転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)   作:ニテーロン

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第7話 テルネリカ

 ――それから少しの時間が経った。

 少女の治療は無事終わり、コノエと少女は学舎の一室にいる。

 

 教官はいない。少女の街に移動するための転移門の準備をしてくれるとそちらへ向かった。

 転移門は世界中の街に設置され、どれほど離れていても一瞬で移動できる魔道具だ。だが、大きなものは運べない上、莫大な費用が掛かる。そして起動に時間が必要だった。

 

 ……つまり、教官はしばらく帰ってこない。

 部屋の中はコノエと少女の二人だけだった。

 

「あの、アデプト様。コノエ様とお呼びしてもよろしいでしょうか……?」

「……好きにしてくれ」

 

 コノエは隣に座る少女を見る。妙に近い距離。

 少女の死病は完全に治り、今は健康体になっている。赤黒くなっていた肌は元の真っ白な色を取り戻していた。

 

 美しいと言われる種族(エルフ)だけあって、治って見ると少女は可愛らしい外見をしていた。

 綺麗な長い金髪をした少女。そんな娘にすぐ近くで見つめられて、コノエはなんだか逃げたくなってくる。

 

「それにしても、コノエ様を待つと決めて正解でした。他のアデプトの方には全く連絡が取れず……新しくアデプトになられる方がいると聞いて一縷(いちる)の望みを賭けてあの階段で待っていたのです」

「……そうか」

「意識が朦朧(もうろう)として、目が見えなくなった時はもう終わりかと思いましたが。誰かに抱きかかえられたと思ったらまさかコノエ様だったなんて」

 

 いと高き方々、森の神様と生命の神様に感謝を、と少女は言う。

 ニコニコとコノエに笑いかけてくる。少女はコノエが街への救援を引き受け、治療してからずっと笑顔だった。そして、ずっとコノエに語りかけていた。逆にコノエはほとんど口を開かなかったが。

 

 ――少女の名は、テルネリカ。

 シルメニア家の生まれ――つまりこれから救援に向かう街と同じ名の家の生まれらしい。彼女はどうやら街を治める貴族家の娘だったようだ。

 

 テルネリカが都に来たのは十五日前。街が見捨てられたことを知った直後。

 国や親元の貴族には頼れず、こうなったらアデプトに直接交渉しかないと単身で都に渡ってきたらしい。

 

 そして、それから今日までの間必死に助けを探して――しかし、アデプトと交渉どころか会話すらままならず追い返されたそうだ。己の体を一旦治療することすらできない状況だったと。

 

「救援を望むと言ったら、どこに行っても門前払いされてしまいました。今この都に残っているアデプトは都の守護や神の護衛に就いているものだけだと。救援を諦めるのなら、治癒だけはしてくれるとは言われたのですが……」

 

 でも、そんなことに頷けるはずがありませんとテルネリカは言う。

 己の身可愛さに皆を見捨てる真似は出来ない、と憤慨していて。

 

「……」

 

 コノエは、そんなテルネリカに無言を返す。

 なんというか、反応に困って。

 

「しかし、何度交渉しても成果はありませんでした。そして途方に暮れていたときにコノエ様の話を聞いたのです」

 

 今から三日前に新たなアデプトの誕生が発表されたらしい。コノエの最終試験が終わったときだ。

 その日からテルネリカはそれからずっとあの階段で待っていた、と……。

 

「……? 三日間、ずっと?」

「はい、そうでなければ最前列は取れませんでしたから」

 

 浄化の魔法と()き水の魔法と延命の魔法でその間は(しの)いだと言う。

 ちょっと無茶したせいで今朝くらいから死病が一気に進行したときは焦りましたけど、とテルネリカは笑う。うふふ、と上品な仕草で。

 

「……」

 

 ……いやそれ、笑うところなんだろうか。コミュ障のコノエにはわからない。

 まあ、確かに十五日前に発症した割に症状が進行しているな、とはコノエも思ったし、気になってはいたけれど。

 

「……」

 

 ……ああ、そうだ、気になると言えば。

 もう一つ気になることがあったんだと、コノエは思う。

 

 それはテルネリカが貴族の娘と聞いたときから気になっていたことだ。

 

「……君の」

「はい、なんでしょうコノエ様!」

「君の家に、(エリクサー)は?」

 

 アデプトの治癒以外の、死病を治癒する方法。

 希少すぎて流通はしていないという薬。

 

 だが、コノエが習ったことによると、貴族家には家人に一人一本分のエリクサーが常備されているはずだった。いざという時のために王から与えられていると。

 

「エリクサーですか? ありましたけれど……」

「……?」

「私のものは騎士団の者が使っているはずです」

「……は?」

 

 ……騎士団?

 

「十五日前の段階では、こちらに来てアデプト様を探すだけの私より、魔物から民を守る騎士がエリクサーを飲んだ方が適切でした」

「……」

「こちらに来てアデプト様に会えたら治療してもらえると思っていましたし……とはいえ、流石に今朝血を吐いたときはどうしようかと思いましたが。アデプト様に会う前に死んでは救援は呼べませんから」

「………………………」

 

 テルネリカはやっちゃいましたと照れくさそうに笑う。

 そんな少女の姿にコノエは――

 

(……嘘だろ?)

 

 ――コノエはそんなテルネリカの言葉に耳を疑う。

 ……いや、それは正しくない。コノエが耳を疑ったのは今の言葉だけじゃない。コノエはずっと疑っていた。

 

(……なんなんだ、この子は)

 

 血を吐きながら叫んでいたときも、救援を求め続けて治癒さえしてもらえなかったと聞いたときも、三日階段で待ち続けたと聞いたときも、そしてエリクサーを人に譲ったと聞いたときも、コノエはずっと分からなかった。

 

 ――何故この子はそこまで出来る?

 

 確かに、テルネリカの言っていることは正しい。

 合理的と言えば、合理的な判断だ。街の者を守ろうとするのなら、正しいのかもしれない。

 

 助けが来なかったから、死病に苦しみながらも他者に薬を譲り、腐り続ける体を引きずって都にやってきた。

 アデプトに救援を求め続けた。治療を望めば、己だけなら助かったのに。それなのに、その道も捨てて、より多くを救う手段を探した。死にかけても叫び続けた。

 

 言葉にすれば簡単だ。いかにも正しいように聞こえる。

 薬なんて要らない。救援を見つければどうせ治るんだから、ちょっとくらい苦しみが長引いても仕方ないと。

 

 コノエも、目の前で見ていなければそう言うかもしれない。

 机上の空論なら(さか)し気に(うそぶ)くかもしれない。

 

 ――けれど。

 

「――」

 

 分かっているのか? 身体が腐るんだぞ?

 いや、分かっていないはずがない。なにせ当事者だ。

 

 地獄のような苦痛の中で。己の体が変わり果てていくのを目の当たりにして。

 そんな、正しいだけのことを、一体なぜ出来るというのか。コノエには理解できない。

 

(……わからない)

 

 地位とそれに付随する責任だろうか。

 確かに貴族には統治する街を守る義務がある。民を守り、国力を増し、いずれ邪神を打ち倒す。それこそが貴族の責務だ。そしてその引き換えに貴族は強力な加護と権力と富を得る。

 

 ……つまりこの子は貴族として正しい行いをしている。

 

 しかし、それでも――。

 

(――人は、そんなに正しくは生きられない)

 

 間違える。易きに流れる。逃げ出してしまう。

 少なくとも、コノエの知っている人間とはそういう生き物だった。最後の最後には、己の身を取ってしまうのが人間だった。

 

(どうしてこの子は、そこまでする?)

 

 人は、痛みには耐えられない。そのはずだった。

 それを覆すものがあるとすれば。

 

(……まさか、愛とでも言うつもりか?)

 

 コノエが分からないもの。理解できていないもの。

 与えられたことも、与えたこともないナニか。

 

 コノエに愛は理解できない。理解できないから、惚れ薬なんて使おうと思っている。あやふやな概念ではなく、確かな物質を求めている。それを求めて、必死に努力してきた。

 

 ……コノエはずっと、輪の外から人を見てきたから。

 

「コノエ様?」

「……いや」

 

 テルネリカが黙り込むコノエを覗き込む。

 その視線からコノエは目を逸らした。小さく息を吐いて。

 

「……それで、契約書の準備は?」

「あ、はい! もちろんございます!」

 

 コノエは強引に話を逸らす。そして、差し出された契約書にざっと目を通した。

 内容は単純だ。瘴気汚染の都市駐在。期間は三十日。ただし、日数は状況に合わせて増減。報酬は金貨千枚……まあ、相場通りの金額だ。渡された相場表には、確かそう書かれていた。

 

「……」

「……あの、足りませんでしょうか……?」

「いや、これでいい」

 

 コノエが黙っていると、なにか誤解したのかテルネリカが不安そうな顔をし――コノエは首を振る。相場通りなら、それでいいと思った。金貨千枚もあれば、きっと都に屋敷を買える。奴隷も薬も買えるだろう。だから、それでいい。

 

 コノエはその場でサインして、テルネリカに二枚ある契約書の片方を返す。

 

「……よかった」

 

 テルネリカは小さく呟く。瞳を潤ませる。

 ありがとうございます、ありがとうございます。と何度も頭を下げて、これで故郷が救われますと契約書を抱きしめる。コノエはそんなテルネリカに何と返せばいいのかわからない。

 

「――二人とも来なさい。転移門の準備が出来たよ」

 

 教官が呼びに来たのは、そんなときだった。

 

 ◆

 

 コノエは転移門の前に立つ。人と同じくらいの大きさの石造りの門。周囲には魔法陣が描かれ、光る魔石が各所に埋め込まれている。

 魔力が飽和していて、何かが焼けるような音がしている。そして、その中心には光の渦があった。

 

 転移門。ここを潜れば、そこはもう少女の故郷だ。

 そして、コノエの初仕事が始まるのだろう。散々訓練を積んできたので緊張もなくコノエは足を前に出す。

 

(……しかし、なんか色々すごいことになってるな)

 

 コノエは今更ながらそう思う

 もっと気楽なアデプト生活のつもりだったんだけどな、と少し遠い目をして――

 

「では、では! すぐ行きましょう!」

「ああ」

 

 コートを引っぱるテルネリカに促される。

 コノエはそれに逆らわず、光の渦の渦に足を踏み入れ――

 

 ◆

 

『――GAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』

 

 ――光の先には、牙があった。

 

 ()(きば)。獣の(アギト)がすぐそこにあった。

 転移門を潜り抜けた向こうには、殺意が待っていた。

 

 その一本一本が大型のナイフにも匹敵するような巨大な牙がぐるりと生えた顎。

 人を簡単に引き裂けるような牙がコノエとテルネリカの方へと飛びかかってくる。

 

 転移門で飛んできて一秒にも満たない時間。

 テルネリカは驚くことすらできないような僅かな時間で獣は二人との距離をゼロにし――

 

「――」

 

 ――コノエは(それ)を拳で粉砕する。

 横なぎの一撃で上半身を失った魔物は直角の軌道を描くように真横へ飛び、壁に叩きつけられた。

 

 ……狼魔(ガルム)か。

 

「……ぇ?」

「……」

 

 ……こうして、コノエのアデプトとしての初陣は始まった。

 

 

 

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