転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
――そして。
「……メルミナ」
「姉さん」
気が付けばメルミナは視線の高さが変わっていた。
それまでの八歳児のものではなく、目の前の姉と同じ高さ。メルミナの本来の身長であって、姉は三十三年前から変わってなかった。
時の流れを感じる。三十三年。村での人生の四倍を、メルミナは外で過ごした。
……そのうちの半分は、コノエと共に。
「メルミナ、大きくなったね」
「……うん」
メルミナは、取り戻す。思い出す。過去も、今も。
メルミナは大人になった。アデプトになった。人を救う、神の使徒だ。
「……」
メルミナは己の中にあった渇望が落ち着いていくのを感じる。
一度は渇望に飲まれてしまったけれど……もう思い出した。メルミナは、姉を、過去を、故郷を取り戻せた。
――願いは、叶った。欠落は満たされた。
だから、メルミナは帰らなくてはいけない。
敵に捕らわれてずっと夢を見ている訳にはいかない。
村は楽しくて、姉もいて、幸せで、それでも。
……会いたい人も、いるし。
「……姉さん、私帰らないと」
「うん」
「……でも、どうやって脱出しようかな」
メルミナは、改めて周囲を見る。
おそらくここは敵の固有魔法の中だ。魂を操る権能。どうやれば抜け出せるかと。
己の中に意識を向けても魔力を感じない。
魂だけになっているからだろうか。
……こういうときは――。
「メルミナ、大丈夫」
「え?」
と、姉の声。姉は空を見ている、雷を見ている。
そして、小さく、すごいなぁ、と呟く。その顔は……外見相応の少女のような顔で。メルミナは初めて見る表情だった。
「――うん、これなら送り出せる」
と、姉がメルミナから一歩近づき、笑った。
「――メルミナ、あなたにもう一度会えてよかった。それだけで、この三十年に意味があったと思える」
「……姉さん?」
「成長した姿を見られてよかった。立派な姿が見られてよかった。……アデプトになったんでしょ? すごいじゃない」
姉は、嬉しそうに、優しく笑う。
幸せそうに、目を細めてメルミナを見る。
「メルミナ、あなたの姉であることを誇りに思うわ」
「……ぁ」
――それは、どこまでも純粋な賞賛だった
スラムから連れ出してくれた姉。メルミナをいつも守ってくれた姉。
そんな姉からの言葉に、メルミナは、胸の奥が締め付けられるような気がして。
「……だから、立派になった妹を精一杯送り出してあげなくちゃね」
そして姉は、胸の前で両手を水を掬うように合わせて――。
「……え?」
――ふと、光が生まれた。
赤い、真っ赤な光だ。
姉の掌に光の玉が浮かんでいた。
魔力、ではない。
もちろん、悍ましい力でもない。これは……。
「……それ、まさか固有魔法?」
メルミナが呟く。間違いなく固有魔法――魂の力だった。
どうして姉が……?
……あれ? それに、思い出す。
メルミナは、この光をどこかで見たことがあるような。
「……ぇ?」
気付く。これは、この色はあのときの。
あの日、記憶を失ってスラムの教会で目覚めた後、全部失った中で、たった二つ覚えていた――。
『――目が覚めると、私は、ほとんど全ての記憶を失っていた。辛うじて覚えていたのは何か真っ赤な光と、そして誰かが呼んだ名前だけよ』
――あの日、名前と、赤い光だけが、メルミナの中に残っていた。
「……姉、さん」
まさか、と思う。メルミナは、思い出す。繋がっていく。
過去の記憶と、今目の前にある光。そうだ、コノエにも話した。
『きっと私は滅んだ村か街のどこかに住んでいたの。瘴気が迫ってきて、逃げだして……そして、その途中で私は大怪我をした』
『大怪我?』
『頭よ。ひどく損傷していて、血まみれだったらしいわ。……でも偶々、高位の治癒魔法使いが近くにいた』
――実は、メルミナには一つ、ずっと不思議に思っていたことがある。
記憶を失って目を覚ました日のことだ。
あの日、メルミナは脳を失っていた。記憶を失うほどに抉られていた。きっと死ぬまでの時間はほとんどなかったはずだ。
……でも、それなのに。
そんな僅かな時間に、偶然、メルミナは見つけてもらえた。
そして、偶然、高位の治癒魔法使いがいて、魔力が余っていて治してもらえた。
偶然、優しいシスターも居て、知り合いもいないのに意識を失ったメルミナをスラムの教会まで連れて行ってもらえた。
偶然、偶然、偶然。
あの日のメルミナは、全部偶然で助けてもらえて――。
「――」
――本当に?
あまりにも、都合が良すぎるんじゃないか。
あまりにも、運が良すぎるんじゃないのか。
この残酷な世界で、そんな
でも――。
「
――本当は、全部偶然じゃなかったとしたら。
祈りと共に、メルミナの体が、赤い光に包まれる。
温かい、とても温かい光。そして、ふわりと浮き上がる。
「……行ってらっしゃい、メルミナ」
昇っていく。メルミナは昇っていく。
空で輝く雷の方へと昇っていく。
メルミナには分かる。分かった。
その魔法は、名前の通り送り出すものだ。
赤い揺り籠で包んで、守って、安全なところまで送り届ける。ただそれだけの力。
きっと救われるようにと、幸せになれるようにと、どれほど遠くても送り出す力。
――メルミナは、あの日も姉に救われていた。
「――姉、さん、どうして」
思わず、メルミナは姉にどうしてと問いかける。
意味はメルミナもよく分かっていない。あまりにも多くの感情が混ざりすぎている。でも、その中で一番大きな意味を取り出すのならば。
……それはきっと――どうして、ここまでしてくれるのか、そんな言葉で。
「……」
そんなメルミナの言葉に、姉はただ、無言で笑顔を送る。
優しくて、温かい、そんな笑顔。
――そうだ、その笑顔は。
――かつて、孤児院からメルミナの手を引いて連れ出してくれたときと同じ笑顔だった。
メルミナは、揺り籠で運ばれながら姉の顔を呆然と見て。
「――っ」
そして、そこでメルミナは我に返る。
姉が、ただ一人地上に残っている。
「姉さん!」
「……」
メルミナは叫ぶ。手を伸ばす。
しかし、姉はどんどん遠ざかっていく。姉が取り残されてしまう。この、魔物の
メルミナにそんなことは、自分だけ救われるなんて――。
「――」
――だから、
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――そうしてメルミナは現世に帰って来る。
メルミナの周囲には神様の加護があって、それをメルミナは手で突き破る。
「……メルミナ!?」
声がする、コノエの声だ。
メルミナは加護から這い出す。そして気付く。コノエの背に自分がいる。そして周囲の状況。焼けた地面。空気の臭い。雷化か。コノエが体を灼いて戦ったのだと理解する。
ああ、私のために頑張ってくれたんだなと思う。幸せになる。
お礼しないとって思うし、目の前の頬に頬を摺り寄せたくなって――。
「――」
――でも、その前にメルミナにはやるべきことがあった。
メルミナは、見る。千里を見通す固有魔法で見る。茸の魔物を見る、深奥を見る、腹の奥、固有魔法の奥の奥。つい先ほどまで己がいた場所、見通せないはずがない。
(……収束)
赤い閃光が走る。圧縮され、砂粒ほどの太さの閃光。
強く強く圧縮された力は、その貫通力と速度を増幅し。
『――nu!?』
茸を、貫く。そして、掬い出す。
中に入っていた魂を、神の加護をもって包み込む。その中に居るのは。
「姉さん」
メルミナは、姉に語り掛ける。
姉さん、ずっと守ってくれてありがとう。助けてくれてありがとう。救ってくれて、ありがとう。とても嬉しかった。
……でも、一つだけ勘違いしている。
あなたの妹は、もう、守られるだけではない――!
レンズが空を走る。そして、魔物から弾き飛ばされた白い神様の加護を受け止める。
そのままメルミナの元へ戻ってきて、メルミナは抱きしめる。
「――おかえり」
――こうして、メルミナと姉は、現世に帰ってきた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
……そして、貫かれた茸は。