雷で繋がる。そして――。

 

「――発現」

 

 ――雷が(ほとばし)る。森に雷の壁が出来る。

 複数回撒いたナイフとナイフの間にあった茸が、そしてそこからさらに広がった先の茸が雷で焼かれる。ここまで来た方角を雷が埋め尽くす。瞬く間に森の茸は焼き尽くされていく。

 

『――』

 

 転移した茸の前には、ただ雷がある。その先の茸は全て焼けた。

 何が起きているのかといえば、これこそが()()だった。奥の手の保険。

 

 コノエは跳躍する。壊れた体を無理矢理治し茸へ跳ぶ。

 茸はコノエを出し抜き、開拓村の方へと向かおうとしていた。そこを活路だと思ったのだろう。

 

 ――それを、コノエが初めから最も警戒していたことも知らずに。

 

 そうだ、コノエは最初からこの状況をこそ、懸念していた。

 背後の開拓村、そこが己の弱点だと理解していた。

 

 だから、準備した。奥の手自体は最初から使えたけれど、それでも。

 なにせ雷化は、デメリットが大きい。莫大な魔力消費に、壊れた体の一時的な後遺症。

 

 もし、何らかの手で避けられたら、大きな隙をさらす。その可能性は敵が災厄である以上、十分にあった。実際に避けられた。

 あの状態で開拓村を盾にされれば取れる選択肢が大きく狭まる。メルミナも助けられない。だから保険が必要だった。

 

 大量にバラ撒いたナイフによる、雷の壁。

 それはこれまでの道を完全に塞いでいる。周囲の茸を焼き尽くし、乗っ取る先を全て焼いた。

 

 ――茸はもう、行き止まりにいる。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 つまりこれは、認識の差だった。

 

 茸は、使徒が開拓村を守る者と知っていた。使徒は人を守るのだと知っていた。……しかし、その認識は、攻撃がし辛くなる程度だった。

 

 コノエは、最初から開拓村を忘れてはいなかった。メルミナを想いながらも、己が開拓村を守る者だと知っていた、己が人を守るのだと知っていた。だから、最初からメルミナと開拓村を、どうすれば守れるか考え続けていた。

 

 ……これは、ただ、それだけの話だ。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「――顕現」

『――NU!?』

 

 槍が雷霆を纏う。空を切る。

 茸が反応したときにはもうすでに遅く。

 

『――NUNU――――――!?』

 

 ――神の雷が落ちる。茸の本体が貫かれる。

 その固有魔法もろとも茸は焼かれていき――。

 

 ◆

 

 ――でも、何かが、後方で。

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