転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第28話 十五年

 ――魔の本体は、燃え尽きた。

 固有魔法と共に雷に焼かれた。

 

 戦いは使徒の勝利に終わった。

 開拓村は救われた。多くの命が救われ、邪悪は滅んだ。それは間違いない。

 

 ――しかし。

 

『……nu』

 

 ……ほんの僅か、一欠片だけれど。

 それでも、魔はまだ残っていた。

 

「――な、に!?」

 

 使徒が魔に振り向く。でもすでに準備は終わっている

 もう触手は伸ばされている。本体から別れた瞬間に伸ばし始め、今はもう遥か先へと伸ばされている。

 

『――nu』

 

 それは、魔の切り分けられた内の一つだ。

 魔が魂を一割千切り、それをさらに七つに分けた最後の一つ。

 

 全体から見れば一、二パーセント、ほんの一欠片でしかない。

 いくら魂の権能を持つ魔でも、長くは生きられない。数分先にはもう死んでいるかもしれない。そんな僅かな欠片。

 

 ……しかし、それでも。

 その魂は、確かに災厄の魔だった。

 

 そして、固有魔法も残っている。

 ごくごく小さな世界。元を知っていれば見る影もないくらいに小さくなったとしても、確かに残っていて――。

 

『――nu!』

 

 ――今、その中に宝物が入っている!

 一番大切な宝物は、その中に入っている!

 

 最後の瞬間、槍に貫かれる直前。魔の本体は、宝物を、魔の欠片へと投げた。

 触手は伸ばせなくて、そんな時間なくて、移動はできなくて、でも大切な宝物だけは失わないよう、欠片に逃がした。

 

 それを欠片は受け取った。投げられた宝物を大切に大切に受け取った。

 本当は、魔は己の魂を投げることも出来たけれど。そうしたら、もしかしたら十パーセントくらいは残せたかもしれないけれど。十パーセントあれば生き延びることも出来たかもしれないけれど、それよりも、宝物を取った。だってそれが魔の渇望(ねがい)だから。

 

 ――死ぬのなら、最後まで宝物と共に。

 

「――待、て!」

 

 使徒がこちらへ走りながら悲壮な顔で叫ぶ。気づいたのだろう。しかし、もう準備は終わっている。

 だから、これで終わりだ。長距離の移動に、使徒は追いつけない。勝利しつつも、使徒は最後の詰めを誤った。

 

 それで、この戦いは終わりだった。

 魔は死んでしまうけれど、それでも己の渇望だけは守り抜いた。魔はこれから誰の手も届かない場所で、宝物と最後の一時を――。

 

 ―――――あれ? 赤い――。

 

 ◆

 

 ――メルミナは、そのとき世界がブレるのを感じた。

 

「……え?」

 

 メルミナは何かがおかしい気がした。

 直感的に、いきなり世界が小さくなった気がした。

 

「……っ?」

 

 そして気付く。空が明るくなった。

 見ると、そこには――雷があった。雨も降っていないのに、金色の雷が空で輝いていた。

 

 夜なのに、昼のように明るい。

 メルミナの隣ではお姉ちゃんも訓練する手を止めて空を見ている。ぽかんと口を開けている。

 

「……」

 

 ……メルミナは何故だろう、あれ、と思う。

 その雷を見ていると、なんだか凄く胸が苦しくなってくる、なんだか頭の奥が疼いてくる。そうだ、おかしい。

 

 ……メルミナは何か、大切な事を忘れているような気がして。

 

「雷――精神干渉が、解けた?……メルミナ!」

「……お姉ちゃん?」

「メルミナ、聞いて。あなたはここに居てはいけないの!」

 

 お姉ちゃんが叫ぶ。突然叫ぶ。

 泣きそうな顔でメルミナを見ている。必死な顔で、槍を投げ捨ててメルミナの肩を掴む。

 

「あなたは、この村に居てはいけない!」

「……え?」

 

 ……居てはいけない? どうして? なんでそんなこと言うの?

 違和感を忘れてメルミナは思う。だってこの村はメルミナの故郷なのに。ここはこんなに楽しいのに。幸せなのに。ここにはお姉ちゃんがいて、皆もいるのに。

 

 どうして……。

 

「メルミナ、外は、楽しくなかったの?」

「……外?」

「あのお兄さんは、アデプトのお兄さんは、メルミナにとってどんな人なの?」

 

 ……アデプト?

 

 メルミナは、知らず顔をあげる。そこにはやっぱり雷がある。

 それを見ていると……心のどこかが、何かを叫んでいる気がする。色は少し違うけれど、この雷をずっとずっと見ていた気がして。

 

「……ぁ」

 

 ――そうだ。知っている。

 その男を知っている。一人の男の背中を思い出す。十五年を共に過ごした。

 

 メルミナが、気になっている(ヒト)

 ずっと、後ろ姿を目で追っていて、会わなかった十年もずっと気になっていた。

 

 想うだけで、胸が締め付けられるような、そんな気持ちがあった。

 本当はもっと会いに行きたかった。一緒に居たかった。……でも。

 

『――この想いは、本当にわたしのものなのかなぁ』

 

 メルミナは記憶がないから、この気持ちが本当に自分の物か分からなくて。

 覚えてないのに汚染地を守りたくなるような、失った記憶からの執着じゃないかと怖かった。この感情は嘘なんじゃないかって。

 

 だからメルミナは、悩んで、すごく悩んで、会いに行けなくて――。

 

 ――でも、もしかして、今なら分かるんだろうか?

 

 ◆

 

 ――思い出す。あの男と初めて会ったのは、二十五年前。学舎の訓練場だった。

 訓練場に集まった同期の中に、毛色が違う男が一人混ざっていた。それがあの男だ。

 

 異世界人の男。呼ばれたばかりらしく、木の枝みたいに細くて、筋肉がなくて、体力もなかった。おまけに魔力がない世界から来たとかで身体強化もまともに出来なかった。

 

 訓練ではいつもドベ。メルミナは下から二番だったけれど、それでも大きな差がついていた。走れないし、避けられないし、いつもボロボロだった。

 皆、長くは持たないなって言ってた。メルミナもそう思った。基礎的な力が全然足りていない。

 

 だから、メルミナとしてはあの男に特別な興味を持つことはなかった。

 ああ、そんな人もいるんだなって、大変そうだなって、それくらい。

 

 しかも、そのうちにメルミナは知った。

 あの男、どうやら訓練後も一人残って槍を振っているらしいと。休日もだと。

 

 それにメルミナは、明らかに頑張りすぎで、自滅する気かと思った。

 メルミナはその男に正気かと呆れて――。

 

『――夜、訓練? 槍?』

 

 ――でも、なぜだろう。呆れているのに、そんな噂に気が引かれた。それまで特別な印象はなかったのに、妙に気が引かれた。だから訓練場まで見に行った。

 

 そこにはあの男がいて、夜遅くまで一人槍を振っていて……。

 

『……ぁ』

 

 ……メルミナはあの男が訓練している姿を見て、目を離せなくなった。

 喪ったものを見ている気がして、知らない感情が胸にあって――ああ、今ならわかる。あの時メルミナは失った過去……姉とあの男を重ねていた。

 

 ……だから、つい近づいて、声をかけたんだ。

 

『――ね、あなた随分と頑張っているのね』

 

 ……つまり、このときメルミナは。

 

 過去の記憶に振り回されて、声をかけた。それが答えだ。

 だから、結果はずっと恐れていたように――。

 

 ◆

 

「――ああ、そうか。そうだったんだ」 

「メルミナ?」

「……はは、バカみたい」

 

 ……メルミナは理解する。

 姉の呼びかけに返事をする余裕がないくらい、ショックを受けていた。

 

 だって、あれは、メルミナの感情じゃなかった。喪った記憶と重ねて、だから気を引かれた。意味も分からないうちに声をかけた。

 

「……なんだ、やっぱり嘘だったんだ」

 

 ――そうだ。そもそもの話。

 この十年間、メルミナが己の気持ちが本物か悩んでいたのも、最初のこれが原因だった。

 

 最初にあの男に声をかけたきっかけが、理解できなかったから。

 己の感情が知らないうちに変わった気がして、この想いが本物か分からなかった。

 

 だから、メルミナは十年も悩んだ。会いにも行けなかった。

 ……別に他の想いを否定されるのはよかった。私は良いことをしているんだからと笑っていられた。でもこの想いを否定されるのだけは――。

 

 ――この恋を否定されるのだけは、どうしても嫌だったから。

 

 ……そして、その真相は。

 記憶を取り戻して、答え合わせをした結果は。

 

「……この二十五年は、何もかも、私のものじゃなかったんだ」

「……そ、そんな」

 

 結果は、最悪だった。ずん、とメルミナの胸の奥が重くなる。やっぱり嘘だったんだ。過去に捕らわれていて、だから惹かれた。

 思わず笑ってしまいそうになる。十年以上の恋が否定された。それが悲しくて、悲しくて、なんかもう全部嫌になってくる。

 

 そうだ、あのときメルミナは、姉に重ねていたから、あの男に声をかけた。

 そして次の日も――。

 

 ◆

 

 ――メルミナは、翌日。あの男に声をかけた。

 なんだか妙に気になって、会いたくなった。それでメルミナは翌日の朝の基礎訓練の後、あの男に。

 

『その、また会ったわね。……ね、あなた、私が一緒に……』

 

 魔法授業の前に、そう声をかけた。

 一緒に組まないかって。その返事は。

 

『……えっ誰?』

 

 ◆

 

「――いや、おかしいでしょ!」

「え!?」

「誰ってなによ! なんで忘れてんのよ!」

 

 ――思い出した。あいつすっかり忘れてたんだ。

 しかも後でごちゃごちゃ言い訳してた。すごく疲れてて忘れてたとか、つい口が滑ったとか。いやまあ、確かに基礎訓練の後だったし、あいつ血まみれ泥まみれの青白い顔でふらついてたけど。

 

 それで……それで、メルミナは、すごくムカついて――。

 

 ◆

 

『――昨日話したでしょ!? 夜訓練してるとき! なんでこの美少女を忘れてんのよ!』

『……え、いや』

『よく見なさい! そして覚えなさい! ――おい、目を逸らすな!』

 

 ……ああ。そうだった。これがきっかけだ。

 メルミナがあいつにだけ、自分のことを美少女と言うようになったきっかけ。忘れられていたのが許せなくて……それで、つい叫んでいた。

 

 記憶を失ったメルミナにとって己の顔だけが確かで、可愛さに自信を持っていたから。なのにあいつは忘れていて、腹が立った。知らないところで惹かれていたからなおさらだ。

 

 それで、もう忘れないようにってしばらく言い続けたら……途中からお決まりの文句になった。いつの間にかそれが自然になっていた。それが、メルミナとコノエの最初だった。

 

 ◆

 

「あ、はは……そっか。そっちだった」

「……メルミナ」

「……違う、全然違うよ」

 

 ――そうだ。考えるまでもなくコノエは姉とは全然違う。

 目の前の姉と似ても似つかない。

 

 というか同じところがない。姉みたいに優しくないし……いや優しいけど絶望的に察しが悪い。

 全然違うし、これっぽっちも同じじゃない。重ねたのは最初だけだ。

 

 だから、これは。

 この想いは――。

 

「姉さん……私たち、十五年一緒にいたの」

「……」

 

 メルミナとコノエはそれだけの間ずっと一緒にいた。

 能力が近くて、組むことが多かった。訓練のときも、魔物の討伐練習も。何度も二人で組んだ。

 

 だから、メルミナはコノエのことをよく知っている。

 良いところも、悪いところもたくさん知っている。

 

 コノエは察しが悪いし、人に興味がないし、顔も覚えないし、目を見て会話ができない。いっつも不愛想で笑わないし、食事が適当過ぎて少し目を離したら毎日レンガみたいな保存食を食べてたりするし、同じ服ばかり沢山買ってコートの下はいっつも同じ格好だし。なんか人として色々駄目だと思う。

 

 ……でも、いつも誠実であろうとしているやつだ。どれほど大変な事でも、一歩一歩進んで行けるやつだ。人のために、当たり前のように行動できるやつだ。

 いっつも不愛想で真顔だけど……本当に偶に、静かに、穏やかに笑うやつでもあって。実はその顔が、メルミナは大好きだった。

 

 それに――そうだ、メルミナは、夜訓練するコノエの姿をずっと見ていた。

 それは姉のようにすごいから見ていたんじゃなくて。カッコいいから見ていたんじゃなくて。

 

 才能なんてなくても、どんなに疲れていても懸命に努力する姿を見ると、メルミナは私も頑張らなきゃって思えた。隣を歩きながら、私もって思った。

 ……一緒に歩いていたから、だから、好きだった。きっと、あの拷問のような試練を乗り越えられた理由の一つがそれだった。

 

 ――十五年。長い長い期間。

 一緒に苦しんで、一緒に泣いて、一緒に喜んだ。

 

 朝、おはようって言って、食堂で一緒にご飯を食べた。

 昼、血を吐きながら、一緒に走った。

 夜、疲れたわねって言いながら、一緒にため息を吐いた。

 訓練で魔物の前に放り出されて、一緒に戦って。

 森の中で野営して、レンガ保存食を取り上げて、同じ鍋を一緒につついた。

 

 ……訓練の後、一緒に見上げた星空は、ただただ綺麗だった。

 大半が物騒でも、苦しくても、それだけじゃなかった。そんな毎日があった。だから――。

 

「――よかったぁ、わたし、あいつのこと好きだったんだ」

 

 ――それが、答えだった。

 

 ずっと一緒にいたから、だから好き。

 メルミナは、メルミナとして、コノエのことを好きになった。十五年かけて、好きになったんだ。

 

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