転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
――魔は、死んでいく。
焼かれて、撃ち抜かれて死んでいく。
宝物を失って、魂はほんの僅かにしか残っていなくて。
その残った魂も大気中にどんどん拡散していく。
『――』
終わる。己は終わる。ここで終わる。
それを魔は理解していた。どんどん己が散っていく中、魔が思うのは――
『――nu』
――ただ、赤い光のことだった。
◆
――これは、そもそもの話だ。
茸は何をしたかったのか、茸の願いとは何か、茸がどんな魔物だったのか、そんな話。
その始まりは、デーモンの集落の中にあるゴミ捨て場だった。
ゴミ捨て場は深い穴になっていて、その底に茸は発生した。ゴミが積もった地面と、丸く切り取られた空が茸の最初だった。
力も知能もない茸。最初は穴から出ることも出来なかった。そして、出たいと思うこともなかった。ただただ穴の底にいた。意味もなく空を眺め続けていた。
何日も何十日も眺めた。それしかすることがないような、そんな生き物だった。……本当なら、茸はそのうち何かの切っ掛けでポンと死んでいたはずだ。
――でも、そんな茸に転機が訪れたのは、ある日のこと。デーモンが穴に上から何かを投げ捨てた。それは茸の目の前に落ちて……本能で気付いた。それは食べ残しだ。デーモンの食べ残し、つまり――人の、肉だった。
茸は喰らった。そして、僅かな知能を手に入れた。魔物は、人を殺せば殺すほど強くなる。人を食べれば食べるほど賢くなる。茸は学んだ。ここに居れば、また同じものが降ってくるかもしれない。
『――nu』
そうやって、降ってくるものを食べ続けた。知能が高まっていった。人を殺してないから強くはなれなかったけれど、賢くなっていった。
落ちている物を見て物を知った。漏れ聞く声を聞いて言葉を知った。
――茸は、少しずつ、少しずつ成長していった。
そのうちに穴を上るだけの知恵を手に入れて、外に出てみた。
そして今度はデーモンを見て、デーモンを学ぶことにした。
茸は穴の横に立って、デーモンたちを見続けた。
デーモンたちが暮らす様子。楽しそうに笑う様子。許せないと怒る様子。悲しそうに泣く様子。そして――愛し、愛される様子。
茸は感情を、愛を知った。それは、キラキラ輝いているように見えた。
宝石のようで、見惚れて、それが世界で一番美しいように見えた。
だから自分も入れて欲しいと思って、近づいてみて……しかしデーモンは茸を受け入れなかった。
邪魔だと攻撃された。集落から追い払われた。後になって思えば、殺されなかっただけましだったのかもしれないが。
――茸は、デーモンに追放された。そしてデーモンは駄目なのだと学んだ。
では同胞であればどうだろうと、同じ茸に近づいた。しかし、他の茸は知性を持っていない。弱いからだ。己だけが例外なのだと茸は学んだ。
……茸は、一人ぼっちだった。
憧れて、でも手に入らなかった。追い出されて、見ることも出来なくなった。愛を知っているのに、情を知っているのに。愛は綺麗で、情はいつだって美しかったのに。
……でも、どうやっても手に入らなくて。
茸は森の中嘆いた。嘆いて、でも何かが欲しくて移動し続けた。
そうしているうちに、人の集落が見えてきた。彼らはキラキラと輝いていて――茸は根源から湧き出る殺意を抑え、近づいた。そして……。
『――魔物だ!』
……当然のように、攻撃されて逃げ出した。
そして三度間違えて、茸は学んだ。傷だらけで賢い茸は学んだ。己は異端なのだと。あの中には入れないのだと。
……だから、せめて見ていたいと思った。傍で見ることが出来れば、この寂しさが少しは紛れると思った。人やデーモンの子供が虫を捕まえて覗き込んでいたように。茸も、キラキラ輝く愛を捕まえて、見ていたいと思うようになった。
『
己の内に世界を作った、肉は入れられないから、魂を抜き取った。
魔法で世界を再現して、その中で生活させた。でも少し時間が経つと、内部でパニックが起きた。止めるために魂を操って、精神状態や記憶を操作したり、同じ時間を繰り返させたりした。一番きれいな姿を見せてくれるように調整した。
『……NU』
茸は、キラキラを眺め続けた。愛を、情を、眺め続けた。そして、そうやっているうちに、どんどん強くなった。魂を抜き取るのが殺しであると邪神に判断されたらしい。
強くなったら世界を広げられるようになって、ますます沢山捕まえて、世界を広げていった。下級、中級、上級、最上級、災害級。どんどん進化した。
そして、長い年月が経って、茸の中はどこまでも広がって。
――茸が、あの輝きに出会ったのはそんなときだった。
『……メルミナ、大丈夫、大丈夫だから……!』
あの日、三十三年前。茸は、迷宮の氾濫を傍から見ていた。
溢れる魔物と、逃げる人間。壊れる結界と、瘴気に侵され泣き叫ぶ人々。
茸はその様子を遠くから見ていた。そこにはたくさんの情があるからだ。人は、追い詰められれば追い詰められるほど綺麗な輝きを見せてくれる。
だからしばらく眺めて、綺麗な愛を持った人間がいたら、捕まえて虫かごに入れようかなと。そう思って――。
――茸は、ふと一人の少女を見た。
少女は泣きじゃくる妹を抱えて、街道を走っていた。でもその背後には、
『お、お姉ちゃん……』
『メルミナ、心配しなくていい……ぐぅっ!』
少女はガルムに甚振られていた。遊ばれていた。ガルムはどうやら妹を狙っているようだった。それを姉は必死に守っていた。どうやら、いつまで妹を庇っていられるかを楽しんでいるらしい。
ガルムは姉が耐え兼ねて一人で逃げ出すのを待っているのだ。妹が見捨てられて絶望するのを待っているのだ。
茸は、そんな二人を見ていた。二人の情を見ていた。キラキラしていたから。いつ放り出すんだろうかと。それとも、最後まで抱えているのだろうかと。ただずっと見ていた。
『お姉――ぁっ』
『あ……メルミナ!』
――しかし、それは唐突に終わった。ガルムが狙いを逸らして、妹の頭を抉ってしまったからだ。血があふれて、目から光が消えて。
茸は、ああ、これで終わりなんだなと。そう思い――。
『
――いいや、違った。終わらなかった。赤い、赤い輝きがあった。
周囲を魔物に囲まれた中で、姉は己ではなく、妹を生かした。
ガルムに迫られ、瘴気に汚染されながらも、逃がした妹の幸福を祈っていた。命を賭した願い、どこまでも純粋な、愛の形。
それが、とてもキラキラしていて――。
――ああ、そうだ。
――茸は、何よりも美しい輝きを見た。
とてもとても美しいもの。その輝きがあまりにも綺麗で。
一目で、心を奪われた。もっともっと見たいと思った。
――そのとき、茸は、災厄の茸は。
その輝きに、少女に恋をした。初恋だった。絶対に最初で最後の恋だった。
だから茸は――。
◆
――魔は、死にゆくこの瞬間も、恋している。
少女のことを、ただ想い続けている。
使徒との戦いで、魔は命も他の全てを捨ててでも、一番の宝物――彼女を手放さないようにした。それは綺麗だからで、渇望だからで、恋をしていたからだ。
『――nu』
彼女が居れば、別に根源からの殺意なんてどうでもよかった。数十年、魔は人を殺さなかった。
彼女が
彼女が村を見て反応したから、調べた。
かつて彼女が逃がした妹を見つけて、捕まえようとした。また、あの光が見たかった。そのためなら生存本能も魂を裂く痛みもなんてことなかった。
……そうだ、全ては、この恋のためだった。
でも、今、魔の傍には彼女が居ない。
それが魔は、悲しくて。どうしようもないくらいに悲しくて――。
『――nu、uu』
……だから、魔は。使徒に焼かれ、貫かれた魔は。
宝物を、初恋を奪われ、たった一人で消えつつある魔は。
『――nuu、uuuuuuuuuu!』
――魔は、魂のほとんどを失ってもなお、叫ぶ。
だって、寂しい。最初のあのときのような、ひとりぼっちはもう――。
『nuuuuuu、UUUUUUUUUUUU、NUUUUUUUUU!!!!!』
――だから、魔は、諦められない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――もう駄目かと思ったら、メルミナが帰ってきた。
取り戻せないまま敵は逃げようとしていたのに、帰ってきた。
コノエは呆然とメルミナを見る。
守れなかったと思ったのに。失敗したと思ったのに。帰ってきた。
背中から降ろし、まじまじと見る。手も握ってみる。
頬は血の気が通って赤くなっていた。手の平は柔らかくて、温かかった。
――確かに、生きていた。
メルミナは小さく、あなたと姉さんのおかげよと言う。
そして詳しい話を聞く。メルミナが落ちた先の話、取り戻した記憶、囚われていた姉。そして固有魔法。コノエはメルミナの手の中の
「――!」
――周囲で爆発が起きたのは、そのときだった。
森……いいや、違う。爆発したのは森じゃない。
茸だ。森に生えていた茸。
無数に生えてきた茸が、すべて爆発した。
そして、その破片が――どこかへ向かって飛んでいっている?
向かう先は……。
「――コノエ、ここから北に三百キロ先よ。茸の残骸が集まっていってる」
「……茸……まさか、まだ終わってなかったのか……?」
もう終わったと思ったんだが、とコノエは頬を引きつらせる。
どこまでしぶといんだと、げんなりしつつ。
……でもまあ、必要なら戦うしかないが、とも思う。
そんなコノエの前でメルミナは手を伸ばして、レンズを――。
「――っ!」
「……メルミナ?」
レンズの生成が、一つ、二つというところで止まる。
何がと思い、そこでコノエも気づく。メルミナからほとんど魔力を感じない。
「……ごめんなさい。死んでる間に魔力がかなり抜けちゃったみたい」
「ああ……」
「武装を使うのは厳しいかも」
そういえば死ねば魔力って抜けるんだった。
それならメルミナはもう戦えないか、と思う。まあ、それならコノエがやればいいだけでもあるが。
「身体強化がギリギリ、かな。少しでも節約したいから背負って連れて行ってくれる?」
「……ああ」
コノエは、メルミナを言われたように背負い、走り始める。
そして、メルミナが固有魔法で指示する方へと向かい――。
――
――
――
「――――――――その、コノエ」
「……なんだ?」
「……ごめんね、十年間会いに行かないで」
途中、突然メルミナがそんなことを言い出す。
十年会いに行かないって……まあ確かにほとんど会わなかったけれど。
「……それは」
でもそれは謝られることじゃないとコノエは思う。
そんなのはメルミナの勝手だし、仕事もあったんだろうし。会う用事がなかっただけだろう。
コノエは別に気にしてないし、気にするような道理もない。
そうなるべきものが、当然のようにそうなっただけだ。
だから、なんで謝るんだと問い返そうとして……。
「……………………」
……ああ、でも、あのとき。
それまで十五年よく組んでいたメルミナが突然居なくなって。少し、少しだけではあるけれど、コノエは、隣を。
あれは、当時のコノエに理由は分からなかったけれど。
……いや、考えないようにしていただけなんだろうか。
「………………いや」
「そう? ……ごめんね」
まあ、なんにせよ、メルミナが謝るようなことじゃない。
でも、首に回っているメルミナの手に少し力が入る。背中に、少し強く温度が伝わってくる気がして――。
――
――
――
――そして、また静かな時間があった。
コノエはただ茸のいる方へと走り続ける。崩壊した森の上空を走る。
そこは茸に破壊され、ひっくり返された森の上。
魔物も動物も死に絶えた命のない土地。
茸の
(……僕は、守れなかったのに)
何度目かに、そう思う。守れなかったのに、帰ってきた。
コノエは、その鼓動を感じる。確かにメルミナはそこに居る。メルミナの姉が助けてくれた。
……コノエは、命をただ感じて。
「…………」
……そうしているうちに、霧が周囲に現れ始める。
魔力の籠った霧。段々と濃くなっていくその向こうでは――残骸をかき集めて巨大化しつつある茸が。
まだ数十キロは距離が残っているはずだ。
それなのに目で見えるくらいに巨大化しつつある茸。コノエはいったいどこまで大きくなるのかと――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『――NU』
――その頃、魔は、ただ収集していた。
森のばら撒いた眷属を、その体を、その魂を。
――そして、繋ぎとめる。
バラバラになった己の魂を、眷属の魂で繕う。
失った体を無数の眷属で作り上げる。
それを魔は
『……』
……魔は、見る。繋ぎながら見る。近づきつつある、使徒と宝物……いいや、彼女を見る。
己の体はもう駄目だけど。魂もいつまで持つか分からないけれど。それでも、魔は足掻きながら見る。
『――NUNU』
――だって、あなたに会いたい。
――あなたを、見ていたい。
そして――。
『――NUNU、NU』
――どうか、行かないで。
――ひとりぼっちは、どうしても嫌なんです。
…………ああ、本当は。
魔も、本当は、分かっている。
魔は情を、愛を見てきたから。己がどれだけ間違ったことを言っているのかも分かっている。どれだけ自分勝手なことを言っているのかも分かっている。
魔は、きっと一番最初で間違えた。今も取り返しがつかないくらいに間違え続けている。
こんなことを言う権利はない。あるわけがない。わかっている。ごめんなさい。
『――NUNU、NUNUNUNU』
――でも、さみしくて、さみしくて。
――誰も傍にいてくれない、
……魔はそのために、ずっと間違え続けた。
そして、間違えたまま終わろうとしている。
刻一刻と肉体は崩壊しつつあって、繋いだ端から壊れていくよう。
欠片程の魂は、ほんの一瞬でも気を抜けば霧散してしまうような有様。
でも、それでも。
魔は最後に、彼女に、一度だけでもと――。
『――NU』
――だから、そう願うから。
――魔は、ここに継ぎ接ぎの魂で新たな魔法を作り上げる。
『
――魔は見据える。
己に迫る使徒を見据える。金色の使徒を見据える。
彼女との間の、最大の壁を見据える。
……この魔法は、彼女にまた会うために。
戦うこと自体が間違っているけれど、もう魔にはこれしかないから。
――
――使徒の弱点を、顕わにするだけの力。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――コノエは、気付く。
周囲の霧がどんどん濃くなっていく。
そして――うっすらと霧の中に、人の影が現れ始める。
それにコノエは警戒し――。
「……なにこれ。影を作る魔法?」
「……メルミナ?」
「この霧よ。固有魔法みたいだけど……こんな力で、何を?」
メルミナが
何のことかとコノエは――。
――そのとき。
『……コノエ』
「――?」
声が、響いた。それは――それは?
コノエを呼ぶ声で、でもメルミナのものじゃない。
『コノエ』『コノエ』
『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』
『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』
影が、コノエの名を呼ぶ。
その声に、コノエは、聞き覚えが――。
『『『コノエ、こちらを見なさい』』』
――霧に映った影が、三つ像を結ぶ。
そこには、コノエの父と、母と、家政婦がいた。