転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第3話 書架で

 約束。メルミナとの。

 それは……それは?

 

『……もし、もしもの話だけれど』

『色んな事が解決したら、そのときは……か、可愛い私が、なんでも一つ言うことを聞いてあげるわ』

 

 あの日、災厄の茸と戦う前に交わした約束が、確かにあった。

 それから、戦いが終わった後の打ち上げの場で……。

 

『――約束は、守るから。…………よく、考えておいて』

 

 メルミナは、コノエにそう言っていた。

 静かに、微笑みながら。少し頬を染めながら。そんなメルミナに、コノエは……。

 

『……あ、ああ……じゃあ、よく考えておくよ』

 

 当時。数日前。混乱するままにそう答えた記憶がある。

 内容もよく理解していない状態で。よく考えておいてと言われたから、よく考えておくと返した。

 

 ――そして、今。

 

「あれから五日経ったけれど……どう?」

「……それは」

「………………?」

 

 約束は決めたかと言われれば、なんというか。

 改めて問いかけられて、コノエは何度か瞬きする。

 

 そんなコノエに、メルミナは笑顔から不思議そうな顔に変わり……訝し気な表情に変わっていく。

 

「……おい、何よその沈黙は」

「……」

「……その顔は、決められなかったんじゃなくて、忘れてたわね?」

「……」

 

 コノエは目を逸らす。図星だった。

 いや、正確に言うと忘れていたというより、頭から抜けていたというか。口約束だし、酒の場の話でもあったし。まさかメルミナの側から問いかけられると思ってなかったというか。……どうしていいか分からなかったというか。

 

(……え? でもなんで不満そうなんだ?)

 

 なんでも言うことを聞くなんて、メルミナからすれば忘れていた方が都合がいいはずなのに。

 

「……むう」

「……いや、その」

 

 しかし、そんなコノエの考えとは裏腹にメルミナは憮然とした表情で、そのままコノエに向けて一歩近づく。

 コノエはそれに、自然と一歩下がる。

 

 するとメルミナはまた一歩踏み出して、コノエは下がって。

 さらに一歩近づいて、下がって。

 

 そんなことを何度か繰り返して――

 

「……あ」

 

 ――とん、と。コノエの背中が、棚に当たる。資料がたくさん詰まった棚。

 ……これ以上は、下がれない。

 

「……コノエ」

「……」

 

 メルミナがまた一歩、足を出して……そして立ち止まる。すぐ近く。強化などしなくてもまつ毛の一本一本が見えそうな距離。

 右を見たり左を見たりするコノエと、ふくれた顔のメルミナ。

 

 そのまま数秒の沈黙があって……。

 

「よくよく、考えて」

「……え、あ、ああ」

「……もう少し、私のことを見て」

「……え?」

 

 コノエは泳いでいた目をメルミナに向ける。

 彼女は……どこか、拗ねているような、そんな顔で。

 

「ね? 約束して?」

「……あ、ああ」

「うん、それなら、今回は良いわ」

 

 カクカクと首を振るコノエに、メルミナはくるりと背を向ける。

 そして、荷物を置いた場所へ戻る。コノエから離れていき、机に一度置いた資料や鞄をまた持ち上げた。

 

 ……え? なんだ今の? と思う。

 知っているメルミナと、全然違う。

 

「……さて、じゃあ調べものを手伝ってもらおうかしら!」

「…………」

 

 困惑するコノエに、さっきまでとは一転して、メルミナが明るい声で言う。そして、はいこれ、と資料を差し出す。

 コノエは目を白黒させながら、言われたままに受け取って。

 

 ……よく分からない。何も分からない。

 コノエは分からないままに、手渡された資料に目を落とし――。

 

「……? 地域ごとの、万融薬の生産量?」

 

 ◆

 

 ――万融薬。

 コノエはその馴染みのない名前に、訓練生時代に習った知識を掘り返す。

 

「……たしか、万融薬と言えば、エリクサーの」

「ええ、材料よ。それも数ある中でも一番大事で、一番作るのが大変なヤツ」

 

 メルミナが棚から資料を抜き出し、机に積み上げながら言う。

 そして、これが足りないからエリクサーはあまり作れないのだと。

 

「万融薬の原料、コノエは知ってる?」

「……瘴石、だよな。瘴気が固体になったものだ」

「そうよ。他にも幾つか方法はあるけれど、今は瘴石が主流。……皮肉なものよね。瘴気が原因の死病を治すための薬が、その瘴気を原料に作られるなんて」

 

 コノエが以前習ったことによると……万融薬は、瘴石から錬金術で浸食と破壊の概念を取り出したもの、らしい。で、その万融薬を使って他の材料を溶かしたり混ぜ合わせたりすることでエリクサーができるのだとか。

 

「……瘴石はダンジョンの奥深くで採れるんだよな?」

「ええ。……一応、開拓村から買い上げた汚染樹からも人工的に作れるけれど、あれは効率が悪すぎて量が出来ないのよね」

 

 だから買い叩かれるし、開拓村はいつまでも貧乏なのよ、とメルミナは溜息を吐く。

 汚染樹はエリクサーの原料になるので採取すれば採取するほど儲かる開拓村の資金源だ。しかしその危険に見合うだけの報酬があるかと言われれば、そうではない。

 

 それは開拓村に並ぶ家を見るだけでも一目瞭然だ。中央の通りを除いて、ほぼ全て木の小屋のようなものだった。都には背の高い純白の建物が並んでいるし。シルメニアの街も石造りの家が並んでいたのに。

 

「……まあ、今は開拓村のことはいいわ。とにかく、そういうわけで、エリクサーを作るのには万融薬が必要で、手に入れるために各地の生産量を調査したいの。コノエも手伝って」

「……それは、かまわないが」

 

 ドン、と目の前に置かれた資料を見つつ――コノエは首を傾げる。

 手伝うのは良いけれど、一つ疑問があった。そもそもなんでメルミナはエリクサーが必要になったのだろうかと。

 

「――姉さんの体を作るのに、エリクサーが必要なの」

「……ああ」

 

 ……そうか、メルミナの姉の件か。

 先日茸から魂だけの状態で救出されて、今は神様の加護の中で眠っているとコノエも聞いていた。

 

「私の体を元に器を作ろうと思うんだけど……培養するためにエリクサーが要るの。大量に使うから市場にある物を買って終わり、という訳にもいかなくて」

「……数が足りない、か」

 

 エリクサーは基本的に国が管理している。

 市場に出回っているのはごく僅かで、しかもかなりの高額なのだと聞いていた。

 

「数もそうだけど、そもそも、エリクサーを金で大量に買い集めたりしたら恨まれるから」

「……うん?」

「……あのね、エリクサーは本来、一本あれば人を一人救えるの。それをかき集めたりしたら、つまり集めた数だけ人が死ぬということよ」

 

 それは――。

 

「皆ね、好きであんなに高いものを買ってるわけじゃないの。己が死にたくないから、大切な人に死んでほしくないから、欲しがってるのよ」

 

 ――なるほど、とコノエは思う。

 そういう視点で見れば、エリクサーとは人の命そのものだ。なのに、アデプトだから、金があるからと無理に買い上げたら……まあ、恨まれるのだろう。

 

「だから、エリクサーが大量に欲しいのなら、自分で作った方が良いわ。そのための調査に手を貸してほしいの」

「……わかった。手伝うよ」

 

 なんにせよ、メルミナの姉のためというのなら、コノエにとっても他人事ではない。

 あの茸との闘いの中、コノエが失わずに済んだのはメルミナの姉のおかげなのだから。

 

 ……あの熱を、コノエはきっと一生忘れないだろう。

 

「……ありがとう、書架はアデプトしか入れないから助かるわ。じゃあここ数年の各地域の万融薬の生産量を調べてくれる? 私は瘴石の採掘量を調べるから」

「……ああ」

 

 と、そういう訳でコノエはメルミナと二人、しばし資料と向き合って――

 

 ◆

 

 ――それから、しばらくの時間が過ぎる。

 

 資料を調べたり、データを書き出したりしているうちに時間は過ぎていく。

 そうして、高い場所にあった太陽が段々と傾いてきたころ。

 

「――少し休憩しましょうか」

 

 メルミナの言葉で手を止める。一旦資料を片付け、廊下に出て。

 学舎の中に入っている喫茶店でお茶でも飲みましょうと提案されて、頷き……。 

 

「……?」

 

 ……ある気配が近づいてきたのは、そんな、ちょうど廊下を歩いているときだった。

 強く、大きな気配。コノエはあまり覚えがないような、でも、確かに知っているような気配。

 

「ああ、やっぱり、そういうこと」

「……メルミナ?」

 

 隣を歩いていたメルミナが突然溜息を吐く。

 何のことかと思い、そして、その間に気配はすぐ近くまで来ていた。

 

 カツン、カツン、と言う靴の音が響く。

 音の正体が、廊下の角から現れて――。

 

「――久しぶり、コノエ、メルミナ」

 

 ――青い角と、青い翼。

 亡国の王女、フォニア・アーキノルカがそこにいた。

 

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