転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』
影が現れる。記憶の底に眠っていた影が現れる。
コノエはそれに意識を吸い寄せられる。思わず動きが止まり――。
「――――」
「……なに、この人たち。コノエに似てる……?」
――メルミナの声に、意識を取り戻す。
似てる、そうか、そうだろう、血は繋がっている。
血だけは、しかし――。
『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』
『『――お前が、邪魔なんだ』』
……しかし、コノエは――。
「――っ!?」
――でも、その瞬間、コノエは気付く。
横から何か巨大なものが迫ってくる気配。
「――っ」
コノエは跳躍し、躱す。そして見る。
それは巨大な触手だった。茸の質感を持った触手。もうすぐそこまで迫った巨大な茸の化け物から生えている。
パッチワークのように継ぎ接ぎで作られた茸の化け物。
子供が作った粘土細工のような見た目のそれは、遥か天を衝く大きさまで育っている。目算、五千から六千メートル。
『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』
『『――お前なんて、産まなければよかった』』
敵がいる。だから、コノエの意識はそちらへ向かう。
声は無視する。影に意味はない。物理的な存在も、価値もない。
――ただ、少し耳障りなだけだ。
『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』
『お前さえいなければ』『お前のせいで』『無駄な金が』
「………………」
「……コ、コノエ」
コノエは見る。茸は触手を操っている。人の数十倍は太い巨大な触手。
ぶよぶよとしていて、何かの液体が所々噴き出している。崩壊寸前なのが見てわかる。己の重さで潰れていくような有様だ。しかし、その巨大さゆえに決して侮れない威力を持つ。
直撃すれば、流石に痛いかもしれない。この大きさは攻撃を通すためか。
……が、まあ、大きいだけでもあった。本体含め、コノエならば簡単に焼き尽くせる。
『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』
『何もするな』『余計なことをするな』『お前なんか私の子じゃない』『なんでいるの?』
「――顕現」
コノエは槍を造り出す。もう魔力も残りが少なくなってきた。
接近し、最大火力で消し飛ばしてしてやろうと踏み込み――。
――でも、その瞬間。
コノエの足元に影が現れる。三つの影。
縋り付くように。捕まえるように。殴りつけるように。
嫌悪に塗れた顔で、ゴミでも見るような顔で、三人が現れる。
「――!」
コノエは、思わず後ろに跳躍する。……影に実体はない。必要のない回避だった。
己のミスに歯噛みし――そんなコノエの前にボコボコと影が現れる。無数に同じ顔が現れて、コノエを見つめる。罵倒する。否定する。
『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』
『こちらを見なさい』『ゴミを家に持ち帰るな』『迷惑をかけるな』
コノエはそれに――どうでもいいと吐き捨てる。
昔の話だ。何十年前も前のこと。もう子供じゃない。下らないことだった。実体もなければ、呪いがこもっているわけでもない。無視すればいい。
……ただ、少しうっとおしいだけだ。
『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』
『面倒な』『邪魔だ』『家出でもしたらどうだ?』『帰ってこなくていいから』
……そんな言葉、知っているよ。
何度聞いたと思っている。今更だ。どこまでも今更だった。耳障りなだけ。
『―――NU、U、UUUU!』
『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』
触手が迫る。声が邪魔だ。槍を振る。触手が千切れて轟音を立てる。
次の触手が迫ってくる。それを避ける。影は何処までもまとわりついてくる。
手を伸ばし、見下し、視線を妨げる。
ぐちゃぐちゃと不快な音を出し、意識の集中を妨げる。
「……っ」
コノエは舌打ちする。全てを焼き払いたくなってくる。
――神威武装がドクン、と跳ねる。
胸の奥、何かが滲み出してくる。
それはほんの少し前、メルミナが倒れたときと同じ場所だった。コノエが知らなかった……目を逸らしていた、
黒い何かが、奥深くから溢れてくる。
幼い日の自分が背中から見ている気がする。何か、沢山の残骸を抱えて今のコノエを見ている。砕けた筆立てに、それだけじゃない他の色んな物。失ってきた物。
抑圧、抑圧、抑圧――そして喪失、喪失、喪失。
ああ、ああ、そうだ。
コノエは、もう失いたくなくて――。
『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』
『あーあ、消えてくれればいいのに』『要らない子』
「――」
ドクン、ドクンと神威武装が鼓動する。鼓動はだんだんと速くなる。
冷静に。どこまでも冷静に。後ろの巨大な茸もろとも、影を全てを消し飛ばしてやろうと――。
『コノエ』『コノエ』『コノ――』
「――うるさい」
………………え?
――でも、そのとき、声がした。
閃光に影が貫かれる。赤い閃光が貫いた。赤い光は何本も現れて、影を次々と貫き霧を吹き散らしていく。
「……本当に、五月蠅い……!」
レンズが、コノエの周囲に展開されていく。
一枚は十枚になり、十枚は百枚に。百枚は千枚に――。
――周囲を、空を、レンズが埋め尽くしていく。
「――口を閉じろ、クズども……!!!!」
空から無数の光線が降ってくる。霧を貫いて、影は消えていく。
コノエの首に回った手に力が入って――気付く。
「……メルミナ」
「ごめんなさい、失言だったわ。こんなのがあなたに似てるわけがない」
コノエは――メルミナの手を見る。
それは、どんどん白くなっていっている。表面が白質化し、バキバキとヒビが入ってきている。
「……メルミナ、命を魔力に」
――これは、生命不足の症状だ。
魔力を失った魔法使いの最後の手段。己の肉体を魔力に変える方法。細胞の一つ一つを潰し、魔力へと変えていく。――己の存在を根底から食いつぶす方法。
アデプトならば少し時間を掛ければ治すこともできるが……しかし相当の苦痛を伴う方法であって。己で己の腕を少しずつ削ぎ落とすようなもので。
「……どうして、こんなことを」
コノエには分からない。何も分からない。
こんなことをしなくても、自分がすぐに――。
――ぽたり、と。コノエの首筋に熱い雫が落ちる。
それは……それは?
「……え?……メル、ミナ、泣いて……いるのか?」
「泣いてないわよ。泣くわけないじゃない。酷いこと言われてるのは私じゃないのに」
そう言いながらも、ぽたりぽたりと雫が落ちる。首筋を伝う。
それが熱くて、どうしようもなく熱くて。驚いて、コノエは胸の中の衝動を忘れていく。
「……メルミナ?」
「勘違いしないで。この腕も、痛みも、あなたのためじゃない。私が、うっとおしいから潰しているの。……そうね、少し日和っていたわ」
……日和る?
「魔力がないから、戦えない? 戦う必要がないから、戦わない? 腕が痛いから、潰せない? ――下らない」
メルミナの手がバキバキと崩れていく。右手が駄目になれば、次は足が崩れ出す。
それと同時に、天を覆う赤は一秒ごとに勢いを増していく。
「『――あなたたちは人類の守護者。力なき民の、最後の砦。敗北は許されない。なによりも強くなければならない』『腕が落ちたら足で戦いなさい。足を失えば這って噛みつきなさい。死んでも戦いなさい。無辜なる民の盾となりなさい。それが――』」
空から降り注ぐ光線は、霧を吹き散らし、触手を打ち払っていく。
一本また一本と茸の触手は減っていく。
「――それが、アデプトでしょ?」
「……教官の」
思い出す。一番最初を思い出す。訓練中、嫌になるほど聞いた言葉。学舎に入ったばかりの頃は毎日毎日聞かされていた。
走りながら、槍で貫かれながら。もう体に染みついている言葉だった。
……そうだ。それが、アデプトだ。
コノエとメルミナが、十五年を共に過ごして目指した場所。
「さ、じゃあ終わらせましょう? 私も一緒に戦うからすぐよ。
……あのね、もしかしたらさっき死んで情けないところ見せちゃったから、忘れてるかもしれないけれど」
「……うん?」
――赤光が世界を照らす。
それは夜と雲と混ざって空を染め上げていく。まるで夜明けの一瞬のように。
空を埋め尽くすレンズが輝き、幾何学模様を描く。瞬く間に霧を、森を、触手を焼いていく。全方位からの隙間のない掃射は回避も防御も許さない。
茸は必死に暴れるも、空を飛ぶレンズは捉えられない。一方的な攻撃。圧倒的な広範囲殲滅能力。
「――実は、私、すっごく強いのよ」
「…………ああ、知っているよ」
知っている。コノエは知っている。
なにせ、昔から一緒に戦っていたんだ。下級、中級、上級、最上級、災害級。次の階梯の魔物に挑むときは、大体彼女が隣にいた。
一緒に戦って、勝利してきた。
だから、コノエはずっと知っていた。
「……そうか。それは……頼もしいな」
「でしょう?」
今、コノエの傍に、メルミナがいた。
かつて、十年前、共に訓練をしていた時のように。頼れる人がいた。
……コノエが失敗しても、帰ってきた。
それを成してくれた
「………………」
……コノエは前を向く。そして耳を澄ませる。
影はもう見えない。全て赤い光が蹴散らした。
声は聞こえない。耳元で笑う声が吹き消してくれた。
胸の澱みは消えて、背中には戻ってきた温もりがあった。
それが温かくて、本当に温かくて。
少しだけ、良いのかなと思える。
少しだけ、体から力が抜けたような気がする。
――だって、首筋に伝う雫が何時までも熱を持っている気がした。
「――顕現」
十字槍が作り出される。
神の槍。金の輝き。その光の作り出す影に、コノエは、一人の子供がいるような気がした。
ずっと、同じところで立ち止まっていた子供。
沢山の残骸を抱えた子供。いつまでも影に捕らわれたままの子供。
その子供は、熱で少しだけ、背中を押されたような気がして――。
「……ありがとう。じゃあ行こうか」
「――ええ」
――だから、ほんの一歩、前へ歩けたから。
――コノエの両足に白と金の光が宿る。
光はコノエの足を包み込んで、新たなる形を造り出す。
魂に宿る神の武装が拡張される。槍から溢れ出す。
――神の脚甲が、その姿を現す。
その輝きは、纏わりつく
「――」
コノエは一歩踏み出す。そして跳ぶ。高く、高く。
彼我の距離は数度呼吸するうちに消え、茸の真上にコノエは辿り着く。
コノエが槍を構える。雷が宿る。
茸は、そんなコノエを継ぎ接ぎの顔で見上げて。
『――NU』
小さく呟く。
そして――
「――」
――神の雷が、茸を貫いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『――NU』
――そして、魔は堕ちていく。
どこまでもどこまでも、地の底まで堕ちていく。
薄れゆく意識と、散り行く魂。
かすれた視線の先には。彼女を包む加護があった。
そんな、消え行く
『――』
――あの日。三十年前の氾濫のことだった。
妹を抱え、逃げる少女と、それを傍観していた魔。
過ぎ去った過去に、魔はもしもを見る。
もしも――あのとき、仮に魔が少女を助けていたら。どうなっていたんだろうと、そんな意味のないことを考える。
下らない仮定。ありえない妄想。
でも、そうなっていたら、何かが変わったのだろうかと。
捕まえるのではなく、間違えるのではなく。
あそこで引き返せていたら、何かが、と――。
『――NUNUNU』
――ただただ堕ちながら、魔は空を見上げる。
恋した人は見えない。白い神の手で隠されている。
間違え続けてしまった魔には、見えない。見えるはずが、なかった。
……でも、もしも、次があるのなら。
あってくれるのならと、魔は思う。
そんな都合のいいことが、あるのならば。
――そのときは、絶対に間違えないと。
魔は、
『――NU』
――魔は、地の底へと消えていった。
【雑ステータス】
コノエ
基礎能力 5500→6000 神威武装Lv2→Lv3
固有魔法 0
明日、エピローグです
そしてちょっとしたお知らせもあったりします。