転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第30話 茸と帰ってきた人

 ――魔は、死んでいく。

 焼かれて、撃ち抜かれて死んでいく。

 

 宝物を失って、魂はほんの僅かにしか残っていなくて。

 その残った魂も大気中にどんどん拡散していく。

 

『――』

 

 終わる。己は終わる。ここで終わる。

 それを魔は理解していた。どんどん己が散っていく中、魔が思うのは――

 

『――nu』

 

 ――ただ、赤い光のことだった。

 

 ◆

 

 ――これは、そもそもの話だ。

 茸は何をしたかったのか、茸の願いとは何か、茸がどんな魔物だったのか、そんな話。

 

 その始まりは、デーモンの集落の中にあるゴミ捨て場だった。

 ゴミ捨て場は深い穴になっていて、その底に茸は発生した。ゴミが積もった地面と、丸く切り取られた空が茸の最初だった。

 

 力も知能もない茸。最初は穴から出ることも出来なかった。そして、出たいと思うこともなかった。ただただ穴の底にいた。意味もなく空を眺め続けていた。

 何日も何十日も眺めた。それしかすることがないような、そんな生き物だった。……本当なら、茸はそのうち何かの切っ掛けでポンと死んでいたはずだ。

 

 ――でも、そんな茸に転機が訪れたのは、ある日のこと。デーモンが穴に上から何かを投げ捨てた。それは茸の目の前に落ちて……本能で気付いた。それは食べ残しだ。デーモンの食べ残し、つまり――人の、肉だった。

 

 茸は喰らった。そして、僅かな知能を手に入れた。魔物は、人を殺せば殺すほど強くなる。人を食べれば食べるほど賢くなる。茸は学んだ。ここに居れば、また同じものが降ってくるかもしれない。

 

『――nu』

 

 そうやって、降ってくるものを食べ続けた。知能が高まっていった。人を殺してないから強くはなれなかったけれど、賢くなっていった。

 落ちている物を見て物を知った。漏れ聞く声を聞いて言葉を知った。

 

 ――茸は、少しずつ、少しずつ成長していった。

 

 そのうちに穴を上るだけの知恵を手に入れて、外に出てみた。

 そして今度はデーモンを見て、デーモンを学ぶことにした。

 

 茸は穴の横に立って、デーモンたちを見続けた。

 デーモンたちが暮らす様子。楽しそうに笑う様子。許せないと怒る様子。悲しそうに泣く様子。そして――愛し、愛される様子。

 

 茸は感情を、愛を知った。それは、キラキラ輝いているように見えた。

 宝石のようで、見惚れて、それが世界で一番美しいように見えた。

 

 だから自分も入れて欲しいと思って、近づいてみて……しかしデーモンは茸を受け入れなかった。

 邪魔だと攻撃された。集落から追い払われた。後になって思えば、殺されなかっただけましだったのかもしれないが。

 

 ――茸は、デーモンに追放された。そしてデーモンは駄目なのだと学んだ。

 では同胞であればどうだろうと、同じ茸に近づいた。しかし、他の茸は知性を持っていない。弱いからだ。己だけが例外なのだと茸は学んだ。

 

 ……茸は、一人ぼっちだった。

 

 憧れて、でも手に入らなかった。追い出されて、見ることも出来なくなった。愛を知っているのに、情を知っているのに。愛は綺麗で、情はいつだって美しかったのに。

 

 ……でも、どうやっても手に入らなくて。

 

 茸は森の中嘆いた。嘆いて、でも何かが欲しくて移動し続けた。

 そうしているうちに、人の集落が見えてきた。彼らはキラキラと輝いていて――茸は根源から湧き出る殺意を抑え、近づいた。そして……。

 

『――魔物だ!』

 

 ……当然のように、攻撃されて逃げ出した。

 そして三度間違えて、茸は学んだ。傷だらけで賢い茸は学んだ。己は異端なのだと。あの中には入れないのだと。

 

 ……だから、せめて見ていたいと思った。傍で見ることが出来れば、この寂しさが少しは紛れると思った。人やデーモンの子供が虫を捕まえて覗き込んでいたように。茸も、キラキラ輝く愛を捕まえて、見ていたいと思うようになった。

 

固有魔法(オリジン)――()()()()()()()()()()

 

 己の内に世界を作った、肉は入れられないから、魂を抜き取った。

 魔法で世界を再現して、その中で生活させた。でも少し時間が経つと、内部でパニックが起きた。止めるために魂を操って、精神状態や記憶を操作したり、同じ時間を繰り返させたりした。一番きれいな姿を見せてくれるように調整した。

 

『……NU』

 

 茸は、キラキラを眺め続けた。愛を、情を、眺め続けた。そして、そうやっているうちに、どんどん強くなった。魂を抜き取るのが殺しであると邪神に判断されたらしい。

 強くなったら世界を広げられるようになって、ますます沢山捕まえて、世界を広げていった。下級、中級、上級、最上級、災害級。どんどん進化した。

 

 そして、長い年月が経って、茸の中はどこまでも広がって。

 

 ――茸が、あの輝きに出会ったのはそんなときだった。

 

『……メルミナ、大丈夫、大丈夫だから……!』

 

 あの日、三十三年前。茸は、迷宮の氾濫を傍から見ていた。

 溢れる魔物と、逃げる人間。壊れる結界と、瘴気に侵され泣き叫ぶ人々。

 

 茸はその様子を遠くから見ていた。そこにはたくさんの情があるからだ。人は、追い詰められれば追い詰められるほど綺麗な輝きを見せてくれる。

 だからしばらく眺めて、綺麗な愛を持った人間がいたら、捕まえて虫かごに入れようかなと。そう思って――。

 

 ――茸は、ふと一人の少女を見た。

 少女は泣きじゃくる妹を抱えて、街道を走っていた。でもその背後には、狼魔(ガルム)が迫っていた。

 

『お、お姉ちゃん……』

『メルミナ、心配しなくていい……ぐぅっ!』

 

 少女はガルムに甚振られていた。遊ばれていた。ガルムはどうやら妹を狙っているようだった。それを姉は必死に守っていた。どうやら、いつまで妹を庇っていられるかを楽しんでいるらしい。

 ガルムは姉が耐え兼ねて一人で逃げ出すのを待っているのだ。妹が見捨てられて絶望するのを待っているのだ。

 

 茸は、そんな二人を見ていた。二人の情を見ていた。キラキラしていたから。いつ放り出すんだろうかと。それとも、最後まで抱えているのだろうかと。ただずっと見ていた。

 

『お姉――ぁっ』

『あ……メルミナ!』

 

 ――しかし、それは唐突に終わった。ガルムが狙いを逸らして、妹の頭を抉ってしまったからだ。血があふれて、目から光が消えて。

 茸は、ああ、これで終わりなんだなと。そう思い――。

 

固有魔法(オリジン)――願()()()()()()()()()揺り籠』

 

 ――いいや、違った。終わらなかった。赤い、赤い輝きがあった。

 

 周囲を魔物に囲まれた中で、姉は己ではなく、妹を生かした。

 ガルムに迫られ、瘴気に汚染されながらも、逃がした妹の幸福を祈っていた。命を賭した願い、どこまでも純粋な、愛の形。

 

 それが、とてもキラキラしていて――。

 

 ――ああ、そうだ。

 ――茸は、何よりも美しい輝きを見た。

 

 とてもとても美しいもの。その輝きがあまりにも綺麗で。

 一目で、心を奪われた。もっともっと見たいと思った。

 

 ――そのとき、茸は、災厄の茸は。

 その輝きに、少女に恋をした。初恋だった。絶対に最初で最後の恋だった。

 

 だから茸は――。

 

 ◆

 

 ――魔は、死にゆくこの瞬間も、恋している。

 少女のことを、ただ想い続けている。

 

 使徒との戦いで、魔は命も他の全てを捨ててでも、一番の宝物――彼女を手放さないようにした。それは綺麗だからで、渇望だからで、恋をしていたからだ。

 

『――nu』

 

 彼女が居れば、別に根源からの殺意なんてどうでもよかった。数十年、魔は人を殺さなかった。

 彼女がくすんでしまっ(げんきがなく)て、輝い(わらっ)てほしくて。故郷に戻って何かきっかけを見つけられたらと思った。それが今回の始まりだった。

 

 彼女が村を見て反応したから、調べた。

 かつて彼女が逃がした妹を見つけて、捕まえようとした。また、あの光が見たかった。そのためなら生存本能も魂を裂く痛みもなんてことなかった。

 

 ……そうだ、全ては、この恋のためだった。

 

 でも、今、魔の傍には彼女が居ない。

 それが魔は、悲しくて。どうしようもないくらいに悲しくて――。

 

『――nu、uu』

 

 ……だから、魔は。使徒に焼かれ、貫かれた魔は。

 宝物を、初恋を奪われ、たった一人で消えつつある魔は。

 

『――nuu、uuuuuuuuuu!』

 

 ――魔は、魂のほとんどを失ってもなお、叫ぶ。

 だって、寂しい。最初のあのときのような、ひとりぼっちはもう――。

 

『nuuuuuu、UUUUUUUUUUUU、NUUUUUUUUU!!!!!』

 

 ――だから、魔は、諦められない。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ――もう駄目かと思ったら、メルミナが帰ってきた。

 取り戻せないまま敵は逃げようとしていたのに、帰ってきた。

 

 コノエは呆然とメルミナを見る。

 守れなかったと思ったのに。失敗したと思ったのに。帰ってきた。

 

 背中から降ろし、まじまじと見る。手も握ってみる。

 頬は血の気が通って赤くなっていた。手の平は柔らかくて、温かかった。

 

 ――確かに、生きていた。

 

 メルミナは小さく、あなたと姉さんのおかげよと言う。

 そして詳しい話を聞く。メルミナが落ちた先の話、取り戻した記憶、囚われていた姉。そして固有魔法。コノエはメルミナの手の中の加護(あね)を見て呆然として――。

 

「――!」

 

 ――周囲で爆発が起きたのは、そのときだった。

 

 森……いいや、違う。爆発したのは森じゃない。

 茸だ。森に生えていた茸。

 

 無数に生えてきた茸が、すべて爆発した。

 そして、その破片が――どこかへ向かって飛んでいっている?

 

 向かう先は……。

 

「――コノエ、ここから北に三百キロ先よ。茸の残骸が集まっていってる」

「……茸……まさか、まだ終わってなかったのか……?」

 

 もう終わったと思ったんだが、とコノエは頬を引きつらせる。

 どこまでしぶといんだと、げんなりしつつ。

 

 ……でもまあ、必要なら戦うしかないが、とも思う。

 そんなコノエの前でメルミナは手を伸ばして、レンズを――。

 

「――っ!」

「……メルミナ?」

 

 レンズの生成が、一つ、二つというところで止まる。

 何がと思い、そこでコノエも気づく。メルミナからほとんど魔力を感じない。

 

「……ごめんなさい。死んでる間に魔力がかなり抜けちゃったみたい」

「ああ……」

「武装を使うのは厳しいかも」

 

 そういえば死ねば魔力って抜けるんだった。

 それならメルミナはもう戦えないか、と思う。まあ、それならコノエがやればいいだけでもあるが。

 

「身体強化がギリギリ、かな。少しでも節約したいから背負って連れて行ってくれる?」

「……ああ」

 

 コノエは、メルミナを言われたように背負い、走り始める。

 そして、メルミナが固有魔法で指示する方へと向かい――。

 

 ――

 ――

 ――

 

「――――――――その、コノエ」

「……なんだ?」

「……ごめんね、十年間会いに行かないで」

 

 途中、突然メルミナがそんなことを言い出す。

 十年会いに行かないって……まあ確かにほとんど会わなかったけれど。

 

「……それは」

 

 でもそれは謝られることじゃないとコノエは思う。

 そんなのはメルミナの勝手だし、仕事もあったんだろうし。会う用事がなかっただけだろう。

 

 コノエは別に気にしてないし、気にするような道理もない。

 そうなるべきものが、当然のようにそうなっただけだ。

 

 だから、なんで謝るんだと問い返そうとして……。

 

「……………………」

 

 ……ああ、でも、あのとき。

 それまで十五年よく組んでいたメルミナが突然居なくなって。少し、少しだけではあるけれど、コノエは、隣を。

 

 あれは、当時のコノエに理由は分からなかったけれど。

 ……いや、考えないようにしていただけなんだろうか。

 

「………………いや」

「そう? ……ごめんね」

 

 まあ、なんにせよ、メルミナが謝るようなことじゃない。

 でも、首に回っているメルミナの手に少し力が入る。背中に、少し強く温度が伝わってくる気がして――。

 

 ――

 ――

 ――

 

 ――そして、また静かな時間があった。

 コノエはただ茸のいる方へと走り続ける。崩壊した森の上空を走る。

 

 そこは茸に破壊され、ひっくり返された森の上。

 魔物も動物も死に絶えた命のない土地。

 

 茸の肉片(したい)が飛び交う音だけが聞こえる世界で、しかしコノエの背中には確かな鼓動があった。

 

(……僕は、守れなかったのに)

 

 何度目かに、そう思う。守れなかったのに、帰ってきた。

 コノエは、その鼓動を感じる。確かにメルミナはそこに居る。メルミナの姉が助けてくれた。

 

 ……コノエは、命をただ感じて。

 

「…………」

 

 ……そうしているうちに、霧が周囲に現れ始める。

 魔力の籠った霧。段々と濃くなっていくその向こうでは――残骸をかき集めて巨大化しつつある茸が。

 

 まだ数十キロは距離が残っているはずだ。

 それなのに目で見えるくらいに巨大化しつつある茸。コノエはいったいどこまで大きくなるのかと――。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

『――NU』

 

 ――その頃、魔は、ただ収集していた。

 森のばら撒いた眷属を、その体を、その魂を。

 

 ――そして、繋ぎとめる。

 

 バラバラになった己の魂を、眷属の魂で繕う。

 失った体を無数の眷属で作り上げる。

 

 ()()ぎの魂。今にも崩壊しそうな体。

 それを魔は渇望(さみしさ)で繋ぎとめる。渇望(ねがい)で稼働させる。渇望(こい)で、心を奮い立たせて――。

 

『……』

 

 ……魔は、見る。繋ぎながら見る。近づきつつある、使徒と宝物……いいや、彼女を見る。

 己の体はもう駄目だけど。魂もいつまで持つか分からないけれど。それでも、魔は足掻きながら見る。

 

『――NUNU』

 

 ――だって、あなたに会いたい。

 ――あなたを、見ていたい。

 

 そして――。

 

『――NUNU、NU』

 

 ――どうか、行かないで。

 ――ひとりぼっちは、どうしても嫌なんです。

 

 …………ああ、本当は。

 魔も、本当は、分かっている。

 

 魔は情を、愛を見てきたから。己がどれだけ間違ったことを言っているのかも分かっている。どれだけ自分勝手なことを言っているのかも分かっている。

 

 魔は、きっと一番最初で間違えた。今も取り返しがつかないくらいに間違え続けている。

 こんなことを言う権利はない。あるわけがない。わかっている。ごめんなさい。

 

『――NUNU、NUNUNUNU』

 

 ――でも、さみしくて、さみしくて。

 ――誰も傍にいてくれない、異端(わたし)には、こうすることしか出来なかった。

 

 ……魔はそのために、ずっと間違え続けた。

 そして、間違えたまま終わろうとしている。

 

 刻一刻と肉体は崩壊しつつあって、繋いだ端から壊れていくよう。

 欠片程の魂は、ほんの一瞬でも気を抜けば霧散してしまうような有様。

 

 でも、それでも。

 魔は最後に、彼女に、一度だけでもと――。

 

『――NU』

 

 ――だから、そう願うから。

 ――魔は、ここに継ぎ接ぎの魂で新たな魔法を作り上げる。

 

固有魔法(オリジン)――()()()()()()()()()()()()()()()()()()星』

 

 ――魔は見据える。

 

 己に迫る使徒を見据える。金色の使徒を見据える。

 彼女との間の、最大の壁を見据える。

 

 ……この魔法は、彼女にまた会うために。

 戦うこと自体が間違っているけれど、もう魔にはこれしかないから。

 

 ――魔法(これ)は、ただ、障害(しと)を退けるためだけの力。

 ――使徒の弱点を、顕わにするだけの力。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ――コノエは、気付く。

 周囲の霧がどんどん濃くなっていく。

 

 そして――うっすらと霧の中に、人の影が現れ始める。

 それにコノエは警戒し――。

 

「……なにこれ。影を作る魔法?」

「……メルミナ?」

「この霧よ。固有魔法みたいだけど……こんな力で、何を?」

 

 メルミナが(いぶか)しげに呟く。

 何のことかとコノエは――。

 

 ――そのとき。

 

『……コノエ』

「――?」

 

 声が、響いた。それは――それは?

 コノエを呼ぶ声で、でもメルミナのものじゃない。

 

『コノエ』『コノエ』

『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』

『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』

 

 影が、コノエの名を呼ぶ。

 その声に、コノエは、聞き覚えが――。

 

『『『コノエ、こちらを見なさい』』』

 

 ――霧に映った影が、三つ像を結ぶ。

 そこには、コノエの父と、母と、家政婦がいた。

 

 

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