転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない) 作:ニテーロン
(……いったい何の用だろう)
屋敷の話を一旦切り上げ、学舎への階段を上りながらコノエは首を傾げる。
手紙の内容は呼び出しだった。守秘義務上のためか理由が書かれておらず、数日以内に教官の元に顔を出してほしいというもの。
それで、本日は特別な用もなかったので早速向かっているところだった。
(……新しい仕事、じゃないよな。少し休むと伝えたし)
考えながらコノエは歩く。人手が必要な
……では、いったい?
――そうやって、色々考えているうちにコノエは階段を上り切る。
門を潜り、門番に挨拶し、前庭を通って学舎の中へと……。
「……?」
……あれ? でもそこでコノエは違和感に気付く。
学舎の雰囲気が少し慌ただしい気がする。落ち着かないというか、ざわざわしているというか。まあ当然、危険な感じではないけれど。
なんだろう、と不思議に思いつつ、受付へ向かい教官に連絡してもらうよう頼む。すると、しばしの待ち時間の後に、悪いけれど少し待ってほしい、と返事が来た。
(……まあ、忙しい人だからな)
仕方ない、では適当に時間を潰すかと顔を上げる。
ふらふらと学舎の中を歩き、目についた売店の中に入る。新しい商品でもあるだろうかと見て回って。
(……ああ、そうだ。そういえば保存食が残り少ないんだった)
コノエは一つの棚の前で足を止める。学舎名物のレンガ状保存食。
評判は良くないし、パサパサしている上に薬品臭くて実際おいしくない。が、とても便利なので、コノエは重宝している。
だって、これが無いと、緊急時や知らない街で店に入り辛い時などに困るし。
なので、いくつか買い足そうとして。
「……あなたね、またそれ買ってるの?もう少しまともなものを食べなさいよ」
「……メルミナ」
と、そこでコノエは横からため息交じりに声をかけられる。
見ると、腕に紙束を抱えた赤髪の少女の姿があった。メルミナ。同期のアデプトで、先日は開拓村の戦いを共に乗り越えた――仲間。
……もう開拓村から帰ってきていたのか。
そう思っていると、彼女は呆れた顔で近づいて来て、コノエの手から保存食を摘まみ上げて棚に戻す。
そして、背負っていた鞄を下ろし、中から包みをいくつか取り出した。
「保存食が欲しいなら、こっちにしなさい」
……これは? と首を傾げる。
「……私が商会をやってるのは知ってる? これはそこで開発した新商品よ。味はまともになってるし、保存期間も同じ。まだ一般販売はしてないけど……そうね、あなたが私の所に来たら、いつでも売ってあげるわ」
食べてみなさいと促されるままにコノエは渡された包みを開け、一口齧ってみる。
……口の中に、焼き菓子とドライフルーツの味が広がる。かつて日本で食べたカロリーバーの味に近い。
「……美味いな、これ」
以前のものとは比べ物にならない味。
思わず一口二口と口に入れていくと、メルミナは、でしょう? と笑う。
「だから、次からは私に会いに来るように。……さて、じゃあ行きましょうか」
「……うん?」
「こっちよ。ついてきて」
「……っ?」
そこで、唐突にメルミナは手をコノエの掌へ伸ばし――袖を掴んで歩き出す。
コノエはそれに驚きつつ、しかし抵抗せずに引かれて行く。
「……メ、メルミナ?」
「あんな所でふらついてたんだし、暇なんでしょ? ちょっと私に付き合いなさいよ」
……いやまあ、暇ではあるけれど。
でも、付き合えと言われても、いったい何を。
「実はちょっと書架で調べものをしてて、人手が欲しかったの。お礼はちゃんとするから手伝って」
瞬きしているコノエに片手で抱えた紙束を見せてメルミナは笑う。
書架という言葉に、コノエはなるほどと思いつつ。
「……手伝うのはいいけれど。僕は教官を待っているところで」
「教官? ……何の用事かは知らないけれど、今は珍しい人が来てるからそっちの対応をしてると思うわよ?」
珍しい人? 呟くコノエに、メルミナは窓の方へ顔を向ける。
「ほら、あそこ。見えるでしょ?」
「……彼女は」
視線を追いかけた先、窓越しに見える最上階の廊下。
そこには、宝石のように輝く角と翼を持った青い女性がいた。
◆
――フォニア・アーキノルカ。
彼女のことをコノエは知っている。
青い髪、青い瞳――青い角、青い翼。
竜人と呼ばれる希少種族にして、亡国の王女。
――アーキノルカ亡国。百年前、天蓋竜に滅ぼされた三つの国のうちの一つ。
彼女は、その王家の末裔であって。
「……久しぶりだ」
「私もよ。最後に彼女に会って、十年になるかしら」
……そして、コノエにとっては、学舎の同期でもある。
二十五年前に学舎に入り、共にアデプトを目指したうちの一人だった。
「……」
まあ、同期とは言っても、コノエは彼女とあまり関わったことはないんだけど。
彼女は同期の誰よりも才能があった。万象を弾く、断絶の盾の権能の持ち主。アデプトになるまで二十五年かかったコノエとは違い、彼女はたった十年だ。
なので、能力が違いすぎて訓練でも彼女と組むことはまず無かった。組むことが無い以上、会話をすることも無かった。
彼女が無口な人だったというのも、縁がなかった理由の一つかもしれない。コミュ障のコノエ共々、進んで人と関わる質ではなかった。
……あと、彼女はとんでもない美人だったし。彼女は外見的には十代後半くらいのスタイルがいい美女で、角と翼はいつも輝いていて。コノエにはとても近寄り難かった。
結果的に、十年ほど同じ空間で訓練をしていたはずだが、コノエが彼女と会話をしたのは一度きりだ。夜の訓練場で、ほんの数分間だけ向き合っただけ。
「……」
コノエは、そんな彼女を少し懐かしく思いながら見る。
彼女は廊下で神様と話しているようだった。彼女は無表情で、神様は真剣な顔で話をしている。
……いつも笑顔の神様があんな顔をしているのは珍しいなと。
コノエはなんとなくそう思い。
(――?)
――そのとき。ふと、二人の視線がコノエに向く。
しまった不躾だったかと――。
(……うん? ……神様?)
なぜだろう、神様がショックを受けたような顔をしている。
神様はコノエを見て、隣の彼女――王女を見て、またコノエを見る。あわあわとして、口を押えて……なぜ、僕を見てそんな顔をするのだろう? と何度か瞬きし。
「……ああ、なるほど。そういうこと」
「……メルミナ?」
「なんでわざわざ学舎に顔を出したのかと思ったら……」
メルミナに視線を向けると、彼女はため息を吐いている。
ちらりと少し嫌そうな目を王女へ向けていて。
「……メルミナ、どういうことだ?」
「うん? それは……私が言うことじゃないわ」
「……?」
「本人に聞いた方が良いわね。どうせすぐに分かるでしょうし」
はあ、と彼女はまた大きなため息を吐く。
そして、行きましょう、とコノエの袖を引いて歩き出した。
「……」
「……」
メルミナは無言でコノエをまた引っ張る。
彼女は少し大股で、早歩きで廊下を進んでいった。
するとすぐに廊下の端に突き当たる。
その場所には大きな扉があり、それをメルミナはゆっくりと押し開け――。
――中には、空間魔法で拡張された巨大な空間に無数の本棚が並んでいる。
学舎のありとあらゆる資料集まっている場所、書架だ。神様とアデプトとごく一部の文官しか中に入れない、この国の全ての情報が集まる場所。
そこにメルミナは慣れた様子で扉を潜り、中に入っていく。
抱えていた紙束を置き、背負っていた荷物も置いて、軽く周囲を見渡して。
「うん、誰もいないわね」
「……?」
ふと、彼女はそんなことを呟く。
そしてコノエに向き直って。
「さて、コノエ。二人きりになったところで一つ聞きたいんだけど」
「……?」
「――その、そろそろ、例の約束は決めた?」
――メルミナは、少し頬を染め、にっこりと笑いながらそう言った。