転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第31話 熱

『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』

 

 影が現れる。記憶の底に眠っていた影が現れる。

 コノエはそれに意識を吸い寄せられる。思わず動きが止まり――。

 

「――――」

「……なに、この人たち。コノエに似てる……?」

 

 ――メルミナの声に、意識を取り戻す。

 

 似てる、そうか、そうだろう、血は繋がっている。

 血だけは、しかし――。

 

『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』

『『――お前が、邪魔なんだ』』

 

 ……しかし、コノエは――。

 

「――っ!?」

 

 ――でも、その瞬間、コノエは気付く。

 横から何か巨大なものが迫ってくる気配。

 

「――っ」

 

 コノエは跳躍し、躱す。そして見る。

 それは巨大な触手だった。茸の質感を持った触手。もうすぐそこまで迫った巨大な茸の化け物から生えている。

 

 パッチワークのように継ぎ接ぎで作られた茸の化け物。

 子供が作った粘土細工のような見た目のそれは、遥か天を衝く大きさまで育っている。目算、五千から六千メートル。

 

『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』

『『――お前なんて、産まなければよかった』』

 

 敵がいる。だから、コノエの意識はそちらへ向かう。

 声は無視する。影に意味はない。物理的な存在も、価値もない。

 

 ――ただ、少し耳障りなだけだ。

 

『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』

『お前さえいなければ』『お前のせいで』『無駄な金が』

 

「………………」

「……コ、コノエ」

 

 コノエは見る。茸は触手を操っている。人の数十倍は太い巨大な触手。

 ぶよぶよとしていて、何かの液体が所々噴き出している。崩壊寸前なのが見てわかる。己の重さで潰れていくような有様だ。しかし、その巨大さゆえに決して侮れない威力を持つ。

 

 直撃すれば、流石に痛いかもしれない。この大きさは攻撃を通すためか。

 ……が、まあ、大きいだけでもあった。本体含め、コノエならば簡単に焼き尽くせる。

 

『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』

『何もするな』『余計なことをするな』『お前なんか私の子じゃない』『なんでいるの?』

 

「――顕現」

 

 コノエは槍を造り出す。もう魔力も残りが少なくなってきた。

 接近し、最大火力で消し飛ばしてしてやろうと踏み込み――。

 

 ――でも、その瞬間。

 コノエの足元に影が現れる。三つの影。

 

 縋り付くように。捕まえるように。殴りつけるように。

 嫌悪に塗れた顔で、ゴミでも見るような顔で、三人が現れる。

 

「――!」

 

 コノエは、思わず後ろに跳躍する。……影に実体はない。必要のない回避だった。

 己のミスに歯噛みし――そんなコノエの前にボコボコと影が現れる。無数に同じ顔が現れて、コノエを見つめる。罵倒する。否定する。

 

『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』

『こちらを見なさい』『ゴミを家に持ち帰るな』『迷惑をかけるな』

 

 コノエはそれに――どうでもいいと吐き捨てる。

 昔の話だ。何十年前も前のこと。もう子供じゃない。下らないことだった。実体もなければ、呪いがこもっているわけでもない。無視すればいい。

 

 ……ただ、少しうっとおしいだけだ。

 

『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』

『面倒な』『邪魔だ』『家出でもしたらどうだ?』『帰ってこなくていいから』

 

 ……そんな言葉、知っているよ。

 何度聞いたと思っている。今更だ。どこまでも今更だった。耳障りなだけ。

 

『―――NU、U、UUUU!』

『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』

 

 触手が迫る。声が邪魔だ。槍を振る。触手が千切れて轟音を立てる。

 次の触手が迫ってくる。それを避ける。影は何処までもまとわりついてくる。

 

 手を伸ばし、見下し、視線を妨げる。

 ぐちゃぐちゃと不快な音を出し、意識の集中を妨げる。

 

「……っ」

 

 コノエは舌打ちする。全てを焼き払いたくなってくる。

 ――神威武装がドクン、と跳ねる。

 

 胸の奥、何かが滲み出してくる。

 それはほんの少し前、メルミナが倒れたときと同じ場所だった。コノエが知らなかった……目を逸らしていた、感情(ばしょ)

 

 黒い何かが、奥深くから溢れてくる。

 幼い日の自分が背中から見ている気がする。何か、沢山の残骸を抱えて今のコノエを見ている。砕けた筆立てに、それだけじゃない他の色んな物。失ってきた物。

 

 抑圧、抑圧、抑圧――そして喪失、喪失、喪失。

 

 ああ、ああ、そうだ。

 コノエは、もう失いたくなくて――。

 

『コノエ』『コノエ』『コノエ』『コノエ』

『あーあ、消えてくれればいいのに』『要らない子』

 

「――」

 

 ドクン、ドクンと神威武装が鼓動する。鼓動はだんだんと速くなる。

 冷静に。どこまでも冷静に。後ろの巨大な茸もろとも、影を全てを消し飛ばしてやろうと――。

 

『コノエ』『コノエ』『コノ――』

「――うるさい」

 

 ………………え?

 

 ――でも、そのとき、声がした。

 閃光に影が貫かれる。赤い閃光が貫いた。赤い光は何本も現れて、影を次々と貫き霧を吹き散らしていく。

 

「……本当に、五月蠅い……!」

 

 レンズが、コノエの周囲に展開されていく。

 一枚は十枚になり、十枚は百枚に。百枚は千枚に――。

 

 ――周囲を、空を、レンズが埋め尽くしていく。

 

「――口を閉じろ、クズども……!!!!」

 

 空から無数の光線が降ってくる。霧を貫いて、影は消えていく。

 コノエの首に回った手に力が入って――気付く。

 

「……メルミナ」

「ごめんなさい、失言だったわ。こんなのがあなたに似てるわけがない」

 

 コノエは――メルミナの手を見る。

 それは、どんどん白くなっていっている。表面が白質化し、バキバキとヒビが入ってきている。

 

「……メルミナ、命を魔力に」

 

 ――これは、生命不足の症状だ。

 魔力を失った魔法使いの最後の手段。己の肉体を魔力に変える方法。細胞の一つ一つを潰し、魔力へと変えていく。――己の存在を根底から食いつぶす方法。

 

 アデプトならば少し時間を掛ければ治すこともできるが……しかし相当の苦痛を伴う方法であって。己で己の腕を少しずつ削ぎ落とすようなもので。

 

「……どうして、こんなことを」

 

 コノエには分からない。何も分からない。

 こんなことをしなくても、自分がすぐに――。

 

 ――ぽたり、と。コノエの首筋に熱い雫が落ちる。

 それは……それは?

 

「……え?……メル、ミナ、泣いて……いるのか?」

「泣いてないわよ。泣くわけないじゃない。酷いこと言われてるのは私じゃないのに」

 

 そう言いながらも、ぽたりぽたりと雫が落ちる。首筋を伝う。

 それが熱くて、どうしようもなく熱くて。驚いて、コノエは胸の中の衝動を忘れていく。

 

「……メルミナ?」

「勘違いしないで。この腕も、痛みも、あなたのためじゃない。私が、うっとおしいから潰しているの。……そうね、少し日和っていたわ」

 

 ……日和る?

 

「魔力がないから、戦えない? 戦う必要がないから、戦わない? 腕が痛いから、潰せない? ――下らない」

 

 メルミナの手がバキバキと崩れていく。右手が駄目になれば、次は足が崩れ出す。

 それと同時に、天を覆う赤は一秒ごとに勢いを増していく。

 

「『――あなたたちは人類の守護者。力なき民の、最後の砦。敗北は許されない。なによりも強くなければならない』『腕が落ちたら足で戦いなさい。足を失えば這って噛みつきなさい。死んでも戦いなさい。無辜なる民の盾となりなさい。それが――』」

 

 空から降り注ぐ光線は、霧を吹き散らし、触手を打ち払っていく。

 一本また一本と茸の触手は減っていく。

 

「――それが、アデプトでしょ?」

「……教官の」

 

 思い出す。一番最初を思い出す。訓練中、嫌になるほど聞いた言葉。学舎に入ったばかりの頃は毎日毎日聞かされていた。

 走りながら、槍で貫かれながら。もう体に染みついている言葉だった。

 

 ……そうだ。それが、アデプトだ。

 コノエとメルミナが、十五年を共に過ごして目指した場所。

 

「さ、じゃあ終わらせましょう? 私も一緒に戦うからすぐよ。

 ……あのね、もしかしたらさっき死んで情けないところ見せちゃったから、忘れてるかもしれないけれど」

「……うん?」

 

 ――赤光が世界を照らす。

 それは夜と雲と混ざって空を染め上げていく。まるで夜明けの一瞬のように。

 

 空を埋め尽くすレンズが輝き、幾何学模様を描く。瞬く間に霧を、森を、触手を焼いていく。全方位からの隙間のない掃射は回避も防御も許さない。

 茸は必死に暴れるも、空を飛ぶレンズは捉えられない。一方的な攻撃。圧倒的な広範囲殲滅能力。

 

「――実は、私、すっごく強いのよ」

「…………ああ、知っているよ」

 

 知っている。コノエは知っている。

 なにせ、昔から一緒に戦っていたんだ。下級、中級、上級、最上級、災害級。次の階梯の魔物に挑むときは、大体彼女が隣にいた。

 

 一緒に戦って、勝利してきた。

 だから、コノエはずっと知っていた。

 

「……そうか。それは……頼もしいな」

「でしょう?」

 

 今、コノエの傍に、メルミナがいた。

 かつて、十年前、共に訓練をしていた時のように。頼れる人がいた。

 

 ……コノエが失敗しても、帰ってきた。

 それを成してくれた(あね)がいた。

 

「………………」

 

 ……コノエは前を向く。そして耳を澄ませる。

 

 影はもう見えない。全て赤い光が蹴散らした。

 声は聞こえない。耳元で笑う声が吹き消してくれた。

 

 胸の澱みは消えて、背中には戻ってきた温もりがあった。

 それが温かくて、本当に温かくて。

 

 少しだけ、良いのかなと思える。

 少しだけ、体から力が抜けたような気がする。

 

 ――だって、首筋に伝う雫が何時までも熱を持っている気がした。

 

「――顕現」

 

 十字槍が作り出される。

 神の槍。金の輝き。その光の作り出す影に、コノエは、一人の子供がいるような気がした。

 

 ずっと、同じところで立ち止まっていた子供。

 沢山の残骸を抱えた子供。いつまでも影に捕らわれたままの子供。

 その子供は、熱で少しだけ、背中を押されたような気がして――。

 

「……ありがとう。じゃあ行こうか」

「――ええ」

 

 ――だから、ほんの一歩、前へ歩けたから。

 ――コノエの両足に白と金の光が宿る。

 

 光はコノエの足を包み込んで、新たなる形を造り出す。

 魂に宿る神の武装が拡張される。槍から溢れ出す。(あい)によって、その権能は少しだけ力を取り戻し。

 

 ――神の脚甲が、その姿を現す。

 その輝きは、纏わりつく(かこ)を乗り越える道しるべのように。

 

「――」

 

 コノエは一歩踏み出す。そして跳ぶ。高く、高く。

 彼我の距離は数度呼吸するうちに消え、茸の真上にコノエは辿り着く。

 

 コノエが槍を構える。雷が宿る。

 茸は、そんなコノエを継ぎ接ぎの顔で見上げて。

 

『――NU』

 

 小さく呟く。

 そして――

 

「――」

 

 ――神の雷が、茸を貫いた。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

『――NU』

 

 ――そして、魔は堕ちていく。

 どこまでもどこまでも、地の底まで堕ちていく。

 

 薄れゆく意識と、散り行く魂。

 かすれた視線の先には。彼女を包む加護があった。

 

 そんな、消え行く最中(さなか)、魔が思うのは――。

『――』

 

 ――あの日。三十年前の氾濫のことだった。

 妹を抱え、逃げる少女と、それを傍観していた魔。

 

 過ぎ去った過去に、魔はもしもを見る。

 もしも――あのとき、仮に魔が少女を助けていたら。どうなっていたんだろうと、そんな意味のないことを考える。

 

 下らない仮定。ありえない妄想。

 でも、そうなっていたら、何かが変わったのだろうかと。

 

 捕まえるのではなく、間違えるのではなく。

 あそこで引き返せていたら、何かが、と――。

 

『――NUNUNU』

 

 ――ただただ堕ちながら、魔は空を見上げる。

 

 恋した人は見えない。白い神の手で隠されている。

 間違え続けてしまった魔には、見えない。見えるはずが、なかった。

 

 ……でも、もしも、次があるのなら。

 あってくれるのならと、魔は思う。

 

 そんな都合のいいことが、あるのならば。

 

 ――そのときは、絶対に間違えないと。

 魔は、(じゃしん)ではなく、(かのじょ)に誓い――。

 

『――NU』

 

 ――魔は、地の底へと消えていった。




【雑ステータス】
 コノエ
 基礎能力 5500→6000 神威武装Lv2→Lv3
 固有魔法 0

 明日、エピローグです
 そしてちょっとしたお知らせもあったりします。
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