転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
書籍化記念の短編です。本編第三部とは関係ないので注意してください。
時系列的には、第一部十話 夢 の直前です。
書籍版ではweb版とは違ってメイド服がクラシックタイプじゃないので、その理由になります。
ちょっと重めかもです。
※この話は、しばらくしたら第二部人物紹介の後ろ辺りに移動する予定です。
2024/12/2移動しました
――これは、シルメニアの話。
コノエが街を訪れて、魔物を倒し、七日七晩の治療を終えた日のことだ。
◆
――テルネリカは悩んでいた。
何をかと言えば、己が今から着る服についてだ。目の前に並ぶ服を見て、どうしようかと思っていた。
「……」
本来テルネリカが持っていた服は、今はもうどこにもない。
全て国に没収された後だ。いや、正確に言えば城の一室にまとめて保管されてはいたけれど、それは決して使ってはいけないものだった。
契約違反の代償。全財産の没収。
金銭も、宝石も、家財道具も、衣服も、その全ては既にテルネリカの所有物ではない。もし仮に勝手に持ち出すことがあれば、テルネリカは残された森の加護すら失うことになるだろう。
「………………」
……まあ、そもそも、そんな代償が無かったとしても、テルネリカは決して使わなかっただろうけれど。
テルネリカは己の為したことを、家族が為したことを悔やんではいない。法として間違っていても、たとえ国や神様に否定されたとしても、テルネリカは誇りと共に胸を張る。故に、その結果受けることになる罰則も正しく受け止めようと思っていた。
だから、テルネリカは失った己の持ち物に、悲しみこそ感じれど、惜しむようなことはなくて――。
「…………でも、どうしようかな」
……まあでも、それはそれとして今困ってはいるけれど。
ポツリとつぶやくテルネリカの視線の先には、城中からかき集めた無事な衣服が吊るされている。その中でも多いのは使用人用のメイド服だった。
これは権利的には街の所有物の扱いになる。街が行政機関として雇ったメイドたちの制服だからだ。故に、貴族ではなくなったテルネリカでも『緊急時に臨時で雇われたメイド』としてなら着用することが出来た。
「………………うーん」
並んでいる中で、テルネリカの体格に合ったものは二つ。それを手に取って、見比べる。
悩みながら、見比べる。その二着は使っている材質は同じ。縫製もほぼ同じ。目立つ傷も共にない。違うのはデザインだけだ。つまりは――。
「…………コノエ様は男性だし、やっぱりスカートは短い方が好きなのかな」
――袖の長さとスカートの丈だけが違っていた。
片方は膝上のミニスカート。もう片方は踝まであるロングスカートだった。この城ではある程度メイド服のデザインを弄ることが許されていたからこそ生まれた違いだ。異界から訪れた新しい文化故に、まだ細かい決まりが無いからでもあった。
「……本来、着る服を選べる身分ではないのは重々承知の上だけど、やっぱり出来ることなら可愛いと思って欲しいし……」
呟くテルネリカの脳裏に浮かんでいるのはコノエの顔だ。
テルネリカを救ってくれた人。見つけてくれた人。抱き上げてくれた人。……恋を、した人。
好きな人に、可愛いと思って欲しい。これはただそれだけの話だった。
出会ったばかりのため、テルネリカはまだコノエの人となりも趣味も理解できていない。優しい人だということしか知らない。けれど、男性は露出が多い女を好む、とは聞いていた。
また、恋心を抜きにしても、テルネリカはこれからコノエの専属として傍に侍ることになっている。相手に気に入ってもらえるような恰好をするのは業務を円滑にするためにも有効であって。
「……でもこのミニスカートは流石に
しかし、その一方で過剰すぎる露出も
「……………………」
テルネリカは悩み、ロングスカートとミニスカートを見比べて……。
「……こっち、かな」
テルネリカが選んだのは、ロングスカートだった。何故かと言えば直感としか言いようがない。コノエとテルネリカは出会ってまだたったの七日で、治療のために話もまともに出来ていない。でも、なんとなくこちらが良い気がした。
だからテルネリカは、ロングスカートのメイド服を胸に抱える。
そして、ミニスカートのメイド服を元の場所に戻そうとし――。
「――え?」
そのとき、テルネリカはふと、見覚えのある物を見つけた気がした。衣服が掛けられている、その少し奥。――そこに、一着のメイド服が床に落ちているのを見つける。
それは――。
「――ぁ」
テルネリカは慌てて手を伸ばす。手に取って、付いていた埃を払う。
そうだ、テルネリカはこのメイド服を知っている。各所が改造されたメイド服。ひざ下くらいのスカートに――なにより特徴的な腰に付いた大きなリボン。
これは、このメイド服は。
「
◆
――テルネリカには、家族と呼べる人が五人いた。
両親と兄、そして、その三人に加えてさらに二人。
乳母であるメイド長と……その娘だ。
リーヤ。テルネリカにとっては乳母姉妹だった人。
『大丈夫、姫が帰ってくる場所は私が守るから』
――氾濫が始まったあの日、都行きの転移門に飛び込もうとするテルネリカに、そう言ってくれた人。
いつも明るくて、楽しそうで、太陽のような人だった。
メイドの家に生まれたのにつまらないと飛び出して、騎士を目指したような人。母であるメイド長から渡されたメイド服を可愛くないとその日のうちに改造してしまった人。
そんな彼女は――。
「――」
――彼女は、転移門の前で息絶えていた。
騎士鎧に身を包み、剣を握り締めていた。きっと、最後まで転移門を守ろうとしてくれていたのが分かった。
「……リーヤ」
この街に帰ってきて、コノエが城を埋め尽くす魔物や災害と戦っている間、テルネリカは幼い日から共に歩んできた少女の亡骸の手を握っていた。
そして、必死に言葉を飲みこんでいた。叫びたくなるのを抑えていた。涙は止められなかったけれど、唇を必死に噛んでいた。
――どうして、何故、逃げてくれなかったのか。
逃げて欲しかった。生きていて欲しかった。両親に、兄に続いてどうしてリーヤまで。なんでそんなことをと叫びたくて
……でも、その言葉が姉のような存在だった少女の想いを汚す言葉だと分かっていたから、必死に飲みこんだ。
飲みこんで、震える唇を頑張って動かして、言った。
――ありがとう、リーヤ。
亡骸の瞼を閉じて、ただ白き神に祈った。迷わずに神の御許へ辿り着けますようにと。
「………………」
……それが、あの日転移の間で起きたことだ。
テルネリカは、大きく息を吐く。そしてロングスカートのメイド服を納め、改造されたリボン付きのメイド服を手に取った。
着替えて、少し調整して、鏡の前に立つ。
赤くなった目元を拭い、笑顔を浮かべる。テルネリカが思う、一番可愛い己の笑顔。
そこにはかつてのリーヤと同じ格好をした自分がいる。
こみ上げる想いを飲みこんで、悲しみに蓋をして、笑う。
この七日間、いいや氾濫が始まってから、何度も繰り返してきたように。テルネリカだけでなく、生き残った街の人々が必死に笑顔を浮かべているように。
可愛く笑って、ポーズをとって、堂々と。
「……うん」
テルネリカは最後に一つ頷き、衣裳部屋から出て――
◆
「――コノエ様。テルネリカです。もうお目覚めでしょうか」
――テルネリカは、コノエの部屋の扉をノックした。
表紙イラストのリンクです
【挿絵表示】
実は乳母姉妹の設定は最初期プロットからあったんです。九話にテルネリカが亡くなった女騎士の傍で泣いている描写があったりとか。
ただ、どうにも物語に組み込むことが出来ず……